優先的検討規程の 構造的乖離 — 策定率82%の 裏側に ある 「運用されない 制度」の 実態
内閣府が推進するPPP/PFI優先的検討規程は、人口20万人以上の自治体で策定率82.1%に達した。しかし策定と運用の間には構造的な乖離が存在する。人口規模別の策定率データ、総務省調査による形骸化の実態、先進事例(豊明市・智頭町)の制度設計を交差させ、「規程があるのに機能しない」構造を定量的に分析する。
このノートは公共資産活用研究室(ISVD-LAB-005)の構造分析シリーズ第1篇である。PPP/PFI優先的検討規程の策定実態を定量データで検証し、「制度の存在」と「制度の機能」の間にある構造的乖離を明らかにする。
何が起きているのか
優先的検討規程(一定規模以上の公共施設整備事業において、従来型手法に先立ってPPP/PFI手法の導入を検討することを義務づける規程)は、日本の官民連携制度の根幹をなす仕組みである。内閣府は平成27年(2015年)にこの規程の策定を各府省庁および人口20万人以上の地方公共団体に要請し、以降段階的に対象を拡大してきた。
令和7年3月末時点で、人口20万人以上の市区における策定率は82.1%に達した。10〜20万人未満の市区でも64.1%と、令和4年度末の20.8%から3年で3倍に急伸している。数字だけを見れば、制度の浸透は順調に進んでいるように映る。
しかし、この「策定率」は制度が機能しているかどうかを示していない。総務省の調査(外部サイト・新しいタブで開きます)(令和5年3月)は、規程を策定済みの自治体のうち相当数がPPP/PFI事業の実績をゼロと報告していること、規程の運用率が策定率を大きく下回ることを明らかにしている。さらに人口5万人未満の自治体(全1,788団体のうち1,227を占める)では、策定率はわずか3.4%にとどまる。
本稿では、「策定率の上昇」と「運用の形骸化」という二つの動きが同時に進行する構造を、内閣府・総務省の公開データと実務者の知見を交差させて分析する。
背景と文脈
優先的検討規程の制度設計
優先的検討規程は、平成27年12月に内閣府(外部サイト・新しいタブで開きます)が策定した「指針」に基づく。制度の骨子は単純で、公共施設の整備・運営に際して「まずPPP/PFI手法を検討し、従来型手法はその後」という検討順序を定めるものである。
対象自治体の閾値は段階的に引き下げられてきた。
| 時点 | 策定要請の対象 |
|---|---|
| 平成27年12月 | 各省庁+人口20万人以上の地方公共団体 |
| 令和3年6月 | 人口10万人以上に拡大 |
| 令和7年6月 | 人口5万人以上に拡大(指針改定版で明記) |
令和7年6月に改定された指針改定版(外部サイト・新しいタブで開きます)では、人口5万人以上の地方公共団体が「規程を定め、優先的検討を行うことが求められる」と明記された。5万人未満でも策定が「望ましい」とされている。
人口規模別の策定率:急伸と停滞の二極化
令和7年3月末時点の最新データを人口規模別に整理すると、策定率の分布に明確な断層が存在する。
| 区分 | 総団体数 | 策定済 | 策定率 | 運用済 | 運用率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 国 | 13 | 13 | 100.0% | 7 | 53.8% |
| 都道府県 | 47 | 47 | 100.0% | 42 | 89.4% |
| 政令指定都市 | 20 | 20 | 100.0% | 20 | 100.0% |
| 20万人以上(市区) | 112 | 92 | 82.1% | 79 | 70.5% |
| 10〜20万人(市区) | 145 | 93 | 64.1% | 48 | 33.1% |
| 5〜10万人 | 237 | 41 | 17.3% | 23 | 9.7% |
| 5万人未満 | 1,227 | 42 | 3.4% | 13 | 1.1% |
| 合計 | 1,788 | 335 | 18.7% | 225 | 12.6% |
出典: 総団体数・策定済・策定率・運用済。「運用率」は出典に載っている数字ではなく、運用済÷総団体数として本記事で計算した。 策定済を分母にすると別の値になる(例: 20万人以上は79÷112で70.5%、79÷92なら85.9%)。
