本ノートは公共資産活用研究室(ISVD-LAB-005)のケーススタディシリーズ第 1 稿である。人口 3 万〜10 万規模の中小自治体でスモールコンセッションを実装した 3 事例を選定し、既存の構造分析ノート「スモールコンセッション 3 つの壁の構造分析」で提示した「収益性・資金・ノウハウ」の壁を、それぞれの契約設計がどう突破したかを比較する。
何が起きているのか
スモールコンセッションは制度としては整いつつある。国土交通省が令和 8 年 5 月に「スモールコンセッションのすすめ」を公表し、1,042 会員のプラットフォームも運営されている。だが人口 5 万人未満の自治体(全 1,788 団体のうち 1,227 を占める)では、優先的検討規程の策定率が 3.4% にとどまり、実装は進んでいない。
制度と実装の断層を埋める鍵は、先行事例の契約設計を読み解くことにある。本稿では次の 3 事例を取り上げる。
- 京都府福知山市(人口約 7.4 万): 旧中六人部小学校を活用した「THE 610 BASE」。井上株式会社と 10 年間の賃貸借契約を締結。イチゴ農園・カフェ・クラフトビール醸造を組み合わせた行政負担ゼロ型。
- 岡山県津山市(人口約 9.5 万): 城東重要伝統的建造物群保存地区の「旧苅田家付属町家群」を活用した「城下小宿 糀や」。株式会社 HNA 津山(地元事業者)に令和 2 年 3 月運営権設定議決、同年 7 月 17 日供用開始。伝統的建造物補助を組み合わせた補助金併用型。
- 福岡県宮若市(人口約 2.6 万): 旧吉川小学校を活用した「リモートワークタウン ムスブ宮若」。トライアルホールディングス傘下 3 社(Retail AI・トライアルカンパニー・明治屋)が PFI 法第 6 条の民間提案制度を活用してコンセッション事業者に選定された、地方創生関係交付金併用の 3 施設スキーム。
いずれも 令和 8 年 5 月時点で 3 年以上の運営実績があり、公的資料と報道で契約設計を追跡できる事例だ。
背景と文脈
選定基準 — 3 事例に共通する条件
3 事例の選定にあたっては次の 4 条件を満たすものに絞った。
- 中小自治体: 人口 3 万〜10 万規模の自治体の事例(PPP/PFI 実装が薄い層にあたる)
- 契約設計の検証可能性: 自治体公式サイト・国交省事例集・報道記事で契約形態・期間・事業者が明示されているもの
- 実施済み: 計画段階ではなく開業済み
- 3 年以上の運営実績: 事業成立の初期評価が可能な期間を経過
宮若市は人口 2.6 万で下限を下回るが、超小規模自治体でも民間提案制度と補助金を組み合わせれば大型事業が成立する参照点として選定した。反対に人口 3 万〜10 万の中位ゾーンで代表的な福知山市・津山市 2 例と対比することで、規模による契約設計の違いを浮かび上がらせる意図がある。
3 事例の輪郭
| 事例 | 自治体人口 | 対象施設 | 事業内容 | 事業者 | 契約形態 | 供用開始 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| THE 610 BASE | 福知山市 約 7.4 万 | 旧中六人部小学校 | イチゴ農園 + カフェ + クラフトビール + マルシェ | 井上株式会社 | 賃貸借契約 10 年 | 2020 年 10 月 |
| 城下小宿 糀や | 津山市 約 9.5 万 | 旧苅田家付属町家群 4 棟 | 一棟貸切宿泊 | 株式会社 HNA 津山(地元事業者) | 公共施設等運営権 | 令和 2 年 7 月 17 日 |
| ムスブ宮若 | 宮若市 約 2.6 万 | 旧吉川小学校 | AI 拠点 + 産直レストラン + 農業観光振興センター | トライアルホールディングス傘下 3 社 | コンセッション (民間提案、事業期間 30 年) | MUSUBU AI: 2021 年 6 月 / 他 2 施設: 2022 年 4 月 |
3 事例は対象施設の種類(廃校・伝統的町家・廃校)、事業内容(農業 + 飲食・宿泊・AI 拠点 + 産直)、事業者の性格(地元建設会社・地元事業者・大手流通企業傘下 3 社)がそれぞれ異なる。この差異を「3 つの壁の突破パターン」の軸で読むと、共通する構造が見えてくる。
