厚生労働省は「捕捉率」を公表していない。公表しているのは保護世帯比で、推計は15.3%から87.4%まで開き、同省自身が「漏給の数を表すものではない」と留保を付けている。測れないものは測れないと置いたうえで、都道府県別の保護率が大阪33.5‰から富山2.7‰まで約12倍開く事実を、e-Stat公開データと先行研究から読み解く。
ざっくり言うと
- 厚生労働省が公表しているのは「捕捉率」ではなく「保護世帯比」で、推計は調査と資産の扱いによって15.3%から87.4%まで開く
- 都道府県別の保護率は大阪33.5‰から富山2.7‰まで約12倍の格差
- 保護率と失業率・高齢化率の相関分析から「制度が届いていない疑いのある地域」を構造的に特定する試み
何が起きているのか
捕捉率22.6%の意味と、都道府県別保護率の12倍格差の事実
生活保護は、日本国憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化する最後のセーフティネットである。しかし、この制度は必要とする人の大半に届いていない。
まず、言葉を正確にしておきたい。厚生労働省は「捕捉率」という数字を公表していない。 公表しているのは 厚生労働省 が2010年4月に出した「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計」で、そこで使われている指標の名は 保護世帯比 である。被保護世帯数を、被保護世帯数と生活保護基準未満の低所得世帯数の合計で割った値だ。
推計結果は、使う調査と資産の扱いで大きく振れる。
| 推計に使った調査 | 所得のみ | 資産を考慮 |
|---|---|---|
| 平成16年全国消費実態調査(生活扶助+教育扶助) | 29.6% | 87.4% |
| 平成16年全国消費実態調査(+住宅扶助) | 23.8% | 68.4% |
| 平成19年国民生活基礎調査 | 15.3% | 32.1% |
同じ制度について、15.3%から87.4%まで開く。一つの数字で語れる話ではない。
そのうえ、厚生労働省はこの推計に3つの留保を付けている。原文のまま引く。
つまり、行政が持っている道具では「本来受けられるのに受けていない人が何割か」は測れない、というのが 出発点だ。国際比較でよく引かれる「日本の捕捉率は2割」という言い方も、この推計を出典にしている限り、 厚生労働省が言っていないことを言っていることになる。
だからこの記事は、届いていない割合を当てにいかない。代わりに、受けている人の分布を見る。
さらに問題を複雑にしているのが、都道府県間の格差だ。e-Statの被保護者調査によれば、人口千人あたりの保護率は 大阪府33.5‰から富山県2.7‰ まで 約12倍 の開きがある。
この格差は、貧困の分布だけでは説明できない。
背景と文脈
なぜ捕捉率は低いのか。扶養照会・スティグマ・水際作戦の複合構造
「不正受給」よりも「未受給」が圧倒的に深刻
生活保護をめぐる世論は「不正受給」に関心が集中しがちだ。しかしデータが示す構造は逆である。
令和2年度の不正受給は32,090件・約126億円。同じ資料が示す生活保護費負担金約3.7兆円(令和4年度当初予算)に対して、0.4%に満たない。一方、生活保護基準未満で暮らす世帯のうち受給している世帯の割合(保護世帯比)は、上に見たとおり推計で15.3%から87.4%まで開く。受給していない世帯が何割かを一つの数字で言うことはできないが、不正受給の0.4%と比べる相手がそちらであることは動かない。
未受給の構造的要因は3つに集約される。
扶養照会: 「家族に知られる」恐怖
生活保護申請時に行われる「扶養照会」(親族に対して申請者を扶養できないか確認する手続き)は、申請をためらわせる最大の障壁の一つだ。
つくろい東京ファンドの調査(2021年)では、生活保護を利用していない生活困窮者のうち、扶養照会が「申請をためらう原因になった」と回答した割合は 約34% に上った。
厚生労働省は2021年と2024年に扶養照会の運用を改善し、「20年以上音信不通」「DVの加害者」などの場合は照会を行わないよう通知した。しかし、運用改善は各自治体に委ねられており、実施状況には地域差がある。
スティグマ: 「生活保護を受けている」ことへの恥辱感
日本では生活保護の受給に強いスティグマ(恥辱感)が伴う。「自己責任」論が根強く、制度の利用を「恥」と感じる文化的規範が申請を構造的に押し下げている。
窓口での相談段階で申請を断念する人が多いことは、複数の支援団体が指摘している。申請に至る前に「諦める」構造は、統計に表れにくい。
水際作戦: 窓口で「追い返す」構造
