ざっくり言うと
- 漁業就業者数は 2023 年で 12.1 万人、5 年間で 20.0% (3 万 312 人) 減少し、平均年齢は 57.1 歳。新規流入は年 1,700 人台にとどまり、年間の減少分 5,000〜10,000 人に対して 3 分の 1 から 5 分の 1 しか補充できていない
- 沿海漁協数は制度発足時の 3,507 から 2023 年の 861 まで 75 年で約 4 分の 1 に縮小し、特定技能 1 号「漁業」は新計画の上限 1.7 万人に対し実績 3,035 名 (17.8%) に留まる
- 構造的停止リスクは「最小編成の硬直性」「訓練の長期性」「売上の非連続性」の 3 重構造で生まれ、食料自給率 38% (カロリーベース) と公共資産活用の議論を、漁業労働危機と接続する視点が求められる
何が起きているのか
出雲市の事例から見える「1 人欠ければ船が出ない」構造的停止リスクと、5 年で 20% 減・平均年齢 57.1 歳という漁業就業者の急減・高齢化
漁業の現場では、1 人欠ければ船が出ない。
FIRST-HAND Local編集部は 2026 年 4 月、島根県出雲市で小型底引き網漁業を営む樋野徹さんを取材し、5 人乗組員体制で 1 人欠ければ船を出せない「構造的停止リスク」を抱えながら採用に苦慮している実態を報告した (漁業の人員確保と構造的停止リスク、2026 年 4 月 15 日公開)。月 7 万円の人材紹介会社と契約してもなお紹介者の約 8 割が未経験で、体験乗船後 1〜2 日で辞退する事例もある。船酔いへの適応は事前に測れず、天候依存の不規則な休暇、冬季 12 月は月 10 日しか出航できない非連続な収益構造が積み重なる。「出られる日に出られない」一点で、その月の売上はゼロに沈む。
これは一漁業者の個別事情ではない。漁業就業者は 12 万 1,389 人 (2023 年)。5 年前 (2018 年) からの 5 年間で 20.0%、3 万 312 人が漁業から離れた。平均年齢は 57.1 歳 (2018 年の 56.9 歳から上昇、2024 年概数値は 56.9 歳)。年齢階層別の減少は 65〜69 歳階層で最大であり、新規流入を圧倒する規模で「リタイアの波」が押し寄せている。
新規就業の不足 → 高齢化と離脱の加速 → 最小編成の崩れ → 1 人欠ければ船が出ない。この 4 段階の連鎖が、収益と供給の双方を即・停止へ追い込む。
新規就業者は令和 5 (2023) 年度で 1,733 人、39 歳以下が約 7 割を占める。一見すると若年層が支えているように見えるが、年単位の減少分 5,000〜10,000 人に対し補充率は 1/3〜1/5。新規の約 7 割が他産業からの転換者という事実は、漁家の子弟が継がないという継承断絶の表れでもある。出雲市の樋野さんが直面する「採用しても定着しない」状況の背後で、産業全体の労働力プールが急速に細っている。
背景と文脈
漁業協同組合の 75 年で 4 分の 1 への縮小、特定技能 1 号の受入れ実績ギャップ、食料自給率 38% への波及という 3 つの構造的圧
漁業協同組合の 75 年で 4 分の 1 への縮小
漁業の労働危機は、個別の経営体だけでなく、漁業を支えてきた相互扶助の仕組みそのものを揺るがしている。全国漁業協同組合連合会の集約によれば、沿海漁業協同組合の数は制度発足時 (戦後直後) の 3,507 から、2012 年 3 月時点で約 1,000、2023 年時点で 861 へと縮小している。75 年間で約 4 分の 1 になった計算である。
合併・統廃合は進んだものの、合併後の漁協においても経済事業の多くは赤字とされ、財務悪化が止まったとは言い難い。漁協は漁業権の管理、共同販売、共済、信用事業など、漁業者の経営と地域生活の両方を支える基盤である。漁協の機能低下は、新規就業者の受け入れ窓口・船員の福利厚生・漁業権の継承といった機能の劣化を通じて、労働危機をさらに加速させる。
特定技能 1 号「漁業」の受入れ実績ギャップ
