ざっくり言うと
- EBPMの潮流のなかで、NPO・市民団体にもエビデンスに基づく活動が求められている
- 相関と因果の区別・母集団と標本・バイアスの把握が統計リテラシーの三本柱
- e-Stat・RESAS・jSTAT MAPはすべて無料で使える政府公式データポータルである
- Flourish・Datawrapper・Looker Studioを使えばコード不要でデータを可視化できる
はじめに
EBPMの潮流と市民社会へのデータリテラシーの必要性
「支援の現場で感じることはたくさんある。でも、データで示す方法がわからない」。NPO・市民団体のスタッフから、こうした声を繰り返し聞く。
感情に訴える語りは人を動かす力を持つ。しかし行政・企業・財団との交渉や政策提言の場では、エビデンスに裏打ちされた主張の説得力には及ばない。EBPM(Evidence-Based Policy Making)の潮流は、政府内にとどまらず市民社会にも波及しており、データを読み・語る力は今や社会変革に取り組むすべての組織に求められるスキルになっている。
本記事は、統計の専門知識がなくても始められる「統計リテラシーの基本」と、日本政府が無料で公開するe-Stat・RESAS・jSTAT MAPの実践的な活用法を解説する。
まず覚えたい統計リテラシーの3つの基本
相関と因果の違い
「アイスクリームの売上が増えた年は溺死者数も増える」。これは実際のデータに見られる正の相関だ。しかし、アイスクリームが溺死を引き起こすわけではない。夏の気温という第三の変数(交絡変数)が、両方を同時に押し上げているだけだ。
社会課題の文脈でも同じ誤りは起きる。「放課後支援を受けた子どもの学力が高い」という相関関係があっても、それが放課後支援の効果なのか、家庭の経済力(教育投資)が共通して両方を規定しているのかは、相関だけでは判断できない。因果を主張するには、介入研究(ランダム化比較試験など)または傾向スコアマッチングのような統計的手法が必要になる。
「相関があるから効果がある」という主張には、交絡変数の存在・逆の因果(因果の方向の取り違え)・シンプソンのパラドックス(部分集合では成立する関係が全体で逆転する現象)のいずれかが潜んでいないかを常に問い直すことが重要だ。
母集団と標本: 「誰に聞いた数字か」を確認する
「利用者の90%が満足している」という数値を見たとき、最初に確認すべきは「何人に聞いたのか」である。n=10(10人)の調査と、n=10,000(1万人)の調査では、同じ90%でも信頼性が桁違いに異なる。
母集団(知りたい対象全体)と標本(実際に調査した一部)を区別し、その標本が母集団を適切に代表しているか(代表性)を確認する習慣を持つことが重要だ。無作為抽出(ランダムサンプリング)によって偏りを防いだ調査かどうかも判断材料になる。
総務省統計局のData StaRtでも、標本調査の考え方について平易な解説が公開されている。
バイアスの種類と回避法
データの偏り(バイアス)は、統計の「正確さ」に対する最大の脅威だ。代表的な4種類を押さえておきたい。
| バイアス名 | 説明 | 対処の視点 |
|---|---|---|
| ◎選択バイアス | 特定の人だけが回答する(例: 満足者だけアンケートに答える) | 回収率・無作為抽出の確認 |
| ◎確証バイアス | 自分の仮説に合うデータだけを探す | 反証データを意識的に探す |
| ◎生存バイアス | 成功事例しか記録に残らない(廃業した団体は消える) | 母数の把握・廃業率の確認 |
| ◎測定バイアス | 調査方法自体が歪みをもたらす(誘導尋問など) | 質問設計の中立性確認 |
無料で使える政府データポータル
e-Stat・RESAS・jSTAT MAPの特徴と使い方
- ▸CSV/Excelでデータダウンロード
- ▸クロス集計・グラフ作成
- ▸API連携(機械可読形式)
- ▸小地域メッシュデータ対応
- ▸人口・産業・観光など9種マップ
- ▸都道府県・市区町村の比較
- ▸地方創生KPI設定に公式活用
- ▸CSVダウンロード対応
- ▸ブラウザのみで使える無料GIS
- ▸コロプレスマップ(色分け地図)
- ▸独自データの重ね合わせ
- ▸レポート自動生成
e-Stat(政府統計の総合窓口)の使い方
e-Statは、700以上の政府統計を一元的に検索・ダウンロードできるポータルサイトだ。国勢調査・労働力調査・国民生活基礎調査など主要統計のデータが、CSV/Excel/PDF形式で無料で入手できる。
