松橋事件の国家賠償訴訟で、熊本県が2026年8月10日に上告しないことを決めた。再審制度は法制審議会の刑事法(再審関係)部会で審議中で、令和7年4月から令和8年2月までに18回開かれている。最高裁判所事務総局の統計では、令和元年から令和5年の5年間で再審請求事件の既済は1,218人、うち再審開始決定は7人だった。令和5年に435条に当たらないことのみを理由に棄却された121人のうち、115人は事実の取調べを受けていない。
ざっくり言うと
- 5年間の既済1,218人に対し、再審開始決定は7人(0.6%)である
- その7人のうち6人は簡易裁判所で、高等裁判所と最高裁判所は0人である
- 令和5年に棄却された121人のうち115人は事実の取調べを受けていない
| 年 | 既済人員 | うち再審開始決定 |
|---|---|---|
| 令和元年 | 230 | 4 |
| 令和2年 | 213 | 0 |
| 令和3年 | 254 | 1 |
| 令和4年 | 252 | 0 |
| 令和5年 | 269 | 2 |
| 5年計 | 1,218 | 7 |
既済人員は延べ人員。令和5年の平均審理期間は地方裁判所で8.8か月、高等裁判所で8.0か月である。平均が短いことと、審理が尽くされていることは同じではない。
何が起きているのか
松橋事件の判決確定と、審議中の再審制度改正
NHKが2026年8月10日、松橋事件の国家賠償訴訟について報じた。 41年前に熊本県で起きた事件で、服役後に再審で無罪が確定した男性の遺族が国と熊本県を訴え、検察の対応と警察の捜査の違法性を認めた2審判決について、県が上告しない方針を決めた という内容である。
制度の側も動いている。法制審議会の刑事法(再審関係)部会が、令和7年4月21日の第1回会議から令和8年2月2日の第18回会議まで開かれている。
審議の対象は、「近時の刑事再審手続をめぐる諸事情に鑑み、同手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から、再審請求審における検察官の保管する裁判所不提出記録の弁護人による閲覧及び謄写に関する規律、再審開始決定に対する不服申立てに関する規律、再審請求審における裁判官の除斥及び忌避に関する規律その他の刑事再審手続に関する規律の在り方について、御意見を賜りたい」という諮問第129号である。
背景と文脈
5年間の再審開始決定は7人。うち6人は簡易裁判所である
5年間で再審開始決定は7人
部会の第1回会議には、最高裁判所事務総局が作った統計資料が配られている。ここに、制度がどう動いているかが出ている。
再審請求事件の既済人員は、令和元年230人、令和2年213人、令和3年254人、令和4年252人、令和5年269人である。5年で1,218人になる。
同じ表に、そのうち再審開始決定が出た人数が並んでいる。令和元年4人、令和2年0人、令和3年1人、令和4年0人、令和5年2人。 5年で7人、既済人員の0.6%である。
その7人のうち6人は簡易裁判所
どこで出たかも書かれている。簡易裁判所で6人(令和元年4人、令和3年1人、令和5年1人)、地方裁判所で1人(令和5年)。そして注記に「最高裁及び高裁において再審開始決定のあった人員数は0である」と書かれている。
5年間、高等裁判所と最高裁判所で再審開始決定は1件も出ていない。 地方裁判所も1件である。
扱う事件の重さが違う。簡易裁判所が第一審の裁判権を持つのは、罰金以下の刑に当たる罪、選択刑として罰金が定められている罪などで、原則として拘禁刑以上の刑を科すことができない(窃盗・横領などの一部の罪では3年以下の拘禁刑まで科せる)。
重い刑が確定した事件ほど、再審の入口が開いていない。 5年間で1件だけが地方裁判所、残る6件は簡易裁判所である。
元の有罪判決の規模
