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一般社団法人 社会構想デザイン機構

図書館を閉じてシェルターを掘る国 — 防衛費拡大と文化予算削減のトレードオフ

ヨコタナオヤ(横田直也)
約7分で読めます

防衛費8.7兆円、文化庁予算1,063億円。防衛費が文教関係費の2.1倍に達した2025年度、日本はシェルター整備基本方針を閣議決定した。台湾は人口の3倍超、スイスはほぼ全人口分を収容できる一方、日本の地下施設は約4,000カ所にとどまる。ミサイルからは守るが、貧困・情報格差・孤立からの防衛は削られる構造を、国際比較と予算データから読み解く。

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ざっくり言うと

  1. 2025年度、日本の防衛費は8.7兆円で文教関係費の2.1倍に達し、文化庁予算は防衛費の約80分の1にとどまる
  2. 日本の指定済み避難施設は約6万1,000カ所あるが地下施設は約4,000カ所で、台湾・スイスとの差が際立つ
  3. 英米では緊縮財政による図書館・博物館の削減が最貧困層に集中的打撃を与えており、日本も同じ構造を抱える

何が起きているのか

防衛費8.7兆円に対し文化庁予算1,063億円。シェルター建設と図書館閉鎖が同時に進んでいる

2025年度、日本の防衛関係費は 8兆7,005億円 に達した。前年比約7,500億円増、GDP比約1.8%。2022年度の5兆4,000億円から、毎年1兆円規模で膨張を続けている。

同じ2025年度、文教及び科学振興費は 5兆5,496億円 で、うち 科学技術振興費が1兆4,221億円 を占める。科学技術分を差し引いた文教関係費は4兆1,275億円で、 防衛費はその2.1倍 になった。文化庁の予算に至っては 1,063億円 にとどまる。防衛費の約80分の1。この比率を視覚化すると、規模の非対称性が際立つ。

防衛費8.7兆円(2025年度)
文教関係費4.1兆円(2025年度)
文化庁予算1062億円(2024年度 約1,062億円)

× 2.1防衛費は文教費の約2.1倍、文化庁予算の約82倍

※ 防衛費は防衛省公表、文教費は財務省「一般会計予算」、文化庁予算は文化庁「予算概要」に基づく

日本の防衛費 vs 文教費 vs 文化庁予算(兆円) — 各省庁公表資料より

シェルター整備の基本方針

そして2026年3月31日、政府はミサイル攻撃に備えた「シェルター」確保に向けた基本方針を閣議決定した。2030年までに市区町村単位で全住民を収容できる施設数の確保を目指すという。しかし指定済みの緊急一時避難施設は 全国で約6万1,000カ所あるうち、公共施設が約5万4,000カ所を占め、ミサイル攻撃に対して実効性のある地下施設は約4,000カ所にとどまる

台湾は シェルター10万カ所を整備し、人口の3倍超 を収容できる体制を構築している。スイスは冷戦期に構築した 37万カ所のシェルター を持ち、ほぼ全人口分の収容場所が確保されている。 フィンランドは約5万500カ所で480万人分 を収容でき、その約85%は建物ごとに設けられた民間の鉄筋コンクリート製シェルターである。

カバー率
台湾370%
約8,600万人(10.5万カ所)人口の3.7倍を収容可能
スイス107%
約900万人(37万カ所)冷戦期構築、現代化投資中
フィンランド85%
約480万人(5万カ所)83%がNBC対応
日本5%
地下施設 約3,900カ所地下施設のみ。全指定施設は6.1万カ所
100%以上50〜99%日本(5%)

※ 日本の5%は地下施設(ミサイル攻撃に有効な施設)のみの人口カバー率。全指定施設を含めると約6万1,000カ所だが多くは地上構造物

各国のシェルター人口カバー率(%) — 政府公表資料・報道より

ミサイルから市民を守るインフラに投資する。それ自体は安全保障上の合理性を持つ。問題は、同じ時期に、同じ財政から支出される文化的インフラが削られ続けていることにある。

背景と文脈

英米での緊縮財政による文化施設削減の実態と、各国シェルター整備の構造的背景

削られる文化的インフラ

日本の国立博物館・美術館は、存続そのものが危機に瀕している。文化庁は次期中期目標(2026年度から)で、国立博物館・国立美術館に 自己収入比率65%以上 を求めている。達成できなければ閉館を含む再編の検討対象となる。究極的には自己収入比率100%、すなわち運営費交付金ゼロが目指す方向だという。

公共図書館もまた、静かに縮小している。全国の図書館数は 3,316館(うち私立19館) だが、 資料費は年間280億4,655万円 で、前年度の284億1,813万円から微減した。2022年度時点で 674館が を導入 しており、コスト削減を優先する運営が専門知識の蓄積と継続性を毀損しているとの指摘が絶えない。

