ざっくり言うと
- 2026年4月施行の改正では居住サポート住宅への代理納付原則化・自立支援3事業の法定化・月1,500円の特例加算・最高裁判決を受けた追加給付(約300万世帯・2,000億円規模)が実施された
- 一方、捕捉率15〜20%の構造的改善策・水際作戦の実効的規制・扶養照会の地域格差解消・制度スティグマの払拭は改正対象外のまま残存する
- 今回の改正が目指すのは「利用している人が使いやすい制度」への調整であり、「利用できていない8割にどう届けるか」という根本課題への回答ではない
何が起きているのか
2026年4月施行の4つの改正内容と最高裁判決対応の追加給付を概観する
2026年4月1日、厚生労働省は生活保護実施要領の改正を施行した。2024年に成立した「生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律」に基づく措置であり、複数年にわたる段階的施行の最終局面にあたる。
今回の改正で変わったことは、主に4点ある。
(1)居住サポート住宅への代理納付の原則化。住宅セーフティネット法に基づく居住サポート住宅に生活保護受給者が入居する場合、住宅扶助費の代理納付を原則化した。家賃を福祉事務所が直接家主に支払うことで、民間賃貸住宅への入居ハードルを下げる狙いがある。受給者の同意・委任状は不要とされたが、福祉事務所には丁寧な説明義務が課せられた。
(2)自立支援3事業の法定化。被保護者就労準備支援事業・被保護者家計改善支援事業・被保護者地域居住支援事業(新設)の3事業が、生活保護法上の任意事業として位置付けられた。これまで予算事業として実施してきたものを法律上に明記することで、実施の促進を図る。
(3)生活扶助への月1,500円の特例加算。2025年10月から2026年度末(2027年3月)まで、月額1,500円の特例加算を全受給者に上乗せする措置が継続している。物価高騰への対応として2023〜2024年度の月1,000円から増額されたものだが、臨時・特例の位置づけで、2027年度以降は改めて検討とされた。
(4)最高裁違法判決を受けた追加給付。この改正と並行して、より歴史的な意義をもつ動きがあった。2025年6月27日の最高裁判決は、2013年から実施された生活扶助基準引下げ(▲4.78%)を「厚生労働大臣の判断の過程及び手続には過誤、欠落があった」として違法と認定した。生活保護基準の引下げが最高裁で違法とされた初の判決である。
厚生労働省は2025年11月、約300万世帯を対象に追加給付を実施する方針を決定した。一般受給者には差額分(単身世帯で約10万円)、原告約700人には引下げを実施しない水準まで追加支給する。財政規模は約2,000億円(地方負担含む)に及ぶ。
変わったこと(2026年4月施行)
居住サポート住宅への住宅扶助費の代理納付を原則化。家賃滞納リスクを低減し、民間賃貸入居を促進。
就労準備支援・家計改善支援・地域居住支援の3事業を生活保護法上の任意事業として法定化。
物価高騰対応として2027年3月まで全受給者に月額1,500円を上乗せ。前年度の月1,000円から500円増額。
2025年6月の最高裁違法判決を受け、約300万世帯に追加給付(単身世帯約10万円)。財政規模約2,000億円。
変わらなかったこと
受給資格のある人の約80%が制度を利用できていない。先進国最低水準。
福祉事務所に相談した人の約7割が申請に至らない「水際作戦」は実効的な新規制なし。
中野区5.5% vs 佐賀市78%。2021年通知の延長のまま抜本的な格差解消策なし。
不正受給率0.5%と「横行している」という社会的誤解の乖離は改正対象外。
捕捉率の国際比較(参考)
出典: 厚生労働省各国比較資料・日弁連2024年決議
