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一般社団法人 社会構想デザイン機構
論考・インサイト

予算7.3兆円で出生率1.15:こども家庭庁3年間の費用対効果を検証する

ヨコタナオヤ
約7分で読めます

2025年度のこども家庭庁予算は7.3兆円に達したが、同期間の合計特殊出生率は1.15(2024年)へと過去最低を更新した。予算膨張の実態(移管か新規か)、少子化の根本原因への未対処、EBPMの形式的整備という3つの構造的問題を解剖し、政策設計のどこに欠陥があるのかを問う。

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ざっくり言うと

  1. 2022年度の4.7兆円から2025年度の7.3兆円へ約55%増加したが、発足時予算の大半は既存省庁からの移管であり実質的な新規投資は限定的
  2. 同期間の出生率は1.26から1.15へ低下し、2024年の出生数は統計開始以来初めて70万人を割り込んだ
  3. 少子化の主因は未婚化であり、婚外子比率が2〜3%の日本では婚姻数の減少がほぼ直接出生数の減少に直結する
  4. EBPMシートは整備されたが指標はアウトプット中心で、政策と出生率改善の因果関係の検証は形式的にとどまる

何が起きているのか

予算が4.7兆円から7.3兆円へ55%増加した一方、合計特殊出生率は1.26から1.15へ低下し、出生数は統計史上初めて70万人を割り込んだ

予算と少子化指標の逆相関
予算規模(兆円)出生数(万人)合計特殊出生率
2022年度
予算規模(兆円)
4.7兆円
出生数(万人)
80.0万人
合計特殊出生率
1.26
2023年度
予算規模(兆円)
4.8兆円
出生数(万人)
72.7万人
合計特殊出生率
1.20
2024年度
予算規模(兆円)
5.3兆円
出生数(万人)
68.6万人
合計特殊出生率
1.15
2025年度
予算規模(兆円)
7.3兆円
出生数(万人)
合計特殊出生率

※ 2025年度の出生数・出生率は公表前のため未記載。予算は一般会計+特別会計の合算。

こども家庭庁の予算推移と出生数・出生率の推移(2022〜2025年度) — こども家庭庁・厚生労働省

こども家庭庁の予算は、設立初年度の2023年度に 4.8兆円 でスタートし、2025年度には 7.3兆円 に達した。移管前の関連省庁合算値を基準とした2022年度の 4.7兆円 と比較すると、約55%の増加である。

しかし同じ期間、日本の出生率は逆の方向へ動いた。

2024年の合計特殊出生率は1.15 と過去最低を更新し、2022年の1.26から0.11ポイント低下した。出生数は 68万6,061人 と、1899年の統計開始以来初めて70万人を下回った。2025年の動向も厳しく、1〜6月の出生数は 前年同期比3.1%減の33.9万人 で過去最少を更新し続けている。

予算は増え、少子化指標は悪化する。この逆相関は偶然ではない。3つの構造的な問題が重なり合っている。

背景と文脈

7.3兆円の77%は保育運営費・児童手当・育休給付の3項目で、未婚化・非正規雇用・住宅コストという少子化の主因には正面から対処できていない

「7.3兆円」の中身を問う

予算内訳(2025年度 総額7.3兆円)
保育所・放課後クラブ等の運営費
約2.5兆円 (34%)
児童手当(拡充含む)
約2.2兆円 (30%)
育児休業等の給付金
約1.1兆円 (14%)
困難を抱える子ども・家庭支援
約1.5兆円 (21%)
その他(保育の質向上等)
約0.2兆円 (3%)

※ 保育所運営費・児童手当・育休給付の3項目だけで全体の約77%を占める。

2025年度 こども家庭庁予算7.3兆円の内訳 — こども家庭庁(2025年)

2025年度予算の内訳を見ると、保育所・放課後児童クラブ等の運営費が約2.5兆円、児童手当(所得制限撤廃後の拡充を含む)が約 2兆1,666億円、育児休業等の給付金が約1兆600億円である。この3項目だけで全体の 約77% を占める。

問題の第一層は「看板替え」の構造にある。こども家庭庁は2023年4月の設立時、厚生労働省子ども家庭局(保育・児童虐待・社会的養護等)と内閣府子ども・子育て本部(幼児教育・保育給付・児童手当等)を丸ごと吸収した。定員430人のうち 350人が既存省庁からの異動 であり、発足時の4.8兆円のほぼ全額が移管されてきた既存予算だった。

