介護保険施設の基準省令は、正当な理由なくサービスの提供を拒むことを禁じている。身元保証人がいないことは正当な理由に当たらない。それでも入所時に本人以外の署名を求めている施設は95.9%である。禁止されたのは拒否であって、求めることではない。この書き分けが、受け皿として民間の身元保証事業を呼び込んだ構造を読む。
ざっくり言うと
- 介護施設等で入所時に本人以外の署名を求めている割合は95.9%だった
- 医師法と基準省令は、身元保証人等がいないことのみを理由とした拒否を禁じている
- 禁じられているのは拒否であって、身元保証人を求めること自体は禁じられていない
3つの数字は調査主体も年も対象も異なるため、そのまま並べて比較することはできない。ここでは、法令の規定と現場の運用が別々に動いていることを示すために並べている。
何が起きているのか
法令は拒否を禁じているが、現場では9割超が本人以外の署名を求めている
介護保険施設には、入所を断ってはならないという規定がある。指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準の第4条の2は、正当な理由なくサービスの提供を拒んではならないと定めている。病院についても医師法第19条第1項が、正当な事由がなければ診察治療を拒んではならないとしている。
身元保証人がいないことは、この正当な理由に当たらない。厚生労働省は全国の担当課長会議でもそう周知してきた。
ところが実態は動いていない。総務省行政評価局がまとめた調査結果には、こう書かれている。
介護施設への入所(入院・入居)時に本人以外の署名を求めている施設は 95.9%を占めており
この95.9%は、平成29年度に厚生労働省の老人保健健康増進等事業として行われた調査の数字を、令和5年の報告書が引いたものである。医療の側も同じである。同じ報告書は、回答のあった医療機関の6割以上が入院時に身元保証人等を求めているという厚生労働省の調査を引いている。全国調査ではないが、令和4年3月に関東管区行政評価局が実施したアンケートでは、回答した病院・介護施設の9割以上が身元保証人を求めていた。
背景と文脈
施設が求めているのは滞納の回避と、判断能力が衰えた後の役割である
施設が求めているのは2つの役割である
施設は何を求めているのか。報告書は、役割を2つに整理している。ひとつは本人の責任範囲を超えた場合の滞納リスクの回避。もうひとつは、本人の能力が衰えた場合の身上保護および財産管理である。
つまり求められているのは、支払いが滞ったときに立て替える人と、判断能力が落ちたときに代わりに決める人である。前者はお金の話で、後者は成年後見制度の守備範囲と重なる。施設からすると、どちらも「家族の代わり」として一人に頼みたい。
地方公共団体からは、利用料の未払い、入院や入所の後に身の回りの世話をする人がいないこと、緊急時の対応への不安といったリスクを避ける観点で保証人が求められているという意見が寄せられている。現場の側の理屈は通っている。
家族がいない高齢者は671.7万世帯にいる
需要の側の規模も報告書に書かれている。令和2年の国勢調査によると、65歳以上の単独世帯が671.7万世帯となり、家族や親族がいない高齢者も増加しているものと思われる。
単独世帯がそのまま身寄りなしを意味するわけではない。ただし、 入院や入所のときに署名を求められる相手が近くにいない人が、この規模でいる。
調査は412事業者を把握した
需要の受け皿として、身元保証、日常生活支援、死後事務などをまとめて引き受ける民間の事業が出てきた。
総務省の調査はこれを網羅的に把握しようとしている。市区町村34、地域包括支援センター135、消費生活センター34、身元保証等高齢者サポート事業を実施している事業者204を対象に、令和4年8月から5年7月にかけて実施された。
事業者の把握はこうである。計412事業者を把握し、そのうち協力を得られた88事業者にヒアリング調査を行い、残る319事業者に書面による調査を依頼した。
監督する省庁も、事業者団体も存在しない
そして、この事業の性質が並べられている。
身元保証等高齢者サポート事業者が経営破綻する事件が起きるなど、利用者とのトラブルも発生しているが、現状、このような事業全体の実態等を明らかにしたものはなく、また、事業を監督する省庁や複数の事業者が加盟する団体も存在しないため、対策が十分に講じられてきたとは言えない状況にある。
規制する法令がなく、監督する官庁がなく、業界団体もない。 調査そのものが、全体像を知るために行われている。
判断能力の支援まで一緒に契約されている
契約の中身も重なっている。ヒアリング調査した88事業者のうち、財産管理サービスに加え、高齢者の判断能力が不十分になった場合に備えて財産管理等委任契約を締結するのと同時に任意後見契約を締結している事業者が67事業者あった。
