一般社団法人社会構想デザイン機構

6分野統合モデル — 社会政策・アグノトロジー・認識論・参加型デザイン・EBPM・市民社会論はどう交差するか

ヨコタナオヤ
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社会構想デザインを構成する6つの学術分野は、個別には異なる問いを立てながらも、wicked problems・Mode 2知識生産・境界オブジェクトという3つの概念装置を介して統合可能である。その統合アーキテクチャを提示する。

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このノートは社会構想デザイン研究室(ISVD-LAB-003)の統合フェーズに位置する。基盤フェーズで整理した6分野の知的源流が、いかなる論理で一つの方法論に収斂するかを検討する。

何が起きているのか: 分野横断の必然性

社会構想デザインは6つの学術分野——社会政策、、認識論、参加型デザイン、、市民社会論——を知的源流として持つ。これらは基盤フェーズの文献マップで個別に整理されてきた。しかし、6つの分野を並べただけでは「寄せ集め」と「方法論」の区別がつかない。なぜこの6分野なのか、そしてそれらはどのような論理で統合されるのか。

この問いに対する出発点は、Rittel & Webber1973)が提示した「wicked problems(厄介な問題)」の概念にある。社会政策上の問題は、科学技術の問題(tame problems)とは本質的に異なる。定義が一意でなく、解が確定せず、問題と解が相互に構成し合い、試行錯誤のやり直しがきかない。Rittel & Webberはこのような問題に対して、「単一のディシプリンで十分ということはありえない」と論じた。

wicked problemsの概念は、6分野統合の 正当化根拠 を与える。社会構想デザインが取り組む問題——構造的不可視性、認識的不正義、情報到達格差——はいずれも典型的なwicked problemsであり、単一の学問分野からの接近では問題の一側面しか捉えられない。社会政策学は「何が起きているか」を記述できるが「なぜ見えないか」は問わない。アグノトロジーは「なぜ見えないか」を問うが「ではどう介入するか」には答えない。参加型デザインは介入の手法を持つが、介入すべき構造の特定には別の分析枠組みを必要とする。

背景と文脈: 統合のための3つの概念装置

Mode 2知識生産と組織原理

6分野の統合がどのような知識生産の形態に対応するかを示すのが、Gibbons et al.(1994)が提唱したMode 2知識生産の概念である。従来の学問分野内で蓄積される知識生産(Mode 1)に対し、Mode 2は応用の文脈において、異種混交的(heterogeneous)な主体が、社会的説明責任(social accountability)のもとで知識を生産する形態を指す。

Nowotny2003)はMode 2の特徴をさらに精緻化し、「文脈駆動型(context-driven)」かつ「異階層的(heterarchical)」な知識生産として定式化した。階層的なディシプリン構造ではなく、問題の文脈が参加者と方法を規定するという原理である。

ISVDの組織形態——一般社団法人として社会政策、認識論、デザイン実践を横断的に扱う——は、まさにMode 2知識生産の組織的実装と見なすことができる。6分野の統合は、学問的野心からではなく、取り組む問題の性質が要請するものである。

境界オブジェクトと概念の越境

6つの分野が現実に「つながる」メカニズムを説明するのが、Star & Griesemer1989)の「境界オブジェクト(boundary objects)」概念である。境界オブジェクトとは、異なる社会世界(social worlds)に属する行為者の間で、完全な相互翻訳なしに共有され、各々の文脈で異なる意味を持ちながらもコミュニケーションを成立させる概念やアーティファクトである。

社会構想デザインにおいて、境界オブジェクトとして機能する概念を特定することができる。たとえば「エビデンス」は、社会政策の文脈では政策判断の根拠を、EBPMの文脈では質的ヒエラルキーの頂点を、アグノトロジーの文脈では操作・隠蔽の対象を、認識論の文脈では正当化の条件をそれぞれ意味する。「エビデンス」という概念は各分野で異なる意味を担いながらも、分野間の対話を可能にする境界オブジェクトとして機能している。

同様に、「参加」は参加型デザインにおいてはデザインプロセスの原則を、市民社会論においては民主主義の基盤を、EBPMにおいてはステークホルダー関与の方法をそれぞれ意味する。「不可視性」はアグノトロジーにおいては無知の生産メカニズムを、認識論においては認識的排除の帰結を、社会政策においてはデータの欠落を意味する。

