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一般社団法人 社会構想デザイン機構

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ISVD-LAB-003基盤構築

制度設計理論とコモンズ論

ヨコタナオヤ(横田直也)約9分で読めます

オストロム・ノース・パットナムを軸に、制度設計理論の系譜とコモンズ論の展開を整理する。社会構想デザインへの接続可能性を検討する。

制度は「ゲームのルール」だ。 ダグラス・ノース(外部サイト・新しいタブで開きます)が 1990年の『制度・制度変化・経済成果』(外部サイト・新しいタブで開きます)で示したこの定義は、 経済史の書物にとどまらず、社会設計の問いに広く射程を持つ。 社会構想デザインが扱う参加・協働・合意形成は、すべて制度の問題でもある。 どのようなルールが、どのような行動を可能にするか。制度設計論は、その問いへの体系的な応答である。

概観 — 制度は「ゲームのルール」

制度設計論は 4 人の論者を軸に組み上がってきた。ノースが制度を経済成果の説明変数として 定式化し、オストロムが当事者による自治の条件を実証し、パットナムが制度を支える社会の側を測り、 スコットが外から設計することの失敗を並べた。この 4 つは互いを否定せず、 制度設計に別々の制約を課している。

主要著作の年表

参考文献と、本文で触れた日本の制度を年で並べる。

年著作・出来事系譜
1990ノース『制度・制度変化・経済成果』(原題 Institutions, Institutional Change and Economic Performance)新制度経済学
1990オストロム『Governing the Commons』コモンズ
1993パットナム『哲学する民主主義』(原題 Making Democracy Work)社会関係資本
1998スコット『国家のように見る』(原題 Seeing Like a State)国家の視座
1998特定非営利活動促進法(NPO 法)施行日本
2000地方分権改革日本
2004地域自治区制度日本
2005オストロム『Understanding Institutional Diversity』コモンズ

年は本文が示す原著の年で並べている。参考文献のパットナムはリンク先が 2001 年の邦訳 (河田潤一 訳、NTT出版)である。ノースはリンク先が英語の原著で、邦訳 (竹下公視 訳、晃洋書房、1994 年)は別にある。

年で並べると、日本の行 3 件がすべて制度であり、著作が 1 件も無いことが見える。 本文は「実践的な制度設計論への転換は遅れた」と書いているが、 年表に日本の著作が置けないことは、その記述の裏側にある同じ事実である。

系譜 — 4 人が別々に置いた制約

ノースと新制度経済学

ノースは制度を「フォーマルなルール(法・契約)」と「インフォーマルな制約(慣習・規範・文化)」に分けた。 経済成果の差異を説明するのは、市場メカニズムではなく、この制度環境の差異だという主張である。

重要なのは「経路依存性(path dependence)」の概念だ。一度形成された制度は、 非効率であっても固定化しやすい。変化には既存制度から利益を得る「既得権者」との軋轢が伴い、 「ロックイン(lock-in)」が生じる。

この分析は、社会構想デザインの文脈で鋭い問いを提起する。 新しい制度を「設計」しようとするとき、設計者は経路依存性の壁と向き合わざるを得ない。 善意の設計だけでは制度は動かない。

オストロムとコモンズの自治

エリノール・オストロム(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 「コモンズの悲劇」論への反証として知られる。1968年にギャレット・ハーディンが提示した「コモンズの悲劇」は、 共有資源は個人の合理的行動によって過剰利用・枯渇するという主張だった。 解決策は私有化か国家管理かの二択とされていた。

オストロムは1990年の『コモンズのガバナンス』(外部サイト・新しいタブで開きます)で、 世界各地の事例研究から第三の道を示した。当事者たちが独自のルールを作り、 それを維持・更新する仕組みを自ら設計している事例が多数存在する、というものだ。

オストロムが帰納的に導き出した「長期存続するコモンズの8原則」は以下の通りである。

  1. 明確に定義されたメンバーシップと資源の境界
  2. ローカルな条件に合ったルール
  3. 集合的選択の場への参加保障
  4. 実効的なモニタリング
  5. 段階的制裁
  6. 紛争解決メカニズム
  7. 外部からの自治権承認
  8. 入れ子状のガバナンス構造

この原則は、制度設計の「経験的な知恵」として読める。 理念ではなく、存続した事例から遡及的に導出された設計原則である点が重要だ。

制度設計の多元性

オストロムが2005年の『制度多様性の理解』(外部サイト・新しいタブで開きます)で展開したのは、 「制度分析と開発(IAD)フレームワーク」だ。 行為の場・参加者・ルール・外部変数を構造的に記述する枠組みで、制度を比較分析するための共通言語にあたる。

IADフレームワークの貢献は、制度の「機能」だけでなく「構造」を記述できるようにしたことだ。 どのルールが、誰の行動を、どのコスト構造のもとで形成するか。 この分析が可能になると、制度設計は「感覚」ではなく「構造の操作」として扱える。

パットナムと社会関係資本

ロバート・パットナム(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 制度の成否を「社会関係資本(social capital)」で説明した。 1993年の『哲学する民主主義』(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 イタリアの州政府の行政能力差を20年かけて追跡した研究だ。

北部と南部で制度パフォーマンスが大きく異なる原因として、パットナムが指摘したのは 「市民的関与(civic engagement)」の蓄積だった。信頼・互酬性規範・ネットワークからなる社会関係資本が高い地域では、 制度が有効に機能する。低い地域では、同じ制度設計でも機能不全に陥る。