88事業者のうち67事業者、76.1%である。 身元保証を頼むと、判断能力が落ちたあとの決定権も同じ相手に渡る形になる。
構造を読む
禁じ方が「拒否」に限られたため、求める行為は残り、受け皿が民間に流れた
禁じられているのは「拒否」で、「求めること」ではない
なぜ法令があるのに実態が変わらないのか。禁止の書き方を読むと分かる。
条文が禁じているのは、 拒否 である。医師法は「拒んではならない」と書き、基準省令も「提供を拒んではならない」と書く。身元保証人がいないことは拒否の正当な理由にならない、という運用の周知もその延長にある。
一方、 求めること は禁じられていない。施設が入所の申込みの際に本人以外の署名を求めることは、それ自体では違法にならない。求められた側は、応じられなければ手続きが進まない。断られたわけではないから、拒否として記録にも残らない。
この差が効いている。禁止が拒否という「行為の結果」にかかっているため、その手前の「求める」という行為が制度の外に置かれる。実務は手前で止まり、法令は結果だけを見ている。95.9%という数字は、その隙間の大きさである。
同じ構造は、トラック運送の「適正原価」(このサイトの記事)でも見た。禁じられているのは著しく低い運賃での契約だが、下請に出す行為そのものは禁じられていないため、多重の下請が残った。禁止の対象をどこに置くかで、実態に届くかどうかが変わる。
費用は77.0%が前払いである
受け皿の側を見ると、お金の流れに特徴がある。
事業者調査を実施した204事業者のうち、「預託金あり」としている事業者が157事業者(77.0%)みられ、サービスの提供(主に本人の死後)に先行して費用を徴収することが一般的であると考えられる。
預託金とは、主に死後事務のサービスを利用する際に要する費用で、あらかじめ事業者(または事業者と提携している法人等)に預けておくものである。葬儀、納骨支援、墓の管理などにあたる。
受け取るのは死んだあと、払うのは生きているうちである。 契約から履行まで、年単位の時間が空く。
預けた金の管理に、法令上の規制がない
その預けた金がどう管理されているか。預託金の管理方法は、自社の専用口座で管理する108事業者(68.8%)、自社以外の口座(信託口座を除く)で管理する33事業者(21.0%)、信託会社の信託口座で管理する29事業者(18.5%)である。
7割近くが自社の口座である。 そして中身を個別に見ると、「自社の専用口座」で管理していると回答のあった事業者の中に、事業者内にある金庫で現金で管理するとしているものが1事業者、法人の代表理事の個人名義の口座で管理するとしているものが1事業者みられた。
過去に何が起きたかも書かれている。過去には、事業者において預託金の保全措置がなされていなかったために、同事業者が経営破綻した結果、サービスが提供されず、預託金も返還されなかった事態が生じたが、その後、身元保証等高齢者サポート事業における預託金の管理方法についての法令上の規制等はない。
破綻して返らなかった事例があり、その後も規制はない。 報告書はこの一文を、事実として並べている。
返る金と、返らない金がある
解約したときの扱いも分かれる。
預託金のほうは揃っている。死後事務のための預託金がある69事業者すべてで、手数料等を除いた全額を返金する取扱いとしており、68事業者(98.6%)が契約書に、1事業者(1.4%)が重要事項説明書に定めている。
分かれるのは別の費目である。ヒアリング調査した88事業者の中には、入会金や契約金といった、サービスの対価ではなく、いわばサービスを受ける資格を得るための費用を利用者から受け取っている事業者が66事業者みられた。
この入会金は、全く返金しないとする事業者や一部を返金するとする事業者があり、事業者によって返金の取扱いが異なる。契約書の例として、「契約締結後1年以内に本契約が終了したときは入会金の8割、以後1年経過するごとに返還率は2割ずつ逓減するものとし、4年経過後に本契約が終了したときは入会金を返還しない」という規定が挙げられている。
適格消費者団体が差止請求まで起こしている
争いにもなっている。利用者から解約の申出があったが、約款に基づき入会金は返還しないことを連絡したところ、適格消費者団体から、当該入会金の徴収とその不返還条項を定めた約款は消費者契約法第10条に反して無効であるとして、その使用差止請求を受けた事業者がある。
その後の経緯も書かれている。差止請求を受けて約款の条項改訂と入会金の引下げを行い、入会金の内訳として4項目(初期費用、身元保証支援費用、金銭管理支援費用、死後事務支援費用)を設定したが、同適格消費者団体から、改訂後の約款の一部不返還条項も無効であり、4項目は何らの内実を伴っていないと指摘されている。