注目すべきは2点ある。
第一に、10〜20万人の策定率が令和4年度末の20.8%から64.1%に急伸していることである。令和3年の閾値引き下げ後、集中的な策定要請と支援措置が効いたと見られる。
第二に、5〜10万人未満は17.3%、5万人未満は3.4%と、依然として大きな空白が残ることである。令和7年6月に閾値が5万人以上に引き下げられたが、5〜10万人帯に237団体、5万人未満に1,227団体が存在する。数の上では全自治体の81.8%がこの二層に集中しており、「策定率18.7%」という全体数値の実態は、圧倒的多数の小規模自治体が未策定であることを意味する。
策定率の推移:政策介入の効果
| 時点 | 20万人以上 | 10〜20万人 | 全体 |
|---|---|---|---|
| 令和2年度末 | 77.9% | 14.1% | — |
| 令和4年度末 | 77.7% | 20.8% | 12.7% |
| 令和5年度末 | 79.5% | 56.1% | 17.1% |
| 令和7年3月末 | 82.1% | 64.1% | 18.7% |
10〜20万人帯の急伸(14.1%→64.1%)は、政策介入、具体的には閾値の引き下げ、内閣府による個別対話、地域プラットフォームを通じた支援が有効に機能した証拠である。しかしこの成功体験がそのまま5〜10万人帯に適用可能かは別の問題である。
構造を読む
構造的乖離1:策定と運用の非連動
上記の表で最も重要な列は「運用率」である。策定率82.1%の20万人以上でも、運用率は70.5%にとどまる。10〜20万人帯では策定率64.1%に対し運用率33.1%と、 策定したうちの半数しか実際に運用していない 。
総務省の調査(外部サイト・新しいタブで開きます)はこの乖離の要因を構造的に分析している。策定済みだがPFI事業実績がゼロの自治体が多数存在し、規程が「あるが使われない」状態が常態化しているのである。
実務者の寺沢弘樹(外部サイト・新しいタブで開きます)は、多くの自治体の規程が「国のモデルの劣化コピー」にとどまり、むしろ 規程が「やらないための根拠」として機能する 逆説的状況が生じていると指摘する。たとえば事業費の基準を国の手引きの目安(建設10億円以上・運営1億円以上)のまま採用すれば、小規模案件は制度的に検討対象から除外される。規程はあるが、検討されるべき案件が最初から対象外になっているのである。
構造的乖離2:人材・ノウハウの空間的偏在
総務省の令和3年調査(外部サイト・新しいタブで開きます)では、PPP/PFI導入の最大の困難として「ノウハウ・知識不足」が全工程で最頻出(36件)、次いで「人材不足」(33件)が続く。VFM算定には「どのような設計・運営者が参画するか不明な段階で事業費を計算する」という構造的矛盾があり、専門性なしに実施することは現実的に不可能である。
結果として、10万人未満の自治体ではコンサルタント依存が主な対処法(29件)となり、自治体に内製能力が蓄積されない自己強化ループが形成される。大手コンサルタント(日本総研・三菱UFJリサーチ等)は事業費10億円以上の案件を主戦場としているため、小規模自治体の支援に入るインセンティブが構造的に弱い。
構造的乖離3:制度の閾値と現実のずれ
優先的検討規程の制度設計上の事業費基準は、内閣府の手引きでは「事業費の総額が10億円以上、または運営費が年間1億円以上」を目安としている。この閾値の下で何が起きているかを見ると、構造的な問題が浮かび上がる。
国交省が2024年12月に設立したスモールコンセッション・プラットフォーム(外部サイト・新しいタブで開きます)は、事業費10億円未満の小規模案件を対象とする。しかし、これらの案件は優先的検討規程の事業費基準からは構造的に除外されてきた。公共R不動産(外部サイト・新しいタブで開きます)が整理した「イメージの壁・パートナーの壁・事業化の壁」の3障壁は、この閾値問題と直結している。廃校等の普通財産に転用された公共施設は省庁所管が不在となり、統一データベースが存在しないまま活用機会が逸失される構造が続いてきた。
愛知県豊明市(人口7万人)は、この閾値問題に自治体レベルで解を出した先進事例である。豊明市は独自に事業費基準を「建設1億円以上・運営3,000万円以上」に引き下げ、国基準の10分の1の規模から優先的検討の対象とした。さらに指定管理者制度の更新時にも優先的検討を適用するという運用を採用している。
