ざっくり言うと
- 労基法は1987年以来約40年ぶりの抜本改正が議論されたが、2026年通常国会への法案提出は見送りとなった
- 改正パッケージは14連勤禁止・勤務間インターバル義務化・つながらない権利など7項目で構成される
- 見送りの背景には高市政権・経済界の「規制緩和」方針と厚労省研究会・労働団体の「規制強化」案の構造的対立がある
「週5日労働が当然とされてるけど、これって歴史的に決まった制度であって自然法則じゃないんだよな」 — Threadsより
「そろそろ、有給申請の理由欄を削除しても良いのではないだろうか。理由は言う必要はないし、聞く権利はないのだから」 — Threadsより
何が起きているのか
労基法40年ぶりの抜本改正案7項目の概要と、2026年通常国会への提出見送りの事実
2025年1月、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」が報告書を公開した。内容は、1947年に制定された労働基準法の抜本改正を提言するものだった。前回の大規模改正は1987年の変形労働時間制・フレックスタイム制の導入であり、今回の議論は約40年ぶりの大改正に位置づけられる。
改正パッケージは7つの主要項目で構成される。
※ 2025年12月に2026年通常国会への提出が見送り。2027年以降の施行が有力
① 連続勤務日数の上限規制(14連勤禁止)——現行法では、週1回の法定休日さえ確保すれば最長12日連続勤務が可能であり、変形休日制の適用下では理論上48日間の連続勤務すら合法である。改正案は13日超の連続勤務を禁止する。
② 勤務間インターバル制度の義務化(11時間)——終業から翌始業まで11時間の休息を義務化し、違反には罰則を付与する。現行は2019年の働き方改革関連法で設けられた「努力義務」にとどまり、導入企業割合はわずか5.7%である。
③ 法定休日の事前特定義務——「週1回」と定めるだけで曜日を指定しなくてよい現行制度を改め、法定休日を事前に特定・明示する義務を課す。「名目上は休日だが実際は出勤」という慣行の排除が狙いである。
④ 有給休暇の賃金算定方式の統一——平均賃金方式では「有給を取ると給与が減る」逆転現象が生じうる。改正案は算定方法を原則「通常の賃金」方式に一本化し、有給取得の実質的インセンティブを確保する。
⑤ つながらない権利(勤務時間外連絡の規制)——法律上の明記ではなくガイドライン策定の方向性だが、勤務時間外のメール・チャット・電話に応じなくても不利益を受けない権利を制度的に位置づける。
⑥ 週44時間特例の廃止——商業・保健衛生業・接客娯楽業で従業員10名未満の事業場に認められていた週44時間上限を廃止し、全事業場で週40時間に統一する。
⑦ 副業・兼業の労働時間通算ルール見直し——副業先との労働時間を通算して割増賃金を計算する現行ルールが副業を事実上制限している問題に対し、割増賃金計算を「各事業場ごと」に分離する方式を導入する。
しかし、この改正案は2026年通常国会に提出されなかった。2025年12月23日から26日にかけて、厚生労働大臣が2026年通常国会への法案提出見送りを明言した。
背景と文脈
1947年制定の工場労働モデルの限界、過労死過去最多の現実、高市政権との対立構造
1947年の工場から2025年のテレワークへ
労働基準法が制定されたのは1947年(昭和22年)。工場の組立ラインで働く労働者を想定した法律である。始業・終業の時刻が明確で、働く場所は事業所に限定され、雇用主は一人——それが前提だった。
78年後の現在、前提は崩れている。テレワークで自宅から働く人がいる。副業で複数の事業主のもとで同時に働く人がいる。プラットフォーム経由で業務を受託するギグワーカーがいる。法律の骨格が、現実の労働形態に追いつけていない。
2024年1月に厚生労働省が「労働基準関係法制研究会」を設置した背景には、この乖離の拡大がある。
過労死が過去最多を更新する現実
改正議論の背景にある数字は重い。2024年度の過労死等の労災認定件数は1,304件で過去最多を更新した。うち死亡・自殺(未遂含む)は159件。精神障害の支給決定件数は1,055件で6年連続の増加である。
全国過労死を考える家族の会は毎年11月に厚労省への統一行動を行い、55万人超の署名を集めて立法への働きかけを続けている。「過労死ゼロ」は政府目標に掲げられているが、数字は目標と逆方向に動いている。
国際水準からの乖離
日本の労働法制は、主要先進国の水準から大きく遅れている。
| 国 | 勤務間インターバル | つながらない権利 | 有給取得率 |
|---|---|---|---|
| 日本(現行) | 努力義務 | 規定なし | 63% |
| EU指令 | 11時間義務 | 議論中 | — |
| フランス | 11時間義務 | 2017年法制化 | 94% |
| ドイツ | 11時間義務 | 法制化なし | 93% |
有給取得率出典: エクスペディア「世界11地域 有給休暇・国際比較調査2024」
EU労働時間指令は全加盟国に1日あたり11時間の連続休息を義務づけている。フランスは法定週労働時間が35時間であり、2017年にはつながらない権利を労働法典に明記した(L.2242-17条7号)。ドイツも労働時間法(ArbZG)第5条で11時間のインターバルを義務化している。
日本の勤務間インターバルは「努力義務」であり、制度を知らない企業が14.7%存在する。政府目標は2028年までに導入率15%以上・未認知5%未満だが、現状の5.7%からの到達は容易ではない。
