制度設計理論とコモンズ論
オストロム・ノース・パットナムを軸に、制度設計理論の系譜とコモンズ論の展開を整理する。社会構想デザインへの接続可能性を検討する。
制度は「ゲームのルール」だ。 ダグラス・ノース(外部サイト・新しいタブで開きます)が 1990年の『制度・制度変化・経済成果』(外部サイト・新しいタブで開きます)で示したこの定義は、 経済史の書物にとどまらず、社会設計の問いに広く射程を持つ。 社会構想デザインが扱う参加・協働・合意形成は、すべて制度の問題でもある。 どのようなルールが、どのような行動を可能にするか。制度設計論は、その問いへの体系的な応答である。
概観 — 制度は「ゲームのルール」
制度設計論は 4 人の論者を軸に組み上がってきた。ノースが制度を経済成果の説明変数として 定式化し、オストロムが当事者による自治の条件を実証し、パットナムが制度を支える社会の側を測り、 スコットが外から設計することの失敗を並べた。この 4 つは互いを否定せず、 制度設計に別々の制約を課している。
主要著作の年表
参考文献と、本文で触れた日本の制度を年で並べる。
| 年 | 著作・出来事 | 系譜 |
|---|---|---|
| 1990 | ノース『制度・制度変化・経済成果』(原題 Institutions, Institutional Change and Economic Performance) | 新制度経済学 |
| 1990 | オストロム『Governing the Commons』 | コモンズ |
| 1993 | パットナム『哲学する民主主義』(原題 Making Democracy Work) | 社会関係資本 |
| 1998 | スコット『国家のように見る』(原題 Seeing Like a State) | 国家の視座 |
| 1998 | 特定非営利活動促進法(NPO 法)施行 | 日本 |
| 2000 | 地方分権改革 | 日本 |
| 2004 | 地域自治区制度 | 日本 |
| 2005 | オストロム『Understanding Institutional Diversity』 | コモンズ |
年は本文が示す原著の年で並べている。参考文献のパットナムはリンク先が 2001 年の邦訳 (河田潤一 訳、NTT出版)である。ノースはリンク先が英語の原著で、邦訳 (竹下公視 訳、晃洋書房、1994 年)は別にある。
年で並べると、日本の行 3 件がすべて制度であり、著作が 1 件も無いことが見える。 本文は「実践的な制度設計論への転換は遅れた」と書いているが、 年表に日本の著作が置けないことは、その記述の裏側にある同じ事実である。
系譜 — 4 人が別々に置いた制約
ノースと新制度経済学
ノースは制度を「フォーマルなルール(法・契約)」と「インフォーマルな制約(慣習・規範・文化)」に分けた。 経済成果の差異を説明するのは、市場メカニズムではなく、この制度環境の差異だという主張である。
重要なのは「経路依存性(path dependence)」の概念だ。一度形成された制度は、 非効率であっても固定化しやすい。変化には既存制度から利益を得る「既得権者」との軋轢が伴い、 「ロックイン(lock-in)」が生じる。
この分析は、社会構想デザインの文脈で鋭い問いを提起する。 新しい制度を「設計」しようとするとき、設計者は経路依存性の壁と向き合わざるを得ない。 善意の設計だけでは制度は動かない。
オストロムとコモンズの自治
エリノール・オストロム(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 「コモンズの悲劇」論への反証として知られる。1968年にギャレット・ハーディンが提示した「コモンズの悲劇」は、 共有資源は個人の合理的行動によって過剰利用・枯渇するという主張だった。 解決策は私有化か国家管理かの二択とされていた。
オストロムは1990年の『コモンズのガバナンス』(外部サイト・新しいタブで開きます)で、 世界各地の事例研究から第三の道を示した。当事者たちが独自のルールを作り、 それを維持・更新する仕組みを自ら設計している事例が多数存在する、というものだ。
オストロムが帰納的に導き出した「長期存続するコモンズの8原則」は以下の通りである。
- 明確に定義されたメンバーシップと資源の境界
- ローカルな条件に合ったルール
- 集合的選択の場への参加保障
- 実効的なモニタリング
- 段階的制裁
- 紛争解決メカニズム
- 外部からの自治権承認
- 入れ子状のガバナンス構造
この原則は、制度設計の「経験的な知恵」として読める。 理念ではなく、存続した事例から遡及的に導出された設計原則である点が重要だ。
制度設計の多元性
オストロムが2005年の『制度多様性の理解』(外部サイト・新しいタブで開きます)で展開したのは、 「制度分析と開発(IAD)フレームワーク」だ。 行為の場・参加者・ルール・外部変数を構造的に記述する枠組みで、制度を比較分析するための共通言語にあたる。
IADフレームワークの貢献は、制度の「機能」だけでなく「構造」を記述できるようにしたことだ。 どのルールが、誰の行動を、どのコスト構造のもとで形成するか。 この分析が可能になると、制度設計は「感覚」ではなく「構造の操作」として扱える。
パットナムと社会関係資本
ロバート・パットナム(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 制度の成否を「社会関係資本(social capital)」で説明した。 1993年の『哲学する民主主義』(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 イタリアの州政府の行政能力差を20年かけて追跡した研究だ。
北部と南部で制度パフォーマンスが大きく異なる原因として、パットナムが指摘したのは 「市民的関与(civic engagement)」の蓄積だった。信頼・互酬性規範・ネットワークからなる社会関係資本が高い地域では、 制度が有効に機能する。低い地域では、同じ制度設計でも機能不全に陥る。
