一般社団法人社会構想デザイン機構
論考・インサイト

社会的包摂とは何か — 排除の4次元メカニズムと日本の現在地

ヨコタナオヤ
約8分で読めます

社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)の定義・歴史・メカニズムを、EUのAROPE指標や国連の4次元モデルから構造的に解説。日本の相対的貧困率15.4%、ひとり親世帯44.5%、孤独死5.8万人——データが映す排除の実態と、生活困窮者自立支援法・重層的支援体制の到達点を分析する。

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ざっくり言うと

  1. 社会的排除は「状態」ではなく「プロセス」——経済・政治・社会文化・空間の4次元が連鎖し累積する動態的過程である
  2. 日本の相対的貧困率15.4%、ひとり親世帯44.5%、孤独死5.8万人が排除の実態を数字で示している
  3. 「包摂=就労」への矮小化は就労困難な人々をかえって排除する構造を持つ——包摂の経路選択自体が政治的である

何が起きているのか

日本の貧困率・孤独死・障害者数などのデータから社会的排除の実態を提示

「社会的包摂(social inclusion)」という言葉が、政策文書や学術論文に頻出するようになった。しかしその意味は、しばしば曖昧なまま使われている。包摂とは何を指し、何に対する応答なのか。この問いに答えるには、まず「社会的排除(social exclusion)」の構造を理解する必要がある。

日本の社会的排除の実態を数字で見る。相対的貧困率は15.4%ひとり親世帯(大人が一人)の貧困率は44.5%で、OECD諸国でも突出して高い。一人暮らしの高齢者の孤独死は年間5万8,044人に達する。障害者総数は1,164万6,000人(国民の約9.2%)であり、精神障害者は前回比56.6%増の614万8,000人と急増している。

15.4%
相対的貧困率
OECD加盟国中7位の高さ
44.5%
ひとり親世帯貧困率
OECD諸国でも突出
9.2%
障害者(人口比)
1,164万人・精神障害者56.6%増
5.8万人
孤独死(65歳以上)
2024年・警察庁初集計
図: 日本の社会的排除を映す指標群

これらの数字は、個別の「社会問題」ではない。経済的困窮、社会的孤立、制度からの排除が相互に連鎖する構造的プロセスの帰結である。

背景と文脈

フランス発祥の社会的排除概念の歴史的展開と包摂政策への転換

「排除」から「包摂」へ — 概念の系譜

社会的排除という概念は、1974年にフランスの社会活動担当国務秘書官ルネ・ルノワールが著書で提唱した。障害者・高齢者・長期失業者など、社会保障の網から漏れ落ちた人々の存在を「排除」として問題化した点に独自性がある。

それ以前にも「貧困」研究は存在した。ピーター・タウンゼントが1979年に「相対的剥奪(relative deprivation)」概念を確立し、貧困を所得だけでなく生活水準の多面的な欠如として捉える枠組みを提示していた。しかし社会的排除概念が革新的だったのは、貧困を 状態 ではなく プロセス として把握した点にある。ある個人が社会の諸制度・関係・活動から段階的に切り離されていく動態的過程——それが排除の本質である。

1990年代に入ると、EU圏内で概念が急速に普及する。英国では1997年にブレア政権が首相府内に社会的排除対策ユニット(SEU)を設置。「包摂(inclusion)」を政策目標に掲げ、福祉から就労への移行(welfare-to-work)を推進した。そして2015年、国連がSDGsの横断原則として「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」を採択する。排除概念は半世紀をかけて、一国の社会政策用語から国際的な開発規範へと昇華した。

排除の4次元モデル

💰
経済的次元
労働市場・信用・資産へのアクセスの欠如
不安定雇用・低賃金・失業
🏛️
政治的次元
市民権・政治参加・法的保護の否定
参加の壁・表現の制約
🌐
社会・文化的次元
支配的規範による周縁化
差別・偏見・異質性の排除
📍
空間的次元
地理的辺縁性による参加困難
過疎地・貧困集中地域
↻ 各次元は相互に連鎖し累積する(失業→所得低下→住居喪失→健康悪化→孤立)
図: 社会的排除の4次元モデル(国連 2016)— 相互に連鎖するプロセス

国連 DESAの2016年報告書は、社会的排除を4つの次元で整理した。経済的次元(労働市場・信用・資産へのアクセスの欠如)、政治的次元(市民権・政治参加・法的保護の否定)、社会・文化的次元(支配的規範による周縁化)、空間的次元(地理的辺縁性による参加困難)。重要なのは、これらの次元が 相互に連鎖し累積する 点にある。失業が所得低下を招き、住居喪失が健康悪化を誘発し、社会関係の断絶がさらなる就労困難を生む。排除は単線的な因果ではなく、螺旋的な悪循環として進行する。ピーター・M・センゲは『学習する組織』で、このような自己強化型フィードバックループ(システム思考における「成長の限界」アーキタイプ)が組織や社会の病理を固定化するメカニズムを解明した。排除の螺旋もまた、介入点を誤れば強化され続けるシステム構造である。

レヴィタスの3言説モデル — 「包摂」の政治性

ルース・レヴィタス(ブリストル大学)は、社会的排除をめぐる政策言説を3つの類型に整理した。

第一に、 再分配的言説(RED) 。排除の原因を所得・富の不平等に求め、再分配政策と社会保障の強化を処方箋とする。第二に、 社会統合的言説(SID) 。有給労働からの排除を核心問題とし、就労支援と労働市場参加を包摂の主要経路とする。第三に、 モラル・アンダークラス言説(MUD) 。排除の原因を個人の道徳的欠陥に帰し、行動変容や条件付き福祉を政策手段とする。

