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一般社団法人社会構想デザイン機構

少子化の本丸は子育て支援ではない — 社会保障114兆円の世代間配分を問う

ヨコタナオヤ
約8分で読めます

2025年の出生数は70.6万人。社人研の推計より17年前倒しで70万人台に到達した。だが問題の本質は「子育て支援の不足」にはない。高齢者3経費113.6兆円と子ども・子育て10兆円、11対1の世代間配分構造こそが少子化を固定化している。団塊ジュニアの「失われた機会」と、シルバーデモクラシーが封じる配分見直しの回路を分析する。

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ざっくり言うと

  1. 2025年出生数70.6万人(速報値)は社人研の中位推計を17年前倒しで下回り、出生数の減少加速度が制度設計の前提を根本から崩している
  2. 社会保障給付費のうち高齢者3経費113.6兆円に対し子ども・子育ては約10兆円で、比率は11対1。子育て支援金の初年度6,000億円は高齢者3経費の0.5%に過ぎない
  3. 団塊ジュニア約800万人の出産適齢期に非正規雇用が拡大し、非正規男性の未婚率75.6%が示すように「結婚できる経済基盤」が構造的に失われたことが根本的原因である

何が起きているのか

出生数70.6万人は社人研推計を17年前倒しで下回り、出生数の減少速度そのものが制度の前提を壊している

誰もいない小学校の教室
出生数70.6万人。10年で32%減少し、社人研の推計を17年前倒しで突破した

2025年の日本の出生数は 705,809人(速報値)。10年連続で過去最少を更新した。

この数字の衝撃は、単に「減った」ことにあるのではない。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が2023年に公表した中位推計では、出生数が70万人台に落ち込むのは 2042年 とされていた。現実はその推計を 17年前倒し で突破した。

出生数の減少加速度を10年単位で見ると、その勢いが際立つ。2015年に 100.6万人 だった出生数は、2019年に86.5万人、2022年に77.1万人、そして2024年には 68.6万人 と、統計史上初めて70万人を割り込んだ。10年間で 32%の減少 である。

実績値
社人研推計(2023年・中位)
100.6
15
97.7
16
94.6
17
91.8
18
86.5
19
84.1
20
81.2
21
77.1
22
72.7
77.9
23
68.6
77.4
24
70.6*
76.9
25
17年前倒し70万人台到達は2042年予測だった
* 速報 出典: 厚生労働省 人口動態統計確定数 / 国立社会保障・人口問題研究所 2023年推計(中位)。2025年は速報値。
出生数の実績推移と社人研推計の乖離(2015-2025年)

合計特殊出生率も歯止めがかからない。2024年の確定値は 1.15 で、過去最低を記録した。2015年の1.45から10年で0.3ポイント低下したことになる。東京都に至っては2023年時点で0.99と、自治体単位で初めて1.0を下回った。

社人研の推計が「2023年に底を打ち、2024年は77.9万人に持ち直す」と見込んでいたことを考えると、 推計の前提そのものが崩壊している と言わざるを得ない。

背景と文脈

団塊ジュニアの機会損失、社会保障の世代間配分11対1、シルバーデモクラシーの構造が少子化を固定化している

新旧の住宅が混在する日本の郊外住宅街
高齢者3経費113.6兆円に対し、子ども・子育ては約10兆円。11対1の世代間格差

団塊ジュニアの「失われた機会」

少子化の「構造的原因」を理解するには、1990年代に遡る必要がある。

団塊ジュニア(1971〜1974年生まれ)は毎年200万人以上が誕生し、4年間の合計出生数は約800万人に上る。人口動態の観点からは、この世代が出産適齢期を迎える1990年代後半〜2000年代前半こそが、出生数を回復させる最後の大きな機会であった。

ところが、この世代を待ち受けていたのは 就職氷河期 と非正規雇用の拡大であった。1993年にバブル崩壊後の就職難が本格化し、1996年に労働者派遣対象業種が拡大、1999年には原則自由化、2003年には製造業への派遣が解禁された。

