高齢者の多剤処方問題 — 5種類以上の薬を飲む人が4割の構造
75歳以上の高齢者の約4割が5種類以上、約25%が7種類以上の薬を処方されている。6種類を超えると薬物有害事象の発生率が有意に跳ね上がるにもかかわらず、多剤処方は構造的に増え続ける。処方カスケード、縦割り医療、減薬への心理的障壁。問題の構造を読み解く。
ざっくり言うと
- 75歳以上の約4割が5種類以上の薬を処方され、6種類を超えると薬物有害事象が有意に増加する
- 複数医療機関の受診と処方カスケードが多剤併用を構造的に生み出している
- 2024年度診療報酬改定で減薬インセンティブが拡充されたが、薬剤総合評価調整加算の算定率は1割以下にとどまる
何が起きているのか
75歳以上の4割が5種類以上を処方され、6種類超で有害事象が急増する現実
75歳以上の高齢者のうち、約4割が5種類以上の薬を処方されている(2016年時点のデータ。厚労省指針の根拠として広く引用されるが、最新の処方動向は変動し得る点に留意が必要である)。7種類以上に限っても約25%、つまり4人に1人にのぼる。
多剤処方はなぜ増え、何を引き起こすのか
多剤処方の構造的要因
75歳以上の平均罹患疾患数は4〜5
「かかりつけ」の不在・縦割り診療
副作用→新たな病気と誤認→追加処方
患者・医師双方の「薬を止める不安」
6種類の閾値
薬剤6種類以上で有害事象の発生が有意に増加(厚労省指針2018)
有害事象の連鎖
この数字が意味するのは、単に「薬が多い」ということではない。が2018年に公表した「高齢者の医薬品適正使用の指針」は、薬剤6種類以上での発生が有意に増加するというデータを明示した。薬の数が増えるほど有害事象は比例的に増え、6種類が一つの閾値となる。
薬物有害事象と転倒リスク
その結果は深刻である。大学病院の調査では、高齢入院患者の約10%に薬物有害事象が認められている。転倒リスクは5剤以上で補正相対リスク1.28倍に上昇し、ベンゾジアゼピン系薬を含む場合は1.40倍に達する。65歳以上の3人に1人が年間1回以上の転倒を経験し、うち約25万人が大腿骨骨折に至っている。転倒・骨折は介護が必要となる原因の第4位(全体の13.0%)であり、は要介護リスクの隠れた入口でもある。
さらに、7種類以上の薬を服用する患者では、30日以内の非計画再入院のハザード比が3.94に達するという報告もある。退院しても薬の問題が解決されなければ、再び病院に戻ってくる。医療費と患者のQOLの双方を蝕む悪循環である。
は2025年に『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025』(外部サイト、新しいタブで開きます)を10年ぶりに改訂し、「5〜6種類以上を多剤併用の目安と考えることが妥当」と改めて明記した。問題は学術的にも制度的にも認識されている。にもかかわらず、構造は変わっていない。
背景と文脈
複数受診・処方カスケード・減薬障壁という三重の構造が多剤併用を再生産する
多剤処方を生み出す三重の構造
なぜ高齢者の薬は増え続けるのか。その背景には、三つの構造的メカニズムがある。
第一の構造:複数疾患の併存と複数医療機関の受診。75歳以上の高齢者は平均して4〜5の慢性疾患を抱えている。高血圧、糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症、不眠症。それぞれの疾患に対して別々の専門医が薬を処方する。日本の医療制度はフリーアクセスを原則としており、患者は自由に複数の医療機関を受診できる。しかしその結果、処方の全体像を把握する者がいなくなる。
では、受診する医療機関の数が増えるほどポリファーマシーのリスクが有意に上昇することが確認されている。処方の「合計」を見る仕組みが制度の中に組み込まれていないことが、多剤処方の温床となっている。
第二の構造:。薬Aの副作用(たとえば浮腫)が新たな疾患と誤認され、薬B(利尿薬)が追加される。薬Bの副作用(脱水)に対してさらに薬Cが処方される。この連鎖が処方カスケードである。
