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一般社団法人 社会構想デザイン機構

資格保有者69万人が現場にいない:看護師離職の構造と7対1配置基準の罠

ヨコタナオヤ
約6分で読めます

日本の看護師は有効求人倍率2.47倍という深刻な人手不足のなかで、資格を持ちながら現場に立たない「潜在看護師」が約69.5万人存在する。7対1配置基準が招く大病院集中、診療報酬が賃上げを阻む構造、そして新卒離職者の52.5%が精神疾患を理由に挙げる現実を解剖する。

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ざっくり言うと

  1. 就業看護師136.3万人に対し潜在看護師が約69.5万人存在し、有効求人倍率2.47倍という需給矛盾が続いている
  2. 2006年導入の7対1看護配置基準が大病院への看護師集中を招き、地方・中小病院からの流出が固定化した
  3. 新卒離職者の52.5%が精神疾患を離職理由に挙げ、96%が職場ハラスメントを経験するという過酷な労働環境がある
  4. 診療報酬という公定価格が賃上げの上限として機能しており、市場競争だけでは処遇改善が構造的に困難である

何が起きているのか

136万人の就業看護師の傍らに69.5万人の潜在層が存在し、有効求人倍率2.47倍という逆説的な人手不足が続いている

136万3,142人。これが2024年末時点の就業看護師数だ。2年前と比べると5万1,455人(3.9%)増加しており、数字だけを見れば着実に増えているように映る。

だがその傍らに、別の数字がある。約69.5万人。65歳未満の潜在看護職員数である。資格を持ちながら就業していない看護師が、就業者の約51%相当も存在している計算になる。

就業看護師と潜在看護師の関係(2018年推計)

就業看護師
136.3万人
(2024年末実績)
潜在看護師(未就業)
約69.5万人
就業者の約51%相当
有効求人倍率 2.47倍(2023年1月)

復帰を阻む壁

ブランクへの不安
技術・薬剤・機器の急速な進歩
夜勤との両立困難
育児・介護と変則勤務の構造的矛盾
ハラスメント環境への不信
96%が職場でハラスメントを経験
処遇改善の遅れ
ブランク明けの給与が他産業より低い

出典: 厚生労働科学研究費補助金研究(2018年推計)/ 厚生労働省「衛生行政報告例」2024年末集計

潜在看護師69.5万人の構造 — 資格保有者が現場に戻れない理由

有効求人倍率は2.47倍。全職種平均が1.2倍前後であることを踏まえると、看護職の需給逼迫は際立っている。人材は「いる」のに「現場にいない」。この逆説こそが、日本の看護師問題の核心である。

離職率の動向を見ると、問題の深刻さがより明確になる。日本看護協会が2025年3月に公表した「2024年病院看護実態調査」によれば、正規雇用看護職員の離職率は2022年度に11.8%と近年最高を記録した。2023年度は11.3%とわずかに改善したが、新卒採用者の離職率は8.8%と高止まりが続く。正規全体の離職率が11%台に達したのは、2005年以降で初のことだった。

背景と文脈

7対1配置基準の導入が大病院集中を招き、診療報酬依存の賃金構造が恒常的な処遇停滞をもたらした

7対1配置基準が生み出した需給の歪み

2006年の診療報酬改定で導入された「7対1看護」は、急性期病院が入院患者7人に対して看護師1人を配置する場合に高い診療報酬を得られる制度だ。質の高い急性期医療を推進するための仕組みとして設計されたが、意図せぬ副作用を生み出した。

多くの急性期病院が「7対1を維持するため」に看護師の採用競争を過熱させた。待遇・勤務環境で優位に立つ大病院へ看護師が集中し、地方病院・中小病院からの人材流出が固定化した。地域偏在という言葉では追いつかないほどの構造的な吸い上げが起きたのである。

