ざっくり言うと
- 2024年度の障害年金の不支給割合は13.0%と過去最高、精神障害では12.1%で前年(6.4%)の約2倍
- 都道府県別の不支給割合は大分県24.4%〜栃木県4.0%と最大6.1倍の格差(2015年厚労省調査)
- 初診日証明・診断書作成・申立書記入の各段階に構造的障壁があり、専門家支援なしの申請は困難
何が起きているのか
2024年度の不支給率急増と、精神障害における認定厳格化の実態
障害年金は、病気やけがによって生活や仕事が制限される場合に支給される公的年金であり、障害者の経済的自立を支える中核的な制度である。しかし2024年度、この制度に異変が起きた。
厚生労働省の調査報告書によれば、2024年度の新規請求における非該当(不支給)割合は 13.0% と過去最高の水準に達した。前年度(2023年度)の8.4%から大幅に上昇している。
とりわけ深刻なのは精神障害・発達障害の領域である。精神障害の非該当割合は2023年度の 6.4% から2024年度には 12.1% へと約2倍に跳ね上がった。
さらに注目すべきは、精神ガイドラインにおける障害等級の目安より下位に認定された割合の変化である。この割合は2023年度の44.7%から2024年度には75.3%に急増した。つまり、ガイドラインが想定する等級よりも低い等級に認定される——あるいは不支給とされる——ケースが4件中3件に達したことになる。
共同通信が複数の社会保険労務士の協力を得て2023年と2024年で計2千件超の申請を集計した調査でも、精神・発達障害では2024年の不支給割合が2023年比で2倍、全障害種別でも1.6倍に増加したことが確認されている。
障害年金の受給権者は障害基礎年金等で約222万人、障害厚生年金等で約69万人にのぼる。この制度の認定が厳格化されることの影響は極めて大きい。
背景と文脈
初診日証明・診断書・申立書——申請プロセスの各段階に存在する構造的障壁
申請プロセスそのものが障壁である
障害年金の申請は、6つの主要なステップからなる。そして、そのすべてに構造的な障壁が存在する。
初診日の特定
⚠ カルテ廃棄・閉院で証明不能
保険料納付要件の確認
⚠ 未納期間があると門前払い
医師に診断書を依頼
⚠ 作成拒否・実態と乖離した記載
病歴・就労状況等申立書の作成
⚠ 数十年分の記憶の再構成が必要
年金事務所へ提出
⚠ 書類不備による差し戻し
認定審査(3〜4か月)
⚠ 地域・審査員による判定のばらつき
初診日の壁——「いつ最初に受診したか」を証明できない
障害年金の受給資格を判定する起点となるのが 初診日(障害の原因となった傷病について初めて医師の診療を受けた日)である。しかし、この初診日の証明こそが最大の構造的障壁の一つとなっている。
医療機関のカルテ保存義務は5年間であり、長期にわたる療養の場合、初診時の医療機関がすでにカルテを廃棄している、あるいは閉院しているケースが珍しくない。日本年金機構は初診日の証明が困難な場合の代替手段(第三者証明等)を案内しているが、手続きは複雑であり、当事者の負担は大きい。
精神障害・発達障害の場合、この問題はさらに深刻化する。思春期に最初の症状が出現しても、それが障害年金の対象となる傷病の「初診」であると認識されないまま何年も経過することがある。20年前の初診を証明せよ、という制度設計は、当事者にとって構造的に不利なものだ。
診断書の壁——医師が「書いてくれない」構造
障害年金の申請には、所定の様式による診断書が必要である。しかし、医師が障害年金用の診断書の作成を拒否するケースが一定数存在する。
その理由は複合的だ。「年金を受給すると治療へのモチベーションが下がる」という医師の価値判断、複雑な様式への記入に要する時間的負担、そして障害年金制度そのものへの知識不足——これらが重なり、診断書を「書いてもらえない」という構造が生まれている。
さらに問題なのは、医師が作成した診断書の内容が当事者の生活実態を反映していないケースだ。短い診察時間では日常生活の困難さが十分に伝わらず、結果として実態よりも軽い障害として記載されることがある。本来2級に該当する障害が3級、あるいは不支給と判定されるリスクが生じる。
申立書の壁——数十年分の記憶の再構成
「病歴・就労状況等申立書」は、発病から現在までの経過を時系列で記述する書類である。数十年にわたる療養期間のある当事者にとって、この書類の作成は記憶の正確な再構成を求める過酷な作業だ。
