金融所得を医療・介護保険料に反映 : 全世代型社会保障の応能負担と「NISA推奨」の整合性ジレンマ
上野厚生労働相が2025年11月の社会保障審議会医療保険部会に「金融所得を医療・介護保険料の算定に反映させる新たな仕組みの導入」を検討する方針を示した。骨太の方針2025(令和7年6月13日閣議決定)にも明記された制度設計で、目処は2028年度。論点は「不公平の解消」と「NISA推奨との整合性」の両立である。現行制度では、上場株式の配当を確定申告すると保険料の算定対象に含まれるが、源泉徴収のみで申告しなければ含まれない。同じ金融所得を得ても、申告した人ほど保険料が高くなる構造が残っており、応能負担の原則と矛盾する。一方、政府が推進する「貯蓄から投資へ」と新NISA恒久化の流れの中で、投資収益で保険料が上がる構造は政策の整合性を損なう。本稿は厚生労働省・財務省の制度設計案、NISA収益を反映対象外とする線引きの構造、そして「世代内応能負担の強化」と「世代間負担再配分」という二つの異なる軸を読み分ける。
ざっくり言うと
- 上野厚生労働相は2025年11月、医療・介護保険料の算定に金融所得を反映する新たな仕組みの導入を検討する方針を社会保障審議会医療保険部会に示した。骨太の方針2025にも明記され、目処は2028年度。三党合意(自民・公明・維新)を踏まえた制度設計が進む
- 現行制度の歪みは「申告したかどうか」で保険料が変わる構造である。上場株式の配当は源泉徴収(20.315%)で課税が完結し、確定申告は任意となる。申告した人は市町村税の課税所得に含まれ保険料の算定対象になるが、申告しなければ算定対象にならない。同じ金融所得を得ても、申告した人ほど保険料が高くなる
- 厚労省案ではNISA収益は反映対象外として整理されている(非課税のため)。しかし政府が推進する「貯蓄から投資へ」と「金融所得の応能負担化」は政策ベクトルとして緊張関係にある。特定口座(源泉徴収あり)の配当を反映対象にすれば、NISA限定で非課税扱いを維持しても投資全体への影響は避けられない
何が起きているのか
上野厚労相2025/11提示、骨太2025明記。金融所得を医療・介護保険料に反映、2028年度目処
2025年11月、上野賢一郎厚生労働大臣 は 社会保障審議会医療保険部会 において、医療・介護保険料の算定に金融所得を反映させる新たな仕組みの導入について、具体的な検討を進める方針を示した。NHK NEWS WEB や CBnewsマネジメント が伝えるところによれば、自民・公明・維新の三党合意を踏まえ、医療保険部会で具体的な制度設計を進めるとされる。
この方針は単発の表明ではない。骨太の方針2025(2025年6月13日閣議決定)には、「医療・介護保険における負担への金融所得の反映に向けて、税制における法定調書の現状も踏まえつつ、マイナンバーの記載や情報提出のオンライン化等の課題、負担の公平性、関係者の事務負担等に留意しながら、具体的な制度設計を進める」と明記されている。施行の目処は2028年度とされる報道が多い。
改正の柱
検討される改正の柱は二つである。
第一に、金融所得の捕捉である。現状では上場株式の配当などは源泉徴収(20.315%、所得税15.315%+住民税5%)で課税関係が完結する。確定申告は任意で、申告すれば総合課税または分離課税で再計算されるが、申告しなければ市町村税の課税所得に含まれない。新たな制度設計では、マイナンバー(個人番号)と法定調書のオンライン化を組み合わせ、確定申告の有無に関わらず金融所得を保険料算定に反映できる仕組みを目指す。
第二に、負担の応能性強化である。厚生労働省 によれば、2025年度予算ベースの社会保障給付費は 140.7兆円、対GDP比 22.4% に達する。財源は保険料 82.2兆円(59.8%)、公費 55.3兆円(40.2%) で支えられている。給付の伸びを抑える論点と並行して、保険料の負担構造を「応能」に近づける論点が、本改正の位置づけである。
背景と文脈
現行は申告の有無で保険料が変わる歪み。マイナンバー+法定調書で全件把握。三党合意に基づく
現行制度の歪み : 申告すれば反映、しなければ反映されない
なぜいま金融所得の反映が論点化されているのか。出発点は、現行制度に内在する不公平な構造にある。
- 1.源泉徴収(20.315%)
- 2.確定申告で総合 or 分離
- 3.市町村税の課税所得に含む