典型例を挙げる。スタチン(脂質異常症)→ 副作用の筋肉痛 → NSAIDs処方 → 副作用の浮腫 → ループ利尿薬処方 → 脱水症。1つの薬から始まった処方が、4〜5種に膨らむ。はこの現象を「その症状はくすりの副作用かも?」と警鐘を鳴らしている。
第三の構造:減薬への心理的障壁。患者側には「せっかく処方された薬を止めたら悪化するのではないか」という不安がある。医師側にも「他院の処方を中止して問題が起きたら責任を問われる」という懸念がある。結果として、誰も薬を減らそうとしない。薬は増える一方で、減る力が制度の中に組み込まれていない。
診療報酬改定と減薬インセンティブ
この構造に対して、政策は手をこまねいているわけではない。
2016年度の診療報酬改定で「薬剤総合評価調整管理料」が新設された。6種類以上の内服薬が処方されている患者について、処方内容を総合的に評価し、2種類以上の減薬を実施した場合に算定できる仕組みである。薬局側にも「服用薬剤調整支援料」が設けられ、薬剤師が減薬提案を行うインセンティブが作られた。
2024年度改定ではさらに要件が緩和され、カンファレンスの実施を必須要件から外し、日常業務の中で多職種連携による薬物療法の評価ができる体制であれば算定可能となった。
加算の取得実態
しかし、その実態はどうか。医療経営分析を行うGHCの調査によれば、薬剤総合評価調整加算の算定率が1割以下の医療機関は95%にのぼる。制度は存在するが、ほとんど使われていない。加算の点数(250点 = 2,500円)が減薬に伴う業務負荷に見合わないこと、処方元が他院である場合の調整コストが高いことが、算定率の低さの主因と考えられる。
国際比較から見る日本の特異性
ポリファーマシー問題は先進国共通の課題であるが、日本の構造には固有の特徴がある。
は高齢者の多剤処方を世界的な公衆衛生課題と位置づけ、不適切な多剤併用の削減を推奨している。英国ではのGP(家庭医)制度により、一人の医師が処方の全体像を管理するゲートキーパー機能が働く。フランスでは「かかりつけ医」(médecin traitant)制度が処方の一元管理を担保している。
日本のフリーアクセス制度は、患者の選択の自由という点で優れている。しかしその裏面として、処方情報の分断が構造的に埋め込まれている。お薬手帳やオンライン資格確認システムによる処方情報共有の試みは進んでいるが、「全処方を一覧できる」段階には至っていない。
構造を読む
診療報酬インセンティブの限界と、制度横断的な処方情報共有の必要性
なお、複数の慢性疾患を抱える高齢者にとって、6種類以上の薬が臨床的に必要な場合もある。問題は薬の数そのものではなく、処方の妥当性が定期的に再評価されないまま薬が積み上がる構造にある。
多剤処方問題が示しているのは、「薬が多いから減らそう」という単純な話ではなく、日本の医療制度の設計そのものに内在する構造的矛盾である。
フリーアクセス、弱い加算、予防の非対称
第一の構造:フリーアクセスと処方分断のトレードオフ。患者が自由に複数の医療機関を受診できる仕組みは、アクセシビリティの観点からは優れている。しかし処方の全体像を把握する「統合者」が不在であるため、薬は各診療科で独立に積み上がる。マイナ保険証を通じた処方情報のリアルタイム共有が2024年から段階的に進んでいるが、情報が「見える」ことと、それに基づいて「調整する」ことの間には大きなギャップがある。
第二の構造:加算という弱いインセンティブ。薬剤総合評価調整加算は「減らしたら報酬が得られる」仕組みであるが、250点という水準は、多職種で処方を検討し、患者を説得し、他院と調整するコストに見合わない。しかも処方元が複数ある場合、誰がイニシアチブを取るかが不明確である。インセンティブ設計が「弱い」のではなく、問題の構造に対して「的を外している」と言うべきだろう。
第三の構造:予防と治療の非対称。ポリファーマシーの解消は、薬物有害事象の減少を通じて転倒・骨折・入院を予防し、医療費の削減につながる可能性がある。しかし予防効果は「起きなかったこと」として不可視であり、治療行為のように明確な報酬体系に乗りにくい。予防医療が構造的に過小評価される問題は、医療費全体の構造と通底している。
