このノートは公共資産活用研究室の国際比較パートである。給油所 27,000 か所の類型学は 廃業給油所 27,000 か所と地下タンク遺留、意味反転の方法論は 縮小資産の意味反転 5 層方法論 を参照されたい。
はじめに
2023 年、ENEOS 和歌山製油所が石油精製機能を停止した。敷地面積 248 万 ㎡(2,480,000 ㎡)。跡地は「未来環境供給基地」構想として、SAF(持続可能な航空燃料)生産拠点への機能転換が計画されている。
2024 年、西部石油山口製油所が閉鎖された。原油処理能力は 120,000 バレル/日。跡地は「GX 西部」構想として、カーボンフリーエネルギー供給センター・技術開発実証試験センター・バイオマス資源循環センターへの転換が計画されている。
同様の閉鎖・機能転換は 2013 年コスモ坂出、2014 年 JX 室蘭、2020 年 ENEOS 大阪と続いており、日本の製油所は「精製機能停止 → エネルギー基地・物流基地への機能転換」というパターンが主流だ。
一方、海外では異なる転用モデルが確立している。上海の TANK Shanghai(旧龍華空港燃料タンク)、ロンドンの Gasholders London(旧キングス・クロス・ガスタンク)、ウィーンの Vienna Gasometers(旧市営ガスタンク 4 基)は、いずれも産業遺構を文化施設・住居複合施設へ転用した先行事例である。
このノートは、国内 10 事例と海外 3 事例を比較し、日本の廃業油槽所・製油所における建築的転用の可能性を検討する。
国内 10 事例 一覧
| # | 施設名 | 所在地 | 閉鎖年 | 跡地転用 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ENEOS 和歌山製油所 | 和歌山県有田市 | 2023-10 | SAF 生産(未来環境供給基地構想) |
| 2 | JX 室蘭製油所 | 北海道室蘭市 | 2014-03 | 石化製造・物流拠点 |
| 3 | ENEOS 大阪製油所 | 大阪府高石市 | 2020-10 | 一部解体・跡地活用未公表 |
| 4 | 西部石油 山口製油所 | 山口県山陽小野田市 | 2024-春 | GX 西部(カーボンフリー拠点) |
| 5 | 出光 徳山製油所 | 山口県周南市 | 2014-03 | 石化製造拠点へ機能転換 |
| 6 | コスモ 坂出製油所 | 香川県坂出市 | 2013-07 | 物流・貯蔵基地として継続 |
| 7 | 東亜石油 扇町工場 | 神奈川県川崎市 | 2011-09 | 出光興産 川崎事業所へ転換 |
| 8 | 富士石油 袖ケ浦製油所 | 千葉県袖ケ浦市 | 操業中 | SAF 計画中止(廃業事例ではない・参考掲載) |
| 9 | 昭和シェル 新潟製油所跡 | 新潟県 | 未確認 | 太陽光発電(信頼度 C、一次資料未確認・参考掲載) |
| 10 | 出光 市原事業所 | 千葉県市原市 | 非廃業 | ケミカルリサイクル転用(廃業事例ではない・参考掲載) |
信頼度 A: 4 件(和歌山・室蘭・西部石油山口・坂出)。信頼度 B: 5 件。信頼度 C: 1 件。#8・#10 は廃業未確認の参考掲載、#9 は一次資料未確認の参考掲載。廃業確認済み件数は 7 件(#1-#7)。
国内転用パターンの 4 分類
上記 10 事例を転用先の性格で 4 分類すると、以下のようになる。
| パターン | 該当事例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 石化製造・物流基地への機能転換 | JX 室蘭、出光 徳山、東亜石油 扇町、コスモ 坂出 | 精製機能のみ停止、石油関連機能は継続 |
| カーボンフリー拠点構想 | ENEOS 和歌山、西部石油 山口 | 脱炭素転換、SAF・水素・バイオ燃料等 |
| ケミカルリサイクル | 出光 市原 | 廃プラスチック油化、化学産業内での循環 |
| 未公表・部分解体 | ENEOS 大阪、昭和シェル 新潟 | 具体的な再利用計画が公開されていない |
注目すべき空白: 文化・建築的活用
10 事例のうち、文化施設・美術館・住居複合施設への転用事例は確認できない。「精製機能停止 → 別の産業機能への転換」というルートは確立しているが、「産業遺構 → 文化資産」というルートは日本国内では未開拓である。ただしこの「先例不在」の評価は、石油精製・貯蔵施設(refinery/oil terminal) に限定した観察である。ガスタンク・炭鉱・製鉄所等の隣接産業遺構の転用事例(例: 横浜ガスタンク跡・北九州スペースLABO)は別途存在し得る点に留意されたい。
海外先行 3 事例
事例 A1: TANK Shanghai(上海油罐芸術中心)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 中国・上海 西岸エリア(龍華空港跡地・黄浦江沿岸) |
