倒壊していない家へ機動隊が20分 — 偽の救助要請は熊本573件中1件から能登1,091件中104件へ
2026年7月28日の令和8年熊本地震のあと、SNSで実在しない住所からの偽の救助要請と、生成AIで作った被害の偽動画が広がっている。同じ仕組みで測ると、救助を求める投稿に混じる偽情報は2016年の熊本地震で573件中1件、2024年の能登半島地震で1,091件中104件だった。変わったのは悪意の量ではなく、訂正の費用を誰が払うかである。読者の注意力ではなく、消防と警察の出動が払うようになった。
ざっくり言うと
- 2026年7月28日の令和8年熊本地震のあと、実在しない住所からの偽の救助要請と、生成AIで作った被害の偽動画がSNSで広がっている
- 同じ分析システムで測ると、救助を求める投稿のうち偽情報とみられたものは2016年の熊本地震で573件中1件、2024年の能登半島地震で1,091件中104件だった
- 能登の偽の救助要請は実在する住所を示していたため住所の照合では弾けない。効くのは複製と投稿元の分布という振る舞いのほう
数字はいずれも情報通信研究機構(NICT)の災害状況要約システム D-SUMM の分析で、Xの日本語投稿の10%を対象としたもの。全体の推計ではない。8年で救助要請の投稿そのものが573件から1,091件へ倍増し、そのうち偽情報とみられたものは1件から104件になった。2026年の熊本では、これに生成AIで作られた被害動画が加わっている。
何が起きているのか
令和8年熊本地震のあと、実在しない住所からの偽の救助要請と生成AIの偽動画が広がる。10年前の熊本でも同種の投稿で逮捕者が出ている
2026年7月28日、熊本県で最大震度7の地震が起きた。気象庁はこれを令和8年熊本地震と名づけた。その翌日、SNSで実在しない住所からの偽の救助要請が広がっていることをNHKが伝えた。生成AIで作った被害の様子だとする偽の動画も出ている。地震の直後からは、過去の画像を今回の被害として投稿するものや、「地震の予測が的中した」とする科学的な根拠のない情報も拡散していた。地震を予測できると主張するアカウントが「予測を発表し、場所は的中した」などと投稿し、340万回以上閲覧された。地震が人為的に引き起こされたとする投稿も複数あった。
熊本でこれが起きるのは初めてではない。2016年の熊本地震では、発生の直後に「地震のせいでうちの近くの動物園からライオンが放たれたんだが」という文とライオンの画像がTwitterに投稿された。同じ年の7月、熊本県警は投稿した神奈川県の20歳の会社員を偽計業務妨害の疑いで逮捕している。
10年が経った。同じ県で、同じ震度7で、また偽の情報が流れている。和洋女子大学の南龍太准教授は、建物や山林の崩落と並んで「猛獣が逃げ出した」型の衝撃的な映像がSNSで注目されやすいと指摘している。10年前に人を動かした型は、いまも生きている。ただし中身は変わっている。
背景と文脈
同じD-SUMMで測ると救助要請の偽情報は573件中1件から1,091件中104件へ。動機は個人の投稿から閲覧数による収益に変わった
変化を同じものさしで測った記録がある。情報通信研究機構(NICT)が作った災害状況要約システムD-SUMMは、Xの投稿から被害の報告を拾い出す仕組みで、2016年の熊本地震と2024年の能登半島地震の両方を、この同じ仕組みで分析した数字が残っている。
2016年の熊本地震では、発災後24時間に投稿された「救助を求める報告」は総報告数19,095のうち573件だった。そのうち偽情報とみられたものは1件である。
2024年の能登半島地震では、同じ24時間で総報告数16,739のうち1,091件。救助を求める投稿そのものが倍増した。そして1,091件のうち254件で矛盾する報告が検出され、デマと推定できたのは104件だった。この104件は、記載された住所が実在するかを確かめ、報道の内容と照らし合わせて判定したものである。573件中1件から、1,091件中104件へ。割合にすると約0.2%から約9.5%になる。ただしD-SUMMが分析するのはXの日本語投稿の10%であり、これは全体の推計値ではない。
