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一般社団法人 社会構想デザイン機構
論考・インサイト

Z世代が生活保護を選ぶのは怠けているからではない:「働いても損」を生む制度の罠

ヨコタナオヤ
約6分で読めます

生活保護申請が5年連続増加する中、若年層の受給をめぐる「怠け者論」が拡散している。しかし実態は逆だ。非正規雇用の拡大、実質賃金の停滞、勤労控除の限界税率90%という制度設計の罠が、合理的な選択として生活保護を引き寄せている。構造的要因を4層モデルで分析する。

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ざっくり言うと

  1. 生活保護申請は2024年度に25万9,353件と5年連続増だが、若年層(20代)の受給割合は全体の約3%にとどまる
  2. 東京都のパート・非正規労働者は、フルタイム勤務でも手取りが生活保護支給額(約13万円+医療費無料)と同水準または下回るケースが存在する
  3. 勤労控除制度の実質限界税率は収入増加時に約90%に達し、就労インセンティブを構造的に阻害する
  4. 問題の本質は個人の怠惰ではなく、非正規雇用・賃金停滞・制度設計の失敗という4層構造にある

何が起きているのか

申請件数5年連続増の実態と若年層の割合を正確に把握し、「Z世代が殺到している」という誤解を解く

「生活保護で月13万円もらって、医療費タダ。フルタイムで働くよりお得じゃないか」。こうした声が Threads などのSNSで拡散し、「Z世代が生活保護を選んでいる」という言説が広まっている。

この言説は何が正しく、何が誤っているのか。まず数字を確認する。

2024年度の生活保護申請件数は25万9,353件(前年度比+3.2%増、5年連続増加)に達した。これは現行の集計方式が導入された2013年以降で最多の数値だ。だが、この増加の主体は誰か。

受給世帯の55.4%(約90万世帯)は65歳以上の高齢者世帯である。障害者・傷病者世帯が25.0%。20代が全受給者に占める割合は約3% にとどまる。「Z世代が殺到している」という印象は、実態と乖離している。

では、なぜこの言説が広がるのか。SNSで「生活保護の方が得」と感じさせる構造が実在するからだ。

フルタイム(週40時間)手取り

最低賃金1,226円 × 173h → 社保・税控除後

約178,000円

パート・非正規(週20時間)手取り

最低賃金1,226円 × 87h → 社保・税控除後

約100,000円

生活保護支給額(東京都・単身65歳未満)

生活扶助76,420円 + 住宅扶助53,700円 + 医療費0円

約130,120円 + 医療費実質無料

注目点: 非正規・短時間労働での逆転

フルタイム正規雇用であれば生活保護水準を上回るが、週20時間程度のパート・非正規では手取りが生活保護支給額を大幅に下回る。さらに医療費の自己負担(生活保護なら現物給付で0円)を加算すると、実質的な差はさらに縮まる。

就労所得(手取り試算)生活保護支給額(現金扶助)
東京都単身ケース: 手取り収入 vs 生活保護支給額(月額・目安) — 各種公表データをもとにISVD試算(2025年)

上の図が示すのは、東京都における手取り収入と生活保護支給額の比較である。フルタイム・最低賃金(1,226円)で週40時間働いた場合の手取りは約17〜18万円になり、生活保護の現金給付(生活扶助76,420円 + 住宅扶助上限53,700円 = 約130,120円)を大きく上回る。しかし週20時間のパートでは話が変わる。手取りは10万円前後となり、生活保護の現金給付額を下回る。医療費が実質無料になるという現物給付の価値を加算すれば、差はさらに縮まる。

これは制度の甘さではなく、 非正規・短時間労働という雇用形態が生み出す構造的問題 だ。

背景と文脈

非正規雇用の拡大・実質賃金の停滞・精神疾患の増加という3つの背景を統計データで示す

非正規雇用の拡大と賃金の二極化

全雇用者に占める非正規雇用の割合は37.0%に達する。20〜24歳では約40%が非正規だ。

賃金の動向はさらに複雑だ。大卒初任給の上昇率は4%超と1991年以来の高水準を記録したが、この恩恵を受けるのは大企業・中堅企業に入社できた層だ。厚生労働省 の調査では、中小・小規模企業での賃上げ実施率は約62%にとどまる。