政策面では、1994年に策定された エンゼルプラン が少子化対策の柱とされた。しかしその内容は保育所の増設や時間延長保育など、事実上 「保育プラン」 にとどまった。未婚者や非正規雇用者の経済基盤という根本問題にはまったく手が届かず、「少子化対策=保育所対策」という狭い認識が以後30年間続くことになる。

結果はデータに刻まれている。団塊ジュニアの50歳時点の未婚率は男性 28.25%、女性17.81%に達した。人口規模が最も大きかった世代の約3割が生涯未婚に至ったことは、出生数に壊滅的な影響を与えた。

社会保障の世代間配分 — 11対1の非対称性

2023年度の社会保障給付費 135.5兆円 の内訳を世代間で分解すると、構造の歪みが浮き彫りになる。

高齢者3経費(年金56.4兆円+医療45.6兆円+介護11.6兆円)の合計は 113.6兆円 で、給付費全体の83.8%を占める。一方、子ども・子育て関連は 約10兆円(7.4%)にとどまる。その比率は 11対1 である。

社会保障給付費 総額 135.5兆円
11 : 1高齢者 対 子ども
高齢者3経費83.8%
113.6兆円
年金56.4兆円
41.6%
医療45.6兆円
33.6%
介護11.6兆円
8.6%
子ども・子育て7.4%
約10兆円
高齢者3経費との比較
高齢者3経費の約8.8%に相当
その他11.9兆円8.8%
出典: 国立社会保障・人口問題研究所「令和5年度 社会保障費用統計」。高齢者3経費は年金+医療+介護の合計。
社会保障給付費の世代間配分(2023年度実績)

2026年4月に徴収が始まった 子ども・子育て支援金 は、初年度約 6,000億円、2028年度に約1兆円の規模となる。被用者保険加入者の平均負担は月約450円である。

この規模感を高齢者3経費と比較すると、構造の非対称性が明確になる。高齢者3経費 113.6兆円の1%は約1.1兆円 であり、支援金の満額(1兆円)ですら、高齢者向け支出のわずか1%にも満たない。子育て支援金が少子化対策として「焼け石に水」と批判される理由は、金額の絶対値ではなく、 配分構造の中での相対的な位置づけ にある。

シルバーデモクラシー — なぜ配分は変わらないのか

世代間配分が固定化される背景には、投票行動の世代間格差がある。

2021年の衆議院選挙における年代別投票率を見ると、20代が 36.50% であるのに対し、60代は71.38%で、約35ポイントの差がある。直近の2024年衆院選でも20代は 34.62% にとどまった。

有権者に占める高齢者の比率が高まり、かつその世代の投票率が圧倒的に高いことで、高齢者向け施策が優先される政治構造が生まれる。これが シルバーデモクラシー と呼ばれる現象である。選挙で勝つためには高齢者票が不可欠であり、年金・医療の給付削減は政治的自殺行為となる。結果として、世代間配分の見直しという「正論」は、民主主義の回路を通じて実現することが極めて困難になっている。

世代会計 — 5,000万円の生涯格差

島澤諭氏の試算による 世代会計 は、この非対称性を生涯を通じた数値で可視化する。

団塊世代(1946〜50年生まれ)は生涯で +1,820万円 の純受益(給付が負担を上回る)を得る一方、1990年代生まれは ▲3,000万円 の純負担となる。両世代の差は約5,000万円に及び、日本の世代間不均衡は国際的に見ても突出している。ジュニア世代の負担はシニア世代の 2.69倍(169%増) に達し、米国の1.51倍、ドイツの1.92倍を大きく上回る。

「少子化を止めたい」と言いながら、若い世代に5,000万円の純負担を課す構造を維持し続けるのは、制度としての自己矛盾である。

構造を読む

世代間配分の転換、結婚できる経済基盤の構築、人口減少前提の制度再設計という3つの処方箋

若者が集うコワーキングスペース
「増やす」より「縮み方を設計する」。70万人時代を前提とした制度再設計が求められている

処方箋1: 社会保障の世代間配分を変える

少子化対策の議論は、いつも「何を増やすか」(児童手当の拡充、保育の無償化、育休の延長)から始まる。しかし、給付費135.5兆円の中での配分構造に踏み込まない限り、追加的な子育て支援は 高齢者向け支出の「余白」の中での微調整 にとどまる。

