国土交通省は2026年7月17日、トラック運送の「適正原価」を検討する有識者検討会を開いた。適正化二法(令和7年6月公布)で参考指標だった標準的運賃を廃止し、下回ってはならない下限を法定して発注側にも義務を課す。背景には2024年問題で労働時間は縮んでも賃金が追いつかない実態と、7割超が再委託し各層が5〜10%の手数料を抜く多重下請の構造がある。荷主の責任が見えること・零細の淘汰・価格転嫁という三つの力を同時に動かす制度として読む。ただし下限が引かれるのは運賃であって賃金ではなく、運転席まで届く担保はまだ論点のままである。
ざっくり言うと
- 国交省は2026年7月、標準的運賃を廃止し法的拘束力のある「適正原価」を設定する検討を始め、発注する荷主側にも下限を守る義務を課す
- 2024年問題で労働時間は縮んだが、トラック運転手の年間所得は全産業平均を下回り、中小型で13.6%低い438万円にとどまる
- 運賃の転嫁不全の根に多重下請があり、7割超が再委託・各層が5〜10%の手数料を抜くため末端の実運送ほど原価割れの圧力を負う
国土交通省の実態調査では、事業者の7割超が再委託の経験を持ち、約3割が請負金額の90%未満で下請に発注していた。各層が運賃の5〜10%を手数料として抜くため、運賃は末端に届くころには目減りし、実際に運ぶ事業者ほど原価割れのリスクを負う。適正原価は、この末端に下回ってはならない下限を法定する試みである。なお、図の4層は二法が目標とする段数で、委託を実運送まで2次までに制限する努力義務が新設された。現状はこれより深い多重下請もある。
何が起きているのか
国交省が標準的運賃を廃止し、発注側にも下限を守る義務を課す適正原価の検討を始めた
運賃の下限を、国が法律で引く
国土交通省は2026年7月17日、トラック運送の「適正原価」の設定に向けた有識者検討会の初会合を開いた。あわせて国交省は、原価の算定に向けた実態調査を事業者に行っている。貨物自動車運送事業法第60条第1項に基づく臨時の報告であり、依頼ではなく回答の義務がかかる調査である。適正原価とは、運送に最低限かかるコストを積み上げた金額で、これを下回る運賃で仕事をさせないための下限である。この検討はトラック適正化二法(令和7年6月11日公布)に基づく。二法は、これまで参考指標にすぎなかった標準的運賃を廃止し、法的な拘束力を持つ適正原価に置き換える。義務のかかり方には濃淡がある。他の事業者に運送を委託する元請や利用運送の事業者には、適正原価を下回る運賃で発注しない義務がかかる。運送を発注する荷主が下回る対価しか払わない場合も、是正指導の対象になる。5年ごとの許可更新制で、義務を守らない事業者は退出を迫られる。告示は公布から3年以内、2028年6月までに行われる。
人件費は、全産業平均の賃金を基に積む
この制度の芯は、原価の中身にある。適正原価に積む人件費は、法律で「全産業の労働者一人当たりの賃金の額の平均額を踏まえた」ものとされた。トラック運転手の賃金が全産業平均より低いという事実そのものを、原価の計算式に埋め込んだことになる。国交省の検討会は、この人件費に地域差をどう反映するか、時間外賃金をどう織り込むかを、これから決める論点として挙げている。
2030年に、輸送能力が34%足りない
背景には、放っておけば2030年に輸送能力が34%不足するという試算がある。運ぶ人がいなくなる前に、運ぶ人が食べていける運賃の底を、国が引こうとしている。検討会は8月から関係者への聞き取りに入り、10月に論点整理、12月に提言をまとめる予定である。
背景と文脈
2024年問題で労働時間は縮んだが賃金は追いつかず、根には運賃の転嫁不全がある
労働時間の上限だけが、先に動いた
なぜ、いま下限なのか。トラック運転手の労働は、2024年に時間外労働の上限がかかった。いわゆる2024年問題で、時間外労働は原則で年360時間、臨時的な特別の事情がある場合でも年960時間が上限となり、拘束時間などにも基準が設けられた。だが、労働時間は縮んでも、賃金はそれに追いついていない。
長く働いて、賃金は低い
国交省の集計では、トラック運転手の年間所得は全産業平均を下回り、中小型では全産業比で13.6%低い438万円にとどまる。年間労働時間は大型で全産業比で19.1%長い2,544時間だ。人手も足りず、貨物自動車運転手の有効求人倍率は2.18倍で、全職業の1.17倍を大きく上回る。全産業の年間労働時間は2,136時間なので、大型との差は年408時間、1日8時間で数えれば51日分にあたる。
差が縮んでいないわけではない。中小型の年間所得は、平成29年の415万円から438万円へ23万円上がった。ただし同じ期間に全産業平均も491万円から507万円へ上がっているので、開きは76万円から69万円に縮んだにすぎない。7年かけて、この幅である。
目安を示すだけでは、末端まで届かなかった
労働時間だけが縮んで賃金が追いつかない背景には、運賃の転嫁不全がある。標準的運賃は参考であって、実際の運賃への反映は限られていた。目安を示すだけでは、末端まで届かなかった。
構造を読む
多重下請で運賃が末端で薄まり実運送が原価割れを負う。適正原価は荷主責任・淘汰・価格転嫁の三つの力を動かす
委託するたびに、運賃が削られる
その転嫁不全の根に、多重下請の構造がある。国交省が全日本トラック協会の会員5万1,657者に行い、4,401者が答えた調査(回答率8.5%)によれば、トラック事業者の7割超が他社への再委託を経験し、委託するときには約3割が請負金額の90%未満で下請に発注していた。回答者の約9割は資本金5,000万円以下の中小企業である。
手数料は、示されないまま差し引かれる
