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一般社団法人 社会構想デザイン機構

春闘5%超でもなぜ給料は増えた気がしないのか — 実質賃金4年連続マイナスの構造

ヨコタナオヤ
約5分で読めます

2026年春闘の賃上げ率は5.26%と33年ぶりの高水準。しかし実質賃金は2025年通年でマイナス1.3%と4年連続のマイナスだ。宿泊・飲食279万円 vs 電気・ガス832万円という3倍の業種間格差、OECD38か国中24位という位置。「頑張っても給料が増えない」構造を読む。

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ざっくり言うと

  1. 春闘2026は賃上げ率5.26%だが、物価上昇を差し引いた実質賃金は4年連続マイナス
  2. 業種間の年収格差は最大3倍(宿泊・飲食279万円 vs 電気・ガス832万円)で縮小の兆候がない
  3. 最低賃金1,500円目標の達成は2031年頃の試算で、現状の引上げペースでは届かない

何が起きているのか

春闘で高い賃上げ率が実現しても、物価上昇に追いつかず実質賃金がマイナスになる構造

2026年の春闘は歴史的な数字を記録した。全体の賃上げ率は5.26%、中小企業でも5.05%と、2年連続で5%を超えた。33年ぶりの高水準である。

数字だけを見れば、日本の労働者にとって「良い時代」が来たように映る。だが多くの人の実感はそうではない。

その乖離を説明するのが、名目賃金と実質賃金の差だ。2025年通年の実質賃金は前年比マイナス1.3%で、4年連続のマイナスとなった。名目の賃金指数は前年比プラス2.3%(現金給与総額、2020年平均=100 で111.7)だったが、同年の消費者物価上昇率がそれを上回り、購買力は減少した。

給料の額面は増えた。しかし買えるものは減った。これが「増えた気がしない」の正体である。

背景と文脈

年功序列の変容、最低賃金政策の限界、業種間格差が固定化するメカニズム

業種間格差: 同じ「正社員」で3倍の差

電気・ガス・熱供給・水道
832万円
🏦金融・保険
656万円
💻情報通信
660万円
📊全産業平均
460万円
🏥介護
405万円
🏪小売
372万円
🍽️宿泊・飲食サービス
279万円

出典: 国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」/ 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

業種別平均年収の格差(2024年) — 最大3倍の開き

平均で語ることの限界

賃金の問題を「平均」で語ることには限界がある。業種による格差が極めて大きいからだ。

2024年の平均年収は、電気・ガス・熱供給・水道業が832万円でトップ、一方で宿泊業・飲食サービス業は279万円と最低水準だった。その差は約3倍だ。

情報通信業の所定内給与額は月 391.0 千円(男女計・年齢計)。産業で最も高いのは電気・ガス・熱供給・水道業の 437.5 千円、最も低いのは宿泊業・飲食サービス業の 269.5 千円である。一方、介護職員(月給・常勤)の平均給与額は月 338,200 円で、前年から 13,960 円(4.3%)増えた。ただし前者は所定内給与額、後者は基本給に手当と一時金を加えた額で、範囲がそろっていない。

個人の努力では埋まらない

この格差は「個人の努力」では埋まらない構造を持つ。電力・ガス事業は規制産業で価格転嫁が容易であり、利益率が安定している。一方、飲食・宿泊・介護は労働集約的でありながら価格競争が激しく、人件費を上げれば利益を圧迫する。同じ「頑張り」でも、所属する業種によって報酬が3倍異なる。

最低賃金1,500円の壁

政府は「2020年代に最低賃金全国平均1,500円」を目標に掲げている。2025年度の全国平均は1,121円で、1,500円達成には年平均7.3%の引上げが必要という試算がある。

直近の引上げ率は7%前後で推移しているが、このペースが維持されても達成は2031年頃になる。しかも最低賃金が上がれば中小企業の人件費負担が増し、廃業や雇用削減につながるリスクがある。賃上げと雇用維持のジレンマは、日本の中小企業政策における最も解きにくい問いの一つだ。

春闘の成果は誰に届いているのか

2026年春闘では中小企業(組合員数300人未満)でも賃上げ率5.05%を記録し、大企業との格差は縮小傾向にある。しかし春闘の交渉結果は組合のある企業に限定される。日本の労働組合の推定組織率は約16%にとどまり、大多数の労働者は春闘の恩恵を直接受けない。