さらに重要なのが の動向だ。2024年度の実質賃金は前年度比ほぼ0%(3年ぶりにマイナスを脱した水準)。名目賃金は上がっているように見えても、物価上昇が帳消しにする構造が続いている。

「週休3日制希望」や「ライフバランス重視」といったZ世代の価値観は、しばしば「覇気がない」と批判される。しかし働く目的として最多は「経済的な安定を得るため」( ヒューマンホールディングス調査2025 )であり、希望年収は400〜500万円が最多層だ。フルタイムで手取り16〜18万円という現実は、この希望から大きく下回っている。

精神疾患と知的障害という見えない壁

若年層の生活保護受給を語る上で、精神疾患・知的障害との接続を外すことはできない。

大原社会問題研究所雑誌第787号(2024年5月) の分析によると、20〜24歳の受給者では知的障害の割合が最も高く、25歳以降は精神障害の割合が増加する。また、上場企業での調査では「心の病」を抱える20代以下の若者が全体の43.9%と、20年前の3倍以上に増加している。

生活保護受給者の精神及び行動の障害による標準化入院者数比は、男性で一般人口比4.06倍、女性で3.45倍に達する。これは受給の「結果」ではなく、精神的な困難を抱えていることで就労が困難になり、生活保護に至るという「経路」を示している。

1

層1: 雇用の不安定化

  • 非正規雇用率 約40%(20〜24歳)
  • 若年無業者(NEET)61万人(2024年)
  • 中小企業での賃上げ実施率 62%止まり
2

層2: 賃金の実質的停滞

  • 実質賃金: 2024年度 ±0%(3年ぶりマイナス脱出)
  • 初任給上昇は大企業偏重
  • 希望年収400〜500万円 vs 現実の手取り水準の乖離
3

層3: 精神疾患・障害との接続

  • 20〜24歳の受給者で知的障害割合が最高
  • 「心の病」を抱える20代以下は20年で3倍超(43.9%)
  • 精神及び行動の障害による入院: 受給者は一般比 男4.06倍
4

層4: 制度設計の罠

  • 勤労控除の実質限界税率 約90%
  • 医療扶助廃止後の「崖」による就労抑制
  • 物価高騰への基準改定遅れ(2025年度は月500円のみ引き上げ)

この4層は相互に連動しており、一層だけを改善しても他の層が阻害要因として機能し続ける。

若年層が生活保護を必要とする構造的要因 — 4層モデル(ISVDによる整理)

構造を読む

最低賃金vs生活保護の逆転構造・勤労控除の貧困の罠・海外比較から制度設計の問題を解剖する

勤労控除という名の「罠」

生活保護には「勤労控除」という制度がある。就労収入がある場合、一定額を控除(収入として認定しない)した上で、「最低生活費 - 認定収入 = 保護費」として支給する仕組みだ。就労インセンティブを与えるための設計だが、実態は逆に機能している。

月収15,200円未満は全額控除(実質限界税率0%)だが、15,200円を超えると控除額が段階的に逓減し、実質限界税率が約90%に達する。収入が1万円増えても、手取りの増加は1,000円程度という計算になる。

保護受給中(無収入)

就労収入 0円

生活扶助 + 住宅扶助 + 医療費0円

就労開始・少額収入

就労収入 15,200円以下

勤労控除: 全額控除 → 実質限界税率 0%

限界税率 0%

収入増加に対するペナルティ

就労収入 15,200円超

勤労控除が逓減 → 実質限界税率 約90%

限界税率 ~90%

医療扶助消滅による「崖」

保護廃止ライン突破

医療費が自己負担に転換 → 可処分所得が逆に減少するケースあり

実質逆転

※ 実質限界税率90%は、就労収入が1万円増加しても手取りが約1,000円しか増えない状態を意味する。これが就労インセンティブを構造的に阻害する要因となっている。