| 開館 | 2019 年 3 月 |
| 転用元 | 龍華空港(旧上海市営空港)の航空燃料備蓄タンク 5 基 |
| 敷地面積 | 60,000 ㎡(6 万 ㎡) |
| 内容 | 現代美術館 + 公園 + 書店 + 教育センター + レストラン |
| 設立者 | Qiao Zhibing(現代美術コレクター) |
TANK Shanghai は「廃燃料タンク → 現代美術館」という直接的転用の世界最高水準事例である。5 基のタンク(大型)を活用し、teamLab 展示等を含む複合文化施設として運営されている。
事例 A2: Gasholders London
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | キングス・クロス地区、ロンドン N1C |
| 建設 | 1860〜1867 年(原型)、1879〜1880 年(拡張)/ 2001 年解体・ヨークシャー修復後、キングス・クロスへ返設 |
| 廃止 | 2000 年(ガス供給停止) |
| 転用竣工 | 2018 年初頭(2017 年秋完成目標→実際の引渡は 2018 年初) |
| 内容 | 145 戸の住居・ペントハウス複合施設、グレード II 指定(英国文化財)建築 |
| 設計 | Wilkinson Eyre(建築設計事務所)/ Jonathan Tuckey Design(インテリア設計) |
| 規模 | 旋回式鋳鉄フレーム 3 基(No.10 / 11 / 12)を一体化 |
Gasholders London は「産業遺産フレームを保存しながら住居機能を挿入」というアプローチの代表事例だ。旧フレームは 2001 年にチャンネルトンネル鉄道リンク建設のため解体し、ヨークシャーで修復後にキングス・クロスへ返設・再組み立てするという手間のかかる工程を経て 2018 年初頭に実現された。
事例 A3: Vienna Gasometers(Gasometer City)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | ウィーン第 11 区 ジマーリング |
| 建設 | 1896〜1899 年(煉瓦造ガスタンク 4 基) |
| 廃止 | 1980 年代中頃 |
| 転用竣工 | 1999〜2001 年 |
| 内容 | 住居・商業・オフィス・エンターテインメント複合施設 |
| 設計 | Jean Nouvel(A 棟)、Coop Himmelb(l)au(B 棟)、Manfred Wehdorn(C 棟)、Wilhelm Holzbauer(D 棟) |
Vienna Gasometers は、4 つの異なる建築家が同一産業遺産を分担転用した稀有な事例だ。各棟が独自の設計言語を持ちながら、全体として「Gasometer City」という一体感を形成している。
3 事例が示す共通の設計原理
3 事例に共通する設計原理を、意味反転の 5 層(縮小資産の意味反転 5 層方法論 参照)と照らして読み解くと、以下の共通点が見えてくる。
比較可能性の留意点: 3 事例(中国・英国・オーストリア)はいずれも民間・半公的所有の施設であり、日本の「石油会社が跡地の土地・施設を保有したまま転用を検討する」状況とは所有形態・事業主体・行政規制が異なる。以下の設計原理は「建築・空間設計の文法」として参照可能だが、日本での事業化可能性の直接的な先例とはならない点に留意されたい。
原理 ①: 既存構造の保存を最優先
いずれも既存タンク・フレーム構造の解体を最小化している。TANK Shanghai は 5 基のタンク形状を残したまま美術館化。Gasholders London は 3 基のフレームを一度解体して修復・移設・再組み立て。Vienna Gasometers は 4 基の煉瓦造外壁を保存したまま内部を新設。
これは Lacaton & Vassal の "Never demolish, always transform" の原則と一致する。
原理 ②: 元の用途との「意味反転」を明示
TANK Shanghai は燃料備蓄という「都市が隠したい機能」を、現代美術という「都市が誇りたい機能」に反転した。Gasholders London は工業インフラを富裕層住居に反転した。Vienna Gasometers は都市周縁の工場地帯を、住居・商業・文化の複合都市中心へと反転した。
反転の意図が明示的であるほど、建築転用は都市の記憶の書き換え装置として機能する。
原理 ③: 用途の複合化
いずれも単一用途ではなく複合施設として設計されている。TANK Shanghai は美術館 + 公園 + 書店 + 教育センター + レストラン。Gasholders London は住居 + 共用施設。Vienna Gasometers は住居 + 商業 + オフィス + 娯楽。
