クールジャパン機構は2026年8月21日、令和9年度の財政投融資要求を行わない方針を示した。累積損益は2026年3月末で540億円の赤字。同じ時期に、日本発コンテンツの海外売上は10年で約3倍の5.8兆円に達し、政府は2033年に20兆円という目標を掲げている。540億円の内訳を開き、機構が答えるはずだった課題がいま誰に割り当てられているのかを読む。2025年6月の実行計画は、その担い手として同じ機構を名前で挙げていた。
ざっくり言うと
- 日本発コンテンツの海外売上はこの10年で約3倍に伸び、2023年で約5.8兆円と半導体産業や鉄鋼産業の輸出額を超えた
- 同じ時期にクールジャパン機構の累積損益は540億円の赤字となり、令和9年度の財政投融資要求を行わない方針が示された
- 累積赤字540億円のうち約5割はファンド運営の必要経費262億円で、売買で確定した投資損益は20億円である
何が起きているのか
産業の海外売上は10年で3倍になり、それを支えるはずだった機構は資金要求を行わない方針を示した
クールジャパン機構が2026年8月21日、「一部報道について」と題した文書を出した。そこにはこう書かれている。「当機構は、令和 9 年度の財政投融資要求を行わない方針であるものの、現在保有する資金により、既存投資先の支援及び投資管理業務を継続しており、必要な業務を適切に遂行しております」。同じ文書は「現時点において、政府として当機構の廃止を決定した事実はありません」とも明記している。
きっかけは決算である。2026年3月末の累積損益は540億円の赤字となり、修正後計画の同じ時点の目標である426億円の赤字を下回った。2025年度の当期純利益は157億円の赤字である。経済産業省は2026年7月29日に「海外需要開拓支援機構の検証等に係る検討会」の第1回を開き、年内を目途にとりまとめる。
ここまでは、赤字を出した官民ファンドが整理されるという、よくある話に見える。
ところが、この機構が支えるはずだった産業のほうを見ると、まったく別の数字が並んでいる。経済産業省が2025年6月にまとめた「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」の冒頭にこうある。「我が国発のコンテンツの海外売上は、この 10 年間で約3倍に成長し、2023 年で約 5.8 兆円と、半導体産業や鉄鋼産業の輸出額を超え、自動車産業に次ぐ規模となった」。
伸びた10年は、機構が動いていた12年とほぼ重なる。政府はこの産業を2024年6月に「基幹産業」と位置づけ、2033年の海外売上高の目標を20兆円とした。5.8兆円から20兆円である。
産業は伸び、目標は引き上げられ、資金を出す組織は要求をやめた。売上が3倍になったのが2023年まで、基幹産業と位置づけて目標を20兆円にしたのが2024年6月、資金要求をやめる方針が2026年8月である。同じ向きに動いていない。
背景と文脈
機構は2012年の「リスクマネー供給が不足」という課題認識への答えとして作られた。指標は達成水準にある
機構が何のために作られたのかは、経済産業省が検討会に出した資料に書かれている。出発点は2012年6月の「クールジャパン戦略(中間とりまとめ)」で、そこには「クールジャパンのボトルネックの一つに『金融機関から中小企業へのリスクマネー供給が不足(資金力)』という課題提起あり」とある。翌2013年6月の「日本再興戦略」が「リスクマネーを供給することにより、クールジャパンを戦略的に推進していく」と書き、同月に機構法が公布され、11月に機構が設立された。
つまり機構は、資金が足りないという診断に対する処方だった。事業リスクが大きく民間の投融資が集まらない、民間が期待する時間軸ではリターンを回収できない、海外の嗜好に左右されて予見性が立ちにくい。資料はこの三つを課題として挙げている。
その処方が効いたかどうかを測る指標は、政府側で毎年検証されている。2025年3月末時点の実績を見ると、機構の投資により海外展開等を行った企業数は7,827件で、同じ時点の計画は5,037件。民間企業との連携は122社で計画は99社。機構が実際に出した資金に対して民間からどれだけの出融資が誘発されたかを示す倍率は2.7倍で、計画は2.3倍である。いずれも計画を上回っている。この倍率は機構自身の集計でも2026年3月末で2.5倍とされ、次のマイルストーンの1.8倍を上回っている。