政府も形式的には「全世代型社会保障」を掲げ、2022年には 全世代型社会保障構築会議 を設置した。2022年10月には後期高齢者医療の窓口負担が一定所得以上で1割から2割に引き上げられた。しかし対象は高齢者全体の約20%(約370万人)にとどまり、高齢者3経費の構造を変えるには至っていない。

国際比較の示唆は明確である。ESRIの分析によれば、GDP比で家族政策に高い比率を投じるスウェーデン(3.4%)やフランス(2.9%)は出生率の維持・回復に成功している。日本の 1.6% は、OECD平均(2.3%)にも及ばない。

問題は「もっと予算を増やせ」ではない。 135.5兆円の配分をどう変えるか が問われている。

処方箋2: 「結婚できる経済基盤」を作る

学術研究が一貫して示すのは、現金給付の出生率効果は限定的だという事実である。山口慎太郎教授(東京大学)は「現金給付は出生率を上げるが、それほど強い効果はない」と指摘し、保育サービス充実や男性育休取得促進の方が効果的だと述べている。

しかし、保育や育休以前の問題がある。 そもそも結婚に至れない 若者が増えていることである。

30代の非正規男性の未婚率は 75.6% で、正規雇用の30.7%と比べ 約2.5倍 の差がある。雇用形態による未婚率の格差は、年収の差だけでは説明できない。年収500万円超の非正規男性ですら全国平均以上の未婚率を示すデータがあり、 雇用形態そのものが結婚市場での障壁 になっている可能性がある。

年収300万円は「家族形成の壁」とされる閾値であり、20代非正規男性の約79.5%がこの水準を下回っている。子どもを産むかどうか以前に、「結婚できる所得水準に到達できない」という経済構造の問題がある。

柴田悠准教授(京都大学)のOECDデータ分析では、出生率に有意に正の効果をもつ要因は 移民受け入れと保育充実のみ であり、児童手当は有意ではなかった。つまり、児童手当の増額という「見えやすい」施策よりも、若年層の雇用の質を根本から改善する方が、少子化対策としての費用対効果は高い可能性がある。

処方箋3: 人口減少前提の制度再設計

出生数が仮に今後回復したとしても、その効果が生産年齢人口に反映されるまでには20年以上かかる。つまり、向こう20年間は出生数70万人前後を前提とした制度設計が不可避である。

RIETIは2025年の研究で「いかに建設的な縮小をするか」が本当に必要な政策であると提言した。日本学術会議も2020年の提言で「人口縮小社会を幸福な社会として設定する」ことを求めている。

2024年に 人口戦略会議 が公表した「消滅可能性自治体」は 744自治体 に上る。学校統廃合は2年間で293件が実施され、地方の金融機関・スーパー・ガソリンスタンドの閉店が相次いでいる。

「少子化を止める」という目標設定自体を問い直す時期に来ている。 「増やす」ことに固執するのではなく、「縮み方を設計する」 というアプローチへの転換が求められる。それは人口の回復を諦めることではなく、出生数70万人時代に持続可能な社会の形を具体的に描くことである。


この記事の着想元

本記事は、以下の発信を着想元に、ISVDが独自のデータ分析を行ったものである。

  • 木下斉氏のnote投稿「2025年の出生数は70万5,809人」(2026年4月)

参考文献

令和5(2023)年度 社会保障費用統計国立社会保障・人口問題研究所 (2025年)

日本の将来推計人口(令和5年推計)国立社会保障・人口問題研究所 (2023年)

日本の世代間格差と世代会計島澤諭 (2023年)

少子化対策の効果に関するエビデンス研究内閣府経済社会総合研究所(ESRI) (2023年)

国政選挙における年代別投票率の推移総務省 (2024年)

消滅可能性自治体分析レポート人口戦略会議 (2024年)

参考書籍

読んだ後に考えてみよう

  1. 社会保障費の世代間配分を見直すとしたら、具体的にどの支出項目をどう変えるべきだと考えるか
  2. 「結婚できる経済基盤」を作るために、雇用政策と住宅政策のどちらが優先度が高いか
  3. 出生数70万人時代を前提に、自分が住む自治体はどのような「縮み方」を設計すべきか

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