一般社団法人社会構想デザイン機構
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連続勤務14日上限と勤務間インターバル — 労基法改正論議が問う働き方の転換点

導入率わずか5.7%の勤務間インターバル制度。40年ぶりの労基法大改正が目指す構造転換と、その実現に立ちはだかる壁を読み解く。

何が起きているのか

労働基準法の約40年ぶりの大改正が、ようやく輪郭を見せつつある。議論の柱は二つ。14日以上の連続勤務の禁止と、勤務間インターバル制度の導入強化だ。

勤務間インターバルとは、勤務終了から次の勤務開始までに一定の休息時間を確保する制度を指す。EUでは11時間のインターバルが原則として定められている。日本での検討案も11時間を原則とし、業種特性に応じて最低9時間とする方向で議論が進んでいた。

しかし、制度化のスケジュールには不透明さが残る。2025年12月、労働基準法改正法案の通常国会提出が見送られた。施行時期の見通しは立っておらず、改正の実現可能性自体が問われる状況にある。

導入の現状を示す数字は厳しい。2024年時点で勤務間インターバル制度を導入済みの企業はわずか約5.7%。検討中が約15.6%。約78.5%の企業は「導入予定なし」と回答している。政府は2025年までに導入率15%以上、制度を知らない企業を5%未満にするという目標を掲げていたが、達成は困難な情勢だ。

あわせて進む制度改正の動きもある。下請法等の改正では、クリエイティブ業務やコンサルティングにも対象が拡大され、支払サイト60日以内の制限が導入される方向だ。14日以上の連続勤務禁止と合わせ、労働環境を構造的に見直す包括的な改革として位置づけられている。

背景と文脈

日本の労働基準法は1947年に制定された。戦後の工場労働を前提とした法体系が、産業構造の激変を経てなお骨格を維持してきたこと自体が、改正の遅れを物語っている。

勤務間インターバル規制に関して、EUは1993年の労働時間指令で11時間の休息時間を義務化した。以来30年以上にわたり、加盟国で運用されてきた実績がある。韓国も2018年の労働時間改革で週52時間上限を導入し、段階的にインターバル規制の議論を進めている。

日本で制度化が遅れた背景には、複合的な要因がある。第一に、サービス残業や「付き合い残業」に代表される労働慣行の根深さ。法制度だけでは捉えきれない職場文化が、労働時間の実態を規定してきた。第二に、中小企業の体制的制約。少人数で回す職場では、一人が休めば業務が止まる。インターバル確保のためのシフト再設計は、人員配置の根本的な見直しを迫る。

約78.5%の企業が「導入予定なし」と回答している事実は、制度の意義が企業側に伝わっていないのか、それとも意義は理解しつつも実務上の制約が大きすぎるのか。おそらく両方だろう。政府が掲げた「2025年までに導入率15%以上」の目標と現実の約5.7%との間には、約3倍の開きがある。この乖離は、政策目標の設定と実行手段の間にある構造的な断絶を浮き彫りにしている。

連続勤務14日上限については、これまで日本の労基法に明確な制限がなかったこと自体が異例だ。週1日の休日付与義務はあるが、変形休日制を利用すれば最大24日間の連続勤務が合法的に可能だった。この制度的な「抜け穴」が、長時間労働の温床となっていた。

歴史的に見ると、日本の労働時間規制は「上限の引き上げ」と「例外の拡大」の歴史でもあった。1987年の労基法改正で週40時間制が導入されたが、適用除外や猶予措置が広範に設けられた。2018年の働き方改革関連法で時間外労働の上限規制が罰則付きで導入されたが、適用猶予業種が残された。勤務間インターバルも、当初は「努力義務」にとどまり、実効性を欠いたまま推移してきた。

下請法等の改正も重要な文脈を持つ。フリーランスやクリエイティブ職の労働環境は、従来の労働法の枠組みでは保護が十分でなかった。雇用契約によらない働き方が増えるなかで、発注者と受注者の力関係の非対称性をどう是正するか。支払サイト60日以内の制限は、その具体的な一手だ。

構造を読む / 社会構想の種

この改正が持つ意味を、二つの軸で読み解きたい。

一つは、「量の規制」から「質の保障」への転換。これまでの労働時間規制は、主に「何時間まで働かせてよいか」という上限設定に重点があった。勤務間インターバルは、発想が異なる。「次の勤務までに最低何時間の回復時間を保障するか」——労働者の生理的・心理的な回復を、制度として守る設計だ。

EUが11時間のインターバルを30年間維持してきた背景には、睡眠科学の知見も踏まえた判断がある。通勤時間を差し引けば、11時間のインターバルで確保できる睡眠は7時間程度。翌日の認知機能を維持するために必要とされる水準だ。

日本の検討案が11時間を原則としつつ最低9時間の例外を認める方向であることは、すでに科学的知見との間にギャップを生んでいる。9時間のインターバルから通勤時間を引けば、確保できる睡眠は5〜6時間。慢性的な睡眠不足は、生産性の低下、事故リスクの上昇、メンタルヘルスの悪化をもたらすことが多くの研究で示されている。「例外」が常態化すれば、制度の実効性は大きく損なわれる。原則と例外の境界をどこに引くか。この設計判断に、制度全体の成否がかかっている。

もう一つの軸は、「誰が守られるのか」という包摂性の問題。導入率約5.7%という数字が示すように、制度の恩恵を受けられる労働者は現状ではごく一部だ。大企業のオフィスワーカーよりも、介護、医療、物流、飲食、小売といった対人サービスの現場で働く人々にこそ、インターバル規制は切実な意味を持つ。しかし、まさにこれらの業種が人手不足に直面しており、インターバルの確保が最も困難な環境にある。

最も保護を必要とする層が、最も制度の適用が難しい環境にいる。この逆説こそが、制度設計の核心的な難題だ。このジレンマを解消するには、規制の強化だけでは不十分だ。人員配置の見直し、業務プロセスの効率化、テクノロジーの活用、そして何よりサービスの利用者側——消費者、患者、利用者——の理解と行動変容が必要となる。「24時間いつでも利用できる」という前提を社会全体で問い直さなければ、制度は現場の負担を増やすだけに終わりかねない。

法案の国会提出が見送られたことは、この改正の実現が容易ではないことを示している。しかし、40年ぶりの構造転換が議題に上がっていること自体が、社会の認識の変化を映し出している。働く人の回復と健康を制度として保障するという考え方は、長時間労働を美徳とする文化への静かな問い直しでもある。

下請法等の改正も、この文脈で読み直す価値がある。支払サイト60日以内の制限は、フリーランスやクリエイティブ職の経済的安定に直結する。長時間労働の問題は、雇用関係にある労働者だけの話ではない。業務委託という形式のもとで、労基法の保護を受けられないまま長時間拘束される働き手が存在する。労働法と下請法の両面から包括的に手当てしようとする今回の改革パッケージは、「雇用」の枠に収まらない働き方の現実に、法制度が追いつこうとする試みでもある。

残る問い

制度は設計できる。だが、それが現場で機能するかどうかは、運用する組織と、その組織を取り巻く社会全体の準備にかかっている。導入率約5.7%という数字は、法律の条文と職場の現実の間にどれほどの距離があるかを、静かに、しかし正確に測っている。その距離を埋めるのは、法律の条文の力だけではない。

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