ざっくり言うと
- 施行1年で孤独感の割合は39.3%と横ばいであり、法律の存在だけでは数値は動かないことが示された
- WHOが2025年6月に公表した報告書は孤独関連死を毎時100人と推計し、標準的な測定ツールの欠如を主要課題として指摘した
- 日本の全国調査は主観的孤独感の経年比較で世界最先端だが、「つながりの質」を捉える指標は未確立である
何が起きているのか
施行1年後の全国調査で孤独感は横ばい、孤立死初推計2.2万人という現実
2024年4月1日、孤独・孤立対策推進法が施行された。全国民を対象とした包括的な孤独・孤立対策の法律としては世界初である。
施行から1年。何が変わっただろうか。
内閣府が実施した令和6年(2024年)の全国調査によると、孤独感が「しばしばある・常にある」「時々ある」「たまにある」と回答した人の割合は39.3%。令和5年調査と同水準であり、法施行前後で目立った変化は見られない。
「常にある」と回答した人は4.3%。年齢別では20代・30代が最も高い。孤独は高齢者だけの問題ではない。
2025年5月、内閣府は「孤立死」の初推計を公表した。2024年に自宅で誰にもみとられず死亡し、死後8日以上経過して発見された人は21,856人。うち8割が男性、7割が65歳以上であった。「孤立死」という概念の定義すら、法施行後にようやく定まった段階である。
国際的にも、孤独の問題は急速に可視化されている。WHOの社会的つながり委員会は2025年6月、初の包括的報告書を公表した。世界で6人に1人が孤独を経験しており、孤独に関連する死亡は毎時100人、年間約87万人に達するという推計である(ここでいう「関連する死亡」とは、社会的孤立が直接の死因という意味ではなく、孤独が死亡リスクを統計的に高めるとするメタ分析に基づく推計値である点に留意が必要だ)。
法律はできた。しかし、その効果をどう測るのか。「つながり」という、本質的に主観的で多次元的な概念を、どのように定量化するのか——この問いこそが、施行1年目の日本が直面している最大の課題である。
背景と文脈
UCLA尺度の限界、WHOの社会的つながり指数構想、英国の評価苦戦
UCLA孤独感尺度——世界標準の功罪
日本の全国調査が採用しているのは、UCLA孤独感尺度と直接質問の2つの手法である。
UCLA孤独感尺度は1978年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校で開発され、「孤独」という言葉を直接使わずに社会的つながりの欠如を間接的に測定する。「あなたは自分が周囲から取り残されていると感じますか」「あなたには頼れる人がいますか」——こうした問いに4段階で回答し、合計スコアで孤独感の程度を数値化する。
この尺度の強みは国際比較可能性にある。世界数十カ国で翻訳・検証され、日本語版も高い信頼性が確認されている(Cronbach's α = 0.92)。内閣府は令和3年(2021年)から毎年この調査を実施しており、経年比較のデータが蓄積されつつある。この点で日本は世界最先端である。
だが限界も明らかになっている。英国文化・メディア・スポーツ省(DCMS)が委託した研究は、ONS推奨の測定手法について3つの懸念を指摘している。第一に、変化への感度が低く、介入の効果を捕捉しにくい。第二に、特定の個人(認知症高齢者、発達障害者など)には不適切な場合がある。第三に、外部要因(季節、天候、直近の出来事)に左右されやすい。
つまり、「孤独を感じていますか」と聞くことはできる。だが、「孤独対策は効いていますか」を同じ尺度で判定するのは、はるかに難しいのである。
WHOが突きつけた測定のギャップ
WHOの社会的つながり委員会は2025年報告書で、5つの行動領域を提示した。政策、研究、介入、測定の改善、そして社会的規範の転換である。
このうち「測定の改善」が最も根本的な課題として浮上している。報告書は「標準化された、文化横断的で、生涯を通じた測定ツールの欠如」を研究における主要ギャップと位置づけ、「社会的つながり指数(Social Connection Index)」の開発を提唱した。
WHOは2025年報告書で「標準化された、文化横断的で、生涯を通じた測定ツールの欠如」を主要ギャップとして指摘。日本の全国調査は主観的孤独感の経年比較では世界最先端だが、「つながりの質」を捉える指標は未確立である。
これは重要な指摘である。現在の測定は主に「主観的な孤独感」に焦点を当てているが、社会的つながりは多次元的な概念であり、接触頻度、参加の質、関係の深さ、役割の有無といった複数の層を横断する。どの層をどう測るかによって、政策の優先順位は大きく変わる。
