一般社団法人社会構想デザイン機構
ISVD-LAB-003批判的分析

アグノトロジーの限界と自己言及性 — ISVDも「見えないもの」を生んでいないか

ヨコタナオヤ
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無知の構造を分析する学問は、自らが新たな無知を生産するリスクを免れない。選択的盲点、規範的緊張、透明性の逆説という三つのメカニズムを検討し、ブルデューの反省的社会学とFrickerの認識的正義から構造的応答を探る。

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何が起きているのか

は、無知が社会的に生産されるメカニズムを解明する学問である。タバコ産業や化石燃料産業が科学的知見を組織的に攪乱してきた歴史を明るみに出し、「知らないこと」を政治的に分析する視座を確立した。ISVDもこの知的遺産を「構造的不可視性」という概念に翻訳し、社会構想デザインの認識論的基盤として活用している。

しかし、ここで一つの問いが浮上する。無知の構造を暴く学問自体が、新たな無知を生んでいないか。分析のレンズは、照らす領域を選ぶことで、必然的に影を生む。ISVDが「構造を読む」と称するとき、読まれなかった構造は何か。この問いに向き合わなければ、アグノトロジーの方法論的誠実さは保てない。

本ノートでは、アグノトロジー的分析が新たな無知を生成する三つのメカニズムを検討し、それに対する構造的な応答としてブルデューの反省的社会学とFrickerの認識的正義論を位置づける。

背景と文脈

メカニズム1: 選択が生む盲点(Selection-induced Ignorance)

Proctor自身が『Agnotology: The Making and Unmaking of Ignorance』の第1章で引用したKenneth Burkeの警句がある——「ある見方は、同時に見ないことでもある。対象Aへの焦点は、対象Bの無視を伴う(A way of seeing is also a way of not seeing — a focus upon object A involves a neglect of object B)」。

この警句はアグノトロジーそのものに跳ね返る。Proctorの研究は商業的利害による無知の生産に焦点を当てることで、この分野を確立した。だが、そのフレーミング自体が「商業的ではない無知の源泉」を周縁化するリスクを孕んでいる。官僚制の惰性による無知、善意に基づく組織の自己欺瞞、あるいは市民運動内部での情報選別——これらはProctorのモデルでは捉えきれない無知の形態である。

ISVDの文脈に引き直せば、「構造的不可視性」という枠組みが照射する対象は、権力と制度によって作られた不可視性に偏っている。では、権力や制度とは無関係に、あるいはISVD自身の活動を通じて生まれる不可視性は存在しないのか。選択的注目は必ず選択的盲点を伴う。

メカニズム2: 規範的緊張(Normative Tension)

Fernández Pinto2015, Social Studies of Science)は、アグノトロジー研究者が「適切な科学的知識とは何か」について暗黙の規範的コミットメントを持ちながら、それを記述的分析として提示していると指摘した。つまり、無知の「生産」を批判する際に、何が「正しい知識」であるかについての判断が密輸入されている。

この緊張は深刻である。アグノトロジーが「これは無知の生産だ」と診断するとき、その診断は「本来知られているべき知識」の存在を前提としている。だが、何が「知られているべき」かは、それ自体が政治的な判断である。タバコの健康被害については広い合意があるが、より複雑な社会問題——たとえば福祉制度の効果測定や教育政策の因果推論——においては、「何がエビデンスか」自体が論争の対象である。

ISVDの「構造を読む」は、まさにこの規範的緊張の只中にある。ISVDが特定の社会構造を「不可視化されている」と指摘するとき、その指摘は「本来見えるべきだ」という規範的判断を含んでいる。その判断の根拠はどこにあるのか。この問いを回避すれば、ISVDの分析は独善に陥るリスクを負う。

メカニズム3: 透明性の逆説(Enhanced Opacity Paradox)

COVID-19パンデミック下の科学コミュニケーションは、第三のメカニズムを鮮明に示した。PMC(2020)の研究は、「反省性と透明性を高めるのと同じダイナミクスが、同時に不透明性と大規模な無知を促進する」ことを明らかにした。

科学的知見のオープン化、プレプリントの即時公開、データの広範な共有——これらの透明性向上策は、同時に解釈困難な大量の情報を市民空間に放出した。専門家間の暫定的な不一致が「科学者は信用できない」という物語に転用され、結果として科学的知識への信頼が毀損される。透明性が、それ自体のメカニズムによって不透明性を生む。

この逆説はISVDの情報発信にも適用される。ISVDが社会構造の複雑さを可視化すればするほど、読者が「結局何もわからない」「問題が大きすぎて手が出せない」という無力感に陥るリスクがある。構造の可視化が、構造的無関心を生産する。行為のための知識ではなく、麻痺のための知識を生む可能性を、ISVDは自覚しなければならない。