岸田政権が掲げた「こども予算倍増」(2022年度比)の達成見通しも精査が必要だ。「加速化プラン」(3.6兆円規模)の8割強にあたる3.0兆円が2025年度に実現したとされるが、この「達成」は支出額ベースの評価にすぎない。増加分の相当部分は児童手当・育休給付という既存制度の拡充であり、出生数・婚姻数の改善という 成果ベースの評価ではない

少子化の「真の原因」への不対処

少子化対策における30年間の構造的な失敗は、1994年の「エンゼルプラン」を起点とする蓄積の中に刻まれている。2004年以降の少子化対策への累計投入額は66兆円超(日本経済新聞)とされ、より広義の「子育て支援」全体を含める試算では 130兆円超 という数値もある(ただし定義が異なる点に注意が必要だ)。その間、出生数の減少は止まらなかった。

なぜか。研究者の分析が示す少子化の根本要因は、子育て支援策が正面から対処できていない領域にある。

第一に、 未婚化・晩婚化の加速 である。既婚カップルの平均子ども数は約2人で横ばいが続いているのに対し、出生率低下の主因は婚姻数の減少だ。日本は婚外子の割合が 2〜3% と先進国最低水準にある(フランス約62%、スウェーデン約55%と比較すると際立つ)。婚姻数の減少がほぼ直接、出生数の減少に直結する構造である。

第二に、 非正規雇用と経済的要因の複合性 がある。非正規雇用男性の結婚希望率は正規69.1%に対して 非正規49.5% と大きな差がある。国民負担率は1970年度の24.3%から 2023年度46.8%(見通し) へと倍増し、都市部の住宅コスト高騰が若年層の世帯形成を阻んでいる。

こども家庭庁の所管事業は、これらの根本要因(雇用・住宅・ジェンダー平等)に直接介入する権限を持たない。雇用は厚生労働省、住宅は国土交通省、教育は文部科学省の所管であり、調整権限はあっても強制力はないという省庁縦割りの構造が、政策の射程を根本的に制約している。

構造を読む

アウトカム検証は形式的。韓国の先行失敗、スウェーデン・フランスの成功条件との比較、そして支援金の逆説的構造を解剖する

EBPMの「形式的整備」という問題

こども家庭庁は設立時に推進室を設置し、約320件の指標と約100事業分の「EBPMシート」を整備した。デロイトトーマツの分析はこの取り組みを評価しているが、同時に限界も示す。

指標の大半は「保育所の利用者数」「育休取得率」といったアウトプット指標である。政策が実際に出生率・婚姻率を改善したかというアウトカム指標への直接的な接続が弱く、政策と成果の因果関係の検証は形式的にとどまっている。タイムラグ問題(保育所整備の効果が出生率に現れるまで5〜10年以上かかる)や、多くの予算が移管事業であるために比較対照(コントロール)の設定が困難という構造的限界もある。

「加速化プラン8割強を実現」という評価は支出額ベースの話であり、成果ベースの評価ではないとあらためて確認しておく必要がある。

韓国という先行警告と海外の教訓

日本より約15〜20年早く少子化が深刻化した韓国の経験は、示唆に富む。2006〜2021年の16年間に280兆ウォン(約31兆円)を投入したにもかかわらず、2023年の合計特殊出生率は 0.72 と世界最低水準まで低下した。失敗の要因として指摘されるのは、ソウル一極集中による住宅費高騰、女性の高学歴化と性別役割分担の乖離、若年層の雇用不安であり、いずれも日本が直面する構造と重なる。

翻って「成功例」とされるスウェーデンは、40年以上の継続的投資、育休480日・所得の80%保障、多子加算の児童手当、男性育休の強力な促進 を組み合わせ、1999年の1.5から2010年に1.98まで回復させた。重要なのは、単年度の予算規模よりも政策の一貫性と包括性にある。フランスについては「成功例」として引用されることが多いが、2024年には 合計特殊出生率1.62 まで低下し、過去100年余りの最低水準を記録している点にも注目すべきだ。