これら三つの構造は、多剤処方という現象を超えて、日本の医療制度が抱える根本的な課題(情報の分断、インセンティブの不整合、予防の過小評価)を映し出している。
の手法で減薬介入の費用対効果を検証し、で介入経路を可視化する。処方情報の統合基盤を整備し、かかりつけ医機能を実質的に強化する。そうした制度横断的なアプローチなしに、「4割」という数字は動かない。
関連ガイド
- EBPM入門 — エビデンスに基づく政策形成とは何か(このサイトの記事)
- ロジックモデル実践ガイド — 事業設計を「見える化」する(このサイトの記事)
- 予防医学の経済学 — 「治す」より「防ぐ」が合理的な理由(このサイトの記事)
この記事で使った統計の出典
- 1社会医療診療行為別統計(2016年) 出典を開く
- 2厚生労働省 高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)(2018年) 出典を開く
- 3健康長寿ネット ポリファーマシーと転倒(2023年) 出典を開く
- 4Mayo Clinic Proceedings, Polypharmacy Management in Older Patients(2020年) 出典を開く
- 5Leap Journal 薬剤総合評価調整加算(2024年) 出典を開く
- 6Leap Journal GHC調査(2024年) 出典を開く
参考文献
高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編) — 厚生労働省 (2018). 厚生労働省
令和4年社会医療診療行為別統計の概況 — 厚生労働省 (2023). 厚生労働省
Number of consulting medical institutions and risk of polypharmacy in community-dwelling older people under a healthcare system with free access — Komiya H, Umegaki H, Asai A, et al. (2020). BMC Geriatrics
Polypharmacy Management in Older Patients — Dagli RJ, Sharma A. (2020). Mayo Clinic Proceedings
Polypharmacy is a risk factor for hospital admission due to a fall: evidence from the English Longitudinal Study of Ageing — Zaninotto, Huang, Di Gessa, et al. (2020). BMC Public Health
ポリファーマシーと転倒 — 健康長寿ネット編集部 (2023). 公益財団法人長寿科学振興財団
参考書籍
読んだ後に考えてみよう
- 自分や家族が複数の医療機関から薬を処方されている場合、全体像を把握できているだろうか
- 「薬を減らす」ことに対する心理的な抵抗は、どこから来ているのか
- 医療制度のどの部分を変えれば、多剤処方の構造的再生産を断ち切れるだろうか
この記事の用語
- EBPM
- 客観的なエビデンス(統計データ、研究結果等)に基づいて政策を立案・評価する手法。
- ポリファーマシー
- 複数の薬剤を同時に服用している状態。一般に5〜6種類以上の薬剤併用を指し、薬物相互作用や有害事象のリスクが高まる。高齢者医療における主要な課題の一つ。
- ロジックモデル
- 事業に使う資金や人員、実施する活動、その直接の結果、目指す変化のつながりを図で整理する方法。
- 処方カスケード
- 薬の副作用を新たな疾患と誤認し、その症状に対してさらに薬が処方される連鎖。多剤併用の主要な発生メカニズムの一つ。
- 薬物有害事象
- 薬物使用に関連して生じる有害な反応の総称。副作用だけでなく、投薬過誤や薬物相互作用による意図しない健康被害を含む。高齢者では転倒・せん妄・腎機能障害が代表的。
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