このノートは社会構想デザイン研究室(ISVD-LAB-003)の文献マップシリーズの一篇である。ISVDが位置する知的座標を、日本の先行・関連研究機関との比較から明らかにする。
何が起きているのか
「社会構想」「社会デザイン」を冠する研究機関が、日本に複数存在する。社会構想大学院大学は2024年に「社会構想研究科」を新設した。立教大学21世紀社会デザイン研究科は2002年から「社会デザイン」の名を掲げてきた。そしてISVD(一般社団法人社会構想デザイン機構)は2025年に「社会構想デザイン」を活動の中核に据えて設立された。
名称が類似しているだけに、ISVDの「社会構想デザイン」がどこに位置するのか——何を共有し、何が異なるのか——を明確にする必要がある。本ノートでは、3機関の知的基盤・方法論・対象者を体系的に比較し、競合ではなく補完の関係にあることを示す。
背景と文脈
社会構想大学院大学 社会構想研究科(2024年開設)
学校法人先端教育機構が運営する専門職大学院であり、事業構想大学院大学の姉妹校として2024年4月に社会構想研究科を新設した。
この研究科のアプローチは、「社会のグランドデザイン」を描き、パブリック・アフェアーズの手法で政策実装へと接続するものである。知的基盤には政治学・思想史・公共哲学が据えられており、先﨑彰容研究科長のもと、思想史的な視座から社会の構想を行うことが特徴である。
対象者は社会的起業家や政策立案者であり、成果物は「社会構想報告書」(専門職学位論文)として結実する。つまり、「構想」を立案し、それを政策・制度の言語に翻訳する過程を教育プログラムとして制度化した機関といえる。
立教大学 社会デザイン研究科・社会デザイン研究所(2002年〜)
日本における「社会デザイン」研究の先駆的存在である。2002年に21世紀社会デザイン研究科が創設され、2006年には社会デザイン学会が設立、2008年には社会デザイン研究所が開設された。20年以上にわたって「社会デザイン」という概念を学術的に探究してきた唯一の機関である。
研究領域はコミュニティデザイン学、社会組織理論、グローバル・リスクガバナンスなど多岐にわたる。方法論的には、当事者性と内発性を重視した実践的研究に特徴がある。NPO/NGO運営の実務と理論の架橋を志向し、現場の知を学術の言語で再構成するという姿勢が一貫している。
立教の「社会デザイン」は、市民社会の自律的な組織化と、そこから生まれる社会変革の可能性に焦点を当てる。社会構想大学院大学が「上から描くグランドデザイン」を志向するのに対し、立教は「下から育つ社会変革」に重心を置いているといえる。
ISVD 社会構想デザイン(2025年〜)
ISVDは一般社団法人として設立され、学位を授与する教育機関ではない。活動の中核は、構造的社会分析(データ+先行研究による問題の特定)→ 認識論的批判(なぜその問題が不可視のままなのかを問う)→ デザイン実践(可視化と市民行動の土台づくり)という三段階のフレームで社会課題に取り組むことにある。
知的基盤は、「社会構想デザインの知的座標」で示した6分野——アグノトロジー、認識論、社会政策、参加型デザイン、EBPM、市民社会論——の交差にある。とりわけ、他の2機関にはないアグノトロジー(無知学)と認識的不正義の視座が、ISVDの方法論的な独自性を形成している。
成果物は学位論文ではなく、記事・データ・研究ノートとしてオープンに公開される。市民が社会構造を「自分ごと」として読み解くための情報基盤——メディアと研究プラットフォームの融合体——がISVDの目指す形態である。
構造を読む
3機関の比較表
| 比較軸 | 社会構想大学院大学 | 立教大学 社会デザイン研究科 | ISVD |
|---|---|---|---|
| 知的基盤 | 政治学・思想史・公共哲学 | コミュニティデザイン学・社会組織理論・リスクガバナンス | アグノトロジー・認識論・社会政策・EBPM(6分野交差) |
| 方法論 | グランドデザイン構想 → 社会構想報告書 | 当事者性・内発性を重視した実践的研究 | 「構造を読む」3セクション分析フレーム |
| 対象者 | 社会的起業家・政策立案者 | NPO/NGO実務者・市民社会の研究者 | 市民全般(情報の受益者かつ主体) |
| 成果物 | 専門職学位論文(社会構想報告書) | 修士論文・学術論文・学会誌 | オープンアクセスの記事・データ・研究ノート |