- 4.保険料の算定対象に含む
- 1.源泉徴収(20.315%)
- 2.申告不要を選択
- 3.市町村税の課税所得に含まない
- 4.保険料の算定対象に含まない
厚生労働省 2024年4月の医療保険部会資料 が指摘するとおり、上場株式の配当や譲渡益などの金融所得は、源泉徴収のみで課税関係が完結する仕組みになっている。確定申告は任意であり、申告すれば総合課税または分離課税で再計算され市町村税の課税所得に含まれる一方、申告しなければ含まれない。
ここから生じる構造的な歪みは、次のような事態である。同じ金融所得を得ている二人が、片方は確定申告して市町村税の課税所得に含めた結果、保険料が高くなる。もう片方は申告しなかった結果、金融所得が保険料算定に含まれず、保険料が低くなる。両者は経済力では同じであるが、制度上の「申告するか否か」という任意の選択で保険料負担が変わる。これは応能負担の原則に明らかに反する。
自由民主党 も2024年4月の党内議論で「確定申告の有無による保険料の算定等の不公平の解消」を明確に課題として設定した。財務省 財政制度等審議会 も2025年11月の議論で同方向の改革を支持している。
マイナンバーと法定調書のオンライン化
改正の核心は、確定申告の有無に関わらず金融所得を捕捉する技術的・制度的仕組みである。具体的には三点で構成される。
第一に、金融機関が税務署に提出する 法定調書 にマイナンバーの記載を必須化する。これにより税務署側で個人別に金融所得を集計できる。
第二に、税務署から市町村への情報提供 をオンライン化する。現状の紙ベース・遅延のあるデータ連携を、リアルタイムまたは年次バッチでの自動化に切り替える。
第三に、市町村の保険料算定ロジックを金融所得反映に対応させる。国民健康保険・後期高齢者医療制度・介護保険の各保険者システムを横断的に改修する必要がある。
これらの技術的整備にはマイナンバーカード普及率と法定調書様式の改訂が前提となるため、施行目処として2028年度(一部報道は2029〜2030年度)が示されている。
三党合意と全世代型社会保障
本改正は単独の制度改革ではなく、全世代型社会保障改革の文脈にある。全世代型社会保障構築会議 は2022年以降、世代間・世代内の負担の公平性を主要論点とし、現役世代の社会保険料負担の上昇を抑制するため、高齢者・富裕層の応分負担を強化する方向で議論を進めてきた。
2025年の三党合意(自民・公明・維新)は、この方向を政治的に確定させた。金融所得の保険料反映は、その合意に組み込まれた具体策の一つである。並行して進む施策としては、後期高齢者医療制度の保険料上限引上げ(2026年度に80→85万円)、医療保険における3割負担の対象範囲拡大、OTC類似薬の保険給付見直しなどがある。
構造を読む
NISA推奨と応能負担の二政策が緊張。世代内応能負担で世代間格差を直接縮めない
NISA推奨と保険料応能負担の整合性
本改正の最大の論点は、政府が並行して推進する「貯蓄から投資へ」との整合性である。
- NISA収益: 非課税のため反映対象外
- 特定口座(源泉徴収あり)の配当: 反映対象に組み込む方向
- 確定申告分離課税: 既に反映
- 総合課税: 既に反映
2024年に新NISAが恒久化され、つみたて投資枠が年間120万円・成長投資枠が年間240万円・生涯非課税保有限度額が1,800万円に拡大された。「老後資産は投資で形成する」というメッセージが政府から強く発信されてきた。一方、金融所得を保険料算定に反映する制度設計は、その投資収益を保険料負担の源泉として位置づけることになる。
両者は政策ベクトルとして緊張関係にある。日本経済新聞 の報道によれば、厚労省案では NISA収益は反映対象外 として整理されている。NISAは非課税口座であり、そもそも市町村税の課税所得に含まれないためである。これにより、政府は「NISA推奨は変わらない」というメッセージを保てる線引きを引いた。
しかし、ここで論点は終わらない。同じ「貯蓄から投資」の流れの中で、特定口座(源泉徴収あり)を経由して投資する人は多い。新NISAの非課税枠を使い切った後の追加投資、あるいは新NISAに移管前の旧NISA・特定口座での運用は、いずれも反映対象になる。投資全体への影響は、NISA限定で線引きしても完全には回避できない。
「貯蓄から投資へ」と「金融所得の応能負担化」の二つの政策ベクトルをどう接続するか。これが2028年度の制度設計に向けた最大の問いである。
