一般社団法人社会構想デザイン機構

育成就労制度「転籍の自由」が機能しない5つの構造的理由——技能実習の看板を替えただけか

ヨコタナオヤ
約6分で読めます

2027年4月施行の育成就労制度は「転籍の自由」を掲げるが、同一企業1〜2年勤務・技能検定・日本語N5・優良実施者・ハローワーク経由という5つの要件が実質的な障壁となる。在留外国人376万人時代に、制度は本当に労働者保護と人材確保を両立できるのか。構造的なジレンマを分析する。

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ざっくり言うと

  1. 育成就労制度は2027年4月施行、技能実習制度の後継として「人材確保・育成」を正面に掲げる
  2. 転籍の自由には5つの要件が課され、とりわけ「同一企業1〜2年勤務」と「優良実施者」要件が実質的な足かせとなる
  3. 監理支援機関の利益構造が転籍抑制のインセンティブを生み、制度の建前と運用実態が再び乖離するリスクがある

何が起きているのか

育成就労制度の施行が迫るなか、転籍の自由の実効性への疑問が浮上している

2024年末、日本に暮らす在留外国人は376万8,977人に達した。3年連続で過去最多を更新し、前年比+10.5%の増加である。日本社会はすでに外国人なしには回らない構造に入っている。

この状況下で、2027年4月1日に施行される育成就労制度が注目を集めている。技能実習制度の後継として、30年間の「国際貢献」という建前を脱ぎ捨て、「人材確保及び人材育成」を正面に掲げた。最大の制度変更は「転籍の自由」——本人の意向による受入れ企業の変更が認められることである。

技能実習制度において、転籍が原則禁止されていたことは失踪の最大要因だった。9,006人(2022年)の失踪者が示すのは、制度から「逃げる」以外に劣悪な環境から離脱する手段がなかった現実である。

育成就労制度は、この問題に正面から応えたように見える。だが、制度の条文を読み込むと、「転籍の自由」には5つの要件が課されており、その各々が実質的な障壁として機能しうることがわかる。看板を替えただけで構造が変わるのか。この問いを検証する。

背景と文脈

転籍要件5つの具体的内容と、監理支援機関の利益構造が転籍を阻む力学

5つの転籍要件——自由はどこまで「自由」か

出入国在留管理庁が示す育成就労制度の転籍要件は、以下の5つである。

第1要件:同一の受入れ機関で1年から2年の就労。分野ごとに1年または2年と設定される見込みだが、この期間は「最低拘束期間」として機能する。技能実習制度の3年間よりは短縮されたものの、その間に賃金未払いやハラスメントが生じても、転籍要件を満たすまで耐えるか、失踪するかの二択を迫られる構造は変わらない。JILPTは、この期間設定が分野ごとの労使交渉の力学に左右される点を指摘している。

第2要件:技能検定試験基礎級等またはこれに相当する試験への合格。日本語が十分でない状態で受験する試験のハードルは、見かけ以上に高い。試験対策の教育機会が受入れ企業によって大きく異なるため、「試験に受からないから転籍できない」という事態が構造的に発生しうる。

第3要件:日本語能力試験N5相当以上の日本語能力。N5は「基本的な日本語をある程度理解することができる」レベルであり、要件としては低く設定されている。だが問題は、来日後の日本語教育が受入れ企業の裁量に大きく依存する点である。教育体制が整っていない中小企業では、N5すら到達できないケースが生じうる。

第4要件:転籍先が「優良な受入れ機関」であること。この要件は転籍する側ではなく受入れ側に課される条件だが、実質的には転籍先の選択肢を制限する。「優良」の認定基準は未確定の部分が多く、認定を受けた機関が地方に少なければ、転籍先は自動的に都市部に集中する。

第5要件:ハローワークを経由した転籍手続き。自力での転職活動ではなく、公的機関を介した手続きが義務づけられる。日本語能力が限られ、日本の就職活動の慣行に不慣れな外国人にとって、ハローワークの利用自体が障壁になりうる。さらに、ハローワークの外国人対応体制には地域格差がある。

これら5つの要件を「すべて」満たさなければ転籍は認められない。各要件は単体では合理的に見えるが、累積すると「転籍できる外国人」は極めて限定される。

監理支援機関の利益構造——転籍を阻むインセンティブ

育成就労制度では、現行の「監理団体」が「監理支援機関」に衣替えする。名称は変わるが、受入れ企業から管理費を徴収し、外国人労働者の監理を行うという基本構造は維持される。