返らない金があること自体が、法律上争われている段階である。
比較の材料も報告書に載っている。有料老人ホームには入居一時金の返還に「90日ルール」と呼ばれるクーリングオフ制度が導入されており、このような制度は参考になるのではないかという意見である。
重要な条件が説明されていない
契約の前にどこまで説明されているか。身元保証等高齢者サポート事業に特有と考えられる事項のうち、重要事項説明書に記載していた事業者数は、預託金の管理方法が11事業者(39.3%)、手術や延命治療の意思表示が10事業者(35.7%)、利用者の個人情報の保護が10事業者(35.7%)、相続人調査への協力が9事業者(32.1%)、緊急連絡があった際の対応が5事業者(17.9%)、債務を保証した場合の求償が2事業者(7.1%)である。
預けた金の管理方法を重要事項説明書に書いているのは39.3%。 手術や延命治療の意思表示に至っては35.7%である。身元保証を頼む場面で最も切実な項目が、書面に載っていない。
高齢で判断能力が落ちていく人が、契約主体である
条件を並べるとこうなる。契約するのは高齢の本人で、その判断能力は下がっていく。契約期間は死後まで続く。サービス内容も費目も事業者ごとに違うので比較が難しい。費用の一部は先払いで、預けた金の管理に規制はない。入会金は返らないことがある。
消費者保護の観点から見て、条件は良くない。 報告書自身が「事業者の横比較が難しい」「事業者の報酬となる部分と実費部分が明確になっていない」と書いている。
行政の側も動いてはいる。厚生労働省は令和7年7月30日付で、市町村や地域包括支援センターにおける身元保証等高齢者サポート事業に関する相談への対応についての通知を一部改正した。相談を受ける窓口の側の整備である。
施設が求めることをやめない限り、必要は消えない
ただし、入口の話は変わっていない。施設が求めることをやめない限り、この事業への需要は消えない。
制度が用意されていることと届いていることを分けて数える必要があるのは制度からの排除と未受給(このサイトの記事)で扱った構造と同じだが、ここでは届く前の段階に、法令が触れていない行為が挟まっている。
判断能力の側の支援が成年後見の申立て動機は93.4%が預貯金の管理・解約(このサイトの記事)で見たとおり金融機関の窓口から始まるのに対し、日常の保証は施設の窓口から始まる。当事者にとっては同じ時期に同時に必要になるが、制度は別々に置かれている。
そして、その成年後見の側でも88事業者のうち67事業者が任意後見契約を同時に結んでいる。 窓口は2つあるのに、引き受ける相手は1つに集まる。
何を数えれば、次の判断ができるか
いま分かっているのは、事業者の数と契約の中身と、預けた金の管理方法である。判断のために足りないものが2つある。
1つは、 署名を求められて応じられなかった人の数 である。95.9%が署名を求めているという数字はあるが、求められた側が何人いて、そのうち何人が入所できなかったかは分からない。拒否として記録に残らない以上、数えようがない。
もう1つは、 利用者が死んだあと、契約どおりに履行されたかどうか である。死後事務を実施し契約書類を入手できた79事業者の7割以上において、契約書に相続人等への死後事務等の履行状況を報告する旨や相続人等が履行状況を確認できる旨の規定を置いているが、相続人がいない人の場合、誰が確認するのかは決まっていない。 前払いした本人は、履行を見届けられない。
この記事で使った統計の出典
- 1総務省行政評価局 身元保証等高齢者サポート事業における消費者保護の推進に関する調査 結果報告書(令和5年8月) 出典を開く
参考書籍
- 『成年後見の社会学』(外部サイト、新しいタブで開きます)(税所真也、勁草書房)。判断能力が十分でない人の財産管理と権利擁護を、誰がどう担っているのかを聞き取りから検証した研究書。施設が求める役割と制度の守備範囲のずれを考えるのに使える。
参考文献
身元保証等高齢者サポート事業における消費者保護の推進に関する調査 結果報告書 — 総務省行政評価局 (2023). 総務省
身元保証等高齢者サポート事業における消費者保護の推進に関する調査 <結果に基づく通知> — 総務省 (2023). 総務省
「市町村や地域包括支援センターにおける身元保証等高齢者サポート事業に関する相談への対応について」の一部改正について(介護保険最新情報 Vol.1409) — 厚生労働省 老健局 高齢者支援課・認知症施策・地域介護推進課 (2025). 独立行政法人福祉医療機構 WAM NET
高齢者の身元保証に関する調査(行政相談契機)-入院、入所の支援事例を中心として- — 総務省 関東管区行政評価局 (2022). 総務省