何が変わったのか。悪意の量ではない。目的である。東京大学大学院情報学環の澁谷准教授は、能登半島地震の偽・誤情報について、閲覧数稼ぎを目的としたと考えられる救助要請の複製投稿と、金銭の搾取を目的としたと考えられる虚偽の救助要請や振込依頼があったと指摘している。そして複製投稿については、そのユーザーのうち9割が日本語使用者以外と推定される。X社の集計では、偽・誤情報を含む投稿のうち「救助要請」に関するものは約21,000件にのぼった。同じ集計で、地震が「人工地震」であるとする投稿は約10万件、偽の寄付を募る「支援要請」は約350件、現地に窃盗団が出るという投稿は約200件だった。件数では陰謀論が突出しているが、救助要請はそれに次ぐ規模で、寄付や窃盗団の話題を桁で上回る。ただしこちらはX社が自社のデータで分類した件数であり、D-SUMMが標本から推定した1,091件とは母数も判定の仕方も異なる。両者を並べて割り算できる数字ではない。
数字の裏で何が起きたか。2024年1月2日、県警の機動隊10人が輪島市内で約20分間捜索した。投稿された住所に倒壊家屋はなく、住民も無事だった。奥能登広域圏消防本部の担当者は、現場に要救助者がいない場合も多数あったと話している。その住所に自宅がある40代の男性は、助かる命があったはずだと述べた。同じ年の7月24日、埼玉県の25歳の会社員が偽計業務妨害の疑いで逮捕されている。
構造を読む
変わったのは訂正の費用の払い手。読者の注意力ではなく消防と警察の出動が払う。住所照合では弾けず、効くのは複製と分布
ここで起きているのは、訂正の費用を誰が払うかの入れ替えである。
偽情報の話ではブランドリーニの法則がよく引かれる。でたらめを否定するのに必要なエネルギーは、それを生み出すエネルギーの何倍にもなるという経験則だ。生成AIがこの偏りをさらに広げていることは別稿(このサイトの記事)で扱った。ただし通常の偽情報で費用を払うのは、読者と検証者の注意力である。時間はかかるが、あとから取り返せる。
災害時の救助要請は違う。費用を払うのは消防と警察の出動になる。20分は誰かから借りた20分だ。同じ時間に本物の要請が入っている可能性がある。注意力と違い、出動できる人数は有限で、他のもので代わりが利かない。無知の生産が生命に直結する場面は限られているが、災害時の救助要請はその一つである。
動機も置き換わった。2016年のライオンの投稿は、熊本地検が2017年3月に不起訴処分(起訴猶予)としている。金銭のやりとりが問われた事件ではなかった。2024年の能登は、閲覧数が収入になる仕組みの上で起きた。複製投稿のユーザーの9割が日本語を使わないと推定されたということは、日本語圏の災害が、日本語を読まない人にとって換金できる交通量になったということである。そして2026年、そこに生成AIの動画が加わった。作る側のコストだけが、また下がった。
対抗する側も動いてはいる。市民の訂正能力は上がった。能登半島地震では、Xのコミュニティノートの作成に初めて参加した人の数が最大を記録している。誤解を招く投稿に利用者が背景情報を付けるこの仕組みは、災害を機に担い手が一気に増えた。ファクトチェック団体も動いた。日本ファクトチェックセンターは発災の1か月以内に、災害時に広がる偽情報を5つの型に整理して公表している。制度も変わった。情報流通プラットフォーム対処法が2025年4月1日に施行され、大規模なプラットフォーム事業者には、削除の申出への対応を速めることと、削除の運用状況を公開することが義務づけられた。
だが訂正は生成より遅い。それがブランドリーニの法則の意味である。そして削除は事後の措置だ。機動隊が戻ってきたあとに投稿が消えても、20分は返ってこない。
法も事後にしか動かない。南龍太は、日本にはデマの発信そのものを処罰する法律がないと整理している。虚偽の情報によって業務や救助活動、避難行動が妨害されたり、個人や団体の名誉が傷つけられたりして、はじめて偽計業務妨害罪や名誉毀損罪に問われうる。つまり妨害という実害が出るまで、法は待っている。20分が費やされたあとで動く仕組みだ。
残るのは受け口の側の設計である。ただし、住所が実在するかを確かめれば済むという話ではない。能登で広がった偽の救助要請は、実在する住所を示していた。だから機動隊は行くしかなかった。地図に載っていない地名なら機械で弾けるが、載っている住所は弾けない。
