一般社団法人社会構想デザイン機構
論考・インサイト

医療費48兆円の構造 — 2030年に向けた持続可能性の分岐点

2023年度の国民医療費は48兆915億円、過去最高を更新した。2040年には68兆円に達するとの政府推計がある一方、後期高齢者医療制度の積立金は給付費のわずか0.23か月分。高額療養費の限度額引き上げ、OTC類似薬の保険給付見直しなど、患者負担増の改革が相次ぐ。財源構造と地域格差から、制度の持続可能性を読み解く。

ISVD編集部
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何が起きているのか

2023年度の国民医療費は48兆915億円。前年度から1兆3,948億円(+3.0%)増加し、過去最高を更新した。一人当たりに換算すると38万6,700円——生まれてから死ぬまでの生涯医療費は約2,755万円と推計されている。

2010(実績)37.4兆円対GDP比 7.8%
2018(実績)39.2兆円対GDP比 7.0%
2023(実績)48兆円対GDP比 8.1%
2030(推計)54兆円対GDP比 ~8.5%
2040(推計)68兆円対GDP比 8.4-8.7%
実績推計
国民医療費の推移と将来推計(兆円) — 厚生労働省・内閣官房資料より作成。対GDP比は国民医療費ベース(OECD SHA基準とは異なる)

この数字を国際比較の中に置くと、日本の位置が浮かび上がる。OECD基準の対GDP比は10.6%で、OECD平均の9.3%を上回る。ただし世界最高の高齢化率(29.3%)を考慮すると、相対的にはむしろ抑制されている水準だ。米国の16.7%、ドイツの12.7%と比較すれば明白である。

問題は、この「相対的抑制」がいつまで維持できるかという点にある。

政府の2018年推計では、2040年度の医療給付費を66.7〜68.5兆円(対GDP比8.4〜8.7%)と見通していた。だが2023年度の実績48.0兆円は、同推計の2025年度見通し(47.4〜47.8兆円)にほぼ到達済みである。推計を上回るペースで医療費は膨張しつつある。

増加の構造的ドライバーは4つ。高齢化による需要増、医療技術の高度化(高額な新薬・遺伝子治療の保険収載)、薬剤費の増大(年平均約7,800億円の増加ペース)、そして生活習慣病の慢性的管理コスト。どれも短期的に反転する要因ではない。

背景と文脈

財源構造という「設計図」

国民医療費48兆円を誰が負担しているのか。その内訳を見ることで、制度の設計思想と限界が同時に見えてくる。

48.8%
38.9%
11.6%
保険料被用者保険・国保・後期高齢者
公費(税金)国庫+地方自治体
患者自己負担窓口1〜3割負担

後期高齢者医療制度の財源内訳

50%
公費
40%
現役世代からの支援金
10%
高齢者自身の保険料
医療費の財源構成(2023年度) — 厚生労働省「医療保険制度の体系」より

保険料が48.8%、公費(税金)が38.9%、患者自己負担が11.6%。この「5:4:1」の比率が日本の国民皆保険制度の骨格である。1961年の制度創設以来、すべての国民がいずれかの公的医療保険に加入する仕組みが維持されてきた。

しかし、この財源構造の内部に深刻な歪みが生じている。後期高齢者医療制度(75歳以上を対象)の財源を見ると——公費50%、現役世代からの支援金約40%、高齢者自身の保険料わずか10%。つまり、後期高齢者の医療費17兆3,367億円のうち、約4割は現役世代が拠出する「支援金」で賄われている構造だ。

さらに衝撃的な数字がある。後期高齢者医療制度の積立金は3,369億円。給付費に対するカバー月数はわずか0.23か月分。財政的バッファがほぼ存在しない。想定外の医療費増が発生した場合、即座に保険料引き上げか公費投入が必要になる。綱渡りの制度運営と言わざるを得ない。