4つの改正と最高裁対応。改正は確かに実施された。しかし制度の根幹にある問題(受給資格のある人の8割が制度に届いていないという構造)には、これらの措置はほとんど触れていない。
背景と文脈
捕捉率・水際作戦・扶養照会・スティグマという4つの「変わらなかったこと」の実態を分析する
捕捉率15〜20%:先進国最低水準のまま
「変わらなかったこと」の核心は、捕捉率の問題である。
理論的に生活保護を受けられる状態にある人のうち、実際に利用しているのは約15〜20%にすぎないと推計されている。受給資格のある人の約80%が、制度を利用できていない。
日弁連の2024年決議は、この問題を次のように数値化する。相対的貧困率15.4%(約1,900万人)に対して生活保護利用者は約204万人。貧困状態にある人の1割程度しか生活保護の利用にたどり着けていない計算になる。
国際比較をすれば、その異例さは一層鮮明になる。ドイツは64〜91.6%、イギリスは60〜90%、フランスは47〜91.6%、アメリカのSNAP(食料支援)は82%という水準にある。日本の15〜20%は先進国の中で突出して低い。
今回の実施要領改正には、この捕捉率を引き上げるための抜本策は含まれていない。
水際作戦:申請率31.4%の現実
捕捉率の低さには、制度側の障壁が深く関与している。
生活ニュースコモンズなどの調査によれば、福祉事務所に相談に来た人のうち実際に申請に至る割合(申請率)は約31.4%(2021年)にとどまる。約7割が申請に至っていない。
「水際作戦」と呼ばれる違法な申請妨害の実態は、依然として続いている。「持家がある」「借金がある」「車がある」といった法的根拠のない理由で申請を断念させるケース、家族に連絡が取られることへの恐れを利用した威圧的な対応。日弁連の2024年決議は、一部自治体が「確信犯的に違法運用を継続している」と明示的に指摘している。
今回の改正に、この水際作戦を実効的に規制する新措置は含まれていない。
扶養照会:5.5%から78%の地域格差
2021年3月の厚生労働省通知で、扶養照会は「扶養義務の履行が期待できる者に限る」ことが明確化された。しかし2024年時点でも、実施率の地域格差は大きく残存している。
東京都中野区の照会率が5.5%であるのに対し、佐賀市では78%に達する。同じ国の制度でありながら、申請者が親族に扶養照会される確率が15倍以上異なる。
照会を受けた家族関係が壊れることへの恐れ、「家族に迷惑をかけたくない」という心理的抑制。これが申請をためらわせる構造は、通知のみでは解消されていない。つくろい東京ファンド等の支援団体は2024年8月、「生活保護手帳別冊問答集」の不適切な記載の削除・改正を厚生労働省に申し入れているが、現時点で対応は明らかになっていない。
スティグマ:0.4%と「横行している」の乖離
相対的貧困状態にある人が制度を利用することへの「恥」意識は、日本社会に根強く残存している。
不正受給率は金額ベースで0.4%程度にすぎない。しかし「不正受給が横行している」という社会的イメージは根強く、申請抑制と「水際作戦」を正当化する土壌を形成している。
制度スティグマの解消は、法律の改正だけで達成できるものではない。しかし少なくとも、正確な情報(不正受給率は金額ベースで0.4%程度、「権利として申請できる」という事実)を社会に広く浸透させる公的なコミュニケーション戦略は、今回の改正の対象外である。
構造を読む
改正が目指しているのは「信頼性の調整」であって「届けていない8割への到達」ではないという構造的問題
「使いやすくする」と「届ける」は別の問題
4つの改正を整理すると、一つの傾向が見える。改正が目指しているのは 「現在の利用者にとって使いやすい制度」への調整 であり、 「受給資格があるのに届いていない8割への到達」ではない 。
