コレクティブインパクトの設計 — 単独では解けない課題を協働で動かす方法
一つの団体では動かせない貧困・教育格差・環境問題といった構造的課題に、複数の組織が連携して挑むコレクティブインパクト。共通アジェンダの設定からバックボーン組織の役割まで、協働を仕組みとして設計するための5つの条件と実践プロセスを紹介します。
ざっくり言うと
- 単独の組織では解決困難な構造的課題に対し、異なるセクターの組織が共通の成果に向けて連携するコレクティブインパクトの概念と5つの条件を解説する
- バックボーン組織の役割と、全体の調整・管理に必要な資源を「必要投資」と位置づける視点を提示する
- 権力構造の問題やエクイティの視点など、10年以上の実践から蓄積された批判と限界も含めて包括的に整理する
はじめに
複雑な社会課題に単独組織では限界があることを子どもの貧困を例に説明
子どもの貧困を例に考えてみる。食事支援はできる。学習支援もできる。しかし、保護者の就労状況、地域の孤立、学校との連携、自治体の制度的サポート。これらすべてが絡み合った構造的な課題に、単独の組織で切り込むのは困難である。熱量はあっても、動かせる範囲が小さい。
コレクティブインパクト は、この壁に対する一つの解である。本ガイドでは理論的な骨格と実践上の条件を整理し、日本での事例も踏まえながら、協働を設計するための視点を提供する。
コレクティブインパクトとは
2011年に提唱された概念の定義と従来の協働との違いを解説
コレクティブインパクトは、2011年にジョン・カニアとマーク・クレーマーが「Stanford Social Innovation Review」誌に発表した論文を起点に広まった概念である。
「異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題のために、共通のアジェンダに対して行うコミットメント」
注目すべきは「異なるセクター」という点だ。NPO・行政・企業・財団・市民。それぞれが持つ強みと資源を持ち寄り、共通の目標に向けて動く。この構造が、個別の協力関係とは異なる。
従来の「協働(コラボレーション)」との違いは明確である。一般的なコラボレーションは「共同で何かをする」関係だが、コレクティブインパクトは「共通の成果に向けてそれぞれの組織が自分の活動を変える」関係にほかならない。前者はプロジェクトで完結し、後者はシステムを変えることを目指す。カニアとクレーマーが批判した「孤立したインパクト(isolated impact)」、つまり各組織が独自の戦略で個別に動く状態とは対極にある考え方である。
この論文は発表後、SSIRのダウンロード記録を塗り替えるほどの反響を呼び、世界中の社会課題解決の実践に影響を与え続けている。OECDの調査でも、加盟国の約70%がクロスセクター連携を政策実施の重要要素として位置づけている。
機能するための条件
コレクティブインパクトが成功するための5つの必要条件を整理
コレクティブインパクトが機能するためには、いくつかの条件が揃う必要がある。
共通のアジェンダ(Common Agenda)
参加するすべての組織が、課題の定義と解決の方向性について共通の理解を持つこと。「子どもの貧困をなくす」という言葉は誰もが賛同するが、「誰の、どの側面を、どのような状態にすることが目標か」まで具体化されていなければ、各組織は別々の方向に動いてしまう。
共通のアジェンダは、トップダウンで押しつけるものではない。参加者が議論を重ね、合意形成のプロセスを経て構築されるもの。この過程自体が、関係者間の信頼を醸成する。
共通の測定システム(Shared Measurement)
進捗を測る指標と方法を、参加組織が共有すること。各団体がバラバラな指標を持っていると、「何が改善されているか」を共通言語で語れない。
データは「競争の武器」ではなく「共通改善のための道具」として機能する。誰かの失敗が明らかになっても、それを責めるのではなくシステム全体の改善に活かす文化が前提となる。
相互補強する活動(Mutually Reinforcing Activities)
参加組織は同じことをする必要はない。それぞれが得意な領域で活動し、互いの取り組みが補い合う形で組み合わさること。
食事支援・学習支援・就労支援・行政手続き支援。これらが連携し、受益者が必要なタイミングで必要な支援にアクセスできる状態を作ることがゴールである。重複を排除し、空白を埋めることで、全体の効果が高まる。
継続的なコミュニケーション(Continuous Communication)
