介護の電話業務に縛られる構造 : 看護労働の質と時間配分
看護師の本務は患者への直接ケアである。だが国際タイムスタディが繰り返し示してきたのは、直接ケアが総勤務時間の2〜4割にしかならない現実である。残りの大半を占めるのは記録と連絡調整、特に「つながらない電話」「1週間以内サインの督促」「日程調整」といった事務労働だ。FIRST-HAND Localが兵庫県事例として2026年4月に報じた入院病棟の構造的歪みを起点に、入退院支援加算A246の時間制約・厚労科研「効率的な看護業務の推進」が明らかにした残業の主因・オランダBuurtzorgモデルが示す書類削減の可能性を重ね、看護労働の質を制度設計の側から読み直す。
ざっくり言うと
- 国際タイムスタディは直接ケアが看護師総勤務時間の20〜38%にとどまり、残りを文書化・連絡調整・移動・電話業務が占める構造を繰り返し示してきた
- 厚労科研「効率的な看護業務の推進に向けた実態調査研究」(坂本すが, 2018)は、日々の看護実施記録が残業時間の最大要因であると結論づけ、書類量の制度設計問題を可視化した
- 入退院支援加算A246の「7日以内」要件は退院困難要因の確認時期であり、本来は同意取得期限ではない。しかし現場では「1週間以内サイン取得」と運用が翻訳され、看護師の電話督促・スキャン処理に転化している
何が起きているのか
入院看護師は「1週間以内サイン取得」の電話・督促・スキャンに追われ直接ケア時間が侵食。国際タイムスタディは直接ケアが総勤務時間の20〜38%と示す
入院病棟の看護師が、本来の医療業務とは独立した事務労働に追われている。FIRST-HAND Local(2026年4月) は兵庫県の事例として、入院病棟で日常的に発生している以下の業務群を提示した。複数部署の計画書記入状況の管理と督促、つながらない家族への電話連絡、退院支援計画内容の電話読み上げ説明、患者家族と医師の予定調整、宛名書きと郵送、署名後の書類スキャン。いずれも医療の質とは独立した事務労働であり、看護師の勤務時間を断続的に削っている。
問題はこれが一兵庫県の事例にとどまらないことである。厚生労働科学研究 坂本すが(2018) は看護業務を 85項目 に分類してタイムスタディ調査を行い、24時間の看護業務量で多い上位6項目を「日々の看護実施記録」「排泄介助」「バイタルサインの測定」「患者等からの情報収集」「看護師間の申し送り」「食事の世話」と特定した。そして「日々の看護実施記録は残業として行われた業務の中で最も時間が長い 」と結論づけている。記録という事務労働が、勤務時間内には収まらず、残業に流れているのである。
国際タイムスタディが示す看護業務の構成比(一般病棟・複数研究のレンジ)
出典: Michel et al. (2021) J Adv Nurs / Korteland et al. (2025) HERD / 厚生労働科学研究 坂本すが(2018)
国際的なタイムスタディはさらに鮮明に「直接ケアの少なさ」を示してきた。Michel et al. (2021) の内科病棟タイムスタディ、Korteland et al. (2025) の病院設計影響研究、ER場面のタイムスタディなど複数の国際研究を横断すると、直接ケアが看護師の総勤務時間に占める割合は 20〜38% のレンジに収まる。一般病棟では文書化が18%前後、間接ケアが12%前後、専門コミュニケーションが5%前後、ER場面では電子カルテ作業が 27%、直接ケアが25%、間接ケアが15%という配分も報告されている。
「直接ケアが看護師の本務である」という社会通念に対して、現実の時間配分は記録と連絡調整が同等以上を占めている。本記事はこの事実を、看護師の個人努力の問題ではなく、制度設計の側から生まれた歪みとして読む。
背景と文脈
A246「7日以内」要件と現場「サイン期限」運用の乖離・訪問看護の三層書類・医師からの一方向タスクシフトが看護師の事務労働を構造的に増大させている
入退院支援加算A246と「1週間以内サイン」の翻訳
事務労働を集約させる主要な制度的圧力のひとつが、診療報酬 における入退院支援加算A246である。厚生労働省 の令和6年度改定概要によれば、A246は入院から 7日以内 に退院困難な要因の有無を確認し、患者・家族の同意のもと退院支援計画を作成する仕組みである。算定が取れなければ病院はその評価点を獲得できず、退院支援部門・地域連携部門の運営原資にも直接響く。