構造を読む
収益性の壁の突破 — 事業モデルと収入源の設計
既存ノート「スモールコンセッション 3 つの壁の構造分析」で類型化した「行政負担ゼロ型・補助金併用型・FTK 型・LABV 型」のうち、3 事例はそれぞれ異なる型に該当する。
福知山市 THE 610 BASE — 行政負担ゼロ型(類型 A)
井上株式会社が校舎・体育館・校庭を含む敷地全体を借り受け、校庭に 7 棟のビニールハウスを設置してイチゴ栽培(約 14,000 株、年間 7 トン程度)を行う。校舎はイチゴ狩り体験の受付・カフェ・マルシェ・ワークショップスペース、体育館はスケートボードランプに転用された。市への地代は非公開(公表可能な一次資料が確認できないため本稿では金額を伏せる)だが、市の管理運営委託料は発生しない設計になっている。
収益源は「イチゴ狩り体験料 + カフェ売上 + マルシェ出店料 + クラフトビール販売」の複合構成である。単一事業では採算が難しい廃校活用を、季節性の異なる複数事業を束ねることで平準化している。
津山市 城下小宿 糀や — 補助金併用型(類型 B)
津山市が旧苅田家付属町家群 4 棟について、株式会社 HNA 津山に対し、令和 2 年 3 月に運営権設定議決、同年 7 月 17 日に供用開始し、事業期間は約 20 年間(令和 2 年 7 月〜令和 22 年 3 月)となっている。運営権対価を市に支払う代わりに、事業者が施設全体を宿泊事業として運営する形態である。津山市は城東重要伝統的建造物群保存地区に選定された地区の再生を狙い、伝建補助・街なみ環境整備・地方創生交付金を組み合わせて改修費の一部を賄った。
収益源は「宿泊料 + 一棟貸切利用の増収」であり、需要創出を事業者側に委ねる設計になっている。国内外の観光客誘致と地域内飲食・体験メニュー連携が単価の押し上げに寄与している。
宮若市 ムスブ宮若 — 民間提案制度型(類型 B の大型変形)
宮若市は、旧吉川小学校(2018 年閉校)について、トライアルホールディングスから PFI 法第 6 条に基づく民間提案を受け、公募プロセスを経ずにコンセッション事業者を選定した。校舎は AI 開発拠点「MUSUBU AI」(2021 年 6 月開業)に、体育館は農園レストラン「グロッサリア」(2022 年 4 月開業)に、運動場は産直販売所「みやわかの郷(農業観光振興センター)」(2022 年 4 月開業)に転用された。運営権は 3 施設それぞれに設定され、MUSUBU AI は株式会社 Retail AI、みやわかの郷は株式会社トライアルカンパニー、グロッサリアは株式会社明治屋がそれぞれ運営権を保有する(いずれもトライアルホールディングス傘下)。
収益源は「AI 開発企業のシェアオフィス賃料 + レストラン売上 + 産直販売手数料」であり、事業性はトライアルの流通事業とのシナジーを前提としている。施設整備事業費は 1,134 百万円(うち行政負担 563 百万円)、事業期間は 30 年間(令和 3 年 4 月〜令和 33 年 3 月)で、活用補助金は 地方創生関係交付金 458 百万円および新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金 105 百万円である。
資金の壁の突破 — イニシャル調達の設計
機運醸成
PPP/PFIの理解促進 首長・議会への説明
施設選定
遊休施設の棚卸し エリアビジョン策定
事業化検討
サウンディング実施 官民対話
事業計画
収支シミュレーション 導入可能性調査
公募・選定
募集要項策定 事業者選定
3 事例のイニシャル調達は、対象施設の状態と事業規模で使える手段が変わる。福知山市の廃校リノベーションは、校舎の躯体が比較的健全でイチゴハウスは校庭の新設だったため、井上株式会社の自己資金と金融機関融資で対応できる規模に収まった。
津山市の伝統的建造物は、耐震補強・伝建地区の意匠制約に対応する改修費が高額になる。伝建補助(重要伝統的建造物群保存地区補助)と街なみ環境整備事業補助を組み合わせることで、事業者側の初期負担を圧縮した。ただし補助金を受けた施設は補助金交付要綱に基づく用途制限が続くため、宿泊単価の柔軟な設定に制約が残る。
