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一般社団法人社会構想デザイン機構

賃金が30年で増えた業種・減った業種 — 業種別実質賃金を一枚のグラフで

ヨコタナオヤ
約4分で読めます

1997年をピークに全産業平均の実質賃金は下落し続けているが、業種によって明暗が大きく分かれる。情報通信業が長期的な上昇傾向を示す一方、宿泊・飲食業は30年で最低水準を更新し続けた。その構造的要因を業種別データで読む。

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ざっくり言うと

  1. 全産業平均の実質賃金は1997年をピークに長期下落し、2024年時点でも回復していない
  2. 情報通信業・金融保険業は賃金上昇傾向、宿泊飲食業・小売業は長期低迷というコントラストが鮮明
  3. 2024年春闘で大企業中心に5%超の賃上げが実現したが、物価上昇が上回り実質は依然マイナス

何が起きているのか

全産業平均の実質賃金は1997年比でマイナスだが、業種によって明暗が分かれる

「日本の賃金は30年間上がらなかった」という言説は、全産業の平均で見れば概ね正確だ。しかし業種を分解すると、30年間で賃金が増えた業種と減った業種の明確な分化が見えてくる。

全産業平均の実質賃金指数は2024年に前年比△0.2%と、3年連続でマイナスを記録したJILPT)。実質賃金のピークは1997〜1998年ごろであり、それ以降は長期的な下落トレンドが続いている。

10080901001101201301401997200020052010201520202024情報通信業金融・保険業全産業平均建設業小売業宿泊・飲食業
業種別実質賃金指数の推移(1997年=100、方向性ベース)出典: 厚労省・JILPT

業種別に見ると、方向性が大きく異なる。情報通信業は2010年代以降に上昇傾向が鮮明で、1997年基準で約30〜40%の増加が推計される。金融・保険業は高水準を維持している。一方、宿泊・飲食業は30年にわたって最低水準を更新し続け、現在は1997年比で20〜30%程度の実質減少が推計される。

万円/年(目安)電気・ガス等438金融・保険業411情報通信業395製造業340建設業320医療・福祉295宿泊・飲食業270
産業別所定内賃金の目安(令和6年賃金構造基本統計調査)

2024年の産業別所定内賃金を見ると、電気・ガス等が437.5万円/年、金融・保険業が410.6万円/年と高い一方、宿泊・飲食サービス業は269.5万円/年と最低水準厚生労働省)。その差は約168万円にのぼる。

背景と文脈

デフレ・非正規化・産業空洞化という30年の構造変化が賃金下落の背景にある

30年の構造変化:デフレ・非正規化・産業空洞化

全産業平均の実質賃金が1997年以降下落した背景には、複数の構造的要因が重なる。

第一にデフレの長期化。物価下落局面では企業は価格転嫁をしにくく、人件費の抑制が続く。第二に非正規雇用の拡大。1990年代後半から2000年代にかけて非正規労働者の比率が急上昇し(現在は全体の約38%)、正規・非正規の賃金格差が全体平均を押し下げた。第三に製造業の空洞化。生産拠点の海外移転が進み、国内製造業の付加価値を高める機会が失われた。

情報通信業が上昇し続けた理由

情報通信業の賃金が上昇傾向を維持した理由は明確だ。デジタル化・DX(デジタルトランスフォーメーション)投資の活発化によって、エンジニア・データサイエンティスト・クラウドアーキテクトなどの専門人材への需要が急増した一方、国内の供給が追いつかなかった。2024年の情報通信業では5%を超える賃上げ回答も相次いだ。人材の希少性が賃金の交渉力を高めるという市場原理が、ここでは機能している。

宿泊・飲食業が最低水準に低迷する構造

宿泊・飲食業の低賃金構造は、複数の要因が重なる。非正規雇用率が高く(パート・アルバイトが主体)、労働集約的な業態で生産性向上が難しい。かつ、消費者への価格転嫁が困難な競争環境にある。連合の賃金レポート2023によると、小売業・飲食・宿泊等は一貫した右下がり傾向をたどってきたが、2016年以降は反転上昇を始めている連合)。最低賃金の引き上げが下支えになっているが、物価上昇が実質水準を相殺している状況だ。

構造を読む

賃金格差は生産性・価格転嫁力・人材希少性の差が積み重なった構造的帰結である

業種間の実質賃金格差は、表面的には「業種選択の問題」に見える。しかし構造的に見れば、生産性・価格転嫁力・人材希少性という3つの要因の格差が積み重なった帰結だ。

情報通信業の高賃金は、付加価値の高いサービスを提供できる生産性と、人材希少性による交渉力の積み重ねだ。宿泊・飲食業の低賃金は、労働集約型で生産性向上が難しく、消費者への価格転嫁力が低い構造に規定されている。製造業(中小企業)の長期低迷は、原材料費上昇を下流に転嫁できないコスト構造と非正規化の組み合わせだ。

2024年春闘では大企業中心に33年ぶりの高水準(5%超)の賃上げが実現したが、物価上昇率(CPI3〜4%台)が上回り、実質賃金は依然マイナスだ。この「名目賃上げ×実質マイナス」の状況を解消するには、賃上げが中小企業・非正規労働者に波及し、かつ物価が安定するという二つの条件が必要だ。

30年間の業種別賃金推移が示すメッセージは一つだ。「賃金が上がらなかった」のではなく、「構造的に上がれる業種と上がれない業種が分化した」。この分化の背景にある生産性・希少性・転嫁力の格差に向き合わなければ、全体的な賃金底上げという政策目標は実現しない。


関連コラム


関連ガイド


参考文献

実質賃金指数が3年連続で前年比マイナスJILPT. JILPT 労働情勢 2025年3月号

産業別・企業規模別にみた賃金JILPT. JILPT 労働情勢 2024年5月号

令和6年賃金構造基本統計調査厚生労働省. 厚生労働省

賃金レポート2023日本労働組合総連合会(連合). 連合

名目賃金・実質賃金の推移(令和4年版経済財政白書)内閣府. 内閣府

参考書籍

読んだ後に考えてみよう

  1. 自分の業種・職種の賃金トレンドはどうか。長期的なキャリア設計にどう影響するか。
  2. 宿泊・飲食業の低賃金構造は「自己責任」か、それとも構造的な問題か。政策的に何ができるか。
  3. 大企業の5%賃上げが中小企業・非正規労働者に波及しない場合、格差はどう変化するか。

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