代理納付の原則化は、すでに入居中あるいは入居予定の受給者の居住安定に資する。就労支援の法定化は、すでに受給している人の自立を促す。月1,500円の特例加算は、すでに受給している人の購入力を若干改善する。最高裁対応の追加給付は、すでに受給していた人への遡及的な是正である。
いずれも必要な措置だが、捕捉率を引き上げるためのアウトリーチ型支援、水際作戦を防ぐ実効的な第三者機関、申請手続きの簡素化、スティグマ解消のための社会的キャンペーン、これらは今回の改正に含まれていない。
捕捉率を「見える化」しない政策姿勢
より根本的な問題がある。日本政府は、捕捉率を公式統計として定期的に公表していない。
捕捉率の推計は複数の研究者が行ってきたが、方法論が統一されておらず、最新の数値(2024〜2025年時点)は不明だ。ワーキングプアの実態も同様で、就業中の世帯が生活保護基準を下回るケースがどれだけあるかは、系統的なデータが整備されていない。
東京23区在住の母子と子ども2人の3人世帯の最低生活費(生活扶助+住宅扶助)は約185,000円であるのに対し、東京の最低賃金でフルタイム近く働いた場合の月収(手取り)は約126,000円にとどまる逆転現象がある。就業中でも最低生活費に届かないという構造は、捕捉率の低さをさらに複雑にする。
「見えないものは改善できない」。捕捉率を公式統計として毎年公表し、地域別・世帯類型別の実態を可視化することなしに、政策の実効性を評価することは困難である。
最高裁判決が問いかけるもの
今回の文脈で見落とせないのは、最高裁判決の意義である。
2013年の生活扶助基準引下げが、物価動向に基づく適切な判断ではなかったと最高裁が認定した。これは「生活保護基準の設定は、厚生労働大臣の裁量が無制限ではない」という法原則の確認であり、今後の基準改定に対する重要な制約となる。
日弁連の会長声明は、この判決を「生存権保障の見地から画期的な判断」と評価しつつ、「捕捉率の向上と生活保障法の制定に向けた取り組みを一層強化する」方針を示している。
2026年4月の改正は、制度の運用を改善する。しかし「受給資格がある人が確実に制度を利用できる社会」という目標(日弁連が「生活保障法」として提唱するような普遍的なセーフティネット)との距離は、なお大きい。
関連コラム
- 生活保護「捕捉率」20%: 日本の安全網の見えない漏れ(捕捉率の現状・3つの申請障壁の詳細分析)
参考書籍
生活保護制度の現状と課題をさらに深く理解するために、以下の書籍を推薦する。
『生活保護から考える』(稲葉剛、岩波新書、2013年)は、自立生活サポートセンター・もやい理事長の著者が、現場の実態から制度の構造問題を実証的に解説した一冊。水際作戦・扶養照会・スティグマという三つの障壁を系統的に論じており、制度の現状を理解するための基本文献となっている。
『生活保護:知られざる恐怖の現場』(今野晴貴、ちくま新書、2013年)は、NPO POSSE代表による現場ルポ。違法な水際作戦の実態を具体的な事例で記録しており、制度が「使えない」理由を当事者目線で描く。
『必携 法律家・支援者のための生活保護活用マニュアル 2024年改訂版』(生活保護問題対策全国会議編、あけび書房、2024年)は、5年ぶりの大幅改訂。82のQ&Aで制度を解説し、自動車保有・海外旅行・扶養照会等の最新論点を収録。支援者・実務者向けの実践的ガイドとして有用である。
参考文献
2026(令和8)年4月1日施行 生活保護実施要領等(未定稿) — 厚生労働省. 厚生労働省
平成25年生活扶助基準改定に関する最高裁判決への対応について — 厚生労働省. 厚生労働省
生活保護の捕捉率向上と生活保障法制定を求める決議 — 日本弁護士連合会. 日弁連
生活扶助基準引下げ違憲訴訟最高裁判決に関する会長声明 — 日本弁護士連合会. 日弁連
被保護者調査(令和7年7月分概数) — 厚生労働省. 厚生労働省
各国の公的扶助制度の比較 — 厚生労働省. 厚生労働省