誰が設計し、誰のために設計するか。 デザイン・ジャスティス(Design Justice)は、 この問いを設計実践の中心に置く。 デザインが意図せず周縁化・排除・抑圧を再生産する構造を問題にし、 設計プロセスの民主化と社会正義の両立を目指す。
日本では認知度が低いが、参加型デザイン・社会構想デザインと深く交差する思想的系譜である。
何が起きているのか
パパネクの先駆
デザイン・ジャスティスの先駆として、 ヴィクター・パパネクの仕事がある。 1971年の『現実世界のためのデザイン』は、 消費社会向けの商業デザインを正面から批判した。デザイナーは「市場のサーバント」であることをやめ、 開発途上国・障害者・高齢者・社会的弱者のための設計に向かうべきだ、という主張だった。
パパネクの批判は設計の「目的」に向けられた。しかし設計の「過程」への批判は不十分だった。 「誰のために」という問いは問うたが、「誰とともに設計するか」という問いは後景に退いていた。 この空白をデザイン・ジャスティスは埋めようとする。
デザイン・ジャスティスの形成
サシャ・コスタンザ=チョックが 2020年に刊行した『デザイン・ジャスティス』は、 2015年以降に形成されたDesign Justice Networkの実践を理論化した書物だ。
コスタンザ=チョックが整理した デザイン・ジャスティスの10原則は、 参加型デザインの系譜(スカンジナビア学派)と社会運動論を接続する。 冒頭の原則は「私たちは、コミュニティのメンバーが自分たちの生活を形作る構造・環境・システムの設計者となることを支える」だ。
思想的支柱は3つある。第一にインターセクショナリティ(交差性)だ。 キンバリー・クレンショーが提唱した交差性の概念は、 人種・ジェンダー・障害・階級・性的指向が交差する複合的抑圧を分析する枠組みだ。 デザイン・ジャスティスはこれをデザイン批評に適用する。
第二にベル・フックスの「周縁から中心へ」という立場だ。 周縁化された人々の経験は「欠如」ではなく、知識の独自の源泉だという主張は、 「専門家が設計し市民が使う」というデザインの標準的な権力関係を問い直す根拠になる。
第三に参加型行動研究(PAR:Participatory Action Research)だ。 コミュニティメンバーが研究プロセスに参加し、知識生産と変革行動を一体で進める手法は、 デザイン・ジャスティスの実践的基盤にあたる。
背景と文脈
テクノロジーとデザインの交差
コスタンザ=チョックの分析の特徴は、テクノロジー批判との接続だ。 空港のセキュリティスキャナーは、シスジェンダー男性の身体を「標準」として設計され、 トランスジェンダーの人々に過剰な身体検査を課す。顔認識システムの精度は、 白人男性の顔に対して最も高く、有色人種・女性・子どもで低下する。
これらの「技術的な問題」は、設計者の属性と設計プロセスにおける権力関係の問題だ。 デザイン・ジャスティスの問いは「誰の視点から設計されたか」に向かう。
日本の文脈では、行政デジタル化・マイナンバー・AIを活用した福祉給付判定といった 公共システムの設計において、同種の問題が顕在化しつつある。 「最適化」されたシステムが誰にとっての最適化かは、設計の前提に依存する。
「エンパシーの罠」への批判
デザイン思考(Design Thinking)への批判として、デザイン・ジャスティスが問題にするのが「エンパシー(共感)の罠」だ。
標準的なデザイン思考の手法では、「ユーザーへの共感」がプロセスの入り口に置かれる。 ペルソナ設定・ユーザーインタビュー・エスノグラフィーによって、 設計者は「ユーザーの気持ちを理解した」状態になる。
しかしコスタンザ=チョックはこれを「エンパシーの罠」と呼ぶ。 共感の主体は設計者であり、設計者が「理解した」と感じた後も、 権力関係は変わっていない。「あなたのことを理解した私が、あなたのために設計する」という構造は、 パターナリズムの洗練された変形だ。
問われるべきは、共感ではなく「誰が設計プロセスの主体か」という権力の問いだ。
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参加型デザインとの比較
デザイン・ジャスティスと参加型デザイン(スカンジナビア学派)は近い立場にある。 しかし重点の置き方が異なる。
| 次元 | 参加型デザイン(スカンジナビア学派) | デザイン・ジャスティス |
|---|---|---|
| 起源 | 労働運動・職場民主主義(1960-70年代北欧) | 社会正義運動・フェミニズム(2010年代米国) |
| 中心的価値 | 労働者の設計参加・民主的職場 | インターセクショナルな公正・権力構造の変革 |
| 主な対象 | 職場・産業システム | 日常生活・テクノロジー・公共サービス |
| 権力分析 | 労資関係 | 人種・ジェンダー・階級・障害の交差 |
| 評価軸 | 参加プロセスの質 | 社会的マイノリティの権利保障と状況改善 |
社会構想デザインへの接続
デザイン・ジャスティスが社会構想デザインに提起する問いは3点ある。
第一に「デザイナーの位置性(positionality)」だ。設計者の人種・性別・社会的地位・経験は、 設計の前提と成果に影響する。設計者が自らの位置性に無自覚なとき、 その設計は「中立」ではなく特定の視点を体現する。社会構想デザインが日本社会の課題に取り組むとき、 設計者の位置性の問いは避けられない。
第二に「コミュニティの知識」の評価だ。当事者が持つ生活知・経験知・実践知を、 専門的知識と同等かそれ以上に評価する設計文化をどう作るか。 デザイン・ジャスティスの原則は、これを「価値観」ではなく「設計プロセスの構造」として扱う。
第三に「便益と損害の分配」だ。社会構想デザインが生み出す変化の便益は誰が受け、 損害は誰が負うか。この問いは設計の事前評価の基準になる。 「良い設計」は意図の良さではなく、分配の公正さで評価されるべきだ、というのがデザイン・ジャスティスの立場だ。
日本では「社会課題解決」という言葉が設計の正当性根拠として使われることが多い。 しかしその「課題」の定義は誰がしたか。「解決」の評価は誰がするか。 デザイン・ジャスティスの問いは、この点でまだ十分に受容されていない。
→ 関連: 参加型デザインの系譜 / スペキュラティブデザインと社会構想デザインの境界 / 社会構想デザインでないもの / 6領域統合仮説