改革の連鎖——患者負担はどこまで上がるのか

制度の持続可能性を確保するため、2024年以降、改革が矢継ぎ早に進んでいる。

高額療養費制度の見直し。2026年8月に全所得区分で一律7%の限度額引き上げ、2027年8月には所得区分を4区分から13区分に細分化し7〜38%引き上げ。がん患者団体の強い反対で一度凍結されたものの、2025年12月に修正案が決定された。受診抑制効果は約1,070億円と政府は試算する。

OTC類似薬の保険給付見直し。風邪薬、胃腸薬、湿布など市販薬で代替可能な薬剤(約1兆円規模)について、保険給付を維持しつつ患者に特別負担を求める方式を検討中。2027年3月の実施を目指す。

窓口負担の「応能負担」化。年齢ベースの自己負担割合から、金融資産を含む「支払い能力」ベースへの転換が議論されている。2026年通常国会で金融所得を保険料・窓口負担の判定に算入する法制化を目指す動きも出てきた。

これらの改革に共通する方向性は明確である——「年齢から能力へ」という負担原則の転換。だが、負担増が受診控えを誘発し、疾病の重症化を招くリスクとどう折り合いをつけるのか。その制度設計の精度こそが問われている。

1.44倍の地域格差

最大格差1.44倍(「西高東低」の構造的パターン)

上位(高医療費)

高知県
49.6万円
鹿児島県
46.9万円
徳島県
46.7万円

下位(低医療費)

滋賀県
35.1万円
千葉県
34.7万円
埼玉県
34.2万円
都道府県別 一人当たり国民医療費(2023年度) — 厚生労働省統計より

一人当たり国民医療費は、高知県の49万6,300円に対し埼玉県は34万2,500円。その差は1.44倍に達する。「西高東低」という構造的パターンが継続しており、この格差は病床数・医師数の偏在と深く連動している。

医師偏在指標では、都道府県レベルで約2倍、二次医療圏レベルではさらに大きな格差がある。全国に約600の無医地区が存在し、最寄りの医療機関まで1時間以上かかる地域は約2,000か所。2024年12月に厚労省が「医師偏在対策パッケージ」を公表したが、その実効性はこれから問われることになる。

構造を読む

国民医療費48兆円という数字が示しているのは、個別の政策課題ではなく、日本の社会保障制度が直面する構造的転換点である。

第一の構造——「先送りの累積」。2018年推計が想定した2025年の水準に、2023年時点でほぼ到達した事実が意味するのは、医療費抑制策が想定ほど機能していないということだ。診療報酬の2年ごとの改定、薬価引き下げ——これらの手段は増加の「速度」を緩める効果はあるが、「方向」を変える力を持たない。

第二の構造——「世代間の非対称」。後期高齢者医療の財源の4割が現役世代の支援金という構造は、人口構成が変わるほどに不安定化する。2025年問題(団塊世代全員が75歳以上)は「始まり」に過ぎない。真の負荷が到来するのは2030年代後半から2040年代にかけてである。

第三の構造——「空間的分断」。医療費の1.44倍格差は、単なる地域差ではない。医療供給体制(病床数・医師数)の偏在が需要を誘発し、それが医療費の差として表面化するメカニズムがある。供給が需要を創出するという、医療経済学の古典的命題が日本の都道府県データに色濃く反映されている。

これら3つの構造は独立ではなく、相互に強化し合う。先送りが世代間負担を拡大し、地域格差が制度改革の合意形成を困難にし、合意形成の遅れがさらなる先送りを招く。

2030年は「まだ先」ではない。制度設計を構造的に問い直す猶予期間である。EBPMの手法で政策効果を検証し、ロジックモデルで介入経路を可視化する——そうした分析的アプローチなしに、48兆円という数字に向き合うことはできない。


参考文献

令和5年度 国民医療費の概況

厚生労働省. 厚生労働省

原文を読む

2040年を見据えた社会保障の将来見通し

内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省. 厚生労働省

原文を読む

Health at a Glance 2025 — Japan

OECD. OECD

原文を読む

高額療養費制度の見直しについて

厚生労働省 保険局. 厚生労働省

原文を読む

後期高齢者医療制度の積立金は医療費の0.23か月分

GemMed編集部. GemMed

原文を読む

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