外国人材の受け入れ拡大は、2018 年の特定技能制度創設以降、政策上の主要な柱として位置づけられてきた。2024 年 4 月からの新計画では、漁業分野の受入れ上限は 5 年間で 17,000 人へと、旧計画の 6,300 人から 2.7 倍に引き上げられた。
しかし現実の在留者数は2024 年 6 月末時点で漁業分野 3,035 名にとどまる。新計画上限の 17.8%、旧計画上限の 48% である。上限を 2.7 倍にしても、現場の受け入れ余力がそこに追いついていない。
理由は単純ではない。在留期間は通算 5 年で、閑散期に帰国・転職が可能なため、漁業特有の天候依存・長時間労働は日本人と同様、外国人材にとっても定着困難要因として作用する。漁船乗組員確保養成プロジェクト (平成 29 年発足、官労使三者) を通じた漁業ガイダンスは6 年間で 110 回、3,769 人が参加したが、その先の受入れ環境整備が制度設計の課題として残る。
食料自給率 38% への波及
漁業就業者の急減は、政策文書の上でも食料安全保障問題として位置づけられている。農林水産省が 2025 年 10 月に公表した令和 6 (2024) 年度のカロリーベース食料自給率は 38%。前年度と同水準である。
同公表資料はカロリーベース自給率横ばいのマイナス要因として「水産物の生産減少」を明記し、生産額ベース自給率が +3 ポイント上昇した中でも「水産物単独では国内生産量の減少により生産額が減少」と記している。漁業者数の減少が水産物供給量の減少を通じて自給率を下押しするという連鎖は、政府統計の表現としても定着している。
世界全体に目を転じれば、国連食糧農業機関 (FAO)の「The State of World Fisheries and Aquaculture 2024」によれば、2022 年の世界の漁業・養殖業生産は 223.2 百万トン、過去最高を記録し、養殖業が 130.9 百万トン (51%) と初めて漁獲を上回った。総供給量を養殖が支える時代に入りつつある中で、日本は漁獲漁業の労働危機と養殖経営体の減少が同時進行する点に固有の難しさがある。
島根県・石見地域に見る地域構造
樋野さんが操業する島根県では、地域内でも漁業労働の縮小が深く進む。島根県統計と関連報道の集約によれば、石見地域の漁業就業者数は788 人で、20 年前と比較して 45% 減。益田市・浜田市の減少率はそれぞれ 60%、50% 水準とされる。65 歳以上の比率はおおむね 4 割、30 歳未満は 12% にとどまる。出雲市の事例は、島根県内の構造の典型例として位置づけられる。
構造を読む
最小編成・訓練長期性・売上非連続性の 3 重構造、ノルウェー型資源管理との制度ギャップ、漁港ストック活用と労働危機を接続する政策余地
「構造的停止リスク」の 3 重構造
漁業が「人手不足即・経営停止」に直結しやすいのは、3 つの層が重なるためである。
第一に、最小編成の硬直性。小型船は 5 名前後が下限の最小編成で、欠員 1 名で操業可否が決まる。陸上産業のように臨時応援・派遣で穴埋めできる仕組みは乏しい。
第二に、訓練の長期性。船酔い適応・天候判断・操業の段取りは即席で習得できず、未経験者の戦力化には数か月から数年を要する。月 7 万円の紹介料を払って未経験者を受け入れても、戦力化前に離脱されれば固定費だけが残る。
第三に、売上の非連続性。出航できなければ売上はゼロで、船・燃料・紹介料・船員給与といった固定費は継続する。冬季の出航可能日数が月 10 日に縮む中で、欠員 1 名がそのまま当月の売上ゼロ化を招く。
この 3 重構造に、採用市場の不透明性 (漁業向け労働需給データの欠落) と継承断絶 (漁家の子弟が継がない) が重なる。賃金を上げれば応募が増えるという需給原理は、養成期間の長さと需要側の不透明性によって、産業全体としてはなかなか作動しにくい。
ノルウェー型資源管理との制度ギャップ
