ざっくり言うと
- 2024年のストーカー相談は19,567件、禁止命令は2,415件(初の2,000件超・前年比+23.0%)、検挙は1,341件(過去最多・+24.1%)と、制度は強化されているが再犯を防げていない
- 加害者へのカウンセリング受診率は2024年で約5.6%(3,271件の働きかけのうち184件)、2025年でも7.7%(3,037件のうち233件)にとどまり、「命令を出したが誰も更生プログラムを受けない」構造が放置されている
- 韓国のGPS電子足輪は性犯罪再犯率を14.1%から1.7%へ約88%削減。米国NIJ(国立司法研究所)もGPS監視群で保護命令違反率の低下傾向を報告している
- 日本で導入するには憲法13条・18条の制約をクリアする裁判所審査条件付き設計と、更生プログラム義務化の組み合わせが最低条件となる
何が起きているのか
2026年3月の池袋事件を起点に、2024年のストーカー統計と制度の現況を整理する
2026年3月26日、東京・池袋のポケモンセンターメガトウキョーで、21歳の女性店員が元交際相手の男(22歳)に刃物で刺殺された。加害者は事前にストーカー規制法違反で逮捕歴があり、禁止命令にも署名していた。カウンセリングの受講は拒否していたとされる。
この事件は孤立した異常事態ではない。警察庁によれば、2024年のストーカー相談件数は19,567件に達した。禁止命令の発令数は2,415件(前年比+23.0%)と初めて2,000件を超え、検挙件数は1,341件(過去最多・前年比+24.1%)を記録した。数字だけを見れば制度の機能強化が進んでいるように映るが、禁止命令後に加害者が何をしているかを問うと、別の景色が現れる。
警察が加害者に医療機関などを紹介する取り組みは増加しているが、実際に受診につながった割合は低い。2024年(令和6年)に働きかけた3,271件のうち実際に受診したのは184件、受診率は5.6%にとどまる。翌2025年(令和7年)でも3,037件の働きかけのうち233件(7.7%)と低水準が続く。命令を出した後、加害者の9割超が更生プログラムを受けずにいる構造は変わっていない。池袋事件の加害者もその中にいた。
背景と文脈
ストーカー規制法2000年制定から2025年改正までの改正沿革と、韓国・米国のGPS先行事例を検討する
ストーカー規制法の改正沿革
ストーカー規制法は2000年に制定され、以降複数回の改正を経てきた。2013年改正ではメールによる連続送信が規制対象に加わり、2016年改正ではうろつき行為の類型が拡張された。2021年改正ではGPS位置情報の無断取得が規制対象となり、2025年改正ではAirTag等の小型発信器を用いた追跡が明示的に禁止されるとともに、警察の職権による警告発動が可能になった。
制度が拡充されるたびに検挙件数と禁止命令件数が増加してきた歴史は、法律が事象を「可視化」する力を持つことを示す。しかし可視化は必ずしも根絶ではない。特筆すべきは、2025年改正が対応した「AirTag悪用」の急増で、同様の相談件数は2024年に370件(前年比約2倍)に達した。被害者を追跡するために使われるGPS技術が、加害者の手段としても急速に普及していることを示している。
韓国・米国のGPS先行事例
韓国では2008年に性暴力犯に対するGPS電子足輪制度を導入し、2014年にストーキング犯罪へ対象を拡大した。JBpressの報告によれば、制度導入後、性犯罪の再犯率は14.1%から1.7%へ、約88%削減された。加害者はGPS足輪を装着したまま生活し、設定した接近禁止区域(被害者の自宅・職場・学校など)に近づくと、監視センター・加害者本人・被害者へ同時にアラートが届く仕組みである。
米国では司法省・国立司法研究所(NIJ)がDV加害者へのGPS監視の実現可能性を評価しており、GPS監視群で保護命令違反による再逮捕率が低下する傾向を報告している。
慶應大学法学研究の分析(韓国ストーキング対策二法)によれば、韓国制度の核心は「裁判所が審査・許可した上で装着を命じる」点にあり、行政機関の裁量に委ねるのではなく、司法手続きが介在することで人権侵害リスクを限定している。
構造を読む
禁止命令後の空白期間、AirTag悪用の逆説、憲法論点と保釈GPS先例、政策設計の組み合わせ論を分析する
禁止命令後の空白と「逃げ得」構造
現行制度の問題は「禁止命令を出した後に何が起きるか」に集約される。禁止命令を受けた加害者は行政上の義務として命令に署名するが、その後の監視手段が実質的に存在しない。命令違反(接近禁止区域への侵入等)が発覚するのは、多くの場合、被害者が再度通報したときか、新たな被害が発生したときである。