パートタイム・有期雇用労働者については、春闘の賃上げ率がフルタイムより低い傾向が続いている。非正規雇用比率が約4割を占める日本において、「春闘5%超」という数字が示す景色と、多くの労働者の実感には構造的なギャップがある。

構造を読む

日本の「安い労働」がOECDランキングで可視化される構造と、そこから抜け出すための条件

国際比較が日本の賃金停滞の深刻さを浮き彫りにする。OECDの平均賃金ランキングで日本は38か国中24位、OECD平均を約11,700ドル(購買力平価換算)下回っている。

1990年代前半からの30年

1990年代前半、日本の平均賃金はOECD上位グループにいた。その後の約30年間で、他国が賃金を上げ続ける中、日本はほぼ横ばいだった。「日本の賃金が下がった」のではなく、「日本だけ上がらなかった」のだ。

デフレ循環、非正規依存、内部留保偏重

この停滞の背景には複数の構造が絡み合う。第一に、長期デフレ下で企業が「値上げしない→利益が増えない→賃金を上げない→消費が増えない→値上げできない」の循環に陥ったこと。第二に、非正規雇用の拡大が「安い労働力」の供給を増やし、正規雇用の賃金上昇圧力を弱めたこと。第三に、企業の経常利益が2023年度に 106兆7,694億円 と統計64年分で過去1番目に達し、前年度比 12.1% 増となったにもかかわらず、賃金還元よりも財務の安全余裕を優先する経営判断が続いたこと。

2026年の春闘5%超は、この構造に風穴を開ける可能性を持つ。だが実質賃金がプラスに転じるには、賃上げ率が物価上昇率を「安定的に」上回る状態が数年間続く必要がある。1年の大幅賃上げでは、30年間の遅れは取り戻せない。

いくら上げるかではなく

問題は「いくら上げるか」ではなく「なぜ上がらなかったのか」の構造を直視することにある。その構造——デフレ循環、非正規雇用依存、内部留保偏重——に手を入れない限り、次の景気後退局面で再び「賃金が上がらない日本」に逆戻りする可能性は高い。


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この記事で使った統計の出典

  1. 1連合「2026年春季生活闘争 第2回回答集計結果」(2026年) 出典を開く
  2. 2JILPT 労働政策研究・研修機構 2026年4月号(2026年) 出典を開く
  3. 3JILPT 労働政策研究・研修機構 2026年4月号(毎月勤労統計調査2025年分結果確報)(2026年) 出典を開く
  4. 4国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」(2024年) 出典を開く
  5. 5厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」産業別(2024年) 出典を開く
  6. 6厚生労働省「令和6年度介護従事者処遇状況等調査結果のポイント」(2024年9月) 出典を開く
  7. 7大和総研「2020年代に最低賃金1500円は達成可能か」(2024年) 出典を開く
  8. 8連合 同集計(2026年) 出典を開く
  9. 9OECD Average Wages 2024(2024年) 出典を開く
  10. 10財務省「年次別法人企業統計調査(令和5年度)」(2024年9月公表) 出典を開く

訂正履歴

  1. 年収の比較 2 件と内部留保 600 兆円を、出典が公表している月額・経常利益に改めました。名目賃金 +2.3% の出典も差し替えました。

    訂正前
    情報通信業の平均年収は約660万円と中間より上に位置するが、介護職員の平均年収は常勤で約405万円だ。/企業の内部留保が2023年度末に過去最高の約600兆円に達した
    訂正後
    情報通信業の所定内給与額は月 391.0 千円(男女計・年齢計)。/介護職員(月給・常勤)の平均給与額は月 338,200 円。/経常利益 106兆7,694億円(統計64年分で過去1番目、前年度比12.1%増)

    誤った理由 どちらの調査も年収を公表していません。405万円は月額 338,200 円を12倍した数、660万円はどの出典からも出てこない数でした。しかも前者は所定内給与、後者は賞与込みで範囲が違い、年収として並べると比較になりません。内部留保 600 兆円は出典が論文一覧ページで、数字が載っていませんでした。名目賃金 +2.3% は12月単月の速報を通年の値として引いていました。

読んだ後に考えてみよう

  1. あなたの給料は、この5年間で実質的に増えたと感じるか。
  2. 同じ「正社員」でも業種が違えば年収が3倍異なる現実を、どう受け止めるか。
  3. 最低賃金1,500円が実現したとき、あなたの生活圏の物価はいくらになっていると思うか。

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