効くのは内容の真偽ではなく、投稿の振る舞いのほうだ。同じ文面が複数のアカウントから出ていないか。投稿元がどこに偏っているか。能登では複製投稿のユーザーの9割が日本語使用者以外と推定された。本物の被災者が、同一文面を9割方海外から一斉に投げることはない。真偽を1件ずつ判定するより、複製と分布を見るほうが速く、しかも生成AIが文面を書き換えても効き続ける。
難しいのは、SNSしか手段がない被災者がいることだ。電話が通じず、窓口の場所も分からないまま、SNSに書くしかない人がいる。SNSを締め出す設計は答えにならない。窓口を一本に寄せるとは、SNSへの投稿を受け付けないという意味ではない。SNSに書かれた要請を自動で拾い、複製と分布を機械が先に見てから人の手に渡す。判定の負担を、投稿する側ではなく受け取る側に移すということである。
だから問いは「偽情報をどう減らすか」ではない。偽情報が混じることを前提にして、救助の資源が枯れない受け口をどう作るかである。2016年に1件だったものが、8年後に104件になった。次の災害でその受け口が用意されているかどうかが、20分を誰かに返せるかどうかを決める。
災害情報の設計をめぐる問いは、警報の側にもある。揺れを感じない遠地津波では、警報への信頼だけが避難の引き金になるという構造については別稿(このサイトの記事)で扱った。統計や一次資料を自分で確かめる手順は統計リテラシー入門(このサイトの記事)にまとめている。
この記事で使った統計の出典
- 1読売新聞オンライン「熊本地震巡るデマがSNSで拡散…『偽の画像や動画の投稿もあり得る』『確信が持てない時は拡散しないで』」(2026年7月28日) 出典を開く
- 2総務省 令和6年版 情報通信白書 特集①コラム1「災害時における偽・誤情報への対応」(2024年) 出典を開く
- 3総務省 令和6年版 情報通信白書(原典: 澁谷遊野・中里朋楓「令和6年能登半島地震におけるデジタル空間の偽誤情報流通状況の報告」)(2024年) 出典を開く
- 4総務省 令和6年版 情報通信白書 特集①コラム1「災害時における偽・誤情報への対応」(X社による集計)(2024年) 出典を開く
- 5中日新聞「うその救助要請で救急車出動『助かる命あったはず』」(2024年7月25日) 出典を開く
- 6総務省「インターネット上の違法・有害情報に対する対応(情報流通プラットフォーム対処法)」(2025年) 出典を開く
参考書籍
- 『無知学への招待――〈知らないこと〉を問い直す』(外部サイト、新しいタブで開きます)(鶴田想人・塚原東吾 編著、明石書店、2025年3月)。知識ではなく「知られないこと」がどう作られるかを扱う無知学の入門書。災害時の偽情報を個人の悪意としてではなく、生産の仕組みとして読むための土台になる。
参考文献
令和6年版 情報通信白書 特集① 令和6年能登半島地震における情報通信の状況 コラム1 災害時における偽・誤情報への対応 — 総務省 (2024). 総務省
うその救助要請で救急車出動「助かる命あったはず」 要救助者いない現場も多数 — 中日新聞 (2024). 北陸中日新聞 2024年7月25日
インターネット上の違法・有害情報に対する対応(情報流通プラットフォーム対処法) — 総務省 (2025). 総務省
「熊本地震でライオン脱走」Twitterにデマ拡散の男を逮捕 — ITmedia NEWS (2016). ITmedia NEWS 2016年7月21日
能登地震の救助要請、偽投稿が推定1割 実在しない住所や海外発も — 朝日新聞 (2024). 朝日新聞デジタル 2024年8月5日
熊本地震巡るデマがSNSで拡散…「偽の画像や動画の投稿もあり得る」「確信が持てない時は拡散しないで」 — 読売新聞オンライン (2026). 読売新聞オンライン 2026年7月28日21時15分
その行為、罪に問われるかもしれない 熊本地震、SNSで早くもデマ拡散 「いいね」やリポストも加担に — 南龍太 (2026). Yahoo!ニュース エキスパート 2026年7月29日
「地震後にライオン逃げた」のデマ 投稿者は不起訴 — J-CAST ニュース (2017). J-CAST ニュース 2017年3月23日
熊本地震 SNSで偽の救助要請 生成AIで作った偽動画も 注意を — NHK (2026). NHKニュース 2026年7月29日