公正取引委員会が2026年9月2日、日本郵便にフリーランス・事業者間取引適正化等法に基づく勧告を出した。取引条件を直ちに明示しなかった相手は167人、報酬の支払期日を定めず期日までに払わなかった相手は140人。違反があったとされる期間は令和6年11月1日から令和7年6月30日で、その初日は法律の施行日にあたる。令和7年度の勧告10件はすべて明示義務違反を含んでいた。最も基本的な義務がなぜ守られないのかを、公取委の統計から読む。
ざっくり言うと
- 公正取引委員会は2026年9月2日、日本郵便に対して再発防止等を求める勧告を行った
- 明示義務違反の相手は167人、報酬の支払期日に関する違反の相手は140人である
- 違反があったとされる期間の初日、令和6年11月1日は、法律の施行日と同じ日である
何が起きているのか
日本郵便への勧告と、その違反期間の初日が持つ意味
2026年9月2日、公正取引委員会が日本郵便株式会社に勧告を行った。フリーランス・事業者間取引適正化等法に基づくものである。
内容は2つある。令和6年11月1日から令和7年6月30日までの間、167人に対して取引条件の明示事項の全部または一部を直ちに明示していなかったこと。そして140人に対して報酬の支払期日を定めず、給付を受領した日までに報酬を支払っていなかったこと。
委託されていたのは研修の実施、郵便物等の配達等の業務である。
ここで期間を見ておきたい。 令和6年11月1日は、この法律が施行された日である。
背景と文脈
明示義務は何を求めているのか。公取委の統計から違反の型を読む
明示義務は、取引のいちばん最初に置かれている
この法律は2024年11月1日に施行された。正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」で、業務委託を受ける個人を保護する仕組みを定めている。
義務のうち最初に来るのが、第3条の取引条件の明示義務である。何を委託するか、いくら払うか、いつ払うか。それを直ちに書面か電磁的方法で相手に渡すことを求めている。
順序が重要になる。金額と期日が渡されていなければ、後続の義務は成立しない。支払期日の違反も、減額の違反も、買いたたきも、「約束された条件」があってはじめて判定できるからである。
令和7年度の勧告は10件、そのすべてに明示義務違反が入っていた
公正取引委員会は毎年、この法律の運用状況を公表している。
令和7年度の勧告件数は10件であった。そして違反行為の類型ごとの内訳がこうなる。取引条件の明示義務違反が10件、期日における報酬支払義務違反が9件、報酬の減額が1件、不当な経済上の利益の提供要請が1件。
勧告10件のうち、明示義務違反が10件。全件である。
指導まで含めると、母数はもっと大きくなる。令和7年度の指導件数は1,542件であった。違反の申出は令和7年度において、フリーランス・事業者間取引適正化等法の規定に違反する事実があるとして公正取引委員会に申出がされた件数は604件であるとされる。
措置1,552件の中身も公表されている。期日における報酬の支払義務違反が最も多く1,135件(41.6%)、次いで取引条件の明示義務違反が1,126件(41.3%)、買いたたきが250件(9.2%)。
上位2つで8割を超える。払う期日と、伝える条件である。
構造を読む
最初の1通が出ていないと、その後の義務は誰にも確かめられない
最初の1通が出ていないと、その後は誰にも確かめられない
明示義務が全件で当たっていることには、理由がある。
支払期日の違反を判定するには、期日が決まっていなければならない。減額を判定するには、元の金額が決まっていなければならない。買いたたきを判定するには、通常の対価と比べられる金額が示されていなければならない。
明示義務は、他の義務が判定できる状態を作る義務である。 ここが抜けると、その後の義務は形式としては存在するが、誰も違反を指摘できない。
日本郵便の事案は、この順序がそのまま出ている。167人には条件が渡っておらず、140人には期日が定められていなかった。167という数と140という数の重なり方は公表されていないが、条件が渡っていない相手に期日だけ守られる状況は考えにくい。
施行の日から始まっていた
もう一つ、期間の始まりが持つ意味がある。
違反があったとされる期間は令和6年11月1日から令和7年6月30日まで。この初日は法律の施行日である。
ここは慎重に読む必要がある。この法律で違反を問えるのは施行日以降なので、 期間の始まりが施行日と一致するのは、そもそも他の日になりようがない という読み方もできる。公正取引委員会が調査した範囲がそこから始まった、というだけかもしれない。