福祉事務所の窓口で、申請を希望する人に対して「まだ働けるでしょう」「親族に頼れませんか」と申請を思いとどまらせる対応は、「水際作戦」と呼ばれる。2024年には群馬県桐生市で、生活保護受給者への不適切な対応(保護費の過少支給、食料支援の強要)が発覚し、構造的な問題として全国的に注目された。
構造を読む
保護率と社会経済指標の相関分析から見える「制度が届いていない地域」
保護率の地域格差は何を映しているのか
都道府県別の保護率の格差(大阪33.5‰ vs 富山2.7‰)は、単純に「大阪に貧困者が多い」ことを意味しない。
山形大学の戸室健作准教授による2017年の研究は、都道府県別の貧困率と保護率を比較した日本で唯一の体系的分析である。この研究が明らかにしたのは、貧困率が高い地域の保護率が必ずしも高くない という構造的な非対称性だ。
例えば沖縄県は2012年時点で全国最高の貧困率( 34.8%)を記録したが、保護率は全国平均を下回っていた。つまり、沖縄では「貧困であっても生活保護に結びつかない」構造が存在していた。
この非対称性こそが「制度の届き方の地域格差」の本質だ。保護率の高さは貧困の深刻さだけでなく、制度へのアクセシビリティ(福祉事務所の体制、NPOの支援ネットワーク、自治体の運用姿勢)を反映している。
保護率と社会経済指標の相関
保護率の地域格差を理解するため、以下の社会経済指標との関係を検討する。
完全失業率との相関: 失業率が高い地域ほど保護率が高い傾向はあるが、相関は完全ではない。北海道・福岡は失業率・保護率ともに高いが、沖縄は失業率が高いのに保護率が相対的に低い。
高齢化率との相関: 高齢者の保護率は全体より高い傾向がある。しかし高齢化率の高い地方部(秋田、島根等)の保護率は低く、都市部(大阪、東京)が高い。これは「高齢化が保護率を押し上げる」という単純な図式が成り立たないことを示す。
持ち家率との逆相関: 富山県の保護率が最低(2.7‰)である背景には、持ち家率の高さ(全国トップレベル)がある。資産としての持ち家が保護基準に抵触するため申請に至らない、あるいは「家があるから大丈夫」という判断が働く構造がある。
これらの分析が示唆するのは、保護率の格差は 「貧困の量」ではなく「制度と個人の間の距離」 を測る指標だという点だ。
「出口」の問題: 保護からの自立支援
届いていない人をめぐる議論は「入口」(申請・認定)に集中しがちだが、「出口」(保護からの自立)の設計も重要だ。
2015年に施行された生活困窮者自立支援法は、生活保護に至る前の段階で就労支援・家計改善支援等を提供する仕組みを創設した。しかし、自立支援の実施体制は自治体によって大きな差があり、「相談窓口はあるが支援メニューが乏しい」地域も少なくない。
セーフティネットに空いた穴
本来受けられるのに受けていない人が何割いるのか。行政はこの数を持っていない。 持っているのは保護世帯比という別の指標で、それ自体が15.3%から87.4%まで開き、 厚生労働省が「漏給の数を表すものではない」と断っている。
数がないことは、穴がないことを意味しない。不正受給が32,090件・約126億円と件数まで数えられているのに、 受けられずにいる人の数は推計の幅すら定まらない。何を数え、何を数えないかは、制度の設計そのものだ。
都道府県別保護率の12倍格差は、貧困の分布ではなく、制度へのアクセシビリティの格差を映している。この格差を可視化し、「なぜこの地域では制度が届いていないのか」を問うことが、安全網の再設計への第一歩となる。
生活保護制度の全体像については「生活保護「捕捉率」20%(このサイトの記事)」を、社会保障の財源問題は「「独身税」の正体(このサイトの記事)」も参照されたい。実務者向けの制度利用ガイドは「政策が届かない層の共通構造(このサイトの記事)」が詳しい。
この記事で使った統計の出典
- 1厚生労働省 生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について(2010年) 出典を開く
- 2厚生労働省 被保護者調査(2024年) 出典を開く
- 3厚生労働省「生活保護制度の現状について」(社会保障審議会 第14回)(2022年6月) 出典を開く
- 4つくろい東京ファンド 扶養照会に関する調査(2021年)
- 5戸室健作 山形大学(2017年) 出典を開く
参考文献
生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について — 厚生労働省 (2018年)
都道府県別の貧困率、ワーキングプア率、子どもの貧困率、捕捉率の検討 — 戸室健作(山形大学) (2017年)
被保護者調査(月次調査) — 厚生労働省 (2024年)
生活保護の扶養照会に関する調査 — つくろい東京ファンド (2021年)