有給取得率も同様である。日本の有給取得率は65.3%で過去最高を更新したものの、国際比較では依然として低水準にある。エクスペディアの民間調査(11か国対象)では日本は63%で最下位であり、フランスの94%、ドイツの93%とは30ポイント以上の差がある。
労働生産性にも課題がある。日本の時間当たり労働生産性は56.8ドルで、OECD加盟38か国中29位。生産性の低さには産業構造や為替水準など複合的な要因があるが、長時間労働と低い生産性が並存する構造は、労働時間規制の見直しが生産性向上とも無関係ではないことを示唆している。
なぜ見送られたのか——高市政権との衝突
2025年10月に発足した高市早苗政権は、「心身の健康維持と従業員の選択を前提にした労働時間規制の緩和検討」を厚労省に指示した。方向性は、規制を強めるのではなく緩和する方向であった。背景には、スタートアップ振興や国際競争力強化を重視する成長戦略があり、画一的な時間規制がイノベーションを阻害するという認識がある。
経済界も厚労省案には慎重な姿勢を示した。経団連は、勤務間インターバルの一律義務化について「業種・業態ごとの実態を踏まえた柔軟な対応」を求めてきた。中小企業を中心に「人手不足の中で11時間のインターバルを確保すれば事業が回らない」という声があり、日本商工会議所も中小企業への段階的導入や経過措置の必要性を主張してきた。
一方、厚労省の研究会案は規制強化である。14連勤禁止、インターバル義務化、特例廃止。これらはいずれも企業にとっては新たな義務であり、コスト増要因である。
「規制緩和(政権方針・経済界)」と「規制強化(厚労省研究会・労働団体)」の対立は解消されなかった。2025年12月24日、時事通信は「労働時間規制、決着見通せず」と報じた。結果として、法案提出は先送りされた。
連合は勤務間インターバルの義務化とつながらない権利の法制化を要求し続けている。2025年の春闘でも「働き方の質的改善」を主要テーマに掲げたが、政治の壁が立ちはだかった形である。
構造を読む
規制緩和vs規制強化の政治的対立と、日本の労働法制が国際水準から取り残されている構造
「規制緩和vs労働者保護」は本当に二項対立か
高市政権が掲げた「柔軟な働き方推進」には一定の合理性がある。テレワークや副業の普及により、労働時間を厳格に管理する従来型の規制が馴染まない場面が増えている。週44時間特例の廃止や副業通算ルールの見直しには、規制緩和と労働者保護が同居する改正項目もある。
しかし、勤務間インターバルや連続勤務日数の上限は「健康の最低防衛線」に関わる規制である。これを「柔軟性」の名のもとに緩和することは、EUが法的拘束力をもって守っている国際水準を下回る選択になる。
『労働法入門 新版』の著者である水町勇一郎が繰り返し指摘するように、労働法制は「労使の交渉力格差」を前提に設計されるものである。雇用される側が「自由に選択できる」ことを前提にした規制緩和は、現実の力関係を無視した議論になりかねない。
「また先送り」の構造的パターン
労基法改正の見送りは、日本の労働行政に繰り返し現れるパターンの一部である。
割増賃金率の中小企業への適用猶予は25年間続いた(2010年の法改正で月60時間超の割増率50%が大企業に適用されたが、中小企業への適用は2023年まで猶予された)。勤務間インターバルの努力義務化から7年が経過しても、導入率は5.7%にとどまる。
「義務化は時期尚早」「まずは自主的な取り組みを」——この論法が繰り返されるたびに、国際水準との差は広がり、過労死の数字は積み上がる。
2027年に向けて何が問われるか
複数の報道が、2027年通常国会での法案提出の可能性に言及している。ただし、法案提出は政権の方針に左右されるため、確定的な見通しとは言えない。
企業側の準備は待ったなしである。勤務間インターバル義務化が実現した場合、現行の導入率5.7%から見て、約94%の企業が新たな対応を迫られる。勤怠管理システムの改修、シフト制事業場の勤務管理見直し、副業者の労働時間把握——いずれも一朝一夕にはいかない。
冒頭のThreadsの声に戻る。「週5日労働は自然法則じゃない」——その通りである。1947年に設計された労働時間の枠組みは、時代の変化に合わせて書き換えられるべきものだ。
問題は、書き換えの方向である。労働者の健康保護を優先するのか、企業の柔軟性・競争力を優先するのか——あるいは、両者を両立させる制度設計が可能なのか。経済界の主張する「業種・規模に応じた段階的導入」と、労働団体の求める「最低基準の一律義務化」は必ずしも排他的ではない。EUでも業種別の例外規定を設けつつ原則11時間のインターバルを維持しており、制度設計次第で折り合う余地はある。
過労死の労災認定1,304件。有給取得率は改善傾向にあるが国際水準には遠い。勤務間インターバル導入率5.7%。これらの数字が示すのは、日本の労働法制が「変えなければならない」段階にあるという事実だ。改正の方向性をめぐる議論が、経済合理性と労働者保護の双方を視野に入れた建設的なものになるかどうかが、2027年に向けた焦点である。
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関連ガイド
参考文献
令和6年度 過労死等の労災補償状況 — 厚生労働省. 厚生労働省
労働基準法の改正案、26年国会提出見送り — 日本経済新聞. 日本経済新聞
諸外国における勤務間インターバル制度等の導入および運用状況に関する調査 — 労働政策研究・研修機構(JILPT). JILPT 資料シリーズ No.282
約40年ぶりの「労働基準法」改正議論のポイント — SmartHR Mag. 編集部. SmartHR Mag.
労働時間規制、決着見通せず——労基法改正案、通常国会提出見送り — 時事通信. 時事通信