信頼は一度の会議では生まれない。定期的な対話を通じて、参加組織の間に継続的な関係性が育まれる。意見の相違が生じることもある。それを避けるのではなく率直に話し合える場を維持することが、長期的な協働の基盤となる。
バックボーン組織(Backbone Organization)
全体の調整・管理・支援を担う専任の組織である。次のセクションで詳しく取り上げる。
バックボーン組織の役割
協働をコーディネートする中核組織の機能と責任を説明
コレクティブインパクトを機能させるために欠かせないのが、バックボーン組織である。オーケストラに例えるなら、各楽器奏者が参加組織であり、バックボーン組織は指揮者とマネージャーを兼ねた存在だ。
主な役割は次の通りである。
- ビジョンと戦略の策定・共有
- 参加組織間の調整とファシリテーション
- 共通の測定システムの管理とデータの集約
- 資金調達と資源配分の支援
- 対外的なコミュニケーションと広報
バックボーン組織の難しさは、「主役にならないこと」にある。自組織の成果を追うのではなく、全体システムの成果を追う。この姿勢の転換ができるかどうかが鍵だ。また、バックボーン機能を維持するためには人件費・調整費を含む相応の資源が必要になる。これを「間接コスト」として削減対象にするか、「成果達成のための必要投資」と位置づけるか。その判断がコレクティブインパクトの成否を分ける。
日本では、こうした役割を担う「中間支援組織」が各地で育ちつつある。
日本での事例
国内でのコレクティブインパクトの実践例と特徴を紹介
こども宅食プロジェクト(東京・文京区)
文京区・NPO法人フローレンス・セイノーホールディングスなど複数のセクターによる取り組みである。経済状況により食の安全が脅かされるリスクのある家庭へ食品を届けながら、配送をきっかけに子どもと家庭を必要な支援につなぎ、地域からの孤立を防ぐことを目的としている。食事支援を入口に包括的な支援ネットワークへと接続する構造は、コレクティブインパクトの原則を体現した好例といえる。
渋谷区・塾代クーポン事業(2017年〜)
渋谷区・チャンス・フォー・チルドレン・ETIC.・民間企業・市民ボランティアが協働し、金銭的理由で塾に通えない中学生に塾代クーポンを提供した事例である。行政・NPO・企業・市民が結集した教育支援の協働モデルとして、国内での先駆的事例の一つだ。
いずれの事例も、単独の組織では生み出せない複合的な支援を実現している点で共通している。
批判と限界
この手法に対する批判的視点と適用限界を検討
コレクティブインパクトは万能ではない。2011年の論文発表から10年以上が経過し、批判的な検討も積み重なっている。
最も大きな論点は 権力構造の問題 である。共通のアジェンダを設定する場面では、発言力の強い組織(大規模なNPOや行政、企業)の意向が反映されやすい傾向がある。本来の受益者であるコミュニティの声が、意思決定の場から排除されるリスクも存在する。
この批判を受け、コレクティブインパクトの実践者たちは「エクイティ(公正性)」の視点を中心に据える方向へと進化を続けている。Stanford Social Innovation Reviewでも2021年頃からエクイティを中心に置いた再定義の議論が活発になっており、「コミュニティのメンバーが主体的リーダーとなる構造が不可欠」という認識が広がっている。
また、バックボーン組織の維持が難しいという現実的な課題もある。資金が続かない、適切な人材が確保できない。こうした理由で、条件が揃う前に協働体制が機能不全に陥るケースは少なくない。
コレクティブインパクトは「理想的な協働の形」であるが、すべての状況に適用すべき唯一解ではない。課題の性質、参加者の関係性、資源の条件を踏まえた上で、適切な協働の形を選ぶ判断が求められる。
ISVDの視点
実践者としての経験を踏まえた考察と提言
「一人では解けない問いを、誰と、どのように解くか」。社会構想を考えるうえで避けられない問いである。
コレクティブインパクトの条件は、協働を始める前に確認すべきチェックリストとしても使える。共通のアジェンダがないまま動き出せば、善意の衝突が起きる。測定の合意なしに進めば、成果を巡る認識のずれが関係を壊す。実践の前に設計を整えることが、協働を持続させる条件だ。
組織が取り組む課題は、本当に単独で解ける規模だろうか。もし「一組織の力では限界がある」と感じているなら、まず「共通のアジェンダ」を誰と共有できるかを考えてみてほしい。協働先を特定するために、ステークホルダーマップを描くことも有効である。コレクティブインパクトの実施効果については社会的インパクト評価入門も参照されたい。