一般社団法人社会構想デザイン機構

PFS普及率9%の構造分析 — 制度・資金・ガイドラインが揃っても自治体が踏み出せない理由

ヨコタナオヤ
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成果連動型民間委託契約方式(PFS)を実施した自治体は全国1,700団体中わずか154団体、9%にとどまる。内閣府はガイドライン・交付金・専門家派遣を整備したが、案件形成の現場では「WTP算定の壁」「ロジックモデル設計の壁」「庁内合意形成の壁」が立ちはだかる。制度と実行の断層を構造的に分析する。

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このノートは公共資産活用研究室(ISVD-LAB-005)の構造分析シリーズ第3篇である。成果連動型民間委託契約方式(PFS)の普及が1割未満にとどまる構造的要因を、内閣府のデータと実務者の知見から分析する。

何が起きているのか

の新しい手法として注目される成果連動型民間委託契約方式(PFS)。行政が「活動」ではなく「成果」に対して対価を支払うこの仕組みは、民間の創意工夫を最大限に引き出す契約形態として、内閣府が重点的に推進してきた。

しかし、令和6年度末時点でPFSを実施した自治体は全国でわずか154団体(323件)にとどまる。全国約1,700の地方公共団体に対し、普及率は約9% — 1割にも満たない。

さらに、実施分野には偏りがある。介護分野が約39%(126件)、医療・健康分野が約35%(114件)と、重点3分野(医療・健康・介護・再犯防止)が全体の約76%を占める。まちづくりや教育、環境といった分野への展開は緒についたばかりである。

内閣府はPFS共通的ガイドライン(令和6年2月改訂)、推進交付金(成果連動部分の1/2、上限4,000万円)、専門家派遣制度を整備してきた。制度的なインフラは十分に揃っている。にもかかわらず9割の自治体が動かない。なぜか。

背景と文脈

WTP算定の壁 — 「いくらまで払えるか」が決まらない

PFS案件形成の最初にして最大の障壁が、WTP(Willingness to Pay:支払意思額)の設定である。WTPとは「目指す成果の達成のために、自治体が最大限支払ってもよいと判断できる額」であり、事業の予算規模の上限として機能する。

内閣府ガイドラインはWTP設定の考慮要素として4項目を挙げる。①経済価値換算されたアウトカムに関するエビデンス、②経済価値換算されていないアウトカムに関するエビデンス、③既存事業のコスト・実績との比較、④市場価格調査の結果である。しかし同ガイドラインは「WTPの設定方法は現時点で確立されていない」とも明記しており、FAQ文書でも設定の困難さが認められている。

実務の現場では「いくらまで払えるか」が計算できないまま検討が行き詰まる。財政部局や議会への説明には定量的な根拠が必要だが、その根拠を作る方法論自体が未確立なのである。

ロジックモデル設計の壁 — 「測れるもの」と「意味のあるもの」の乖離

PFSでは成果に対して対価を支払うため、「何をもって成果とするか」の定義 — すなわちロジックモデルの設計と成果指標の選定 — が事業の生死を決める。

ケイスリー株式会社の幸地正樹CEOは内閣府実務者セミナーにおいて、「測定できるから採用する」指標選定の危険性を繰り返し指摘している。成果指標が確定すると、民間事業者は「指標の数値を上げること」に最適化し、指標外の活動 — 本来は住民にとって価値のある活動 — を行わなくなる逆インセンティブが働く。

正しい手順は「最終アウトカムを言語化→重要な変化を絞り込む→指標を検討→測定方法を決める」であり、行政と民間が対話しながらロジックモデルを何度も改訂するプロセスが必要とされる。このプロセス自体に数ヶ月を要し、専門的なファシリテーションが不可欠である。

庁内合意形成の壁 — 「なぜPFSか」を問い続ける孤独

内閣府実務者セミナーで最も繰り返し強調されたのは、技術や資金ではなく「所管部署に意欲のある職員がいるかどうかが、他のどの要因よりも重要」という指摘である。

PFS案件の検討過程では、庁内の複数部署(所管課・企画財政・法務・議会対応)との調整が発生する。そのたびに「なぜ従来型の委託ではなく成果連動なのか」「失敗した場合の責任は誰が取るのか」「前例のない手法を採用する合理的理由は何か」を繰り返し問われる。首長や幹部の理解度が検討の難易度に直結するとも指摘されている。

意欲のある担当職員がいなければ、検討は途中で止まる。いたとしても、人事異動で担当が変われば引き継ぎの困難さから案件が消滅する。この「人依存の構造」が、PFS普及の最も根深い障壁である。

構造を読む

PFS普及率9%の本質は、「制度がないから進まない」のではなく、「制度はあるのに実行する人と仕組みが足りない」という実行ギャップにある。

突破の糸口は3つある。

第一に、広域連携型PFS広島県は県内6市(竹原市・尾道市・福山市・府中市・三次市・庄原市)と連携し、日本初の広域SIBを実施した。固定費を6市が分担し成果連動部分を県が負担する構造で、単独では規模が小さすぎる小規模自治体のPFS参画を可能にした。大腸がん検診受診者数は6市合計で+1,515人、精密検査受診率は+6.09ポイント向上している。

第二に、 PFSライフサイクル支援 という発想。PFSは「永続的な委託形態」ではなく「エビデンス蓄積フェーズの手法」である。ある自治体の首長は「5年間の成果連動で蓄積したエビデンスがあったからこそ、今は1/3以下のコストで効率的に実施できている」と証言している。PFS導入→エビデンス蓄積→固定委託への移行という一連のライフサイクルを設計することで、自治体との長期的な関係構築が可能になる。

第三に、庁内エバンジェリストの育成。案件形成の最大変数が「人」であるならば、PFS導入理由の言語化、財政部局向け説明資料の作成、首長ブリーフィングといった「庁内合意形成」そのものを支援する伴走機能が必要である。

残る問い

PFSは自治体にとって「成果が出なければ払わなくてよい」という一見リスクの低い手法に見える。しかし現実には、WTP算定・ロジックモデル設計・成果指標選定・庁内合意形成という4つの壁が立ちはだかり、制度の恩恵にたどり着けない自治体が9割を占める。

この構造的空白は、裏を返せば巨大な市場機会でもある。1,546の自治体がまだPFSに触れてさえいない。その「最初の1件」を支援する伴走者の存在が、制度と実行の断層を埋める鍵となる。

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参考文献

PFS(成果連動型民間委託契約方式)共通的ガイドライン(令和6年2月改訂版)内閣府 PFS推進室. 内閣府

PFS/SIBのこれまでと今後の展開日本経済研究所. 内閣府PFS推進室

広島県SIBを用いた大腸がん検診個別受診勧奨事業 最終報告書広島県. 経済産業省

まちづくり分野におけるPFS活用の手引き国土交通省. 内閣府PFS推進室

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