この知見は制度設計論に一種の限界を示す。いかに優れた制度を設計しても、 それを支える社会関係資本がなければ機能しない。制度は社会の産物であって、社会に対する外部介入ではない。

スコットと「見やすい国家」の問題

ジェームズ・C・スコット(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 制度設計の限界を別の角度から論じた。1998年の 『国家のように見る』(外部サイト・新しいタブで開きます)が問題にしたのは、 近代国家の「合理的設計(high modernism)」がなぜ破滅的な失敗を繰り返すかである。

スコットの診断は鋭い。国家は「メティス(metis)」を無視する、というものだ。 メティスとは、ローカルな実践知・経験知・暗黙知の総称である。 中央集権的な設計は、標準化・均質化・測定可能化を通じて社会を「見やすく(legible)」しようとする。 しかしその過程で、標準化されない多様な知が排除される。

農業の集団化、都市の再開発、植林計画。スコットが挙げる事例は共通の失敗パターンを示す。 設計者が「科学的」と確信した介入が、ローカルな実践知を破壊することで崩壊する。

鍵となる概念 — 4 人の盲点

制度設計アプローチの比較

論者核心概念設計への示唆盲点
ノース経路依存性・インフォーマル制約歴史的文脈の把握が先行する変化の動因説明が弱い
オストロムコモンズ8原則・IADフレーム参加・モニタリング・制裁の構造設計大規模・匿名社会への適用困難
パットナム社会関係資本・市民的関与制度の土台となる信頼の培養社会関係資本の測定と操作可能性
スコットメティス・高度近代主義批判ローカル知の保全を設計原則に代替の設計戦略が曖昧

日本での受容 — 制度は入ったが実践は遅れた

日本では「新制度論」の受容は政治学・行政学で進んだが、実践的な制度設計論への転換は遅れた。 地方分権改革(2000年)・NPO法施行(1998年)・地域自治区制度(2004年)は、 制度的な枠組みを提供したが、ローカルな実践知の蓄積という文脈で機能することは少なかった。

コモンズ論との接続では、里山・入会地・漁業組合といった日本の伝統的コモンズ管理の研究が オストロム理論の実証的補強として位置づけられる場合がある。 ただし、これらは現代の都市・社会課題に直接適用できるモデルではない。

社会構想デザインへの接続

制度設計論から社会構想デザインが継承すべき論点は3点ある。

第一にオストロムの8原則だ。参加型プロセスを設計するとき、 「誰がメンバーか」「誰がモニタリングするか」「紛争をどう解決するか」という問いは、 設計の必須項目として機能する。感覚的な「場づくり」との違いがここにある。

第二にスコットのメティス批判だ。社会構想デザインが「外から設計する」立場に立つ限り、 ローカルな実践知の排除という罠に陥るリスクがある。設計の謙虚さ(epistemic humility)は、 オストロムとスコットの両者から要請される。

第三にパットナムの社会関係資本論だ。制度が機能するかどうかは、社会的文脈に依存する。 新しい仕組みを作ること(制度設計)と、それを支える関係性を育てること(社会関係資本の培養)は、 別々に取り組んでも機能しない。

制度設計は「正解」を外から持ち込むことではない。オストロムが示したのは、 当事者が自分たちのルールを自分たちで作れるという事実だった。 社会構想デザインの役割は、その過程を支える条件を整えることだ。

限界 — 先行研究が届いていないところ、ISVD が届いていないところ

上の比較表には、4 人それぞれの盲点を 1 行ずつ書いた。ここではその手前にある共通の欠けと、 自分たちの側の欠けを書く。

先行研究の側。 4 人とも、制度が「誰に見えているか」を問わない。 オストロムの 8 原則は「誰がメンバーか」を設計項目に挙げるが、 メンバーになれない人が制度について何を知り得ないかは、原則の外にある。 スコットはメティスが排除される過程を描いたが、排除された側が 自分が排除されたことをどう知るかは扱っていない。

年表の最後は 2005 年で、それ以降の 20 年をこの地図は追っていない。 日本側は制度 3 件だけで著作がゼロであり、日本の制度設計研究をこの地図は読んでいない。

ISVD の側。 スコットとオストロムの両方から「設計の謙虚さ」が要請されると書いた。 ただし ISVD 自身が、統計と制度分析を持って外から社会を読む側に立っている。 謙虚さを保つための手続き(ローカルな実践知をどこで拾い、どこで自分の分析を退けるか)を、 ISVD は決めていない。要請を書き写しただけである。

継承すべき論点を 3 点挙げたが、実際に継承した事例をこの地図は 1 件も挙げていない。

参考文献

  1. 1.
    制度・制度変化・経済成果(Institutions, Institutional Change and Economic Performance)(外部サイト・新しいタブで開きます)

    ダグラス・C・ノース (1990)

    Cambridge University Press

    リンク先は英語の原著。邦訳は竹下公視 訳、晃洋書房、1994 年。

  2. 2.
  3. 3.
  4. 4.
    哲学する民主主義(外部サイト・新しいタブで開きます)

    ロバート・D・パットナム 著、河田潤一 訳 (2001)

    NTT出版

  5. 5.

→ 関連: 参加型デザインの系譜 / 熟議民主主義の系譜 / 6領域統合仮説

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