そして累積損益も、この報告では達成と判定されていた。2025年3月末の実績は383億円の赤字で、同じ時点の計画は432億円の赤字だったからである。報告に書かれた理由はこうだ。「2024年度の当期純利益は約15億円となり単年度黒字を達成する等、ポートフォリオの最適化を進める中において、これまで当初の想定通りの結果を得ることができており、計画値を達成した」。今後の方針の欄には「引き続き新規投資案件の検討及び既存案件のモニタリングを行う」とある。
この報告の日付は2025年12月18日である。半年後の2026年6月24日に決算が発表され、統廃合の検討が始まった。
指標が達成されていたことと、成果が出ていたかどうかは、同じではない。検討会の第1回で、委員からこういう発言が出ている。「KPI の達成状況は示されているが、海外需要開拓という政策目的は達成できたのか」「実際に日本企業が潤っているのか、成果が見えやすいものがあると良い」。企業数を数えるという指標そのものに、政府の検証の場で疑義が出ている。
構造を読む
540億円は性質の違う3つの合計である。課題への答えは、いまも同じ機構に割り当てられている
540億円という数字を開く。機構自身が財政投融資分科会に出した資料に、内訳が載っている。
機構は同じ資料に「民間ファンドでは、必要な管理コストは一般的に2%程度の管理報酬等によって投資損益とは別途確保している」と書いている。民間のやり方なら別枠で受け取る運営費が、ここでは損益に合算されている。
「2025年度の累積損益▲540億円のうち、約5割がファンド運営の必要経費(▲262億円)。残りがEXIT等による累積投資損益▲20億円と投資中案件の含み損の先行計上▲258億円」。必要経費262億円の内訳は、人件費111億円、租税公課63億円、調査研究費26億円、地代家賃や水道光熱費などが25億円である。
売買で確定した分だけを見ると、売却済み34件に599億円を投じて544億円を回収し、差は55億円の赤字。ここに他社ファンドへの出資から受けた配当など35億円を加えて、確定した投資損益は20億円の赤字になる。残る258億円は、まだ保有している案件について会計のきまりに従って先に計上した損失である。ここは帳簿上の処理というだけではない。機構は同じ資料で、この年に減損処理をした対象を「私的整理に至った投資先、事業が低迷し当面の財務改善のハードルが高い投資先、及び(外部要因等により)株価が一段と下落した上場済投資先」と書いている。事業として行き詰まったものが含まれている。
同じ資料に、機構自身の注記がある。「民間ファンドでは、必要な管理コストは一般的に2%程度の管理報酬等によって投資損益とは別途確保している」。民間のやり方なら投資の成績とは別に受け取る運営費が、ここでは成績に合算されている。12年分の人件費と税金を投資の損益に足した数字が、赤字540億円として報じられている。
検討が始まった理由は、決算発表の日に機構が出した文書に書かれている。「政府からは、累積損益の政府目標を下回った場合、『クールジャパン機構及び経済産業省は、他の機関との統合又は廃止を前提に具体的な道筋を検討する』との方針に従って、そのための検討会を設置し、対応が検討されると承知しています」。
つまり、目標を下回れば統合か廃止を前提に検討するという条件が先に決まっていた。政策目的の指標も呼び水の倍率も、直近の2026年3月末時点で計画を上回ったままである。動いたのは累積損益という一つの指標で、その一つが組織の存否につながっている。
ここで、産業の側の数字をもう一度置く。海外売上5.8兆円は日本発コンテンツが海外で稼いだ額であり、そのうち国内企業に還元されている比率について、経済産業省は「6割弱である」と書いている。同じ資料は、この比率を上げる方法として、市場価格の数%を受け取るライセンスの形から、自分でリスクを取る形への転換を挙げている。「我が国のコンテンツ企業が海外に直接拠点を構築し、リスクを取って、自ら映像作品の配給、ライブイベントやグッズ類の物販を進め、より大きな収益を確保する方向にシフトしてきている」。
2012年の診断は、リスクマネーが足りない、だった。2025年の戦略は、もっとリスクを取れ、と言っている。必要な資金は減っていない。
「クールジャパンのボトルネックの一つに『金融機関から中小企業へのリスクマネー供給が不足(資金力)』」
株式会社海外需要開拓支援機構法が公布され、同年11月に機構が設立。産業投資からの出資でリスクマネーを供給する