構造を読む

ブルデューの応答: 反省的社会学

アグノトロジーの自己言及的限界に対する構造的応答として、Pierre BourdieuLoïc Wacquant『An Invitation to Reflexive Sociology』(1992)で展開した反省的社会学が有効な枠組みを提供する。

ブルデューの核心的な提案は、分析者は自らの分析道具を自分自身に向けなければならない、というものである。「社会学の社会学(sociology of sociology)」——社会構造を分析する営み自体がどのような社会的条件のもとで成立し、どのようなバイアスを構造的に内包しているかを、分析の一部として組み込む。

重要なのは、ブルデューがこれを「客観性の主張」として提示していない点である。反省的社会学は、分析者が偏りのない位置に立てると主張するものではない。むしろ逆に、分析者のポジショナリティ(社会的位置、学問的訓練、制度的所属)を規律ある形で説明することで、分析の射程と限界を明示する方法論である。

認識的正義からの問い直し

Miranda Frickerの枠組みは、もう一つの構造的応答を提供する。構造的無知を暴露する組織が、自ら証言的不正義や解釈的不正義を行使していないか——この問いは、アグノトロジーの実践者にとって避けて通れない。

ISVDが社会構造の分析を発信するとき、誰の声が引用され、誰の声が引用されないのか。学術文献に基盤を置く分析は、学術的言語を持たない当事者の経験知を構造的に周縁化するリスクがある。まさにFrickerが指摘した解釈的不正義のメカニズムが、反不正義を掲げる組織の内部で再生産される可能性がある。

Sandra Hardingのスタンドポイント理論(Whose Science? Whose Knowledge?, 1991)は、この問いをさらに鋭利にする。知識は社会的位置から生まれる。では、ISVDが「構造を読む」とき、それはどのスタンドポイントからの読解なのか。一般社団法人という法人格、東京に拠点を置く情報発信者、学術的言語を操るアナリスト——このポジショナリティが、何を見えやすくし、何を見えにくくしているのか。

ISVDへの具体的な示唆

以上の分析から、ISVDの研究実践に対する具体的な示唆を三点整理する。

第一に、盲点の定期的な棚卸し。 ISVDの記事群が繰り返し取り上げるテーマ(非正規雇用、社会保障、NPOの構造的課題)と、取り上げていないテーマの間にあるギャップを、意図的に検証する仕組みが必要である。Burkeの警句が示すように、ISVDの「見方」は同時に「見ないこと」を規定している。

第二に、規範的前提の明示。 「この構造は不可視化されている」と主張するとき、「本来見えるべきだ」という規範的判断を明示的に述べ、その根拠を読者に開示する。規範的判断を隠蔽することは、ISVDが批判する「戦略的無知」の一形態にほかならない。

第三に、当事者の認識論的参加。 分析対象となるコミュニティの声を、分析結果の検証段階に組み込む設計が求められる。学術文献とデータから構造を読むだけでは、Frickerの解釈的不正義を再生産するリスクがある。当事者が「構造の読み方」自体に参加する回路を設計することが、認識的正義への実質的なコミットメントとなる。

残された問い

本ノートは、アグノトロジーの自己言及的限界を指摘し、反省的社会学と認識的正義論からの応答を示した。しかし、これらの応答自体もまた限界を持つ。ブルデューの反省性は、どこまで遡れば「十分に反省的」と言えるのか。無限後退のリスクをどう管理するか。また、当事者参加の設計は、どのような制度的・実務的条件のもとで実現可能なのか。

これらの問いは、社会構想デザイン研究室の次のフェーズ——統合(Synthesis)——において、方法論的な回答を試みる対象となる。

メカニズムと応答の対照

以下の表は、本ノートで検討した三つのメカニズムと、それぞれに対応する構造的応答を整理したものである。

メカニズム内容代表的論拠構造的応答
選択的無知分析の焦点が照射対象を選ぶことで、必然的に照射されない領域が生まれるProctor(2008): 「ある見方は同時に見ないことでもある」ブルデューの反省的社会学(分析者のポジショナリティを規律的に説明する)
規範的緊張「無知の生産」を批判する際に「本来知られるべき知識」の規範的判断が密輸入されるFernández Pinto(2015): 記述的分析に暗黙の規範的コミットメントが混入するフリッカーの認識的正義(証言的・解釈的不正義を自己点検する枠組み)
強化された不透明性の逆説透明性を高めるダイナミクスが同時に不透明性と大規模な無知を促進するLeonelli(2020): COVID-19下の科学コミュニケーション実証ハーディングのスタンドポイント理論(知識が生まれる社会的位置を開示する)

→ 関連: 社会構想デザインの知的座標 | 文献マップ: アグノトロジーから構造的不可視性へ

参考文献

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