ここに構造的な利益相反がある。監理支援機関の収入は、受入れ企業からの管理費に依存する。外国人労働者が転籍すれば、元の受入れ企業からの管理費収入が失われる。つまり、監理支援機関には転籍を積極的に支援するインセンティブがない。むしろ、転籍を思いとどまらせることが経済合理的になる。

アジア福祉教育財団の分析が示すように、現行の監理団体でも、実習生の相談に対して「我慢しなさい」と助言するケースが報告されている。この構造が「監理支援機関」に名称変更されただけで変わるのか。制度的な監視・評価メカニズムの実効性が問われる。

受入れ上限と労働力不足の現実

政府は閣議決定により、育成就労と特定技能を合わせた受入れ上限を2028年度末で123万人と設定した。だが、パーソル総合研究所の推計によれば、2035年には384万人の労働力不足が見込まれている。123万人という上限は、不足分の3分の1にも満たない。

この需給ギャップは、制度の運用に圧力をかける。人手が足りない地方企業にとって、転籍は「育成投資をした人材の流出」を意味する。企業側が転籍を阻止しようとする動機は強く、制度上は認められていても運用レベルで妨害される可能性がある。技能実習制度で「転籍制限」が30年間温存されたのは、まさにこの力学が制度設計者にとっても都合がよかったからである。

構造を読む

労働者保護と人材確保のジレンマ、制度が構造的に再生産するリスク

育成就労制度の転籍要件が浮き彫りにするのは、「労働者保護」と「人材確保」という二つの政策目標のあいだの構造的ジレンマである。

保護のジレンマ。転籍の自由は、劣悪な環境からの離脱手段として不可欠である。しかし、転籍が完全に自由化されれば、外国人労働者は賃金の高い都市部に集中し、地方の農業・介護・建設業の人手不足がさらに深刻化する。5つの要件は、このジレンマに対する制度設計者の「解答」だが、実態としては人材確保(=地方への人材定着)の側に重心が傾いている。

監理のジレンマ。外国人労働者の権利を保護する主体が、受入れ企業から報酬を得ている構造は、利益相反そのものである。育成就労制度では監理支援機関の「適正化」が掲げられているが、収入構造が変わらない限り、インセンティブの方向は変わらない。韓国の雇用許可制が、民間仲介機関を排除し政府が直接マッチングを行うモデルを採用しているのとは対照的である。

情報のジレンマ。転籍には「転籍先を見つける」能力が前提となるが、日本語能力が限られ、労働市場の情報にアクセスできない外国人にとって、実質的な選択肢は極めて狭い。ハローワーク経由という要件は、情報格差を公的に補完する意図があるが、現場の対応力が追いついていなければ形骸化する。

結局のところ、転籍の自由が「権利として存在するが行使できない」状態に陥るリスクは高い。技能実習制度が「国際貢献」という建前のもとで労働力確保の装置として機能したように、育成就労制度も「転籍の自由」を掲げながら人材囲い込みの構造を温存する可能性がある。

制度の文言ではなく、運用のメカニズムを監視すること。転籍の実績データを公開し、要件の各段階での脱落率を可視化すること。監理支援機関の利益相反を解消する収入構造の再設計。これらが実装されなければ、育成就労制度は「技能実習制度 ver.2」にとどまる。


参考文献

育成就労制度Q&A出入国在留管理庁. 法務省

令和6年末現在における在留外国人数について出入国在留管理庁. 法務省

育成就労制度における転籍要件の論点労働政策研究・研修機構(JILPT). Business Labor Trend 2024年4月号

新たな育成就労制度についてアジア福祉教育財団. アジア福祉教育財団

外国人育成就労、上限123万人 政府が閣議決定日本経済新聞. 日本経済新聞

労働市場の未来推計2035パーソル総合研究所. パーソル総合研究所

技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議 最終報告書出入国在留管理庁. 法務省

参考図書

読んだ後に考えてみよう

  1. 転籍の自由が「形式的に保障されているが実質的に行使できない」権利は、ほかにどのような場面で見られるだろうか。
  2. 地方の人手不足と外国人労働者の都市部集中をどのように両立させうるか考えてみたい。
  3. 制度の「建前」と「運用」が乖離するメカニズムは、技能実習制度以外にもどのような制度で観察できるだろうか。
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