| 「構想」の意味 | 社会の理想像を描き、政策で実装する | 市民が社会を自律的に組織し直す | 不可視の構造を読み解き、市民の認識と行動の基盤をつくる |
ISVDの独自性
この比較から浮かび上がるISVDの独自性は、以下の4点に集約される。
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アグノトロジーの導入: 社会構想大学院大学も立教大学も、「問題が見えている」ことを前提として研究を進める。ISVDは「なぜその問題が見えないのか」——不可視性の生産メカニズムそのもの——から出発する。Proctor & Schiebinger(2008)が体系化したアグノトロジーの視座を社会課題分析に導入している点は、日本の「社会構想」「社会デザイン」関連機関の中でISVDに固有のものである。
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オープンアクセス: 社会構想大学院大学は学費を納めた院生に、立教大学は在籍する学生・研究者にナレッジを提供する。ISVDは全コンテンツを無料で公開する。学位プログラムの壁の内側にある知見を、壁の外側に届けることがISVDの存在意義の一つである。
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データ駆動: e-Stat API連携による政府統計の自動取得、統計ダッシュボードの構築など、テクノロジーを用いたデータの可視化と分析を方法論の中核に据えている。学術論文の執筆を主目的としないからこそ可能な、リアルタイムに近い社会構造の把握を志向する。
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市民向け翻訳: 学術知見を「何が起きているのか → 背景と文脈 → 構造を読む」の3セクションフレームで、専門知識がなくても社会構造を読み解ける形に変換する。Fricker(2007)が指摘した「解釈的不正義」——自分の経験を理解する概念的資源の欠如——に対する具体的な介入としての情報設計である。
補完関係
3機関は競合ではなく、補完関係にある。
社会構想大学院大学の「グランドデザイン → 政策実装」は、ISVDの「構造分析 → 可視化」の下流に位置する。ISVDが不可視の構造を明らかにし、市民の認識基盤をつくることで、政策構想の質が高まる。逆に、社会構想大学院大学の政策実装の知見は、ISVDの分析に「実装可能性」の視点を与える。
立教大学の「当事者性・内発性」の重視は、ISVDの「市民が自分ごととして考える土台をつくる」という志向と深く共鳴する。立教が20年以上かけて蓄積してきた社会デザインの実践知は、ISVDが市民向けの「翻訳」を行う際の重要な参照点となる。
この補完関係を図式化すると、次のようになる。
- ISVD: 構造の不可視性を解明し、市民の認識基盤をつくる(上流)
- 立教大学: 当事者が自律的に社会を組織し直す実践知を蓄積する(中流)
- 社会構想大学院大学: グランドデザインを描き、政策として実装する(下流)
いずれの機関も、単独では社会変革の全工程をカバーできない。「見えないものを見えるようにする」(ISVD)→「見えたものを当事者が引き受ける」(立教)→「引き受けたものを制度に落とし込む」(社会構想大学院大学)という連鎖の中に、3機関はそれぞれの持ち場を持っている。
参考文献
Agnotology: The Making and Unmaking of Ignorance — Proctor, R. N. & Schiebinger, L.. Stanford University Press
Epistemic Injustice: Power and the Ethics of Knowing — Fricker, M.. Oxford University Press
Strategic unknowns: towards a sociology of ignorance — McGoey, L.. Economy and Society, 41(1), 1-16
社会構想大学院大学 大学案内 — 学校法人先端教育機構. 社会構想大学院大学 公式サイト
立教大学21世紀社会デザイン研究科 研究科概要 — 立教大学. 立教大学 公式サイト