ざっくり言うと
- 国交省は2026年7月、標準的運賃を廃止し法的拘束力のある「適正原価」を設定する検討を始め、発注する荷主側にも下限を守る義務を課す
- 2024年問題で労働時間は縮んだが、トラック運転手の年間所得は全産業平均を下回り、中小型で13.6%低い438万円にとどまる
- 運賃の転嫁不全の根に多重下請があり、7割超が再委託・各層が5〜10%の手数料を抜くため末端の実運送ほど原価割れの圧力を負う
国土交通省の実態調査では、事業者の7割超が再委託の経験を持ち、約3割が請負金額の90%未満で下請に発注していた。各層が運賃の5〜10%を手数料として抜くため、運賃は末端に届くころには目減りし、実際に運ぶ事業者ほど原価割れのリスクを負う。適正原価は、この末端に下回ってはならない下限を法定する試みである。なお、図の4層は二法が目標とする段数で、委託を実運送まで2次までに制限する努力義務が新設された。現状はこれより深い多重下請もある。
何が起きているのか
国交省が標準的運賃を廃止し、発注側にも下限を守る義務を課す適正原価の検討を始めた
国土交通省は2026年7月17日、トラック運送の「適正原価」の設定に向けた有識者検討会の初会合を開いた。あわせて国交省は、原価の算定に向けた実態調査を事業者に依頼している。適正原価とは、運送に最低限かかるコストを積み上げた金額で、これを下回る運賃で仕事をさせないための下限である。この検討はトラック適正化二法(令和7年6月11日公布)に基づく。二法は、これまで参考指標にすぎなかった標準的運賃を廃止し、法的な拘束力を持つ適正原価に置き換える。義務のかかり方には濃淡がある。他の事業者に運送を委託する元請や利用運送の事業者には、適正原価を下回る運賃で発注しない義務がかかる。運送を発注する荷主が下回る対価しか払わない場合も、是正指導の対象になる。5年ごとの許可更新制で、義務を守らない事業者は退出を迫られる。告示は公布から3年以内、2028年6月までに行われる。
背景には、放っておけば2030年に輸送能力が34%不足するという試算がある。運ぶ人がいなくなる前に、運ぶ人が食べていける運賃の底を、国が引こうとしている。
背景と文脈
2024年問題で労働時間は縮んだが賃金は追いつかず、根には運賃の転嫁不全がある
なぜ、いま下限なのか。トラック運転手の労働は、2024年に時間外労働の上限がかかった。いわゆる2024年問題で、時間外労働は原則で年360時間、臨時的な特別の事情がある場合でも年960時間が上限となり、拘束時間などにも基準が設けられた。だが、労働時間は縮んでも、賃金はそれに追いついていない。国交省の集計では、トラック運転手の年間所得は全産業平均を下回り、中小型では全産業比で13.6%低い438万円にとどまる。年間労働時間は大型で全産業比で19.1%長い2,544時間だ。人手も足りず、貨物自動車運転手の有効求人倍率は2.18倍で、全職業の1.17倍を大きく上回る。
労働時間だけが縮んで賃金が追いつかない背景には、運賃の転嫁不全がある。標準的運賃は参考であって、実際の運賃への反映は限られていた。目安を示すだけでは、末端まで届かなかった。
構造を読む
多重下請で運賃が末端で薄まり実運送が原価割れを負う。適正原価は荷主責任・淘汰・価格転嫁の三つの力を動かす
その転嫁不全の根に、多重下請の構造がある。国交省の実態調査によれば、トラック事業者の7割超が他社への再委託を経験し、委託するときには約3割が請負金額の90%未満で下請に発注していた。運賃は荷主から元請、一次、二次へと下りるあいだに、各層が手数料として5〜10%を抜いていく。国交省のとりまとめは、これを情報の非対称に乗じた利ザヤと呼び、実際に荷物を運ぶ末端の事業者ほど原価割れの圧力を引き受けていると指摘する。現場からは、元請と直接契約すると業界のルール違反になる、そもそも自社が何次請けか把握できていない、という声が上がる。
適正原価は、この末端に下限を引く。だが、下限を引くことは、三つの力を同時に動かす。ひとつは、荷主の責任が見えるようになることだ。発注する側にも下限を守る義務がかかれば、費用に見合わない安値の発注はしにくくなる。次に、淘汰が進みうる。原価割れの運賃で凌いできた零細事業者は、更新制のもとで退出を迫られる。道路貨物運送業の倒産はすでに2025年度に321件と、過去4番目の高水準にある。下限が引かれれば、この淘汰は加速しかねない。そして、価格転嫁が起きる。適正原価が運賃に乗れば、その分は最終的に荷主や消費者が負う。荷主の側からは、水準しだいで影響は相当大きいという懸念も出ている。
適正原価は、末端の労働を守る下限になりうる。だが同時に、零細の退出と価格の上昇という痛みも連れてくる。規制を強めれば労働条件が良くなるという単純な話ではない。労働時間の上限だけが先に動いた2024年問題の1年後を、別のコラムでも検証した。運ぶ人が食べていける運賃を、荷主と消費者を含む社会全体でどう引き受けるか。見えない多重下請の奥に末端の労働を押し込めたまま、安い運賃と早い配達だけを享受し続けることは、もう難しい。原価の下限をどこに引くかは、物流を誰がどう支えるかという、分担の問題である。
参考書籍
- 『物流危機は終わらない 暮らしを支える労働のゆくえ』(首藤若菜、岩波新書、2018年)。宅配便が止まりかけた物流危機の根が、トラック運転手の労働の問題にあることを、統計と現場から解いた書。
参考文献
トラック適正化二法(貨物自動車運送事業法の一部改正等)の概要 — 国土交通省 (2025). 国土交通省
トラック運送業における多重下請構造検討会 とりまとめ — 国土交通省 トラック運送業における多重下請構造検討会 (2025). 国土交通省
トラック運転者の改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準) — 厚生労働省・国土交通省 (2024). 厚生労働省・国土交通省
道路貨物運送業の倒産動向(2025年度) — 株式会社帝国データバンク (2026). 帝国データバンク