たとえば「会話頻度」を指標にすれば、高齢者の見守りサービスは効果的に見える。だが「関係の質」を指標にすれば、週1回の安否確認電話が「つながり」と呼べるかどうかは疑わしい。英国の社会的処方プログラムの多くは、友人関係(companionship)のような特定の側面をターゲットにしており、その改善が全体的な孤独感スコアに反映されるとは限らない。
英国の先行事例——8年間の苦闘
日本に先んじて2018年に孤独担当大臣を設置した英国は、政策評価においてこの壁に直面している。
DCMSは2018年に「Connected Society: A Strategy for Tackling Loneliness」を発表し、孤独対策の国家戦略を打ち出した。しかし設置から8年、定量的な政策評価は依然として困難な状態にある。Community Life Survey 2024/25によれば、成人の約47%が時折以上の頻度で孤独を経験しているとされ、改善の明確なトレンドは見えていない。
英国の経験が示しているのは、「法律や制度を作っても、その効果を証明する測定手法が確立されなければ、政策の持続可能性が担保されない」という構造的なジレンマである。
構造を読む
主観と構造のギャップ、測定が政策を規定する構造、3つの断絶
施行1年の時点で、孤独・孤立対策推進法の「成果」を問うのは時期尚早かもしれない。社会構造の変容は年単位ではなく、十年単位の営みである。
しかし、「何をもって成果とするのか」を定義できないまま10年が経過するリスクは、今この瞬間から存在している。
第一の構造的問題は、主観と構造のギャップにある。 全国調査が測っているのは「孤独感」という主観的経験であり、「孤立」という客観的状態ではない。孤独を感じていなくても社会的に孤立している人はいるし、多くの人間関係を持ちながら深い孤独を抱える人もいる。2024年の孤立死21,856人のうち、生前の全国調査で「孤独感がある」と回答していた人がどれだけいたかは、誰にもわからない。主観的指標と客観的指標を架橋する方法論が必要である。
第二の問題は、測定が政策を規定するという逆転構造にある。 「測れるもの」に政策が引きずられる傾向は、あらゆるEBPMに共通するリスクである。孤独感スコアが測定可能であるがゆえに、政策は「孤独感スコアを下げる」方向に最適化されうる。だが、孤独感スコアが下がることと、社会的なつながりが実質的に豊かになることは同義ではない。英国のDCMSが直面しているのは、この構造的な乖離にほかならない。
第三の問題は、自治体間格差と予算の薄さである。 孤独・孤立対策推進法は地域協議会の設置を「努力義務」としている。2024年度実績で設置済みの自治体は32団体(都道府県・政令指定都市21、市区町村11)にとどまる。全国1,741市区町村のうち、わずか0.6%である。関連予算も令和7年度当初予算で約1.4億円。1,741市区町村で割れば、1自治体あたり約8万円にすぎない。
WHOが2025年5月の世界保健総会で採択した「社会的つながりに関する初の決議」は、加盟国にエビデンスに基づく政策の策定を促している。日本は法整備で世界に先んじた。だが、その法律の効果を測る方法論において、世界のどの国も答えを持っていない。
「つながり」の定量化は可能か。この問いに対する正直な答えは、「まだわからない」である。わかっているのは、測定なき政策は評価されず、評価されない政策は持続しないということだけだ。
関連コラム
参考文献
孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和6年実施) — 内閣府孤独・孤立対策推進室. 内閣府
孤独・孤立対策推進法の概要 — 内閣府. 内閣府
From loneliness to social connection: charting a path to healthier societies — WHO Commission on Social Connection. World Health Organization
Research on the measurement of loneliness — Alma Economics / DCMS. GOV.UK
孤独・孤立対策に関する施策の推進を図るための重点計画 — 孤独・孤立対策推進本部. 内閣府
2024年、孤立死2万人超 内閣府が初の推計 — 福祉新聞編集部. 福祉新聞
孤独・孤立対策を前に進める社会的処方というアプローチとは — EY Japan. EY Japan