7対1基準導入(2006年)が引き起こした構造変化

1
2006年 7対1基準導入
急性期病院が入院患者7人に対し看護師1人を配置すると診療報酬が加算
2
大病院が高待遇で採用競争
7対1を維持するため大病院が積極採用。待遇・勤務環境でも優位
3
地方・中小病院から看護師が流出
条件が劣る地方病院・中小病院は採用困難に。地域偏在が拡大
4
地域の看護師不足が慢性化
地方・離島・中山間地では不足が固定化。訪問看護の担い手も枯渇

出典: 厚生労働省 令和6年度診療報酬改定 / 日本看護協会「病院看護実態調査(2024年)」

2024年度改定: 看護必要度B項目廃止・地域包括医療病棟(10対1)新設により再編が加速
7対1配置基準が生む需給の歪み — 大病院集中と地方病院の人材流出

2024年度の診療報酬改定では、7対1(急性期一般入院料1)の「看護必要度B項目」を廃止し、入院患者の重症度基準を厳格化した。さらに10対1の地域包括医療病棟が新設され、急性期病棟の再編が促されている。ベースアップ評価料として2024年度+2.5%、2025年度+2.0%の賃上げ誘導も盛り込まれたが、病院経営全体の余力には大きな制約がある。

診療報酬依存の賃金構造

という公定価格が、看護師の賃金改善を阻む構造的天井として機能している。病院の収益は診療報酬によって規定されており、3年ごとの改定幅が賃上げの原資を決定する。市場競争が激化しても、報酬単価が上がらなければ人件費を増やす余地は生まれにくい。

看護師の平均年収は2023年データで508万1,700円。勤続10年・非管理職の平均基本給は250,380円にとどまる。他産業の同年代・同経験年数と比較した際の格差が、有資格者の復帰意欲を損なう一因となっている。

病院経営の逼迫も看過できない。大学病院では赤字が2024年度に拡大し、電気代・医療材料費の高騰が人件費増の余力を奪っている。処遇改善と経営維持の両立は、制度設計の問題でもある。

財務省は2024〜2025年度の改定議論において、現行の診療報酬が「手厚い人員配置をインセンティブ化するストラクチャー評価に偏りすぎており、少ない人手で質の高い医療を提供する努力を阻害している」と指摘し、アウトカム評価への重心移動を提案している。

現場を壊す三重の負荷

の側面が強い看護職において、精神的消耗は離職の主要因として定量的に確認されている。新卒採用者の年度内離職理由(複数回答)では、「健康上の理由(精神的疾患)」が52.5%と最多を占める。「看護職員としての適性への不安」(47.4%)、「看護実践能力への不安」(41.6%)がそれに続く。

ハラスメントの実態も深刻だ。SOKKINが2024年9月に実施した調査では、職場でハラスメントが行われていると回答した看護師は96%に達し、自分が受けたと回答したのは64%。退職または退職を検討したと答えた割合は42%に上る。

夜勤の問題も見逃せない。2交替制夜勤を導入する病棟の割合は2023年度に48.4%と過去最高を更新した。月平均残業が1時間以上となる看護師は82.8%にのぼり、サービス残業・早出が発生している割合は76.1%(前年比+8.1pt)に達している。

構造を読む

「数字は多いが現場は足りない」という逆説の根底には、制度設計の三重の矛盾がある

「日本の看護師数はOECD平均を上回る」という事実がある。OECD「Health at a Glance 2025」によれば、日本の人口1,000人あたり看護師数は12.2人と、OECD平均の9.2人を上回る。それでもなぜ「不足」なのか。

答えは制度の三重構造にある。

第一の矛盾は病床数の突出した多さ だ。日本の病床数はOECD加盟国で断然トップ水準にある。病床1床あたりに必要な看護師数が多いため、総数が多くても「配置」の需要が際限なく膨らむ。日本医師会が2021年に公表したデータでも、日本の病床数の突出ぶりは明確に示されている。