それでも残るものがある。準備期間があって、走り出してから運用がずれたのではない。 制度が動き始めた最初の日を含む8か月間に、条件を伝えていない委託が167件あった。 施行に合わせて書式を切り替えるという想定が、そこでは働いていない。
大きな組織ほど、委託の書式は現場ごとに散らばる。研修の講師と配達をする人では、依頼の出し方も担当部署も違う。それぞれの部署が従来の慣行のまま発注を続けていれば、法律が変わっても書式は変わらない。1つの通知で全部が切り替わるという前提のほうが、実務から遠い。
数字で見えるのは、氷山のどこか
申出604件、指導1,542件、勧告10件。この3つの数字の関係を確かめておきたい。
申出は、フリーランス本人から公取委に持ち込まれたものである。指導のほうがそれより多いので、公取委は申出を待たずに調査もしている。ここまでは制度が動いている。
見えないのは、申出に至らなかった分である。委託を受けている個人にとって、発注元を当局に申し出ることは、次の仕事を失う可能性と隣り合う。しかも条件が書面で残っていなければ、何を申し出ればよいのかも組み立てにくい。
生活困窮の相談は10年で345.6万件、プランを作ったのは26.6%(このサイトの記事)でも見たとおり、制度の入口に届いた数は、困っている人の数ではない。届いた数だけが記録に残る。
「政策が届かない層」の共通構造(このサイトの記事)で整理した捕捉率の問題が、ここでも同じ形で出る。権利があることと、行使できることのあいだに距離がある。
罰則ではなく勧告で組まれている理由
この法律の執行は、指導と勧告が中心にある。勧告に従わない場合には命令があり、命令違反には罰則が用意されている。刑事罰から入る組み立てではない。
これは、下請法から名称の変わった取適法と同じ型である。下請法の改正法が2026年1月1日に施行され、法律名も変更されます(新通称:「取適法(とりてきほう)」)。呼び名は変わったが、取引を止めずに条件を直させるという組み立ては変わらない。受託者にとって、発注元が処罰されることと、来月も仕事があることは同じではない。関係を続けたまま条件だけを直す経路が要る。
ただし、この設計が機能するには前提が要る。 違反が見つかることである。 条件が書面で残っていない取引は、当事者の記憶と主張しか手がかりがない。明示義務違反が最も多く見つかっているのは、この義務だけは「書類が無い」という形で外から確認できるからでもある。
何を数えれば、次の判断ができるか
制度が2年目に入って、追っておきたい数字が2つある。
1つは、 同じ発注元が繰り返し措置を受けているか である。指導1,542件が1,542の発注元なのか、少数の発注元に集中しているのかで、打ち手が変わる。前者なら書式の周知が効き、後者なら個別の是正が要る。
もう1つは、 明示義務違反の割合が下がるか である。令和7年度は措置の41.3%を占めた。この比率が下がらないまま件数だけ増えるなら、増えているのは違反ではなく発見のほうだと読める。逆に比率が下がれば、書式が現場に届いたことになる。
どちらも公取委が毎年公表している範囲の数字で追える。3年並べたときに初めて、この法律が何を変えたのかが見える。
残る問い
条件を伝えるのは、取引の最初にやることである。
その最初が抜けた取引を、当事者はどう証明すればよいのだろうか。
この記事で使った統計の出典
- 1公正取引委員会「日本郵便株式会社に対する勧告について」(令和8年9月2日) 出典を開く
- 2公正取引委員会「令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法の執行状況」(令和8年6月10日) 出典を開く
- 3公正取引委員会「2026年1月から「下請法」は「取適法」へ!」(リーフレット)(2026年) 出典を開く
参考書籍
- 『労働法はフリーランスを守れるか』(外部サイト、新しいタブで開きます)(橋本陽子、筑摩書房)。個人で仕事を請ける人が労働法の保護に入るのかを、欧米の動きと並べて検討した本。今回の勧告が使われた法律は取引の適正化を扱うもので、労働者としての保護とは別の系統にある。その線引きがどこにあるのかを確かめられる。
参考文献
日本郵便株式会社に対する勧告について(令和8年9月2日) — 公正取引委員会 (2026). 公正取引委員会
令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法の執行状況(令和8年6月10日) — 公正取引委員会 (2026). 公正取引委員会
フリーランス・事業者間取引適正化等法のパンフレット — 公正取引委員会 (2024). 公正取引委員会