この知見は制度設計論に一種の限界を示す。いかに優れた制度を設計しても、 それを支える社会関係資本がなければ機能しない。制度は社会の産物であって、社会に対する外部介入ではない。
スコットと「見やすい国家」の問題
ジェームズ・C・スコット(外部サイト・新しいタブで開きます)は、 制度設計の限界を別の角度から論じた。1998年の 『国家のように見る』(外部サイト・新しいタブで開きます)が問題にしたのは、 近代国家の「合理的設計(high modernism)」がなぜ破滅的な失敗を繰り返すかである。
スコットの診断は鋭い。国家は「メティス(metis)」を無視する、というものだ。 メティスとは、ローカルな実践知・経験知・暗黙知の総称である。 中央集権的な設計は、標準化・均質化・測定可能化を通じて社会を「見やすく(legible)」しようとする。 しかしその過程で、標準化されない多様な知が排除される。
農業の集団化、都市の再開発、植林計画。スコットが挙げる事例は共通の失敗パターンを示す。 設計者が「科学的」と確信した介入が、ローカルな実践知を破壊することで崩壊する。
鍵となる概念 — 4 人の盲点
制度設計アプローチの比較
| 論者 | 核心概念 | 設計への示唆 | 盲点 |
|---|---|---|---|
| ノース | 経路依存性・インフォーマル制約 | 歴史的文脈の把握が先行する | 変化の動因説明が弱い |
| オストロム | コモンズ8原則・IADフレーム | 参加・モニタリング・制裁の構造設計 | 大規模・匿名社会への適用困難 |
| パットナム | 社会関係資本・市民的関与 | 制度の土台となる信頼の培養 | 社会関係資本の測定と操作可能性 |
| スコット | メティス・高度近代主義批判 | ローカル知の保全を設計原則に | 代替の設計戦略が曖昧 |
日本での受容 — 制度は入ったが実践は遅れた
日本では「新制度論」の受容は政治学・行政学で進んだが、実践的な制度設計論への転換は遅れた。 地方分権改革(2000年)・NPO法施行(1998年)・地域自治区制度(2004年)は、 制度的な枠組みを提供したが、ローカルな実践知の蓄積という文脈で機能することは少なかった。
コモンズ論との接続では、里山・入会地・漁業組合といった日本の伝統的コモンズ管理の研究が オストロム理論の実証的補強として位置づけられる場合がある。 ただし、これらは現代の都市・社会課題に直接適用できるモデルではない。
社会構想デザインへの接続
制度設計論から社会構想デザインが継承すべき論点は3点ある。
第一にオストロムの8原則だ。参加型プロセスを設計するとき、 「誰がメンバーか」「誰がモニタリングするか」「紛争をどう解決するか」という問いは、 設計の必須項目として機能する。感覚的な「場づくり」との違いがここにある。
第二にスコットのメティス批判だ。社会構想デザインが「外から設計する」立場に立つ限り、 ローカルな実践知の排除という罠に陥るリスクがある。設計の謙虚さ(epistemic humility)は、 オストロムとスコットの両者から要請される。
第三にパットナムの社会関係資本論だ。制度が機能するかどうかは、社会的文脈に依存する。 新しい仕組みを作ること(制度設計)と、それを支える関係性を育てること(社会関係資本の培養)は、 別々に取り組んでも機能しない。
制度設計は「正解」を外から持ち込むことではない。オストロムが示したのは、 当事者が自分たちのルールを自分たちで作れるという事実だった。 社会構想デザインの役割は、その過程を支える条件を整えることだ。
限界 — 先行研究が届いていないところ、ISVD が届いていないところ
上の比較表には、4 人それぞれの盲点を 1 行ずつ書いた。ここではその手前にある共通の欠けと、 自分たちの側の欠けを書く。
先行研究の側。 4 人とも、制度が「誰に見えているか」を問わない。 オストロムの 8 原則は「誰がメンバーか」を設計項目に挙げるが、 メンバーになれない人が制度について何を知り得ないかは、原則の外にある。 スコットはメティスが排除される過程を描いたが、排除された側が 自分が排除されたことをどう知るかは扱っていない。
年表の最後は 2005 年で、それ以降の 20 年をこの地図は追っていない。 日本側は制度 3 件だけで著作がゼロであり、日本の制度設計研究をこの地図は読んでいない。
ISVD の側。 スコットとオストロムの両方から「設計の謙虚さ」が要請されると書いた。 ただし ISVD 自身が、統計と制度分析を持って外から社会を読む側に立っている。 謙虚さを保つための手続き(ローカルな実践知をどこで拾い、どこで自分の分析を退けるか)を、 ISVD は決めていない。要請を書き写しただけである。
継承すべき論点を 3 点挙げたが、実際に継承した事例をこの地図は 1 件も挙げていない。
参考文献
- 1.制度・制度変化・経済成果(Institutions, Institutional Change and Economic Performance)(外部サイト・新しいタブで開きます)
ダグラス・C・ノース (1990)
Cambridge University Press
リンク先は英語の原著。邦訳は竹下公視 訳、晃洋書房、1994 年。
- 2.Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action(外部サイト・新しいタブで開きます)
Elinor Ostrom (1990)
Cambridge University Press
- 3.Understanding Institutional Diversity(外部サイト・新しいタブで開きます)
Elinor Ostrom (2005)
Princeton University Press
- 4.
- 5.Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed(外部サイト・新しいタブで開きます)
James C. Scott (1998)
Yale University Press
→ 関連: 参加型デザインの系譜 / 熟議民主主義の系譜 / 6領域統合仮説