ブレア政権下で支配的となったのはSIDであった。就労を包摂の入口と位置づけるこの言説は、就労困難な人々——重度障害者、慢性疾患者、高齢者——をかえって排除する構造を持つ。「包摂」は中立的な概念ではない。何を包摂の経路とするかという選択自体が、誰を排除するかを規定する。

日本の政策展開 — 地域共生社会への道

日本における社会的包摂政策は、2000年代から本格化した。2000年に厚労省が「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告書を公表。2008年のリーマンショックと「年越し派遣村」が排除の実態を可視化し、2011年には内閣官房に「一人ひとりを包摂する社会」特命チームが設置された。

制度面では、2013年に生活困窮者自立支援法が成立(2015年施行)。自立相談支援、住居確保給付金、就労準備支援、家計改善支援、子どもの学習・生活支援を一体的に提供する枠組みが整備された。さらに2020年に重層的支援体制整備事業が創設(2021年施行)。属性を問わない相談支援、参加支援、地域づくり支援の3本柱で「断らない相談支援」を制度化した。2023年に孤独・孤立対策推進法が成立(2024年4月施行)し、孤立を個人の問題ではなく社会構造の問題として法的に位置づけた。

しかし制度の存在と実効性は異なる。生活保護の捕捉率は推計約20〜30%にとどまり、受給資格があるにもかかわらず申請に至らない人々が圧倒的多数を占める。重層的支援体制整備事業も、実施自治体の4割強が「総合相談窓口を設置しない」方式を採用しており、既存機関間の連携に依存する構造がある。

構造を読む

社会的排除の4次元メカニズムと相互連鎖の構造分析

福祉レジームが規定する排除の形

社会的排除の形は、各国の福祉レジームによって規定される。エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論を援用すれば、北欧の社会民主主義型は普遍主義的給付と積極的労働市場政策により包摂を公的に担保する。英国の自由主義型は市場メカニズムと選別主義的給付に依存し、就労を包摂の主経路とする。日本は「自由主義と保守主義のハイブリッド」と分類され、企業福祉・家族主義・残余的公的扶助の3層構造を特徴とする。

この3層構造が問題なのは、企業福祉の恩恵を受けられない層——非正規雇用者、自営業者、無業者——が制度の間隙に落ちる点にある。かつて「日本型福祉社会」と呼ばれた仕組みは、終身雇用と専業主婦世帯を前提としていた。その前提が崩壊した現在、企業福祉に依存しない包摂の仕組みが必要とされている。

EUのAROPE指標 — 「何を測るか」の政治性

EUは社会的排除の測定にAROPE指標(At Risk of Poverty or Social Exclusion)を用いる。①貧困リスク(等価可処分所得が中央値の60%未満)、②深刻な物質的剥奪(13項目中7項目以上を欠く)、③極めて低い就労強度——この3条件のいずれかに該当する人口の割合を計測する。2024年データでEU全体の21.0%(約9,330万人)がAROPEに該当する。EUは2030年までにAROPE該当者を1,500万人削減する目標を掲げている。

しかし何を「排除」と定義し何を測定するかは、それ自体が政治的プロセスである。AROPE指標は所得・物質・就労の3軸で構成されるが、社会関係の断絶や政治参加の排除は含まれない。測定枠組みの選択が、政策の射程を規定する。日本には包括的な排除指標すら存在せず、相対的貧困率が唯一の定量的尺度として機能している。排除の多次元性を捉える測定枠組みの構築自体が、今後の政策課題である。

包摂の落とし穴 — 「就労至上主義」と「能力主義の罠」

社会的包摂の概念には、構造的な落とし穴がある。レヴィタスが指摘したSID言説の支配は、「包摂=就労」への矮小化を意味する。就労困難な人々が「包摂されない者」として正当に排除される逆説が生じる。

さらにマイケル・サンデルが『実力も運のうち』(2020年)で指摘したように、能力主義社会では排除された人々が「自己責任」として状況を内面化する。橘玲『無理ゲー社会』で、能力主義が「才能の格差」を正当化する論理に転化し、遺伝的素質や家庭環境に恵まれなかった者が構造的に排除される日本社会の実態を描いた。包摂が「能力開発→労働市場参加→社会参加」の線形モデルに収斂するとき、「能力を発揮できない者」への排除が正当化される構造が生まれる。

問われるべきは、排除の原因を個人に帰すのか構造に帰すのかという根本的な問いである。日本学術会議は2014年の提言で、排除の多次元性と累積性を認識した制度横断的対応の必要性を指摘した。重層的支援体制整備事業の理念は、この問題意識の制度化と見ることができる。しかし個別の制度を「つなぐ」だけでは、排除を生み出す構造そのものは変わらない。排除の構造を可視化し、制度設計のレベルで介入する——その営みこそが、社会的包摂の本来の射程である。


社会的排除の具体的な政策対応については、「生活保護の捕捉率はなぜ低いのか — 日本の福祉アクセス問題の構造」も参照されたい。

参考文献

Identifying Social Inclusion and Exclusion — Report on the World Social Situation 2016United Nations DESA

The Inclusive Society? Social Exclusion and New Labour (2nd ed.)Ruth Levitas

People at risk of poverty or social exclusion in 2024Eurostat

2022年 国民生活基礎調査の概況厚生労働省

令和6年版障害者白書内閣府

地域共生社会ポータルサイト厚生労働省

いまこそ「包摂する社会」の基盤づくりを日本学術会議 社会学委員会・経済学委員会合同

参考書籍

読んだ後に考えてみよう

  1. 身近な環境を見渡したとき、「社会から排除されている」と感じている人はいないだろうか
  2. 自分自身の経験を振り返って、経済・制度・関係・空間のどの次元で不安を感じることがあるだろうか
  3. あなたの地域において社会的包摂を進めるために、どのような取り組みが可能だと考えるか
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