単一用途のリスク(用途需要の変動、経営破綻)を分散する経営設計と、多様な来訪者を引き込む都市機能設計が一体で組み込まれている。
日本の廃業油槽所への適用可能性
国内 10 事例で確認できるパターン(石化機能転換・カーボンフリー拠点・ケミカルリサイクル)は、いずれも「石油産業内での機能転換」である。海外先行 3 事例のような「産業遺構 → 文化資産」というルートを取った事例は日本国内には見つからない。
これは日本での建築的転用が「先行事例ゼロ」の領域であることを意味する。先駆性の余地がある一方、リスクも大きい。以下の 3 論点が実装可能性を左右する。
論点 ①: 消防法上の危険物廃止処理
廃業製油所・油槽所は消防法上の危険物施設であり、跡地転用には危険物廃止処理(廃止届出 + 残存ガス測定 + 内部洗浄 + 不活性ガス充填 + 撤去または残置判定)が必要となる。実務費用は 1 施設あたり 200〜500 万円(廃業給油所 27,000 か所と地下タンク遺留 参照)で、大規模施設ではさらに増える。
論点 ②: 土壌汚染調査コスト
土壌汚染対策法上、有害物質使用特定施設の廃止時に 900 ㎡以上の形質変更を行う場合、届出義務が発生する。製油所・油槽所は敷地が数万〜数百万 ㎡と広大なため、全域調査には 数億円 単位のコストが見込まれる。この費用負担が転用を阻む主因となる。
論点 ③: 用途地域規制との整合
製油所・油槽所は工業地域・工業専用地域に立地することが多く、文化施設・住居の用途には都市計画法上の用途地域変更が必要となる。用途地域変更は自治体の総合計画・都市計画審議会を経る長期プロセスで、実質的に 5〜10 年の期間を要する。
政策提言への含意
含意 ①: 「産業遺構 → 文化資産」ルートの制度整備余地
海外 3 事例が示す「産業遺構を文化資産化する」ルートは、日本国内では制度的に整備されていない。土壌汚染対策法の届出義務、消防法の危険物廃止処理、都市計画法の用途地域変更が三重のハードルとして機能している。これらを緩和する「産業遺構転用特区」的な制度設計余地がある。
含意 ②: 石油会社の CSR 転換の受け皿として
ENEOS 和歌山・西部石油山口の事例は、石油会社が跡地転用を「地域連携型の CSR」として位置づける方針への転換を示唆している。この方針転換の受け皿として、文化・建築的活用の選択肢を制度的に用意することは、石油会社側の意欲を引き出す可能性がある。
含意 ③: 中小規模拠点(給油所レベル)での実験
大規模製油所(数万〜数百万 ㎡)での転用実験は、費用負担とリスクが大きい。より現実的なアプローチとして、廃業給油所(500〜1,000 ㎡の中小規模、全国 27,000 か所)で建築的転用の実験を行うルートが有望だ。ISVD の静かなまちプロジェクトが取り組む「観測拠点としての廃業給油所」構想は、この中小規模実験の 1 類型となる。
おわりに
日本の廃業製油所・油槽所は、次々と「エネルギー基地」「物流基地」「ケミカルリサイクル拠点」へと機能転換されている。この方向性は石油産業内での合理性を持つが、都市の記憶を書き換える機会は活かされていない。
TANK Shanghai の 6 万 ㎡、Gasholders London の 3 基、Vienna Gasometers の 4 基。これらの海外先例が示すのは、産業遺構が文化資産として再定義される可能性そのものである。日本の廃業給油所 27,000 か所、そして数十件規模の廃業製油所・油槽所は、この可能性の対象となり得る。
まず、事例を並べる。国内 10、海外 3、合計 13 事例。次に、意味反転の 5 層で読み解く。そして、政策提言へと接続する。ISVD の公共資産活用研究室が取り組むのは、この 3 段階を接続する研究基盤の構築である。
関連ガイド: PPP/PFI 制度分析は 優先的検討規程の構造的乖離、公共施設マネジメント全般は 公共サービスのソフト化 を参照されたい。
参考文献
ENEOS 和歌山製造所公式ページ — ENEOS 株式会社. ENEOS
西部石油 山口製油所 新規事業構想「GX 西部」の策定について — 出光興産株式会社. 出光興産
TANK Shanghai 上海油罐芸術中心 — TANK Shanghai. TANK Shanghai
Gasholders London Kings Cross — Gasholders London. Gasholders London
Vienna Gasometers — Wikipedia. Wikipedia
Never demolish, always transform, with and for the inhabitants: Anne Lacaton on Urban Design and Architecture — Harvard Graduate School of Design. Harvard GSD
コスモ 坂出製油所 精製機能停止プレスリリース — コスモエネルギーホールディングス. コスモエネルギーホールディングス