海外展開の共通アクションに「株式会社海外需要開拓支援機構において、本報告書の内容を踏まえて、コンテンツ分野の支援を積極的に検討する」。目標は海外売上高20兆円
2025年6月の実行計画は分野ごとに46のアクションを並べ、海外展開の共通アクションで機構を名前で挙げた。その機構は2026年6月に新規支援決定を見合わせ、8月に令和9年度の財政投融資要求を行わない方針を示している。
20兆円に向けた実行計画は、ゲーム、アニメ、音楽、出版、スポーツと分野ごとに46のアクションを並べている。海外販路の整備、海賊版対策、人材育成、データ整備、制作工程の効率化。そして海外展開の共通アクションに、資金の担い手が名前で書かれている。「これまでの JLOX+事業の拡充を目指すとともに、見直しを図る」に続けて、「また、株式会社海外需要開拓支援機構において、本報告書の内容を踏まえて、コンテンツ分野の支援を積極的に検討する」。
2025年6月の時点で、政府は機構をもう一度使うつもりだった。その1年後に機構は新規の支援決定を見合わせ、令和9年度の資金要求も行わない方針を示している。実行計画が名前で挙げた担い手が、その計画の途中で退こうとしている。
検討会では、機構をどう整理するかについても発言が出ている。「今後の累積損失の最小化という点のみがミッションとなると損切を躊躇するなどにより状況が悪化する可能性がある」。損失を小さくすることだけを目標にすると、判断を先送りして損失がさらに膨らむ。評価の指標が行動を決めるという話が、ここでも出てくる。
赤字の目標値を下回れば達成になる評価は、計画からの乖離しか見ない。企業数を数える指標は、その企業が潤ったかどうかを見ない。運営費を投資損益に合算した数字は、経費を削るべきなのか投資判断を直すべきなのかを区別できない。三つとも、測り方が先にあって、何を知りたかったのかが後ろに回っている。指標の作り方についてはアウトカム指標の設計(このサイトの記事)とEBPM入門(このサイトの記事)でも扱っている。
検討会は年内にとりまとめる。そこで検証されるのは機構の12年だが、答えが要るのはその先である。2012年に名指しした課題は解けておらず、2025年の計画がその答えとして名前を書いた組織が、いま退こうとしている。
この記事で使った統計の出典
- 1株式会社海外需要開拓支援機構 財政制度等審議会 財政投融資分科会へのご報告について(2026年7月15日) 出典を開く
- 2経済産業省 エンタメ・クリエイティブ産業戦略(2025年6月) 出典を開く
- 3内閣官房 官民ファンドの運営に係るガイドラインによる検証報告(第17回)(令和7年12月18日) 出典を開く
参考書籍
『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(外部サイト、新しいタブで開きます)(大竹文雄、内山融、小林庸平) — 何を測れば政策が動くのかを、英米の事例と日本の実務の両方から扱う。累積損益の指標と政策目的の指標が別々に動くという本稿の論点を、評価の設計として読むための基礎資料。
『エビデンスに基づく自治体政策入門――ロジックモデルの作り方・活かし方』(外部サイト、新しいタブで開きます)(佐藤徹) — 事業の目的から指標までを順に組み立てる手順を扱う。企業数を数える指標が何を見ないのかを考えるときの実務書。
参考文献
財政制度等審議会 財政投融資分科会へのご報告について — 株式会社海外需要開拓支援機構 (2026). 株式会社海外需要開拓支援機構
一部報道について — 株式会社海外需要開拓支援機構 (2026). 株式会社海外需要開拓支援機構
2026年3月期決算について — 株式会社海外需要開拓支援機構 (2026). 株式会社海外需要開拓支援機構
官民ファンドの運営に係るガイドラインによる検証報告(第17回) — 官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議幹事会 (2025). 内閣官房
エンタメ・クリエイティブ産業戦略 コンテンツ産業の海外売上高20兆円に向けた5ヵ年アクションプラン — 経済産業省 (2025). 経済産業省
海外需要開拓支援機構の設立経緯・制度の概要(第1回 海外需要開拓支援機構の検証等に係る検討会 資料3) — 経済産業省 (2026). 経済産業省
第1回 海外需要開拓支援機構の検証等に係る検討会 議事要旨 — 経済産業省 (2026). 経済産業省
新たなクールジャパン戦略 — 知的財産戦略本部 (2024). 内閣官房