問題は要件の解釈である。本来「7日以内」は退院困難要因の確認時期であり、同意取得期限ではない。しかし現場運用では「1週間以内に退院支援計画の同意(署名)を取得する」という解釈に翻訳され、看護師がその執行コストを引き受ける構造になっている。FHL記事が描いたのはこの翻訳の現実である。サインが間に合わなければ加算が取れない、加算が取れなければ部門予算が縮む、その圧力は最も患者・家族と接触する看護師の業務時間に集中する。
制度の意図と現場運用のギャップ
出典: 厚生労働省 令和6年度診療報酬改定 / 厚生労働科学研究 坂本すが(2018) / FIRST-HAND Local (2026)
ここに看護師の電話業務が生まれる。家族の連絡先に何度かけてもつながらない、ようやくつながっても日中の労働時間中で長く話せない、退院支援計画の内容を電話で読み上げ説明する、患者と医師の予定を合わせる、署名済み書類を郵送で受け取りスキャンする。これらはどれも医療判断ではないが、加算算定のために必要な行為である。看護記録には残らず、しかし勤務時間を確実に消費する「不可視労働」が、ここで構造化されている。
訪問看護の三層書類構造
事務労働の集約は病棟だけの問題ではない。在宅領域の訪問看護師にとってはむしろ深刻である。看護職員需給推計関係資料 によれば、訪問看護ステーションに勤務する看護師は2002年の 2.4万人 から2020年には6.8万人へと急増しており、現在も拡大が続いている。
訪問看護師の事務労働を構造化しているのは三層の書類群だ。第一層が訪問看護指示書で、主治医からの指示として受領し有効期間を管理する。第二層が訪問看護計画書で、利用者ごとに月次更新する。第三層が訪問看護報告書で、月次で主治医・ケアマネに送付する。これに加えてターミナルケア加算・特別管理加算・看護介護職員連携強化加算などの加算算定のためには、それぞれ別途の書類作成が要件となる。
さらに介護保険制度の側からは、ケアプラン同意・サービス担当者会議・モニタリングの三点セットが看護師の調整時間を消費する。日本看護協会 の 訪問看護実態調査 はステーション運営実態と多職種連携時間の構造を継続的に追跡しているが、「不可視労働」としての連絡調整時間は十分に可視化されていない。訪問1回あたりの間接業務時間(移動・記録・連絡調整)を、看護師の労働時間として正面から計測する枠組みが現状不足している。
医師の働き方改革と一方向タスクシフトの帰結
2024年4月施行の医師時間外労働上限規制は、医師から看護師への特定行為・薬剤投与・採血等のタスクシフトを加速させた。タスクシフト/シェア は政策の建前としては多職種への分散だが、現場での実装は医師から看護師への一方向に偏っている。
看護師側で本来並行して進むべきは、看護師から看護補助者・医療事務職への二次移譲である。日本看護協会ガイドライン は2024年10月に「看護補助者の業務に必要な能力の指標」を公表し、看護師から補助者への業務移譲の制度的根拠を整えた。しかし現場での実装は遅れている。坂本研究が看護師の側で「他職種・ICTに移譲可能」と認識している業務として挙げたリネン交換・環境整備・見守り付き添い・更衣・ME機器管理は、実態としては看護師が継続して担っているケースが多い。
タスクシフトが医師→看護師の片方向だけで進むと、看護師の業務量は純増として蓄積する。医師の働き方改革は医師の労働時間を救うが、その救済の原資は看護師の業務時間から供給されている、という構造的非対称性がここに生じている。
構造を読む
坂本研究「日々の記録が残業主因」は書類量が制度設計問題であることを示す。Buurtzorg「意味ある記録のみ」原則は削減可能性の国際的証拠となる
問題を整理する。直接ケアが総勤務時間の2〜4割にしかならない現実は、看護師個人の効率の問題ではない。記録量・電話業務・連絡調整・加算算定書類が制度的に積み増しされてきた一方で、削減のメカニズムが組み込まれていない結果である。
第一に、診療報酬制度がストラクチャー評価に偏っている 。配置基準や書類作成要件で加算点を与える設計は、看護師の業務量を「制度的に増やす方向」にしか働かない。財務省 が2024〜2025年度改定議論で指摘した「手厚い人員配置をインセンティブ化するストラクチャー評価への偏り」は、書類負担の構造にも同型に当てはまる。アウトカム評価への重心移動は、書類削減の制度的足場になり得る。
第二に、看護記録という労働が残業に流れている事実そのものが、書類量の制度設計問題である 。坂本研究が示した「日々の看護実施記録は残業の主因」という結論は、個別病院の業務改善で解決する性質のものではない。記録項目が制度要件として積み上がる構造を見直さなければ、現場のいかなる効率化努力も時間配分の歪みを根本的には変えない。