生活保護の勤労控除と「貧困の罠」のメカニズム — 厚労省社会保障審議会資料・京都大学(2023年)をもとにISVD作成

さらに深刻なのは医療扶助の問題だ。 京都大学公共政策大学院(2023年) の研究は、現金給付だけを見た場合は 貧困の罠 は観察されないが、医療扶助・介護扶助を含めると罠の存在が示唆されると指摘する。就労収入が増えて保護が廃止されると、それまで現物給付で0円だった医療費が全額自己負担に転換する。一定の健康問題を抱える若年受給者にとって、この「崖」は保護廃止後の生活を直ちに不安定にさせるリスクとして機能する。

東北大学のディスカッションペーパー(2023年) も、労働所得に対する実質限界税率が83〜93%に達するケースを示している。これは制度の欠陥であり、個人の意欲の問題ではない。

物価高騰と基準改定の乖離

制度設計の問題はもう一つある。保護基準の改定が物価上昇に追いついていない点だ。食料CPI(2020年=100)は2024年9月時点で119.0を記録した一方、2025年度の生活保護基準引き上げは月500円(約0.6%)にとどまった。

対照的に、日本弁護士連合会 の声明が指摘するように、ドイツは2023年・2024年に2年連続で12%の大幅引き上げを実施し、韓国も2023年に+7%、2024年に+14%の引き上げを行った。日本の対応は国際的にみて著しく鈍い。

「怠惰化」仮説は実証的に否定されている

最後に、「給付を受けると働かなくなる」という仮説そのものを検討する。

フィンランドで2017〜2018年に実施されたベーシックインカム実験では、失業給付受給中の25〜58歳2,000人に月額560ユーロを無条件支給した。結果は明確だった。雇用日数は受給者78日に対し対照群73日でわずかに増加、精神的ウェルビーイングは明確に向上し、「強いストレスを感じた」割合は受給者17%対照群25%と低かった。 「就労意欲をなくす」という効果は確認されなかった国立社会保障・人口問題研究所も参照)。

「給付があると怠ける」は直感的に理解しやすいが、実証データが支持しないモデルだ。むしろ、収入の安定が精神的余裕を生み、積極的に就労機会を探す行動につながる可能性を示唆している。

Z世代が「働かない選択」を迫られているとすれば、それは怠惰の結果ではない。非正規雇用の拡大、実質賃金の停滞、精神疾患の増加、そして限界税率90%という制度設計が組み合わさって生み出した、構造的な帰結である。問うべきは「なぜ若者は頑張らないのか」ではなく、「どんな構造が頑張っても報われない状況を作り出しているのか」だ。

生活保護の申請現場から見た制度の実態を知りたい読者には、『生活保護』(今野晴貴、ちくま新書)が参考になる。1,500件以上の労働・生活相談を手がけたNPO代表の著者が、不正受給バッシングの陰に隠れた「申請できない」構造と行政窓口の実態を克明に描いた一冊だ。


参考文献

被保護者調査(令和5年度確定値)厚生労働省 (2024)

統計でみた生活保護受給者の特徴大原社会問題研究所 (2024)

なぜ「貧困の罠」は残ってしまったのか京都大学公共政策大学院 (2023)

生活保護制度の出口政策と労働インセンティブ東北大学 (2023)

生活保護制度における勤労控除等について厚生労働省 社会保障審議会 (2011)

生活保護基準引き下げを見送り、大幅引き上げを求める会長声明日本弁護士連合会 (2024)

Results of the basic income experiment: small employment effects, better wellbeingKELA (フィンランド社会保険機関) (2020)

フィンランドにおける「ベーシックインカム」実験: 概要と展望国立社会保障・人口問題研究所 (2018)

Z世代の仕事観と自分らしさに関する調査2025ヒューマンホールディングス (2025)

読んだ後に考えてみよう

  1. 「頑張れば報われる」という社会規範が、制度利用を阻む心理的障壁になっていないか。その規範は誰が、いつ形成したのか。
  2. 勤労控除の実質限界税率90%は「就労インセンティブを与えている」制度といえるか。設計者の意図と実態にどんなズレがあるか。
  3. 精神疾患・知的障害を抱える若年層の受給増を「制度の問題」と捉えると、必要な対策はどう変わるか。

この記事の用語

実質賃金
名目賃金を消費者物価指数で除して算出される、物価変動を考慮した賃金の購買力指標。名目賃金が上昇しても物価がそれ以上に上昇すれば実質賃金は低下する。

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