このノートは、マチカルテ研究室で公開する記事群が依拠する仮説・観察方針・編集判断の前提をまとめたものである。個別の記事を読む前の見取り図として位置づける。
何を問題にしているのか
地方議会の議事録は、自治体ごとに分散したシステムに置かれ、横断検索の手段が長く乏しかった。条例にも予算書にも残らない、議員の問題提起と首長・職員の答弁が、政策が制度化される前段階の言語として日々積み上がっている。
マチカルテ(machikarte.isvd.or.jp)は、全国 1,788 議会の議事録を横断引用可能な形で整える基盤である。その上で本研究室は、得られたデータを 観察値 として読むことを基本姿勢に置く。観察値とは、評価や順位付けの根拠ではなく、構造を読み解くための入力である。
「○○市が最も先送りしている」という個別断罪ではなく、「先送り表現の分布は全国でどう広がっているか」「同じ言葉が異なる議会でいつから使われ始めたか」「ある論点について何議会で言及がないか」を主語に据える。この区別は語感の問題ではなく、運用上の判定軸として 3 段階に operational 化している(§ 編集判断を参照)。
研究室の輪郭
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| データ基盤 | マチカルテ(machikarte.isvd.or.jp、約 1.26 億件の議会発言) |
| 公開対象 | 構造分析・全国分布・時系列パターン・テーマ別沈黙の集計 |
| 公開しないもの | 個別議員の評価的記述、個別議会への上位下位の名指し |
| 運営 | 一般社団法人 社会構想デザイン機構(ISVD) |
| 査読 | 編集委員会(Phase 1 編成中)+ DA review |
編集判断 — 議員データ公開粒度の 3 段階
労力対効果と中立性のバランスから、議員データの公開粒度を 3 段階に分けて運用する。
- 自治体単位の集計: 「全国分布として、検討表現の比率は最大 21%・最小 0%」のような提示
- 会派単位の集計: 「ある論点について、会派 A の発言頻度は会派 B の 2 倍」のような提示
- 個人単位の verbatim 引用: 議事録原本 URL を必ず併記し、解釈や評価を加えない引用に限る
個人単位の評価的記述(「議員 A が消極的」のような表現)は本研究室では扱わない。個別追及は報道機関が担うレイヤーとして切り分け、研究室は構造分析に徹する。
判定基準・苦情対応プロトコル・撤回判断の手続きは公開し、編集委員会の議事録概要も公表する予定である。
押す情報と引かれる情報の区別
findings(発見)の扱いについては、押す(push)と引かれる(pull)を区別する。
| 形式 | 内容 | 想定の流れ |
|---|---|---|
| pull | labs/machikarte の記事として構造分析を公開 | 報道機関・研究者・市民が自発的に引用する |
| push | 特定の報道機関に「この自治体が問題だ」と findings を直接渡す | 行わない |
特定報道への push は、報道の論点設定を ISVD が規定する編集介入になり、報道倫理綱領との緊張が生じる。研究室の役割は、検証可能な構造を公開層に置くことに限定する。共同企画として方法論・一次データ・検証スクリプトを提供する場合も、findings の言語化は提供物に含めない。
差別化の核 — データ品質保証と検証スクリプトと編集判断の透明性
国会図書館・総務省・デジタル庁等が公式オープンデータ化を進めれば、「データを持っている」という差別化は構造的に消える可能性がある。本研究室が長期的に独自性を保てるとすれば、データを信頼できる形に整える工程と、その判断を外から検証可能にする仕組みに置いていると考えている。
具体的には次の 3 点を投資の中心に据える。
- データ品質保証: 重複排除・名寄せ・自治体名 verify ロジック等の品質ゲートを公開
- 検証スクリプト: 集計クエリと再現コードを GitHub で公開し、第三者が同じ結論に到達できる状態を保つ
- 編集判断の透明性: 個別断罪を避ける判定基準、撤回プロトコル、編集委員会の運用を全て公開
これは過去議論で「証明体系・品質・実態把握が本丸」と整理してきた論点と直結する。
取り扱うテーマの全体像
公開済み・公開準備中の記事は次の方向にある。
- 時系列分析: ある言葉が議会に登場した時期と広がりを追う(第 1 号「議会発言に『AI』『生成 AI』が登場したのはいつから」)
- 構造分析: 答弁表現や論点配分の全国分布を読む(フラッグシップ「答弁表現の分布」「子育て論議の格差」)
- 沈黙の構造化: 議論が成立していない論点を可視化する
- 政策伝播: 同じ政策フレームが自治体間でどう伝わるか
- 横断引用: 他研究室(agnotology / public-asset-ppp 等)との接続
各記事は MUST 原則「構造を主語に、個別を断罪しない」に従い、公開前に編集委員会レビュー(Phase 2 以降)と DA review を経る。
制約 — 現時点で扱えないこと
- カバレッジ未完: 1,788 議会のうち取得済みは約 1,200。古い年代ほど取得率が低く、時系列推移には取得進捗の影響が混ざる
- 意味解析の未適用: 多くの分析は表層キーワード集計の段階で、賛否・極性・論点クラスタリングは段階的に拡張中である
- 個人帰責の不在: 議員個人の評価は本研究室では扱わない。報道機関による個別追及は別レイヤーとして尊重する
これらの限界は各記事の方法論セクションで明示する。研究室全体の運営方針・編集委員会規約・訂正窓口は別途公開ページで案内する予定である。
参考文献
machikarte — 全国地方議会発言検索基盤(β 版) — 一般社団法人 社会構想デザイン機構(ISVD). ISVD
machikarte (GitHub) — schema、aggregation queries、ライセンス(MIT + CC BY 4.0) — 一般社団法人 社会構想デザイン機構(ISVD). GitHub
When Politicians Talk AI: Issue-Frames in Parliamentary Debates Before and After ChatGPT — Suter, V. et al.. Policy & Internet