排除しても集まる理由 — グリ下・トー横が映す若者の「居場所」の構造問題
大阪グリ下に高さ約2.4メートルの塀、新宿トー横にフェンス。しかし若者は別の場所に移動するだけだった。児童虐待22.5万件、きみまも利用者8,858人(想定の2倍超)——「たまり場」問題の構造を排除と包摂の両面から分析する。
何が起きているのか
2025年3月、大阪市は道頓堀のグリコの看板下——通称「グリ下」に高さ約2.4メートル・幅合計約33メートルの万能塀を設置した。防犯カメラも増設され、万博終了後には三角パネルへの置き換えも予定されている。若者のたまり場を物理的に封じる意図は明白であった。
しかし結果は予見可能だった。居心地が悪くなった若者たちは他の場所に移動し、支援団体は「接触が困難になった」と訴えた。
東京・歌舞伎町のトー横でも同様の構図がある。2023年12月には東宝ビル周辺がフェンスで囲まれたが、数メートル先で集会は続いた。若者たち自身が「新宿にはいくらでも集まれる場所はある」と語っている。
この「追い出しても集まる」という構造は、名古屋の「ドン横」、広島の「P横」、岐阜の「ロー横」、仙台の「ビー横」と全国に拡散している。本家トー横の補導強化が地方都市への分散を加速させた側面もある。
背景と文脈
なぜ若者は繁華街に集まるのか
グリ下・トー横に集まる若者の背景は単純ではない。家庭の機能不全、学校不適応、そしてSNSによる情報拡散——この3つの要因が重なり合っている。
厚生労働省によれば、2023年度の児童虐待相談対応件数は225,509件(過去最多)。心理的虐待が最多で134,948件を占める。1990年度の統計開始以来、ほぼ一貫して増加し続けており、約30年で200倍以上に達した。
虐待、ネグレクト、DV目撃、過干渉型の教育虐待——家庭が安全な場所でなくなった若者にとって、学校も居場所にならなければ、第三の選択肢は繁華街の匿名的な空間しかない。レイ・オールデンバーグが提唱した「サードプレイス」概念——家庭でも職場・学校でもない第三の居場所——が、繁華街の路上というゆがんだ形で実現している。
支援の現在地
東京都は2024年5月に若者向け総合相談窓口「きみまも@歌舞伎町」を開設した。2025年3月末までの利用者は延べ8,858人(1日平均42人)で、当初想定20人の2倍超に達した。18〜24歳が約半数を占め、兵庫県や大阪府など遠方からの利用者もいる。
大阪では認定NPO法人D×Pが2023年6月にグリ下から徒歩5分の場所にユースセンターを開設。累計利用者は延べ7,739人、食事提供は6,171食に上る。若者がソファでくつろいだり、台所で一緒に食事を作って食べたりできる場所を提供している。
しかし2025年2月14日、グリ下で17歳の少年3人が刺される殺傷事件が発生し、鎌田隆之亮さん(17歳)が死亡した。容疑者はグリ下に数年前から出入りしていた21歳の無職男性である。支援施設・団体でも性暴力事件が相次いでいることが報じられている。
オーバードーズの蔓延——市販薬が「居場所」になる構造
たまり場の問題と不可分なのが、市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)の蔓延である。高校生の約60人に1人が市販薬の乱用経験を持ち、中学生では約55人に1人(1.8%)が過去1年以内に乱用目的で使用している。10代の薬物依存患者のうち市販薬が65.2%を占め最多であり、2014年の0%から急増した。
2026年3月にはトー横での睡眠薬販売容疑で書類送検される事例も発生。一斉補導では睡眠薬約600錠を所持した女子中学生が確認されている。厚生労働省は販売規制を強化し「指定濫用防止医薬品」制度を導入しているが、対症療法の域を出ていない。
構造を読む
排除型アーキテクチャの限界
フェンス、塀、防犯カメラ、三角パネル——これらは「排除型アーキテクチャ(ホスタイル・アーキテクチャ)」と呼ばれる手法であり、ベンチの仕切りやモスキート音など、物理的に滞留を阻止する設計思想に基づく。
しかし排除型アーキテクチャには構造的な限界がある。第一に、若者を他の場所に移動させるだけで問題を解消しない。第二に、支援団体のアウトリーチを困難にし、最も支援を必要とする若者との接点を断つ。第三に、公共空間であるため恒久的な閉鎖は不可能である。
「追い出しても集まる」が全国で繰り返されるのは、集まる原因が除去されていないからにほかならない。
制度の狭間にある若者
15歳で義務教育が終了し児童福祉の対象外となり、18歳で「成人」となるが社会的自立の準備が整っていない——この制度の狭間に落ちる若者が存在する。
グリ下・トー横に集まる若者の多くは、単一の困難ではなく複合的な要因を抱えている。鈴木大介は『最貧困女子』で、家庭の貧困・虐待歴・知的障害や精神疾患の「三つの無縁」——家族の無縁・地域の無縁・制度の無縁——が重なったとき、若者は既存のセーフティネットからこぼれ落ちると指摘した。繁華街に集まる若者にもこの構造はそのまま当てはまる。
さらに宮口幸治は『ケーキの切れない非行少年たち』で、少年院に収容された非行少年の多くが境界知能(IQ70〜84)を有し、認知機能の弱さゆえに学校教育から脱落し、適切な支援につながれないまま非行に至る構造を明らかにした。境界知能は知的障害の認定基準を満たさないため障害福祉の対象外であり、かといって通常の教育・就労支援では対応できない。この「制度の狭間」がまさにグリ下・トー横に集まる若者の一部に重なる。
虐待歴のある若者が家出を繰り返し、学校にも福祉にもつながれず、SNSを通じて繁華街の「仲間」と出会う——この連鎖は個人の選択の問題ではなく、家庭・教育・福祉の各制度が連携できていない構造的欠陥の帰結である。
2024年4月の児童福祉法改正により、児童養護施設の退所基準が「年齢制限」から「自立の可否」へと見直されたが、運用はまだ始まったばかりである。施設退所者(ケアリーバー)の大学等進学率は40.5%にとどまり、33.6%が「生活費や学費」で困難を訴えている。
日本学術会議は2017年の提言で、日本社会に根強い「自己責任論」「家族責任論」が若者支援政策の拡充を阻害していると指摘した。既存の支援制度は「自ら相談に来る」前提で設計されており、繁華街にたむろする若者は制度にアクセスできない・しない層に位置する。
問われるべきは「どうやって若者を排除するか」ではなく、「なぜ繁華街の路上が唯一の居場所になるのか」——すなわち、家庭・学校・地域社会が果たすべき包摂機能の構造的な欠損をどう修復するかという問いである。
若者の精神的危機と社会的支援については、「不登校・若年自殺の構造分析——「心の問題」の社会的背景を読む」も参照されたい。
参考文献
児童虐待防止対策
厚生労働省
原文を読む
「きみまも@歌舞伎町」の取組について
東京都
原文を読む
D×P ユースセンター活動報告
認定NPO法人D×P
原文を読む
「トー横」や「グリ下」に若者が集う理由とは?
Well-being Matrix
原文を読む
グリ下会議と官民連携の取り組み
大阪市
原文を読む
若者の社会的排除と包摂に関する提言
日本学術会議
原文を読む
最貧困女子
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ケーキの切れない非行少年たち
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