ざっくり言うと
- 2025年4月から多子世帯(子3人以上同時扶養)の大学授業料が所得制限なしで無償化されたが、対象は全世帯の12.7%に限られる
- 日本の高等教育の家計負担率は約51%でOECD加盟国第2位、GDP比教育支出3.9%はOECD平均4.7%を大幅に下回る
- 「同時扶養」要件により第1子の就職・独立で対象外となる制度設計上の矛盾がある
何が起きているのか
2025年4月、高等教育の修学支援新制度が拡充された。文部科学省の制度改正により、子を3人以上同時に扶養する多子世帯については、所得制限なしで大学等の授業料が無償化される。上限は国公立で約54万円、私立で70万円/年である。
日本学生支援機構(JASSO)によれば、対象者は従来の34万人から75万人へと41万人増加する見込みである。「大学無償化」という見出しが各メディアで踊った。
しかし、この制度には2つの根本的な制約がある。
第一に、対象が「多子世帯」に限定されていることである。子を3人以上同時に扶養している世帯は全世帯の12.7%に過ぎない。第二に、「同時扶養」要件の存在である。第1子が就職して扶養を外れれば、第2子・第3子がまだ大学在学中であっても、要件を満たさなくなる可能性がある。3人きょうだいの年齢差が大きいほど、この「資格喪失」のリスクは高まる。
「大学無償化」という言葉が指し示す実態と、多くの人がそこから想起するイメージとの間には、大きな乖離がある。
背景と文脈
OECD最下位クラスの家計負担率
日本の高等教育における構造的問題は、国際比較によって鮮明になる。
OECDの「Education at a Glance 2024」によれば、日本の高等教育における家計負担率は約51%で、チリの約55%に次いでOECD加盟国第2位の高さである。OECD平均が約22%であることを踏まえると、日本の家計は国際的に見て倍以上の教育費を自己負担していることになる。
GDP比の教育支出も同様に低い。日本は3.9%で、OECD平均の4.7%を大きく下回る。教育を「家計の自己責任」で賄う構造が、数十年にわたって固定化されてきたのである。
OECD Education at a Glance 2024。日本の教育支出GDP比3.9%はOECD37か国中最低。高等教育の私費負担率は62.5%に達し、OECD平均の約1.9倍。
国立大学の授業料——20年据え置きの終焉
国立大学の授業料標準額は535,800円/年で、2005年以来20年間据え置かれてきた。しかし2025年度、東京大学がこの標準額を約20%上回る642,960円への値上げを決定した。一橋大学、東京工業大学(現・東京科学大学)なども追随の動きを見せている。
一方、私立大学の授業料平均は約96万円/年(959,205円)で、国立の約1.8倍の水準にある。授業料無償化の上限が私立70万円/年に設定されている以上、差額の約26万円は依然として家計負担となる。
「無償化」と「値上げ」が同時に進行するという矛盾は、制度の根底にある財源問題を映し出している。
国際比較——ドイツの再無償化と米国の学生ローン危機
高等教育の費用負担をめぐる国際的な潮流は、大きく2つの方向に分かれている。
ドイツは2000年代に一度導入した大学授業料を、2014年までに全州で再び撤廃した。授業料が教育機会を制限するという社会的合意が形成されたためである。北欧諸国(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク)も自国民・EU圏内学生に対して授業料を徴収しない。これらの国々では、高等教育は「個人への投資」ではなく「社会への投資」として位置づけられている。
対照的に、米国では高等教育費の市場化が極端に進んだ結果、学生ローンの残高が1.773兆ドル(約270兆円)に達し、4,280万人が返済を抱えている。バイデン政権が進めた学生ローン免除策は最高裁判決で一部が阻止されるなど、政治的にも深い亀裂を生んでいる。
日本はこの二極のどちらにも振り切れず、「部分的無償化」という中間地点に留まっている。
構造を読む
「誰のための無償化か」という問い
経済学者の飯田泰之氏は、大学無償化政策に対して構造的な批判を提示している。日本の大学進学率は59.1%であり、残る約41%の若者は大学に進学しない。大学授業料の無償化は、進学する層にのみ恩恵をもたらし、高卒で就職する層、専門学校に進む層、あるいは経済的理由で進学を断念した層には直接的な便益が及ばない。
この指摘は、教育政策の受益者が社会全体の半分に満たないという事実を突きつける。さらに多子世帯要件を重ねれば、実質的な受益者は全世帯の12.7%のうち大学進学者に限られる。「大学無償化」という名称が示唆する普遍性と、制度の実際の射程との間の乖離は大きい。
同時扶養要件の構造的矛盾
「同時扶養」要件には、制度設計として根本的な問題がある。日本の平均出生間隔(約2.5年)を前提とすると、3人きょうだいの第1子と第3子の年齢差は約5歳となる。第1子が大学卒業後に就職して扶養を外れた時点で、第3子がまだ大学1年生であっても、世帯は「子3人同時扶養」の要件を満たさなくなる。
つまり、最も支援が必要な「3人目の教育費が重なる時期」にこそ支援が途切れるという逆説的な構造が生まれ得る。この要件は少子化対策として「3人以上産むインセンティブ」を意図しているとみられるが、現実の家族構成と時間軸を考慮すると、制度の恩恵を安定的に受けられる世帯はさらに限定される。
「無償化」の先にある問い
マイケル・サンデルは『実力も運のうち 能力主義は正義か?』で、大学教育が「能力の証明」として過度に機能する社会の問題を論じた。高等教育へのアクセスが経済力に左右される構造は、能力主義の正当性そのものを掘り崩す。
日本の高等教育費問題を構造的に捉えるならば、問うべきは「授業料を誰が払うか」だけではない。高等教育を「個人の投資」とみなすのか、「社会の共同投資」とみなすのか——この根本的な哲学の選択が、制度設計の方向性を規定する。
GDP比教育支出3.9%、家計負担率51%という数字は、日本社会がこの問いに対して、長年にわたり「個人の自己責任」という回答を選び続けてきたことを示している。多子世帯への部分的無償化は、この構造にわずかな修正を加えたにすぎない。
教育費の家計負担と社会的格差の関係については、「「無償化」されないもの — 高校授業料無償化が覆い隠す教育格差の構造」も参照されたい。
参考文献
高等教育の修学支援新制度 — 文部科学省
令和7年度多子世帯向け支援拡大 — 日本学生支援機構(JASSO)
Education at a Glance 2024: Japan — OECD
大学無償化の死角——「タダになる」と思ったら大間違い — 東洋経済オンライン