宮若市の民間提案スキームは、施設整備事業費 1,134 百万円(うち行政負担 563 百万円、事業期間 30 年)の大型事業を可能にした。地方創生関係交付金 458 百万円と新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金 105 百万円が行政負担分の主な財源となり、事業者側は運営設備を負担している。事業規模自体が、金融機関融資の引受可能性を高めた面もある。
ノウハウの壁の突破 — 事業者選定と役割分担
「地域に根ざした中小事業者・社会的企業・NPO 法人が実績要件で弾かれる」構造は、3 事例で異なる形で回避されている。
福知山市は、廃校 Re 活用プロジェクトのなかで 福知山市が公募型プロポーザルを実施し、井上株式会社(地元の建設会社)を選定した。地元事業者が施工・運営を担うことで、施工品質と地域雇用を両立する構造になっている。
津山市は運営権対価方式を採用し、事業者選定を PFI 法に基づく手続きで行った。株式会社 HNA 津山(地元事業者)が運営権を取得し、事業リスクを担う体制を築いた。
宮若市は民間提案制度を先に発動し、公募を経ずに事業者を確定した。この経路は公募型と異なり、「地元との関係性が既に濃い事業者」(トライアルグループは宮若市と連携協定を締結し複数の廃校活用事業を担う)でしか成立しにくい構造だが、事業設計の自由度が高く、事業者側のノウハウを最大限に活かせる。
契約設計の実装比較
3 事例の契約条項を比較すると、次の項目に構造的な差が現れる。
| 契約項目 | 福知山 THE 610 BASE | 津山 城下小宿 糀や | 宮若 ムスブ宮若 |
|---|---|---|---|
| 契約形態 | 賃貸借契約 | 公共施設等運営権 | コンセッション + 民間提案 |
| 事業期間 | 10 年 | 約 20 年(令和 2 年 7 月〜令和 22 年 3 月) | 30 年(令和 3 年 4 月〜令和 33 年 3 月) |
| 改修費 | 事業者自己資金(金額非公表) | 約 190 百万円(市が実施) | 施設整備事業費 1,134 百万円(うち行政負担 563 百万円) |
| 対価の性格 | 地代(金額非公表) | 運営権対価 約 74 百万円(当初 3 年無償、4 年目以降年払い) | 運営権対価 非公表 |
| 収益源 | 民間需要 (体験料 + 物販) | 民間需要 (宿泊料) | 民間需要 + 系列企業活用 |
| 需要リスク | 民間全額 | 民間(運営権保有者) | 民間 (親会社事業戦略連動) |
| 補助金の内訳 | 使わない | 地方創生交付金 146 百万円 + 伝建補助 27 百万円 + 街なみ環境整備 20 百万円 | 地方創生関係交付金 458 百万円 + コロナ対応臨時交付金 105 百万円 |
| モニタリング | 最小限 | 定期報告 | 事業計画準拠 |
契約期間は 3 事例で 10 年(福知山)・約 20 年(津山)・30 年(宮若)と大きく異なる。福知山型の 10 年は、廃校事業では「補助金返還を回避する 10 年ルール」(財産処分手続ハンドブック)と整合する期間である。津山市のコンセッションは長期運営を前提とし、宮若市は民間提案の枠組みで 30 年間の大型契約を設計している。
リスク分担では、既存ノート「PPP/PFI 案件のリスク分担マトリクス」で示した需要リスクの帰属が、3 事例で明確に異なる。福知山型は民間の完全需要負担、津山型は運営権保有者による部分負担、宮若型はトライアル本体の事業戦略に紐付いた需要創出という構造をとる。
モニタリング条項は 3 事例とも自治体側が最低限に絞っており、事業者裁量の確保が優先されている。特に福知山型は VFM 算定不要要件を最大限に活用し、要求水準書と事業者選定基準を募集要項に一括化することで、手続きコストを削減している。
制度整合のヒント
