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一般社団法人社会構想デザイン機構
1.6.3

感覚過敏者は屋外でどれだけ消耗しているか — 世界初の研究空白

横田 直也
約5分で読めます

ウェアラブルデバイスによる都市環境研究と感覚過敏研究が完全に非交差。屋外移動中の感覚過敏者の生理的ストレスを測定した研究は世界に存在しない。この研究ギャップの発見と検証アプローチを整理する。

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このノートは 4つの研究仮説 のH1を掘り下げたものです。

気づいたこと

先行研究を網羅的にレビューする中で、1つの明確な空白が浮かび上がった。

ウェアラブルデバイスによる都市環境研究(GPS×心拍×加速度)と、・ミソフォニアの研究が、完全に交差していない。 (2026年2月時点のPubMed・Google Scholar・CiNii検索に基づく)

都市の音環境を扱う研究は、定点観測(固定マイク)か、室内実験(防音室での音提示)に偏っている。「歩いている人が、リアルタイムでどれだけストレスを受けているか」を測った研究は、一般市民向けですら少ない。感覚過敏者に特化したものは、世界的にゼロだ。

なぜこのギャップが存在するのか

3つの分野が互いに知らない。

  1. ウェアラブル都市研究者(情報工学・都市計画)は、感覚過敏・ミソフォニアの概念を知らない。研究対象は「一般市民の平均的反応」であり、外れ値を排除する傾向がある。
  2. 感覚過敏研究者(心理学・聴覚科学)は、室内実験のパラダイムで研究している。佐久間・松井らの日本の蓄積も、質問紙調査と室内音響測定が中心だ。
  3. 都市騒音政策の担当者 は、dBの時間平均値しか見ない。「この道路は基準値以下だから問題ない」という判断に、個人の感覚特性は入らない。

この3つの領域が交差する地点に、静かなまちプロジェクトの研究価値がある。

最も近い先行研究、そしてなぜ不十分か

完全にゼロだと言い切る前に、最も近い研究を確認しておきたい。

Kanjoら(2017)のNotiMind研究は、スマートフォンセンサーとウェアラブルデバイスを組み合わせて都市歩行者の感情状態をリアルタイムに追跡した。GPS位置情報、加速度、周囲音レベルと心拍変動を統合的に記録するアプローチは、本プロジェクトの技術設計に直接示唆を与える。しかし、対象は一般市民であり、感覚特性による層別分析は行われていない。

Albachaら(2022)は、自閉症スペクトラムの成人における日常生活での感覚体験をEMA(Ecological Momentary Assessment)で調査した。感覚過敏者の日常的なストレスを「その場で」記録するという点では重要な前進だが、室内環境が中心であり、屋外移動中の生理データ取得は含まれていない。

つまり、「都市屋外×移動中×生理データ」の研究と「感覚過敏×日常×EMA」の研究は、それぞれ存在する。この2つを重ねた研究が存在しない。

仮説

感覚過敏・ミソフォニア傾向を持つ人は、都市の屋外移動中に一般市民と比較して有意に高い生理的ストレス反応(心拍変動・皮膚電気反応)を示し、それが外出頻度と経路選択を制約している。

検証アプローチ

参加者設計: 感覚過敏群(ASD・ミソフォニア自認のある成人)15〜20名と、年齢・性別をマッチングした定型発達群15〜20名の2群比較。サンプルサイズはCohenのd=0.8(大効果量)を想定し、α=0.05、検出力80%で算出した最小値。感覚過敏の程度はGlasgow Sensory Questionnaire(GSQ)とAmsterdam Misophonia Scale(A-MISO-S)で定量化し、連続変数としても分析に用いる。

測定プロトコル:

  • 同一経路(文京区内の幹線道路沿い・住宅街・公園を含む約2kmルート)を歩行
  • ウェアラブルセンサーで心拍変動(HRV)と皮膚電気反応(EDA)を連続記録
  • 騒音レベルはスマートフォン搭載マイクで同時記録(キャリブレーション済み)
  • 主観ストレスはスマートフォンEMAで5段階記録(ミソフォニア反応・光ストレス・振動ストレスを分離)
  • 時間帯別(朝ラッシュ・昼・夕方・夜)×経路別のクロス分析
  • 各参加者4時間帯×2回の計8セッション

倫理的配慮: 感覚過敏者を対象とする以上、調査自体がストレス源になりうる。いつでも中断可能な設計、調査後のデブリーフィング、必要に応じた専門家紹介の体制を組む。東京大学または筑波大学の倫理審査委員会への申請を予定している。

香港GEMA研究からの示唆

2020年の香港の研究(Geographic Ecological Momentary Assessment)は、GPS追跡+リアルタイム主観評価で都市騒音の不快感を調査した。手法としては近いが、 対象は一般市民のみ で、感覚過敏者の分析は含まれていない。この研究を感覚過敏者に応用することが、静かなまちプロジェクトのPhase 1の核となる。

この研究が示せること

もし仮説が支持されれば、「感覚過敏者は都市のデザイン不良を最初に感知するカナリアである」という主張にエビデンスが付く。個人の主観的苦しさが、生理データという客観的言語に変換される。政策立案者は「迷惑の問題」ではなく「健康の問題」として騒音を再定義できるようになる。

WHO(2018)の環境騒音ガイドラインは、道路交通騒音について年間平均曝露レベルを53dB(A)以下に抑えることを推奨し、騒音曝露と心血管疾患・睡眠障害・認知発達障害との因果関係を示している。しかしこのエビデンスは一般市民を対象としたものであり、感覚過敏者がどの程度の閾値で健康影響を受けるかは未解明だ。本研究は、その閾値を初めて実測データで示す試みとなる。

もう一つの意義は、「ユニバーサルデザイン」の概念を音環境に拡張することだ。視覚障害者のための点字ブロック、車椅子ユーザーのためのスロープに相当する「音のユニバーサルデザイン」は、まだ体系化されていない。感覚過敏者のデータは、その設計基準を導出するための基礎資料となる。

参考文献

Environmental Noise Guidelines for the European RegionWorld Health Organization (WHO). WHO Regional Office for Europe

NotiMind: Utilizing Responses to Smart Phone Notifications as Affective SensorsKanjo, E., Kuss, D. J., & Ang, C. S.. IEEE Access, 5, 22023-22035

Everyday sensory experiences of autistic adults: An ecological momentary assessment studyAlbacha, A. et al.. Autism

Geographic Ecological Momentary Assessment of noise annoyance in Hong KongLam, K. C. & Chan, P. K.. International Journal of Health Geographics, 19, 45

聴覚過敏と暮らしの音環境佐久間哲哉. 日本音響学会誌, 77(5), 296-301

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