鳥取県智頭町(人口6,254人・職員240人)は、極小規模自治体での策定実例として注目に値する。FM委員会(庁内横断組織)が審査機能を担い、サウンディングで応募ゼロという事態にも内閣府担当者の直接介入で対処した。
英国PFIの教訓
構造分析の射程を海外に広げると、英国のPFI廃止(外部サイト・新しいタブで開きます)(2018年)が示唆的である。英国会計検査院は、PFIが有効でありVFMも改善できたという「明確な根拠は発見できなかった」と結論づけた。日本の優先的検討規程が前提とする「PPP/PFI手法の方が効率的」という命題自体が、制度発祥国で否定されている事実は、日本の制度設計を考える上で無視できない。
ただし、英国と日本の制度は同一ではない。英国PFIは大規模インフラ整備に集中していたのに対し、日本ではスモールコンセッションやPark-PFIなど、英国にはない小規模・柔軟なスキームが発展しつつある。英国の教訓は「PFI全般の否定」ではなく、「制度の目的が曖昧なまま推進されるリスク」として読み替えるべきであろう。
小括:3つの構造的乖離が示すもの
以上の分析から、優先的検討規程には3つの構造的乖離が存在することが確認された。
- 策定と運用の乖離 — 策定しても運用しない自治体が半数に上る
- 人材の空間的偏在 — 専門人材が大規模自治体に集中し、小規模自治体にはコンサルタント依存以外の経路がない
- 制度の閾値と現実のずれ — 事業費10億円の基準が小規模案件を構造的に排除する
この3つの乖離は独立した問題ではなく、相互に強化し合っている。人材がいないから運用できない、運用実績がないから人材が育たない、基準が高いから小規模案件が検討されない、という循環構造である。
令和7年6月の閾値引き下げ(5万人以上)は、この循環を断ち切る政策意図を持つ。しかし10〜20万人帯の急伸が示すように、閾値引き下げが有効に機能するには、個別対話・地域プラットフォーム・専門家派遣という支援措置が不可欠であった。5〜10万人帯の237団体に対してこの密度の支援を展開できるかが、次の焦点となる。
この記事で使った統計の出典
参考文献
- 1.PPP/PFI優先的検討規程策定状況(令和7年3月末時点)(外部サイト・新しいタブで開きます)
内閣府民間資金等活用事業推進室 (2025)
- 2.
- 3.
- 4.
- 5.PPP/PFI手法についての優先的検討規程策定の手引(外部サイト・新しいタブで開きます)
内閣府民間資金等活用事業推進室 (2022)
- 6.「やらないための」PPP/PFI優先的検討規程(外部サイト・新しいタブで開きます)
寺沢弘樹(合同会社まちみらい) (2024)
- 7.イギリスはなぜPFIを止めたのか(外部サイト・新しいタブで開きます)
東洋大学PPP公民連携研究センター (2023)
- 8.スモールコンセッションって何?(外部サイト・新しいタブで開きます)
公共R不動産 (2024)
参考書籍
- 1.朽ちるインフラ — 忍び寄るもうひとつの危機(外部サイト・新しいタブで開きます)
根本祐二 (2011)
日本経済新聞出版社
インフラ老朽化が年8.1兆円の「隠れ負債」を生む実態を実証データで示し、PPPによる公共施設再生の必要性を論じた基礎文献。
- 2.インフラ崩壊 — 老朽化する日本を救う「省インフラ」(外部サイト・新しいタブで開きます)
根本祐二 (2023)
日経プレミアシリーズ
人口減少時代の公共施設維持を「省インフラ」の観点から論じた最新著。優先的検討規程を活用したPPP推進の方向性を理解する上でも有用。
- 3.これ1冊ですべてがわかるPPP/PFIの教科書(外部サイト・新しいタブで開きます)
新谷聡美 (2024)
中央経済社
PPP/PFIの制度・仕組み・事業プロセスを体系的に解説。優先的検討規程の位置づけと運用の実務を理解するための入門書。
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この記事は構造の話です。手順・事例・費用の相場は、当機構が別に運営している公共0区にあります。
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