第三に、国際的にこの問題を構造的に解いた例が存在する 。オランダBuurtzorg は自己管理チーム制と組み合わせて「クライアントとチームにとって意味あるものだけを記録する」という原則を貫き、書類量と管理費を同時に削減することに成功した。Commonwealth Fund の事例研究は、Buurtzorgのオーバーヘッド比率がオランダ業界平均の25%に対して8%にとどまることを報告している。日本の訪問看護に直接適用できるかは別議論だが、書類量を「制度の側から構造的に削った」事実は重い。
第四に、医師の働き方改革が一方向に作用している現実への対称的設計が必要である 。医師→看護師のタスクシフトに加算点を付与するのと同等の重さで、看護師→看護補助者・事務職への二次移譲にもインセンティブを設計しなければ、看護師の業務量は加速度的に膨らむ。看護補助者の業務指標化は出発点であって到達点ではない。
最後に、書類量の制度設計問題は看護師の燃え尽きと離職率を経由して、最終的に患者へのケアの質に跳ね返る。日本看護協会 2024年病院看護実態調査 が示した 11.3% の正規看護職員離職率、新卒採用者の離職理由「健康上の理由(精神的疾患)」52.5% という数字は、書類量と無関係ではない。直接ケア時間の侵食は、看護師の職業的アイデンティティと精神的余白を同時に侵食している。
問題は「看護師が忙しい」という量の問題ではない。「制度が看護師の事務労働を構造的に増やし、削減のメカニズムを組み込んでこなかった」という質の問題である。30年ぶりの看護師等確保基本指針の見直し論議が始まっているなかで、配置基準や養成数の議論と同じ重さで、書類量・記録要件・加算算定書類の制度設計を議題に据える必要がある。
書類削減と組織設計の関係をより深く理解したい読者には、訪問看護領域でのICT活用と業務効率化を扱った『わかる・できる・使える訪問看護のためのICT : ケアの質向上/業務の効率化/多職種連携を実現する』(一般社団法人全国訪問看護事業協会、日本看護協会出版会)が参考になる。在宅領域で書類量と多職種連携時間をどう設計し直せるかについて、現場視点から具体的に整理されている。タスクシフト/シェアの実装課題を病棟側から検討したい読者には、『タスクシフト・シェア実践ガイド: 「業務負担軽減」「患者のアウトカム向上」へを目指して/働きやすい・働きがいのある職場をつくる (ナーシングビジネス2022年春季増刊)』(坂本すが、本谷園子、堀込由紀、メディカ出版)が、業務移譲とアウトカム評価の接続を実務レベルで論じている。
関連ガイド
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参考文献
効率的な看護業務の推進に向けた実態調査研究 — 坂本すが(東京医療保健大学). 厚生労働科学研究費補助金
2024年病院看護実態調査報告書(調査研究報告No.101) — 日本看護協会. 日本看護協会
2024年度 診療報酬・介護報酬改定等に向けた訪問看護実態調査 — 日本看護協会. 日本看護協会
看護職員需給推計関係資料(第3回看護職員需給分科会 参考資料) — 厚生労働省. 厚生労働省
令和6年度診療報酬改定の概要(入退院支援加算 A246 関連) — 厚生労働省. 厚生労働省
How do nurses spend their time? A time and motion analysis of nursing activities in an internal medicine unit — Michel L, Waelli M, Allen D, Minvielle E. Journal of Advanced Nursing
The Impact of Hospital Design on Time Spent on Nursing Tasks: A Time Motion Study — Korteland NM et al.. HERD: Health Environments Research & Design Journal
Buurtzorg: Nurse-Led Community Care — Monsen KA, de Blok J. Creative Nursing 19(3)
Home Care by Self-Governing Nursing Teams: The Netherlands' Buurtzorg Model — Commonwealth Fund. Commonwealth Fund Case Study