しかも、この申立書の書き方によって審査結果が大きく左右される。同じ障害状態であっても、日常生活の困難を適切に表現できるかどうかで認定結果が変わりうる。社会保険労務士による申請代行の費用は成功報酬で年金額の2〜3か月分が相場であり、この「専門家支援コスト」の存在自体が、制度のアクセシビリティの低さを物語っている。
構造を読む
地域格差のデータと、医学モデルに偏った認定基準の構造的問題
地域格差——住む場所で結果が変わる
2015年に厚生労働省が公表した調査結果は、障害年金制度の根幹を揺るがすものだった。
平成22〜24年度(2010〜2012年度)の3年間で新規に申請された障害基礎年金について、都道府県別の不支給割合を比較したところ、最も高い 大分県(24.4%) と最も低い栃木県(4.0%)の間に 6.1倍 もの格差が存在した(この調査は2016年のガイドライン導入前のデータであり、導入後に地域格差がどの程度是正されたかについての包括的な再調査は公表されていない)。
出典:厚生労働省「障害基礎年金の障害認定の地域差に関する調査結果」(2015年)
この格差の主因は、精神障害・知的障害の認定基準の運用差にある。新規申請の66.9%を精神障害・知的障害が占める中で、これらの認定判断に使われる「日常生活能力の程度」(5段階)の運用が地域間で統一されていなかった。
不支給割合が低い10県では「日常生活能力の程度」が5段階中2番目以上を支給の目安としていたのに対し、不支給割合が高い10県では3番目以上としていた——つまり、住んでいる場所によって「同じ障害でも受給できるかどうか」が変わる構造だったのである。
この調査を受けて、2016年9月から「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」が導入され、審査の一元化が図られた。しかし2024年度のデータが示すように、ガイドラインの目安より下位に認定される割合が75.3%に達している現状は、ガイドライン自体が形骸化しつつあることを示唆している。
認定基準の構造——医学モデルへの偏重
日本弁護士連合会(日弁連)は2025年7月、障害年金の認定基準の見直しを求める会長声明を発表した。さらに2026年1月にも重ねて会長声明を出している。
日弁連が指摘する根本的な問題は、日本の障害年金の認定基準が 障害の医学モデル に偏重していることだ。現行の認定基準は、身体の機能障害を医学的に評価し、その程度によって等級を判定する。しかし、とりわけ精神障害・発達障害においては、医学的な診断名や検査数値だけでは日常生活の困難の実態を十分に捉えられない。
社会保障審議会年金部会では、24回の会議のうち障害年金改革が議題となったのは約2回にとどまり、2025年の法改正でも障害年金に具体的な改正は盛り込まれず、附帯決議にとどまった。制度改革の議論自体が構造的に後回しにされている。
不服申立ての狭き門
不支給決定に対しては審査請求(社会保険審査官への不服申立て)が可能だが、審査請求で処分が覆る(容認される)割合は約4%にすぎない。再審査請求(社会保険審査会への上訴)を含めても、不支給が覆る確率は極めて低い。
この「出口」の狭さが、認定段階での判定の重要性——そしてその判定における恣意性の問題——を際立たせている。
障害年金の「見えない壁」は、単一の原因に帰せられるものではない。初診日証明の困難、診断書の壁、申立書の複雑さ、地域格差、医学モデルへの偏重、不服申立ての狭き門——これらが複合的に作用し、「制度はあるが届かない」構造を形成している。
制度の非捕捉(ノンテイクアップ)は生活保護だけの問題ではない。障害年金においても、受給資格がありながら申請に至らない、あるいは申請しても不支給となるケースの構造的要因を直視する必要がある。
社会保障制度の正当性は、「不正受給を防ぐ」ことだけでなく、「必要な人に届く」ことによって担保される。2024年度の不支給率の急増は、この制度が後者の機能を失いつつあることを示す警告だ。
障害者の社会保障全般については「障害者雇用の構造的課題」を、社会保障財源の問題は「社会保障費130兆円の行方」も参照されたい。制度が届かない人々の共通構造は「政策が届かない層の共通構造」で詳しく分析している。
参考文献
令和6年度の障害年金の認定状況についての調査報告書 (2025年)
障害基礎年金の障害認定の地域差に関する調査結果 (2015年)
障害認定基準等を見直し、障害年金について公平な制度の構築を求める会長声明 (2025年)
障害年金制度の認定基準に係る早急な見直しを求める意見書 (2024年)
障害年金制度の見直しについて(社会保障審議会年金部会 資料) (2024年)