基本的な検索手順は、トップページの検索窓にキーワード(例: 「子どもの貧困」「失業率」「65歳以上人口」)を入力し、統計表の一覧から目的のデータを選択してダウンロードするだけだ。
応用として、e-Stat APIを使えば統計データをプログラムから自動取得することもできる。アプリケーションID(無料・ユーザー登録後に発行)を取得すれば、以下のようなエンドポイントでJSON形式のデータを取得できる。
https://api.e-stat.go.jp/rest/3.0/app/json/getStatsData?appId=<アプリID>&statsDataId=<統計表ID>
Version 3.0(2019年リリース)からは小地域・地域メッシュデータの取得も可能になり、GIS分析との組み合わせが広がっている。
RESAS(地域経済分析システム)の使い方
RESASは、ブラウザのみで使える地域分析ツールだ。ユーザー登録不要で、9種類のマップを使って地域の現状を視覚的に把握できる。
特にNPO・市民団体の活動に役立つ用途を2つ挙げる。
人口マップ(人口動態の把握): 市区町村別の人口推移・年齢構成・人口移動を地図とグラフで確認できる。「この地域で高齢者支援を始めたい」「10年後の担い手人口を確認したい」といったニーズに直接応える。
医療・福祉マップ(支援の空白地帯の特定): 医療・介護・福祉施設の分布と人口の重ね合わせにより、施設が不足しているエリアを視覚的に特定できる。行政への政策提言の根拠資料として活用できる。
RESASのデータはCSVでダウンロードして二次利用も可能だ。「地方創生政策アイデアコンテスト」ではRESASデータを活用した政策提案が毎年募集されており、自団体の提言をより説得力あるものにする機会にもなる。
jSTAT MAP(地図で見る統計)の使い方
jSTAT MAPは、ソフトウェアのインストール不要でブラウザ上で使える無料のGIS(地理情報システム)ツールだ。e-Statに内包されており、政府統計データを地図上に直接重ね合わせることができる。
NPO・市民団体での主な活用シーンは次のとおりだ。
- 地域の人口分布と施設の適正配置検討
- 避難所の配置と人口カバレッジの分析
- 子育て支援施設と子ども人口の空白地帯の特定
- 高齢者人口の集中エリアと福祉サービスの需給ギャップ把握
「シンプルレポート」機能を使えば、選択した地域の統計情報とグラフを組み合わせたレポートを自動生成できるため、住民説明会や行政との協議資料として即座に活用できる。
社会課題別に使える主要統計
子どもの貧困
国民生活基礎調査(厚生労働省、大規模調査は3年ごと)の相対的貧困率が主要指標だ。2021年の子どもの貧困率は11.5%であり、ユニセフ・イノチェンティ研究所の国際比較「レポートカード18」(2023年)では、日本の子どもの相対的貧困率は39カ国中11位と報告されている。
人口・将来推計
社人研(国立社会保障・人口問題研究所)の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」では、2020年から2050年にかけての市区町村別人口を男女・5歳階級別に公表している。地域活動の中長期計画策定に不可欠なデータだ。
雇用・格差
労働力調査(総務省、毎月)で就業者数・失業率・非正規雇用比率を、賃金構造基本統計調査(厚生労働省)で職種・性別・年齢別の賃金格差を確認できる。
高齢化・介護
介護保険事業状況報告(厚生労働省)で要介護認定者数・給付費の推移を把握できる。医療・福祉施設の分布はRESASの医療・福祉マップと組み合わせることで、地域ごとの需給ギャップが見えてくる。
ミスリーディングなグラフを見抜く・作らない
データを活用する際、提示されたグラフが事実を正確に反映しているかを判断する力も必要だ。以下に典型的な誤用パターンを挙げる。
Y軸の切断(最も頻出): Y軸の起点をゼロではなく途中の値から始めることで、わずかな差が大きな変化のように見える。支持率48%から52%への変化が、グラフ上では「倍増」に見えることがある。棒グラフは必ずY軸をゼロから始めているかを確認する習慣を持つとよい。
面積・比率の歪み: 2倍の数値を4倍の面積の円で表現すると、実態より大きな差があるように誤認される。
チェリーピッキング(都合のよいデータの切り取り): 上昇トレンドの一部分のみを切り取って「急成長」と報じるパターン。可能な限り長期のデータで文脈を確認する。
相関と因果の混同: 散布図で2変数の相関を示しながら「Aが原因でBが起きる」と解釈するグラフの見せ方。交絡変数の存在を意識する。
