ざっくり言うと
- 法務省の有識者検討会が2026年7月27日、パブリシティ権を肖像と同様に声にも認めるとする報告書案を大筋でとりまとめた
- 著作権法が実演家に与える録音権や送信可能化権は実演を対象としており、実演を録音せずに声を似せた場合には働かない
- パブリシティ権は条文のない判例法理であり、対象に声が含まれるかどうかは書かれていない
守っているもの: 実演(演じた行為)と、その録音・送信
実演を録音せずに声だけを似せて作った場合、録音権も送信可能化権も働かない
守っているもの: 氏名・肖像等の顧客吸引力を排他的に使う権利
条文がない。最高裁が人格権に由来する権利の一内容として認めた判例法理で、対象に声が入るかは書かれていない
守っているもの: 混同を生じさせる表示など
知的財産推進計画2024が、声との関係の整理を5府省庁の宿題として残した
2026年7月27日、法務省の有識者検討会が、パブリシティ権を肖像と同様に声についても認めるとする報告書案を大筋でとりまとめた。条文を書く前に、まず輪郭の合意をつくる順序になっている。対象として想定されているのは著名人である。
何が起きているのか
法務省の検討会が声にもパブリシティ権を認める報告書案をまとめた。条文はまだない
2026年7月27日、法務省の有識者検討会が報告書の案を大筋でとりまとめた。著名人が名前や写真を無断で使われない権利、いわゆるパブリシティ権を、肖像と同様に声についても認めるという内容である。生成AIの普及が背景にある。
一見すると、権利がひとつ増える話に見える。実際には、いまある法律が受け止められない部分を、条文のない権利のほうへ寄せる作業だ。二つの穴が重なっている。
一つめは、著作権法の穴である。著作権法は実演家に権利を与えている。実演を録音し録画する権利、そして送信可能化する権利。だがそこで守られているのは「実演」であって、その人の声そのものではない。文化庁がワーキングチームに出した資料は、この点を検討課題として正面から並べている。実演の録音そのものではないが、特定の声優に似せた声をAIで生成し、既存の楽曲を歌わせた音源や動画を作った場合、著作権法上の権利は及ぶのか。
二つめは、パブリシティ権の穴だ。この権利は、どの法律にも書かれていない。
背景と文脈
著作権法は実演を守る仕組みで、実演を録音しないAI生成は網の目をすり抜ける
パブリシティ権の輪郭を決めたのは、最高裁判所の判決である。週刊誌に無断で写真を掲載された歌手が争った事件で、第一小法廷はこう述べた。人の氏名や肖像等は個人の人格の象徴であるから、当該個人は人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。そして肖像等は商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、この顧客吸引力を排他的に利用する権利は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものだから、人格権に由来する権利の一内容を構成する。
侵害となる場面も、判決が示した。肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使う場合。商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付す場合。肖像等を商品等の広告として使う場合。こうした、専ら顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、不法行為法上違法になるとした。
ここで「氏名,肖像等」と書かれた「等」に何が入るかは、判決文に書かれていない。声を入れられるかどうかを議論しているのが、いまの検討会である。条文の改正ではなく、判例法理の対象範囲の話として動いている。
もう一つの道もある。知的財産推進計画2024には、こう書かれている。
生成AIにおける俳優や声優等の肖像や声等の利用・生成に関し、不正競争防止法との関係について、考え方の整理を行い、必要に応じ、見直しの検討を行う。また、他人の肖像や声等の利用・生成に関し、その他の関連法についても、法的考え方の整理を行う。
担当として並んでいるのは経済産業省、文化庁、特許庁、法務省、消費者庁の5つである。逆にいえば、2年前の時点でどの法律で受けるかが決まっていなかった。
構造を読む
条文のない権利は訴訟でしか輪郭が決まらない。訴える費用を払える人が輪郭を決める
技術が先に動き、法律があとから輪郭を描く。この順序自体は珍しくない。問題は、輪郭の描き方が二つあり、いま使われているのが後者だという点にある。
一つは、条文を書く道だ。国会が要件と効果を決め、誰が読んでも同じ線が引ける。もう一つは、判例で描く道である。誰かが訴え、裁判所が判断し、その積み重ねが線になる。パブリシティ権は後者で育ってきた。だから輪郭は、訴えた人の事件の形に沿って決まる。
この違いが効いてくるのは、誰が訴えられるかを考えたときだ。訴訟には費用と時間がかかる。生成AIで声を似せられた被害は、著名な声優にも、無名の配信者にも、一般の人にも起きうる。だが判例を作れるのは、弁護士を立てて最高裁まで争える人だけである。検討会が対象として想定しているのが著名人であることは、保護の必要が著名人に偏っているからではない。輪郭を決める手続きが、そもそも著名人からしか始まらないからだ。
顧客吸引力という要件も、同じ方向に働く。判決が保護の根拠に置いたのは、その人の名前や姿が商品を売る力である。声で商品が売れる人には権利が立つ。だが、声を勝手に使われて困る理由は、商業的価値だけではない。言っていないことを言ったことにされる。詐欺に使われる。家族が本人だと信じる。これらの被害は、顧客吸引力という物差しでは測れない。物差しに合う被害から先に救済され、合わない被害は後回しになる。
では、どうするか。選べる順序は二つある。判例法理の対象に声を足していく現在の道を進めつつ、著名でない人の被害を受ける器を別に用意すること。あるいは、不正競争防止法や新しい立法で、混同や無断利用そのものを要件にする条文を書くこと。前者は速いが、輪郭が事件の偶然に左右される。後者は遅いが、誰にでも同じ線が引ける。知的財産推進計画が5府省庁の宿題として残したのは、実質的にこの選択である。
制度が用意されていることと、それが届いていることを分けて数える必要がある点では、制度からの排除と未受給(このサイトの記事)で扱った問題と重なる。AIをめぐる責任の切り分けについてはAIエージェントのリスク管理(このサイトの記事)も参照できる。声は、その人が生まれてから使ってきたもので、登録も更新も要らない。要らないからこそ、どの法律にも書かれてこなかった。書かれていないものを守る手続きを、誰から始めるのかが問われている。
この記事で使った統計の出典
- 1知的財産推進計画2024(知的財産戦略本部)、文化庁 資料2 に引用(令和6年6月4日) 出典を開く
参考書籍
- 『AIと社会と法』(外部サイト、新しいタブで開きます)(宍戸常寿・大屋雄裕・小塚荘一郎ほか編、有斐閣、2020年8月)。AIをめぐる法的な論点を、個別の法分野に分けずに横断して扱った論集。本文で見たような、どの法律も正面から受け止めない領域をどう考えるかの見取り図になる。
参考文献
生成AIによる声優を模した声の生成・利用と著作権との関係について(資料2) — 文化庁 著作権課 (2024). 文化審議会著作権分科会 法制度小委員会 ワーキングチーム
AIと著作権に関する考え方について【概要】 — 文化庁 著作権課 (2024). 文化審議会著作権分科会 法制度小委員会
AIと著作権について — 文化庁 (2026). 文化庁
声にも無断使用されない権利 法務省検討会が報告書案 — NHK (2026). NHK NEWS WEB