ざっくり言うと
- 日本の基幹的農業従事者は102万人(平均年齢69.2歳)まで減少し、農業の担い手構造は「持続不可能」の域に達している
- 食料自給率38%は自然に下がったのではなく、米価維持・減反に代表される50年以上の農政の選択の結果である
- 担い手の高齢化→耕作放棄地→生産力低下→輸入依存という構造的連鎖の解消には、残された時間が少ない
何が起きているのか
農業従事者の激減と高齢化、耕作放棄地拡大の現状
カロリーベース38%。この数字だけでは、日本の農業が直面する危機の輪郭は見えてこない。
自給率の低さが議論されるとき、多くの場合、輸入依存度や貿易構造が論点の中心に置かれる。だが問題の根はより深い場所にある。国内農業の生産基盤そのものが、静かに、しかし確実に崩壊しつつあるという事実だ。
農林水産省が2025年に公表した農業構造動態調査によれば、基幹的農業従事者数は 102万人 。5年前の136万人から 25.1%減、過去最大の減少幅を記録した。しかもこの102万人の 平均年齢は69.2歳 、65歳以上が全体の71.7%を占める。体言止めで表現するなら、高齢化と縮小の同時進行。日本農業の担い手構造は、すでに「持続不可能」の域に達している。
担い手の減少 → 耕作放棄地の拡大 → 国内生産力の低下 → 輸入依存の深化。この4段階の連鎖が、自給率38%を構造的に固定化している。
新規就農者は年間約4.3万人。だが離農のペースはその数倍に達しており、差し引きで農業従事者は毎年減り続けている。耕作放棄地は約25万ヘクタール以上に拡大し、農地面積は過去60年間で30%以上縮小した。一度荒廃した農地を再び生産可能な状態に戻すには、多大なコストと時間を要する。失われた農地は、事実上の不可逆的損失となりうる。
背景と文脈
農業構造変化の歴史的経緯と社会的要因
農政の転換点 — 減反政策の功罪
戦後日本の農業政策は、米を基軸に組み立てられてきた。1970年に始まった減反政策(生産調整)は、米の過剰生産を抑制する目的で導入されたが、結果として水田の遊休化を促し、転作作物への移行を十分に促進できなかった。2018年に減反の行政配分は廃止されたものの、生産調整の慣行は事実上続いており、政策転換が現場の行動変容につながっていない。
問題の核心は、農業を「保護すべき衰退産業」と位置づけてきた政策フレームの固定化にある。農家への直接支払い、価格支持、関税保護といった措置は個々の農家を一時的に支えたが、構造改革を先送りにする効果も同時に持っていた。経営規模の拡大や法人化は遅れ、農業の生産性は先進国の中で低位にとどまる。
農家の高齢化が意味するもの
農業従事者の高齢化は、単に「若い人が農業をやらない」という問題ではない。高齢農家の多くは小規模な家族経営であり、経営の法人化や大規模化とは無縁である。こうした農家が離農するとき、農地は後継者不在のまま耕作放棄地となるか、地域の担い手に集積されるかの二択を迫られる。
農地バンク(農地中間管理機構)は2014年の設立以来、農地集積を進めてきた。担い手への農地集積率は2023年時点で約60%に到達している。しかし中山間地域の棚田や傾斜地といった条件不利地域では、引き受け手がそもそも存在しない。効率化が進む平場農地と、担い手なく荒廃が進む条件不利地。農地の「二極化」が拡大している。
気候変動と国内生産リスク
農業の構造問題に追い打ちをかけるのが気候変動である。農林水産省は、適応策を講じない場合、2050年までに米の収量が最大30%減少する可能性があると試算している。すでに高温障害による白未熟粒の増加が新潟・北陸を中心に顕在化し、2023年産米では一等米比率が大幅に低下した地域もあった。
果樹では産地の北上が進み、りんごの適地は従来の青森・長野から北海道へと移動しつつある。畜産では暑熱ストレスによる乳量減少や繁殖成績の悪化が報告されている。国内生産基盤の脆弱化は、輸入依存をさらに加速させる要因となる。
構造を読む
食料自給率低下を招く構造的問題の分析
この問題を「自給率をいかに上げるか」という数値目標の議論に矮小化すべきではない。
2024年に改正された食料・農業・農村基本法は、25年ぶりの大改正として注目された。カロリーベース自給率の2030年目標は45%。だがこの数字は前回の基本計画から据え置かれたものであり、過去20年以上にわたり一度も達成されたことがない。目標値の反復は、政策の実効性に対する疑念を深めるだけだ。
構造問題の連鎖を改めて整理する。担い手の高齢化・減少が耕作放棄地を生み、農地面積の縮小が国内生産力を低下させ、不足分を輸入が補填する。この循環が40年以上にわたって続いた結果が、38%という数字の正体である。
注目すべきは、この構造が「市場の失敗」ではなく「政策の結果」であるという点だ。米価維持と減反に代表される需給管理型の農政は、農家を守る代わりに農業の競争力と次世代の参入意欲を削いだ。農業を安全保障の文脈で位置づけ直す動きは、基本法改正に一定程度反映されたが、担い手への投資、スマート農業の普及支援、条件不利地域の戦略的な維持か集約かの判断といった具体的な施策はまだ緒についたばかりである。
食料安全保障をグローバルな供給網の脆弱性から捉える視点と、国内の農業構造から捉える視点は、同じ問題の表と裏だ。輸入が途絶したとき、国内でどれだけの食料を生産できるか。その「有事の生産力」を決定するのは、平時における農業基盤の維持・投資にほかならない。
38%という数字は、半世紀の政策選択の結果であると同時に、今後の選択によって変わりうるものでもある。ただし、担い手の平均年齢が69.2歳であるという現実は、残された時間の短さを突きつけている。
関連コラム
参考文献
農業構造動態調査結果の概要(令和7年) — 農林水産省. 農林水産省
令和6年度食料自給率・食料自給力指標について — 農林水産省. 農林水産省
食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律(令和6年法律第52号) — 農林水産省. 農林水産省
Japan's Farming Population Rapidly Aging and Decreasing — Nippon.com. Nippon.com