2軸グラフの恣意的スケール: 左右のY軸スケールを操作することで、無関係な2変数があたかも連動しているように見せかけることができる。
グラフを自分で作る際は「目的・推奨グラフ」の対応を意識したい。時系列変化なら折れ線グラフ、比較には棒グラフ(Y軸ゼロ必須)、構成比には帯グラフ(積み上げ棒グラフ)、相関には散布図、地理分布にはコロプレスマップが適している。
無料で使えるデータビジュアライゼーションツール
データを集めた後、関係者に伝えるために可視化するツールを4つ紹介する。いずれもコードなしで利用できる。
Flourish(flourish.studio): ジャーナリズム起源のインタラクティブグラフ作成ツール。ストーリーテリング形式でデータを提示でき、報告書やプレゼンに向いている。パブリック版は無料。
Datawrapper(datawrapper.de): CSVを貼り付けるだけで棒グラフ・折れ線グラフ・コロプレスマップが即座に完成する。無料プランあり。
Google Looker Studio(lookerstudio.google.com): 旧Google データポータル。Google Analytics・BigQueryとの連携が強力で、定期更新するダッシュボードの作成に適している。完全無料。
jSTAT MAP: 上述のとおり、政府統計との直接連携で地域分析に特化している。
データ活用の成功事例
自治体・NPOの実践例
自治体とのRESAS活用: 埼玉県では行政・教育機関・商工団体・NPO等を対象にRESASの出前講座を実施している。地域課題の発見をデータで支援する取り組みとして参考になる。
EBPMアクションプラン2025: 内閣府経済財政諮問会議は2025年12月に「EBPMアクションプラン2025」を公表した。政府内でのデータ活用が制度的に推進される流れは、NPO・市民団体がエビデンスを持って行政に働きかける好機でもある。
子どもの貧困の可視化: ユニセフの国際比較データを活用したNPOによる政策提言の事例は、一次統計ではなく国際比較データを戦略的に使う手法として参考になる。行政・メディアへの伝達力が格段に高まる。
Data StaRt Award: 総務省統計局が毎年実施するデータ活用表彰では、地方公共団体の優良事例が公開されている。他の自治体・NPOがどのようにデータを活用しているかを学べる実践的な資料源だ。
まとめ
統計リテラシーは専門家だけのスキルではない。「相関と因果を区別する」「誰に聞いた数字かを問う」「バイアスの構造を認識する」、この3つの習慣を持つだけで、データを読む力は大きく変わる。
e-Stat・RESAS・jSTAT MAPはいずれも無料で使える政府公式ツールだ。NPO・市民団体が日常的に活用すれば、活動報告・政策提言・助成金申請のどの場面でも、エビデンスに裏打ちされた主張を構築できる。
データは社会変革のための言語だ。その言語を読み書きする力を身につけることが、市民社会の主張をより届くものにしていく第一歩となる。
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参考書籍
- 『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』ハンス・ロスリング他(上杉周作・関美和訳)、日経BP、2019年。データで世界を正しく見る習慣を身につけるための必読書。思い込みがいかにデータを歪めるかを10の本能で解説する。
- 『統計学が最強の学問である』西内啓、ダイヤモンド社、2013年。統計学の全体像を平易に解説。累計40万部超。2014年ビジネス書大賞受賞。
- 『データリテラシー入門 日本の課題を読み解くスキル』友原章典、岩波書店(岩波ジュニア新書991)、2024年。少子高齢化・男女格差・子育てなど日本の社会課題をデータで読み解く実践書。
- 『新・社会科学のためのデータ分析入門』エレーナ・ローデ、今井耕介、原田勝孝、岩波書店、2024年。数学・プログラミング不要で因果推論の考え方を学べる社会科学向け入門書。
参考文献
e-Stat API 機能概要 — 総務省統計局・統計センター (2024)
RESAS 活用事例 — 内閣官房・内閣府地方創生推進室 (2024)
日本の地域別将来推計人口(令和5年推計) — 国立社会保障・人口問題研究所 (2023)
EBPMへの取組 — 内閣府 (2025)
Data StaRt 先進事例 — 総務省統計局 (2024)