このノートは静かなまちプロジェクトの対象者設計パートです。ロジックモデルは 変化の理論、組織設計は 公益と収益の分離(準備中) を参照してください。
なぜ対象者設計が必要か
「誰のためにやるのか」を曖昧にしたプロジェクトは、何も変えない。全員のためにやろうとすると、結局誰にも届かない。
静かなまちプロジェクトは「都市を静かにする」プロジェクトではない。 感覚過敏者が都市の中で普通に暮らせるようにする プロジェクトだ。この起点を明確にすることで、活動・成果物・政策提言の全てに一貫性が生まれる。
対象者の3層設計
誰のために、何を変えるのか。対象者を明確に3層で定義する。
| 層 | 対象 | 人口規模(推計) | プロジェクトとの関係 |
|---|---|---|---|
| 【コア】 | ASD・発達障害・感覚過敏当事者 | 日本人口の数% | 最優先の受益者。データ提供者でもある |
| 【ブロード】 | ミソフォニア傾向のある一般市民 | 一般人口の12〜20%(Jager et al., 2020; Naylor et al., 2021) | 共感・参加・アプリ利用の主要層 |
| 【潜在支持】 | 「なんとなく騒音が嫌い」な人全員 | 都市住民の大多数 | 世論形成・政策支持の基盤 |
コア層からの波及設計
感覚過敏者は都市の音環境問題に最も敏感に反応する存在だ。建物のバリアフリー設計が車椅子ユーザーのために始まり、結果的にベビーカーや高齢者にも恩恵をもたらしたように、感覚過敏者を起点にした音環境の改善は、都市全体の生活の質を向上させる。
この「カーブカット効果」(curb-cut effect)がプロジェクトの波及戦略の核だ。
コア → ブロードへの波及
コア層のデータと体験が、ブロード層(ミソフォニア傾向のある一般市民15〜20%)の「自分も実はストレスを感じていた」という認識を呼び起こす。この層がアプリの利用者・データ提供者・SNSでの拡散者となる。
ブロード → 潜在支持への波及
ブロード層の参加によりデータの規模が政策議論に足るレベルに達する。「都市住民の大多数」が潜在的に持っている「騒音が嫌だ」という感覚に、データという言語が与えられる。これが世論形成と政策支持の基盤になる。
設計の判断基準
プロジェクトのあらゆる意思決定で、この3層設計を参照する。
- 優先順位: コア層の利益が最優先。ブロード層への訴求のためにコア層を犠牲にしない
- コミュニケーション: コア層には「あなたのためのプロジェクトです」、ブロード層には「あなたも当事者かもしれません」
- プロダクト設計: まずコア層が日常的に使える機能(静かな経路提案等)を作り、その上にブロード層向けの機能を積む
プロジェクトの関係者マップ
対象者(受益者)だけでは不十分だ。プロジェクトの成果を社会に届けるには、関わる全ての関係者を把握し、それぞれとの関係を設計する必要がある。
| 関係者 | 役割 | 関係性 |
|---|---|---|
| 感覚過敏・ミソフォニア当事者 | データ提供者・最優先受益者 | コア対象者。研究の起点 |
| 文京区(環境政策課・福祉課) | 騒音苦情窓口・政策実行者 | 政策提言の第一の宛先 |
| 環境省(大気生活環境室) | 騒音規制の基準設定者 | 構造分析の提出先 |
| 警察庁・都道府県警 | 交通騒音の取り締まり | 規制構造の一端を担う |
| 国土交通省(地方運輸局) | 車両基準・整備命令 | 規制の分断構造に関与 |
| 大学研究者(聴覚科学・都市工学) | 学術連携・共同研究・査読 | データの信頼性担保 |
| 障害者支援団体・NPO | 当事者ネットワーク・政策提言の連携先 | コア層へのリーチ |
| メディア(報道・SNS) | 社会発信・世論形成 | ブロード層→潜在支持への拡散 |
| 不動産・都市開発事業者 | 「静かさ」の経済価値化 | 長期的なインセンティブ設計 |
3層設計と関係者マップの接続
対象者3層設計は「誰のために」を定義する。関係者マップは「誰と一緒に」を定義する。
- コア層 へのリーチには、障害者支援団体・NPOとの連携が不可欠
- ブロード層 への拡散には、メディアとSNSが主要チャネル
- 政策変更 には、行政(文京区・環境省)への直接的なデータ提供と提言が必要
- 持続可能性 には、不動産業界の経済的インセンティブとの接続が鍵になる
この関係者マップは、研究フェーズが進むにつれて更新していく。Phase 0(フィールドワーク準備)の段階では行政と当事者団体との関係構築が最優先だ。
参考文献
Prevalence and Profile of Misophonia: A Large-Scale Population Study
Jager, I. et al.. PLOS ONE, 15(2), e0227118
原文を読む
The Prevalence and Severity of Misophonia in a UK Student Population
Naylor, J. et al.. Psychiatric Quarterly, 92, 495-507
原文を読む
The Curb-Cut Effect(ユニバーサルデザインの波及効果)
Blackwell, A. G.. Stanford Social Innovation Review
原文を読む
Architecture for Autism: Concepts and Built Environment
Mostafa, M.. Archnet-IJAR, 8(1), 143-158
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