比較のための数字も同じ表にある。通常第一審の有罪人員は令和元年51,674人から令和5年44,309人、略式手続の有罪人員は令和元年199,764人から令和5年160,617人である。
年間20万件を超える有罪判決に対して、再審請求の既済は年250人前後、再審開始決定は年0〜4人。 桁が4つ違う。 確定判決の法的安定性を重んじる制度なので、この比率自体が異常だとは言えない。問題はその内側にある。
平均審理期間は1年に届かない
審理の長さも公表されている。令和5年の平均審理期間は、地方裁判所で8.8か月、高等裁判所で8.0か月、簡易裁判所で6.4か月である。
地方裁判所の内訳を見ると、既済170人のうち3年を超えたのは1人、3年以内が16人、2年以内が16人で、残る137人は1年以内に終わっている。
再審請求の審理は、統計上は長くない。 諮問の説明で挙げられていた「審理の長期化」は、この平均の外側にある少数の事件を指している。
構造を読む
平均審理期間は短い。95%が事実の取調べなしで終わっているためである
短いのは、調べていないからである
平均が短い理由は、別の表に出ている。
本人側からの再審請求が刑訴法435条に当たらないことのみを理由として棄却された121人のうち、事実の取調べがあったのは6人、事実の取調べがなかったのは115人である。
95.0%が、事実を調べられないまま終わっている。
しかも、調べられた6人の中身も限られている。事実の取調べの方法は、証人調べをしたものが0人、本人調べをしたものが0人、その他(鑑定・検証等)が6人。
121人のうち、証人を呼んだ事件も、請求した本人から話を聴いた事件も、1件もない。 平均審理期間8.8か月という数字は、この上に乗っている。
棄却の理由の内訳
何を理由に棄却されたかも並んでいる。確定裁判のないもの50人、明白性・新規性なし42人、明白性なし28人、再審理由の主張のないもの16人、新規性なし9人、主張自体失当が6人(棄却理由が複数ある場合は重複計上)。
「確定裁判のないもの」が最多の50人である。 確定した有罪判決がないのに再審を求めた、つまり手続の入口を間違えている請求である。
法務省の説明も、この点を先に置いていた。「再審請求事件については、請求が不適法であるものや主張自体失当とされるものなどが相当数存在する一方で、本格的な審理が必要となる事件はごく一部であり、再審制度の在り方を検討するに当たっては、こうした実情も十分踏まえる必要があるとの指摘もなされている」。
この説明は統計と合っている。 中身を検討するまでもない請求(確定裁判なし50人 + 主張自体失当6人 + 再審理由の主張なし16人)を足すと72人になる。棄却理由が複数ある場合は重複して数えられているので実人数はこれより少ないが、121人の相当部分がここに入る。
平均で語ると、両方が見えなくなる
ここに、数字の読み方の問題がある。
「平均審理期間8.8か月」だけを見れば、制度は速く回っている。「5年で再審開始決定7人」だけを見れば、門は閉じている。 どちらも同じ表から出てくるが、指している事件が違う。
分母には、入口を間違えた請求が相当数入っている。それを含めた平均は、本格的な審理が要る事件の実態を表さない。逆に、開始決定7人という数字も、分母のほとんどが検討に値しない請求であれば、そのままでは狭さの証拠にならない。
必要なのは、本格的な審理が要る事件だけを取り出した数字である。 それは、いまの公表統計には無い。
何をもって効き目とするかを先に決めておく手順は、アウトカム指標の設計(このサイトの記事)で扱った。
生活困窮の相談は10年で345.6万件(このサイトの記事)でも同じ形が出た。制度に入ってきた件数は数えられ、入口で分かれたあとの内訳が推計でしか出ていない。 入口の判断を統計に残さない制度は、自分の効き目を測れない。
諮問の3論点は、どこに効くか
諮問第129号が例示した3つは、いずれも「本格的な審理が必要となる事件」の側に効くものである。