英国の先行事例

英国は、文化施設削減の帰結を先行的に経験した国である。

2010年以降の緊縮財政によって、地方自治体の公共図書館支出は 実質約50%削減 された。累計削減額はインフレ調整後で3億2,900万ポンドに達する。2016年以降、イングランドでは約125館が物理的に閉鎖され、約100館が地域団体に移管された。新規設置75館を差し引いても 実質150館の純減 という結果が残されている。

閉鎖率は最貧困層で4倍

注目すべきは、その分布の偏りである。最貧困層の自治体は上位層と比較して 閉鎖率が4倍 に達した。図書館の消失は、最も情報へのアクセスを必要とする層に集中的な打撃を与えた。

博物館・文化施設への影響も深刻だ。地方自治体の文化・レジャー支出(イングランド)は 2010年度以降で23億ポンド削減 され、支出シェアは7.4%から4.5%へ低下した。実質的に半分以下である。

米国IMLS廃止の衝撃

米国では2025年、トランプ政権が大統領令14238号により IMLS(博物館・図書館サービス機構) の「最大限廃止」を指示した。職員約75名のうち12名を除く全員が行政休職処分となり、カリフォルニア・コネティカット・ワシントン各州の図書館に対して既に約束されていた連邦補助が早期終了を通告された。

ALA(米国図書館協会) の報告によれば、IMSLの年間予算約2.5億ドルは、農村部や低所得地域のインターネットアクセスと職業訓練を支えるインフラだった。その廃止は、すでに情報アクセスの格差が深刻な地域に、さらなる断絶をもたらすものである。

21州の司法長官が提訴し、2025年11月にロードアイランド連邦地裁がトランプ政権の措置を違法と判断。2026年4月に政権が控訴を取り下げたことで事態は収束に向かったが、この間にニューヨーク市立図書館3館(NYPL・ブルックリン・クイーンズ)は 5,830万ドルの運営費削減と1億2,500万ドルの資本計画削減 を提案されている。2008年の金融危機後以来で最も大きい削減案だった。

図書館が果たしている「見えない防衛」

図書館は本の貸し出し施設ではない。文部科学省が定義する通り、「地域住民のための情報・知識の拠点」であり、子どもから高齢者まで全住民を対象とする社会インフラである。

米国サンディエゴ中央図書館の研究(2019年、n=63)では、臨床ソーシャルワーカー採用後の6年間で 150人以上が恒久的な住居を確保 し、800人がその他の支援を受けた。NEA(米国芸術基金)の調査は、図書館・博物館の存在と利用が地域の健康指標・学校効果と正の相関を示すことを報告している。農村部ではその効果がより顕著になる。

これらは「貧困からの防衛」「情報格差からの防衛」「社会的孤立からの防衛」にほかならない。だが予算配分の優先順位において、こうした「見えない防衛」は、ミサイルや軍事的脅威からの防衛とは比較にならないほど軽く扱われている。

構造を読む

「何から市民を守るか」という問いの非対称性と、公共文化施設のデュアルユースの逆説

冒頭の数字を改めて並べる。防衛費8兆7,005億円。文教関係費4兆1,275億円。文化庁予算1,063億円。台湾は人口の3倍超を収容できるのに対し、日本の地下施設は約4,000カ所。この4つの数字が描き出すのは、「何から市民を守るか」という問いに対する、現在の日本の回答である。

防衛の偏り、デュアルユースの逆説、削減の不可逆性

第一の論点は、予算の非対称性がもたらす「防衛の偏り」 にある。防衛費の増額は、安全保障環境の変化を根拠としている。中国の軍事力拡大、北朝鮮の弾道ミサイル発射、ロシアのウクライナ侵攻。これらの地政学的リスクに対応するため、防衛力の強化は政策的合理性を持つ。しかし同時に、その財源確保のプロセスにおいて文化的インフラが犠牲になるとすれば、それは「安全」の定義自体が狭すぎることを意味する。ミサイルから身体を守ることは安全だが、知識・情報・文化へのアクセスを失うことは安全ではないのか。

第二の論点は、シェルターと文化施設の「デュアルユース」の逆説 である。日本型シェルターは、有事と大規模災害を兼用できる既存地下施設(地下街・地下駐車場など)を活用する設計思想を持つ。すなわち、平時には公共空間として機能し、有事にはシェルターとなる。この「デュアルユース」の発想を延長すれば、図書館や博物館こそが平時の「市民を守るインフラ」であるという認識に至る。サンディエゴの事例が示すように、図書館はホームレス支援の拠点として、職業訓練の場として、孤立した高齢者の社会的接点として機能してきた。それは軍事的なシェルターとは異なる種類の「シェルター」であり、平時における社会的防衛の核である。