類型選択は施設ポテンシャルと事業者資金力の関数である。 福知山型(行政負担ゼロ)は施設ポテンシャルが十分(校舎の躯体健全 + 校庭を新設用途に転用可能)かつ事業者が自己資金または金融機関融資で改修費を賄える場合に成立する。津山型(補助金併用)は施設に高額改修が必要かつ地域再生の政策目的が明確な場合、宮若型(民間提案 + 交付金)は事業者側に地域との関係資本があり、かつ事業規模を大きくできる場合に適合する。
民間提案制度は「実績要件の壁」の突破経路の一つとして機能する。 宮若型では、公募プロセスを経ずに事業者を選定できるため、実績要件によるスクリーニングが省略される。ただしこの経路は、事業者側から自治体に事業構想を提案する能力(+ 地域との既存関係)が前提であり、新興事業者や地域外事業者には難易度が高い。
契約期間 10 年は廃校事業の実質的な標準になりつつある。 補助金返還ルール(財産処分手続ハンドブック)との整合が取れ、金融機関融資の返済計画にも収まる期間として、10 年間の設定が広がっている。5 年更新オプションを付ける場合と付けない場合があり、更新可能性が事業者側の初期投資意欲に影響する。
他自治体への転用可能性
3 事例に共通するパターンから、他自治体への転用時に押さえるべき原則が抽出できる。
原則 1: 収益源の複数束ね化を先に設計する。 単一事業では成立しない廃校・遊休施設を、季節性・顧客層の異なる複数事業で束ねる。福知山型の「イチゴ + カフェ + ビール + マルシェ」、宮若型の「シェアオフィス + レストラン + 産直」がその実例である。
原則 2: 施設状態と補助金のマッチングを事業構想段階で決める。 改修費が過大な施設では、対応する補助金(伝建補助・地方創生交付金・空き家活用交付金等)を事業構想段階で組み込む。事業者選定後の追加補助申請では、補助率と用途制限の整合が取れない場合がある。
原則 3: 事業者選定手続きを「公募か民間提案か」で早期に確定する。 公募型プロポーザルは公平性が担保できる反面、実績要件の設定次第で参加事業者が絞られる。民間提案制度は事業設計の自由度が高い反面、事業者側の関係資本が前提となる。自治体の政策目的と地元事業者の状況で選ぶ。
原則 4: 転用時の落とし穴は「地域固有条件の見落とし」にある。 3 事例はいずれも、地域の観光資源(津山の伝建地区)・地元事業者との連携関係(宮若のトライアルとの連携協定関係)・農産物の生産環境(福知山のイチゴ栽培適地)に依存している。他地域で同じスキームを試す場合、これらの前提条件を確認したうえで型を選ぶ必要がある。
残る問い
3 事例は「供用開始から 3 年以上」の実績があり、契約設計の初期評価は可能な段階にある。しかし契約期間 10 年〜30 年の全期間を通じた事業継続性の評価は、これから明らかになる。
とくに補助金併用型(津山・宮若)では、補助金返還回避期間(10 年)を経過した後の事業継続動機がどう変わるかが検証課題である。行政負担ゼロ型(福知山)でも、10 年の賃貸借契約の更新交渉で地代・条件がどう変化するかは、事業採算性を左右する。
本研究室が今後追跡するのは、事業期間中の契約変更・事業内容の変遷・事業者の交代事例である。中小自治体スモールコンセッションの実装パターンは、静的な契約設計だけでは読み取れず、動的な運営プロセスの中で構造化されていく。
訂正と窓口
本記事の記述に誤りや誤解を招く表現がある場合は、ISVD の訂正窓口にご連絡いただきたい。
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参考文献
スモールコンセッションのすすめ(令和8年5月公表) — 国土交通省. 国土交通省
福知山市 廃校 Re 活用プロジェクト — 福知山市 財務部資産活用課. 福知山市
福知山市廃校 Re 活用プロジェクト 〜地域財産の活用による賑わいの創出〜 — 福知山市 財務部資産活用課. 国土交通省 官民連携ポータルサイト
旧苅田家付属町家群を活用した施設の管理運営事業 公共施設等運営権の設定について — 津山市. 津山市
城下小宿 糀や(岡山県津山市)旧苅田家付属町家群を活用した施設の管理運営事業 — 国土交通省. 国土交通省 スモールコンセッションプラットフォーム 事例資料
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