1つ目の 証拠開示 は、検察官が持っていて裁判所に出していない記録を、弁護人が見られるようにするかどうかである。新しい証拠を出せなければ、刑訴法435条6号の「明白性」も「新規性」も主張しようがない。令和5年に明白性か新規性を欠くとされたのは79人(42 + 28 + 9)である。
2つ目の 再審開始決定に対する不服申立て は、開始決定が出たあとの話である。5年で7人しか出ていないところに効く論点なので、対象は極端に少ない。ただし松橋事件のように、その7人の側の事件で年単位の時間がかかる。
3つ目の 裁判官の除斥・忌避 は、誰が審理するかの規律である。
3つとも、95%の側ではなく5%の側の話である。 事実の取調べを受けずに終わる115人には、どれも届かない。
41年という時間
松橋事件は、最も長い側の事例である。事件から41年、服役を経て、再審で無罪が確定し、その後の国家賠償訴訟で捜査と検察の対応の違法性が認められ、県が上告を断念してようやく判決が固まった。
人質司法の構造(このサイトの記事)で扱ったのは、有罪判決が出る前の段階だった。再審は、それが確定したあとの話である。 入口で防げなかったものを出口で直そうとすると、41年かかる。
何を数えれば、次の判断ができるか
いまの統計で分かるのは、請求の総数と、棄却の理由と、審理の長さである。分からないものが2つある。
1つは、 本格的な審理を要すると裁判所が判断した事件が何件あるか である。法務省は「ごく一部」と説明しているが、その一部が何件なのかは公表されていない。分母が分からなければ、7人という数字が狭いのか妥当なのかも決まらない。
もう1つは、 証拠開示の求めが何件あり、何件通ったか である。諮問の1つ目の論点はここに関わるが、現行では規律がないため、統計も存在しない。
制度を変えるかどうかの議論が18回行われている一方で、その効き目を後から測るための数字は用意されていない。 改正が入るなら、同時に何を数えるかを決めておく必要がある。
この記事で使った統計の出典
- 1法務省 法制審議会 刑事法(再審関係)部会(令和7年4月〜令和8年2月) 出典を開く
- 2法務省 法制審議会 刑事法(再審関係)部会 第1回会議 議事録(諮問第129号)(令和7年4月21日) 出典を開く
- 3最高裁判所事務総局の資料(法制審議会 刑事法(再審関係)部会 第1回会議 配布資料2 第1表)(令和元年〜令和5年) 出典を開く
- 4最高裁判所事務総局の資料(同 第1表)(令和元年〜令和5年) 出典を開く
- 5最高裁判所事務総局の資料(同 第1表 注5)(令和元年〜令和5年) 出典を開く
- 6裁判所法第33条(e-Gov 法令データ)(昭和22年法律第59号) 出典を開く
- 7最高裁判所事務総局の資料(同 第1表 参考欄)(令和元年〜令和5年) 出典を開く
- 8最高裁判所事務総局の資料(同 第8表)(令和5年) 出典を開く
- 9最高裁判所事務総局の資料(同 第7表-5)(令和5年) 出典を開く
- 10法務省 法制審議会 刑事法(再審関係)部会 第1回会議 議事録(事務当局説明)(令和7年4月21日) 出典を開く
参考書籍
- 『冤罪と裁判』(外部サイト、新しいタブで開きます)(今村核、講談社)。無罪判決を多数得てきた弁護士が、冤罪がどう作られ、どう是正されないかを事件に即して書いた本。統計の外側で何が起きているかを知るのに使える。
参考文献
統計資料(法制審議会 刑事法(再審関係)部会 第1回会議 配布資料2) — 最高裁判所事務総局 (2025). 法務省
法制審議会 刑事法(再審関係)部会 第1回会議 議事録 — 法務省 (2025). 法務省
法制審議会-刑事法(再審関係)部会 — 法務省 (2026). 法務省
松橋事件の国賠訴訟 熊本県は上告せず 県に対する判決確定へ — NHK (2026). NHK NEWS WEB