第二の矛盾は医師数の少なさによる看護師への過重集中 だ。日本の人口1,000人あたり臨床医数はOECD比較で最低水準に近く、医師が本来担うべき業務を看護師が補う構造が根強く残っている。看護師1人あたりの実質的な業務量は、人口あたりの看護師数が示す以上に重い。

第三の矛盾は潜在看護師という「滞留する人材」の問題 だ。約69.5万人の潜在看護師が就業できない主因は、ブランクへの不安・夜勤との両立困難・ハラスメント環境への不信・処遇改善の遅れという四重の壁である。ナースセンターによる再就業支援制度は存在するが、認知率・活用率ともに低い。

需給推計が示す将来は厳しい。2025年の需要は188万〜202万人に対し、供給見込みは175万〜182万人。最大27万人の不足が見込まれる。さらに、訪問看護ステーションの看護師数は2002年の2.4万人から2020年には6.8万人へと急増しており、2025年以降もこの需要は伸び続ける見通しだ。在院日数が短縮される急性期医療から地域・在宅へのシフトが進むなか、人材は「急性期病棟」から「訪問看護」へと移動する必要があるが、現行の配置基準と診療報酬体系はその移行を促すには不十分である。

が停滞し続けるなかで、「割に合わない職業」というイメージが定着すれば、養成校への入学者数も頭打ちになりかねない。少子化による人口減少が看護師養成数の上限を押し下げることも、中長期の供給側リスクとして無視できない。

問題は「看護師が足りない」という量の問題ではない。「制度が看護師を使い捨て、有資格者が現場に戻れない構造」という質の問題だ。30年ぶりの「看護師等確保」基本指針の見直し論議が始まっている。そこで問われるべきは、採用数の目標値ではなく、看護という労働の社会的価値をどう再設計するかである。

看護職の現場実態と職業的意義をより深く理解したい読者には、『看護師という生き方』(宮子あずさ、ちくまプリマー新書)が参考になる。26年間の臨床経験を持つ著者が、感情労働の過酷さと深い醍醐味を具体的に記した一冊だ。現場離職を考えるうえでの問いが豊富に含まれている。


関連コラム


参考文献

2024年病院看護実態調査報告書(調査研究報告No.101)日本看護協会. 日本看護協会

看護師等(看護職員)の確保を巡る状況(第195回職業安定分科会参考資料)厚生労働省. 厚生労働省

新たな看護職員の働き方等に対応した看護職員需給推計への影響要因(分担研究報告書)厚生労働科学研究費補助金研究. 国立保健医療科学院

看護師のハラスメント実態調査株式会社SOKKIN. PRtimes

Health at a Glance 2025 — NursesOECD. OECD

令和6年度診療報酬改定日本看護協会. 日本看護協会

読んだ後に考えてみよう

  1. 看護師の「資格はあるが現場にいない」という状況は、社会にとってどのような損失を意味するか。潜在看護師が復帰しやすくなるためには何が変わればよいか。
  2. 7対1配置基準のように「質の向上」を目的とした制度が、地域の医療格差を拡大させてしまう逆説についてどう考えるか。
  3. 診療報酬が賃上げの上限になる構造において、看護師の処遇改善は誰の責任であるべきか。行政・病院・社会それぞれの役割をどう考えるか。

この記事の用語

介護報酬
介護保険制度において、介護サービス事業者に支払われる公定価格。3年ごとに厚生労働省が改定する。事業者の収入上限を実質的に規定するため、職員の賃金水準にも直接影響する。
感情労働
職務上、自分の感情を管理・抑制し、適切な感情表現を行うことが求められる労働形態。社会学者ホックシールドが提唱。介護・看護・接客業などの対人サービス職で顕著であり、バーンアウト(燃え尽き症候群)の主要因とされる。
実質賃金
名目賃金を消費者物価指数で除して算出される、物価変動を考慮した賃金の購買力指標。名目賃金が上昇しても物価がそれ以上に上昇すれば実質賃金は低下する。

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