世代内応能負担と世代間負担再配分の区別
本改正のもう一つの構造的論点は、「これは世代内応能負担の強化であって、世代間の負担再配分ではない」という点である。
現役世代の社会保険料負担は1990年代以降、ほぼ一貫して上昇してきた。財務省 の財政制度等審議会資料が示すように、現役世代の保険料率は健康保険・厚生年金を合わせて30%前後に達している。一方、高齢者の医療・介護保険料は応能負担で算定されるが、金融所得を含まない部分は応能性が不完全であった。
本改正は、高齢者を含む金融所得保有層全体に対して、より応能的な保険料負担を求めるものである。つまり「世代内」での富裕層・金融資産保有層への応能負担強化である。これは現役世代の保険料率引下げを直接もたらすものではない。世代間の負担格差を縮小するには、別途、現役世代の保険料率を引き下げるか、給付の側を抑制する必要がある。
報道や政治的議論では、しばしばこの二つが混同される。「金融所得を保険料反映する → 現役世代の負担が減る」という単純な接続は、制度設計上、必ずしも成立しない。応能負担で集めた追加保険料が、現役世代の保険料率引下げに直接振り向けられる保証はないからである。実際には、社会保障給付費140.7兆円の伸びを抑制する側の論点と並行で論じる必要がある。
残された設計課題
施行に向けて論点化すべき課題は三つある。
第一に、マイナンバーカード未取得層への対応である。法定調書のマイナンバー記載を義務化しても、保有者本人のマイナンバー登録が不十分な場合、捕捉漏れが発生する。デジタル庁 によれば、人口比保有率は2025年12月時点で 約8割(80.3%) に達し、保有枚数は1億枚を突破した。ただし若年層(0–14歳)の保有率は相対的に低く、また保有者本人が金融機関にマイナンバーを正しく登録しているかは別問題である。捕捉のための仕組みと並行で、未登録層への対応設計が必要となる。
第二に、確定申告のインセンティブ設計である。現行制度では、損益通算や繰越控除を活用するために確定申告するインセンティブがあった。本改正で金融所得が全件捕捉されると、申告のメリットは限定される一方、損益通算の利用は引き続き重要となる。申告と非申告の使い分けが制度上どう整理されるか、利用者にとっての影響は大きい。
第三に、少額・短期投資への波及である。NISA収益は対象外でも、特定口座経由の少額配当が反映対象に入れば、たとえば月1万円程度の配当でも、年間12万円が市町村税の課税所得に追加され、保険料に影響する。低中所得層の小規模投資にとっては影響が相対的に大きくなる可能性がある。「富裕層への応能負担強化」というメッセージとの実態のズレに注意が必要である。
「貯蓄から投資へ」と「全世代型社会保障」の同時推進は、日本の経済社会政策の中核に位置する二つの柱である。両者の整合点を、2028年度の施行に向けてどう描き直していくか。本改正はその試金石となる。社会保障改革全体の見取り図として、香取照幸 『教養としての社会保障』(東洋経済新報社、2017年)は、応能負担と世代間公平を含む基本的な制度設計論を整理するのに有用である。
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年金の世代間格差
給付と負担の世代間構造を読み解く
参考文献
医療保険における金融所得の勘案について(医療保険部会資料) — 厚生労働省 (2024年4月)
経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太の方針2025) — 内閣府 (2025年6月)
社会保障制度改革 上野厚労相 医療や介護の保険料算定に金融所得反映させる新たな仕組み導入へ検討進める — NHK NEWS WEB (2025年11月)
金融所得を社会保険料に反映、厚労省案 — CBnewsマネジメント (2025年11月)
医療・介護保険料に金融所得反映案、NISAの収益は対象外 厚労省 — 日本経済新聞 (2024年6月)
社会保険料等に金融所得の適切な反映を~確定申告の有無による保険料の算定等の不公平の解消に向け議論実施~ — 自由民主党 (2024年)
社会保障①(資料3) — 財政制度等審議会 (2025年11月)
社会保障 資料 — 財政制度等審議会 (2024年11月)
給付と負担について — 厚生労働省 (2025年)