国際比較は、もう一段深い構造を映す。水産庁の整理によれば、ノルウェーは IVQ (個別漁船割当)、アイスランドは ITQ (譲渡可能個別割当) を中核とした資源管理制度を運用し、漁船・経営体単位で漁獲枠が管理される。結果として、資源の持続性と個別経営の収益安定性が両立し、若手参入が継続する好循環が形成されてきた。
日本は TAC (漁種別の総量管理) を中心に、近年は IQ (個別割当) への部分移行を進めている段階にある。資源管理制度の遅れは、漁獲量・水揚げ単価の不安定性を通じて個別経営体の収益不安定性に転写され、それが労働力流出 (若手が漁業を選ばない) を加速させる。「資源管理の遅れ → 収益不安定 → 労働力流出」という循環は、北欧との制度ギャップの根因として無視できない。
ただし、ノルウェー・アイスランド型の制度をそのまま日本に持ち込むのは現実的でない。沿岸漁業者の小規模分散、漁業権の地域共同管理という日本固有の歴史的経緯があるためである。それでも、漁業を「収益安定産業」として再設計する方向性そのものは、参照する価値が大きい。
公共資産活用と漁業労働危機の接続
漁業者の高齢化に伴い、漁港周辺では漁協倉庫・冷蔵施設・市場・関連事業所などの遊休化が進む地域が増えている。2024 年 3 月の漁港漁場整備法改正により創設された漁港施設等活用事業は、水産物消費の増進や交流促進のために漁港遊休スペースへの民間活力導入を制度化した。
ただし、漁港の使い道 (海業推進) と漁業の担い手 (労働力確保) は、政策議論としては別建てで走っているのが現状である。漁業就業者の減少と漁港ストックの遊休化は同じ地域構造の表裏であり、「漁業労働の再生」と「漁港遊休施設の活用」を統合的に構想する余地は大きい。スモールコンセッション (公共施設の小規模事業への民間活力導入) や PPP/PFI のスキームを通じて、漁港の遊休施設を福祉複合事業や水産加工・直売と組み合わせて活用する設計は、原理的に可能である。
このとき問われるのは、漁業を「衰退産業の延命」として扱うのか、それとも「食料安全保障とプライマリーセクター労働の再構想」として扱うのかという論点である。「1 人欠ければ船が出ない」というインタビューの言葉は、個別の不運ではなく、産業構造と制度設計の空白を映している。社会保障・地域経済・食料安全保障の交点に漁業の労働危機を置き直す作業を、私たちはまだ始めたばかりである。
参考書籍
漁業の労働危機と資源管理の論点をさらに深く読むために、以下を推薦する。
『漁業という日本の問題』 (勝川俊雄、NTT 出版、2012 年) は、ノルウェーやニュージーランドの事例を交えながら、日本の資源管理の遅れを構造的に分析した基礎文献である。漁業を「規制で守る産業」ではなく「制度設計で稼げる産業」に再構想する出発点として読める。
『魚が食べられなくなる日』 (勝川俊雄、小学館新書、2016 年) は、ホッケの漁獲量 9 割減など具体的な数字で問題提起する一般読者向け書籍。食卓側からの入り口として接続しやすい。
『日本の漁業が崩壊する本当の理由』 (片野歩、ウェッジ、2016 年) は、ノルウェー現地での商社経験 20 年を背景にした政策論。北欧との制度差を実務感覚で語る一冊である。
参考文献
2023 年漁業センサス結果の概要 (確定値) — 農林水産省. 農林水産省
令和 5 年度水産白書 第 1 部第 2 章第 3 節 漁業の就業者をめぐる動向 — 水産庁. 水産庁
水産をめぐる事情について (令和 7 年 10 月) — 水産庁. 水産庁
特定技能外国人の受入れ制度について (漁業分野) — 水産庁. 水産庁
特定技能在留外国人数の公表等 — 出入国在留管理庁. 出入国在留管理庁
令和 6 年度食料自給率を公表します — 農林水産省. 農林水産省
The State of World Fisheries and Aquaculture 2024 — Blue Transformation in Action — FAO. FAO
ノルウェーの漁業及び漁業管理について — 水産庁. 水産庁
漁業の人員確保と構造的停止リスク — FIRST-HAND Local 編集部. FIRST-HAND Local