トランスディシプリナリティの実践的志向

統合の方法論的基盤を与えるのが、Nicolescu2002)のトランスディシプリナリティ概念である。Nicolescuは、学際性(interdisciplinarity)が分野「間」の対話にとどまるのに対し、トランスディシプリナリティは分野を「横断し(across)」「間を渡り(between)」「越えていく(beyond)」ものであると定式化した。

Klein2004)はこれを実践的文脈に引き寄せ、トランスディシプリナリティは「問題志向型(problem-oriented)」であり、問題解決の必要性が分野統合を駆動すると論じた。この実践的志向は、ISVDが「社会構想デザイン」を学問分野としてではなく、問題対応の方法論として位置づけていることと正確に対応する。

構造を読む: 統合アーキテクチャ

以上の3つの概念装置——wicked problems、Mode 2知識生産、境界オブジェクト——と、トランスディシプリナリティの方法論的基盤を組み合わせると、6分野統合のアーキテクチャが浮かび上がる。

各分野の機能的位置づけ

6つの分野は、統合モデルにおいてそれぞれ固有の機能を担う。

  1. アグノトロジー は「なぜ知識ギャップが存在するか」を問う。問題の不可視性が偶然の産物なのか、構造的に生産されたものなのかを判別する分析装置である
  2. 認識論(知の政治学) は「何が正当な知識として認められるか」を問う。エビデンスの選別基準、証言の信頼性判断に埋め込まれた権力構造を可視化する
  3. EBPM は政策適用のレイヤーを提供する。分析と批判から得られた知見を、政策形成の文脈に接続する翻訳装置である
  4. 社会政策 はドメイン・コンテキストを提供する。福祉、労働、貧困、格差といった具体的な問題領域における制度的・歴史的文脈を与える
  5. 市民社会論 はアクター・コンテキストを提供する。NPO、市民活動、ボランタリーセクターといった実践主体の論理と制約条件を明らかにする
  6. 参加型デザイン は方法(メソッド)を提供する。当事者参加の原則に基づき、分析から介入への変換を実行する手法的基盤である

統合の論理

これらは次のような論理で統合される。

wicked problemsの性質が、単一分野では不十分であることを 正当化 する(Rittel & Webber)。Mode 2知識生産が、ISVDの組織形態——文脈駆動型・異階層的・社会的説明責任——を 記述 する(Gibbons, Nowotny)。境界オブジェクトが、「エビデンス」「参加」「不可視性」といった概念が6分野間を完全な相互翻訳なしに渡り歩くメカニズムを 説明 する(Star & Griesemer)。そしてトランスディシプリナリティが、この統合が「各分野の足し算」ではなく「問題が駆動する分野横断」であることを 方法論的に基礎づける(Nicolescu, Klein)。

残された課題

この統合アーキテクチャは、現時点では概念的枠組みにとどまっている。次のステップとして以下の検証が必要である。

第一に、境界オブジェクトの実証的同定である。「エビデンス」「参加」「不可視性」以外にどのような概念が分野間を越境しているか、ISVDの既存記事977件のCitation分析から実証的に明らかにする必要がある。

第二に、統合の限界の明確化である。6分野のすべてが常に動員される必要はない。どのような問題に対してどの分野の組み合わせが有効か、問題類型と分野構成の対応関係を整理する必要がある。

第三に、日本の文脈における固有性の言語化である。wicked problemsもMode 2も欧米の知的伝統に由来する概念であり、日本の社会政策・市民社会の文脈にそのまま適用できるかどうかは検討を要する。

参考文献

Dilemmas in a General Theory of PlanningRittel, H. W. J. & Webber, M. M.. Policy Sciences, 4(2), 155-169

Democratising expertise and socially robust knowledgeNowotny, H.. Science and Public Policy, 30(3), 151-156

Institutional Ecology, 'Translations' and Boundary Objects: Amateurs and Professionals in Berkeley's Museum of Vertebrate Zoology, 1907-39Star, S. L. & Griesemer, J. R.. Social Studies of Science, 19(3), 387-420

Prospects for transdisciplinarityKlein, J. T.. Futures, 36(4), 515-526

参考書籍

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