東京大学の山口慎太郎教授(経済学)は「日本の子ども関連支出はGDP比3%超が必要」と指摘する。現状の7.3兆円はGDP比約1.3%程度にすぎず、OECD平均の2.34%を下回る水準だ。また経済学的エビデンスは、 現金給付より保育所整備等の現物給付が出生率向上に約5倍効果的 であることを示しているが、7.3兆円の内訳では現金給付(児童手当)が現物給付(保育施設整備)に対して大きな比重を占めている。

支援金が抱える逆説的構造

さらに問題を複雑にするのが、2026年4月から開始された 子ども・子育て支援金 の財源構造である。同制度は社会保険料に上乗せして徴収し、2028年度には年間 約1兆円 規模に達する。年収800万円の会社員の負担は月 767円、満額時には月1,350円となる。

問題は財源の性格にある。少子化の根本要因の一つが若年層の可処分所得の低さである。社会保険料の上乗せは企業の人件費を増加させ、賃上げ余力を削ぐ。 少子化対策のための負担増が、少子化の原因の一つである若年層の経済的余裕の喪失をさらに促進する という自己矛盾の構造がここにある。


予算の膨張は「何かをした」という政治的シグナルとして機能するが、予算規模と政策効果の間に自動的な相関はない。真に問われるべきは三点だ。第一に、婚姻数を回復させるための政策(雇用・住宅・ジェンダー平等)への横断的な介入をいつ始めるか。第二に、EBPMを「シート作成」から「因果関係の検証と政策修正」へと実質化できるか。第三に、短期成果を求める政治的圧力と、効果発現に10年単位を要する政策の時間軸をどう折り合わせるか。

韓国の経験が示すのは、資金投入量よりも政策設計の質が決定的だという教訓である。7.3兆円という数字は、問いの出発点にすぎない。

少子化・子育て支援政策の経済学的エビデンスを体系的に理解したい読者には、『子育て支援の経済学』(外部サイト、新しいタブで開きます)(山口慎太郎、日本評論社)が参考になる。保育所整備・育休制度・現金給付それぞれの出生率への効果を実証分析で比較し、「現物給付が現金給付の約5倍効果的」という本記事でも引用した知見の根拠を詳しく解説している。第64回日経・経済図書文化賞受賞作だ。

少子化対策の財源構造については「「独身税」の正体(このサイトの記事)」で詳しく分析している。保育の量的拡大がもたらす質の問題については「待機児童ゼロと質の危機(このサイトの記事)」も参照されたい。

この記事で使った統計の出典

  1. 1日本経済新聞(2022年12月) 出典を開く
  2. 2KSI政策ニュース・こども家庭庁(2025年) 出典を開く
  3. 3こども家庭庁・加速化プラン資料(2023年) 出典を開く
  4. 4厚生労働省 令和6年人口動態統計(確定数)(2024年) 出典を開く
  5. 5nippon.com・厚生労働省(2024年) 出典を開く
  6. 6日本経済新聞(2025年8月) 出典を開く
  7. 7こども家庭庁 令和7年度予算案のポイント(2025年) 出典を開く
  8. 8Wikipedia こども家庭庁(2023年) 出典を開く
  9. 9PRESIDENT Online(2025年) 出典を開く
  10. 10内閣府 少子化社会対策白書(2023年) 出典を開く
  11. 11内閣府 第2章 第2節 少子化と家計経済(2023年) 出典を開く
  12. 12財務省 国民負担率の推移(2023年) 出典を開く
  13. 13ジェトロ・ニッセイ基礎研究所(2024年) 出典を開く
  14. 14第一生命経済研究所(2024年) 出典を開く
  15. 15OECD Family Database(2021年) 出典を開く
  16. 16こども家庭庁(2026年) 出典を開く
  17. 17日本経済新聞(2025年2月) 出典を開く

読んだ後に考えてみよう

  1. 出生率低下の主因が「未婚化」であるとすれば、現在の子育て支援施策のどの部分が婚姻数の回復に寄与するか
  2. 「加速化プランの8割を支出額ベースで達成した」という評価は、成果の評価として十分か
  3. 子ども・子育て支援金が現役世代の社会保険料から徴収されることの逆説をどう評価するか

この記事の用語

EBPM
客観的なエビデンス(統計データ、研究結果等)に基づいて政策を立案・評価する手法。

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