運賃は荷主から元請、一次、二次へと下りるあいだに、各層が手数料を抜いていく。手数料を運賃の5〜10%程度としている事業者が約6割を占める一方、依頼先へ手数料を明示していない事業者は6割を超える。運賃とは別に手数料を請求している事業者は3割にとどまり、多くは運送側に渡るはずの運賃から差し引いている。とりまとめは、手数料の割合も明確な理由に基づくというより慣行で決まっていると書く。受け取る側は、示されなければ本来いくらだったのかを知りようがない。
トラックを持たない事業者が挟まると、さらに削られる
削られ方は、間に誰が入るかで変わる。トラックを持たない第一種貨物利用運送事業者から仕事を受ける場合、約5割が元請の請負金額の90%未満であり、約15%は元請の金額そのものを知らないと答えている。とりまとめは、これを情報の非対称に乗じた利ザヤと呼び、実際に荷物を運ぶ末端の事業者ほど原価割れの圧力を引き受けていると指摘する。現場からは、元請と直接契約すると業界のルール違反になる、そもそも自社が何次請けか把握できていない、という声が上がる。運送を自ら行わない取次事業者にはトラック運送の法規制がかからず、実態の調査も進んでいない。全日本トラック協会は2次下請までに制限すべきだと提言している。
下限を引くと、三つの力が同時に動く
適正原価は、この末端に下限を引く。だが、下限を引くことは、三つの力を同時に動かす。ひとつは、荷主の責任が見えるようになることだ。発注する側にも下限を守る義務がかかれば、費用に見合わない安値の発注はしにくくなる。次に、淘汰が進みうる。原価割れの運賃で凌いできた零細事業者は、更新制のもとで退出を迫られる。道路貨物運送業の倒産は2025年度に321件で、2008年度の371件、2024年度の351件、2009年度の341件に次ぐ過去4番目の水準である。前年度からは30件減っており、増え続けているわけではない。ただし人手不足を理由とする倒産は全体441件のうち55件が道路貨物運送業で、業種別に見れば重い。そして、価格転嫁が起きる。適正原価が運賃に乗れば、その分は最終的に荷主や消費者が負う。荷主の側からは、水準しだいで影響は相当大きいという懸念も出ている。
効率化するほど、下限が下がる
制度そのものにも、ねじれが残っている。適正原価は実際にかかる時間や費用から積み上げるので、事業者が積載や待機を改善して稼働時間を減らすと、算定される原価はかえって下がる。効率化した事業者が受け取る運賃の下限が、効率化しなかった事業者より低くなりうる。国交省の検討会は、これを解くべき論点として自ら挙げている。下限を引くという発想は、費用がかかることを前提にしているので、費用を減らす努力と正面からぶつかる。手を打つと別のところが押し返すこの型は、社会課題の構造分析(このサイトの記事)でも扱っている。
運賃の下限は、賃金の下限ではない
もうひとつ、決まっていないことがある。適正原価が下限を引くのは事業者が受け取る運賃であって、運転手が受け取る賃金ではない。受け取った運賃を原資に運転手へ適正な賃金を払うことを、5年ごとの許可更新でどう担保するか。検討会はこれを論点として立てたところであり、答えはまだ出ていない。多重下請の末端まで下限を届かせる運用の設計も、同じく論点のままである。運賃の底が上がっても、それが運転席まで下りてくる保証は、いまの時点では制度に書かれていない。
適正原価は、末端の労働を守る下限になりうる。だが同時に、零細の退出と価格の上昇という痛みも連れてくる。規制を強めれば労働条件が良くなるという単純な話ではない。労働時間の上限だけが先に動いた2024年問題の1年後を、別のコラム(このサイトの記事)でも検証した。運ぶ人が食べていける運賃を、荷主と消費者を含む社会全体でどう引き受けるか。見えない多重下請の奥に末端の労働を押し込めたまま、安い運賃と早い配達だけを享受し続けることは、もう難しい。原価の下限をどこに引くかは、物流を誰がどう支えるかという、分担の問題である。
この記事で使った統計の出典
- 1国土交通省 第1回適正原価の設定に向けた有識者検討会(令和8年7月17日開催) 出典を開く
- 2国土交通省 トラック適正化二法の概要(2030年度試算) 出典を開く
- 3厚生労働省・国土交通省 働き方改革関連法・改善基準告示(2024年4月適用) 出典を開く
- 4国土交通省 トラック運送業における多重下請構造検討会 とりまとめ(令和5年度) 出典を開く
- 5国土交通省 トラック運送業における多重下請構造検討会 とりまとめ(平成29年→令和5年) 出典を開く
- 6国土交通省 多重下請構造検討会 とりまとめ(令和5年実施) 出典を開く
- 7帝国データバンク 道路貨物運送業の倒産動向(2025年度) 出典を開く
参考書籍
- 『物流危機は終わらない 暮らしを支える労働のゆくえ』(外部サイト、新しいタブで開きます)(首藤若菜、岩波新書、2018年)。宅配便が止まりかけた物流危機の根が、トラック運転手の労働の問題にあることを、統計と現場から解いた書。
参考文献
トラック適正化二法(貨物自動車運送事業法の一部改正等)の概要 — 国土交通省 (2025). 国土交通省
トラック運送業における多重下請構造検討会 とりまとめ — 国土交通省 トラック運送業における多重下請構造検討会 (2025). 国土交通省
トラック運転者の改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準) — 厚生労働省・国土交通省 (2024). 厚生労働省・国土交通省
道路貨物運送業の倒産動向(2025年度) — 株式会社帝国データバンク (2026). 帝国データバンク