池袋事件はこの構造の典型例である。加害者は禁止命令後もカウンセリングを拒否し、その状態が継続していたにもかかわらず、行政側が積極的に介入する根拠と手段が乏しかった。更生プログラムが任意である以上、受講拒否は制度内で許容された行動となる。
AirTag悪用の逆説
2025年改正でAirTagによるGPS追跡が違法化された一方で、皮肉な逆説が生じている。被害者保護のためにGPS装着を「加害者に義務づける」政策論議が活発化している時期に、加害者がGPSを「被害者追跡の道具」として悪用するケースが急増している。加害者は精巧な発信器を被害者の持ち物や車両に隠し、位置情報を収集する。2024年の370件という数字は氷山の一角に過ぎない可能性がある。
この逆説が示すのは、GPS技術の中立性である。同じ技術が保護にも脅威にもなる。制度設計において重要なのは「誰がGPSを装着するか」ではなく「誰が情報の主権を持つか」という問いになる。
憲法論点と保釈GPS先例
GPS装着義務化に対する最大の懸念は憲法上の制約である。憲法13条(プライバシー権・幸福追求権)および18条(身体の自由・苦役の禁止)が主な論点となる。
しかし2023年、刑事訴訟法改正により保釈された被告人へのGPS監視が法制化された。これは「刑事手続きを経た上で裁判所が許可する電子監視」を日本法体系に組み込んだ先例となる。東京都立大学の星周一郎教授は、GPS足輪について「対象者をどこまで絞るかが課題」としつつ、保釈GPS制度が先例として機能する可能性を指摘している。なお、國學院大學の科研費研究は、GPS電子監視の「目的を明確にし、対象を限定したうえで裁判所の関与など厳格な手続きを置く」ことを検討課題として提示する一方、性犯罪者への一律適用には慎重な立場をとっている。
「双方向通知」設計という代替フレーミング
GPS義務化の政策論で見落とされがちな論点がある。従来の議論は「加害者を監視する」という枠組みで展開されることが多いが、韓国モデルが示す核心は 被害者への即時通知 にある。加害者が接近禁止区域に近づいた瞬間に被害者がアラートを受け取る仕組みは、「監視」より「保護通知システム」として設計されている。
このフレーミング転換は人権論争に対して有効である。問いを「国家が特定個人の位置を常時把握することの是非」から「被害者が加害者の接近を事前に知る権利の保障」に移動させると、合意形成の土台が変わる。
更生プログラム義務化との組み合わせ
単体のGPS義務化は再犯抑止の一部にすぎない。韓国の効果(約88%削減)は、GPS監視と 更生プログラムの義務化 を組み合わせた結果である。2024年で受診率5.6%、2025年でも7.7%という現状は、任意制度の限界を示している。
カウンセリング拒否を禁止命令違反と同等に扱い、検挙の根拠とするか、あるいはGPS装着の継続条件として受講完了を求めるかという設計が選択肢となる。更生プログラムの内容も問題で、現行の「認知行動療法ベースの自発的参加」では、命令に署名しカウンセリングを拒否した加害者には届かない。
加害者の属性分析(元交際相手・職場上司・面識のない他者)と再犯リスクのアセスメントを組み合わせた段階的な介入モデルが、制度設計の出発点となるだろう。
本テーマの加害者心理と被害実態をより深く理解するために、『「ストーカー」は何を考えているか』(小早川明子、新潮新書)が参考になる。NPO法人ヒューマニティのストーカー加害者カウンセリングを通じて蓄積された500件以上の事例から、加害者の思考パターン・危険度の見極め・実践的な対処法を具体的に解説する一冊だ。
参考文献
令和6年におけるストーカー事案の概況(広報資料) — 警察庁 (2024)
ストーカーにGPS電子足輪装着で韓国社会はどう変わったか — JBpress (2024)
電子監視の人権論(科研費研究報告書) — 科学研究費補助金研究 (2018)
GPS Monitoring Technologies and Domestic Violence: An Assessment of the Feasibility of a Randomized Experiment — National Institute of Justice (2012)
韓国ストーキング対策二法の立法過程と法的構造 — 慶應大学法学研究 (2025)
ストーカー検挙24%増、過去最多 — 時事ドットコム (2025)
警察、加害者への関与強化 治療やカウンセリング促す―受診率は5%・ストーカー対策 — 時事ドットコム (2025)
令和7年におけるストーカー事案等への対応状況 — 警察庁 (2025)