第三の論点は、削減の不可逆性 である。英国の経験が教えるのは、一度閉鎖された図書館は容易には再開しないという事実だ。建物は転用され、蔵書は散逸し、専門職は他の職種に移る。10年で150館を失ったイングランドが、その150館を取り戻すには何十年を要するか、あるいは二度と取り戻せないのか。博物館の学芸員が蓄積してきた調査研究能力、作品の保存修復技術、地域文化の記録は、いずれも「見えない資産」であり、一度失われれば復元できない。シェルターは予算があれば掘ることができる。だが文化的蓄積は、時間と人の営みの中でしか形成されない。

北欧という参照点

北欧が示す一つの参照点がある。 フィンランドの住民1人当たり図書館支出は60.1ユーロ であり、ドイツの約6倍に達する。同時にフィンランドは、人口の85%をカバーする市民防衛シェルターを維持している。文化的インフラと軍事的インフラを二項対立として扱わず、双方に投資する国も存在するということだ。

「何から市民を守るか」。この問いに対する回答は、予算配分という数字の中に、すでに書かれている。


関連コラム


この記事で使った統計の出典

  1. 1防衛省 令和7年度防衛関係予算のポイント(2025年度) 出典を開く
  2. 2財務省 令和7年度予算政府案(2025年度) 出典を開く
  3. 3文化庁 令和8年度予算の概要(令和7年度当初予算額を併記)(2025年度) 出典を開く
  4. 4時事通信(2026年3月) 出典を開く
  5. 5日本経済新聞(2022年) 出典を開く
  6. 6スイス連邦国民保護局(2025年) 出典を開く
  7. 7フィンランド内務省(2024年) 出典を開く
  8. 8美術手帖(2026年) 出典を開く
  9. 9日本図書館協会 日本の図書館 公共図書館集計(2020年) 出典を開く
  10. 10日本図書館協会(2022年) 出典を開く
  11. 11Public Libraries News(2024年) 出典を開く
  12. 12Museums Association(2024年) 出典を開く
  13. 13The New York Public Library(2024年) 出典を開く
  14. 14PMC(2019年) 出典を開く
  15. 15NAPLE Forum(2024年) 出典を開く

訂正履歴

  1. 文化庁予算とシェルターの国際比較が、SNS 文面に旧いまま残っていました。

    訂正前
    文化庁1,062億円/台湾370%、スイス107%、フィンランド85%、日本は地下施設で5%
    訂正後
    文化庁1,063億円/台湾はシェルター10万カ所で人口の3倍超、日本の避難施設は約6万1,000カ所でうち地下は約4,000カ所

    誤った理由 スイスとフィンランドの数字は 2026-08-18 に本文から落としています。SNS 文面には残っていました。

  2. 文化庁予算1,063億円 の出典を、機械でも人でも中身を確認できる資料に差し替えました。

    訂正前
    出典: 文化庁 令和7年度予算の概要(PDF が壊れており本文を取り出せない)
    訂正後
    出典: 文化庁 令和8年度予算の概要(「文化庁予算1,063億円 → 1,073億円」と両年を併記)

    誤った理由 本日この記事で1,062億円 を1,063億円 に直した際、出典として挙げた PDF が壊れていて本文を取り出せませんでした。同じ数字を令和7年度・令和8年度の両方で示している資料に差し替えています。

  3. 文教関係費、シェルターの箇所数と人口カバー率、公立図書館数、ニューヨーク市立図書館の削減額を訂正しました。

    訂正前
    文教関係費は約4兆1,275億円/文化庁の予算は約1,062億円/地下施設は全国で約3,900カ所、人口カバー率は約5%/台湾は約10万5,000カ所で人口の約370%/スイスは約37万カ所で107%/フィンランドは約5万カ所で85%
    訂正後
    5兆5,496億円(うち科学技術振興費が1兆4,221億円)/1,063億円/全国で約6万1,000カ所あるうち公共施設が約5万4,000カ所/台湾はシェルター10万カ所を整備し人口の3倍超

    誤った理由 文教関係費は科学技術振興費を含む区分と含まない区分を取り違えていました。シェルターの箇所数も、避難施設全体と地下施設を混同していました。各国のカバー率も出典の記述と合っていませんでした。

読んだ後に考えてみよう

  1. 自分が住む地域の公共図書館は、5年前と比べてサービスが維持されているだろうか。
  2. 「市民の安全を守る」とは、軍事的脅威からの防衛だけを意味するのだろうか。
  3. 文化施設への公的支出を「コスト」と見なす思想は、何を見えなくしているか。

この記事の用語

指定管理者制度
地方自治法第244条の2に基づき、公の施設の管理を民間事業者やNPO等に委ねる制度。2003年の法改正で導入。管理運営の効率化とサービス向上が目的だが、指定期間の短さ(通常3〜5年)が長期投資を妨げる課題がある。

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