このノートは公共資産活用研究室(ISVD-LAB-005)の方法論シリーズである。PFSの案件形成で最初の関門になるWTPについて、内閣府のガイドラインとQ&Aの記述から、手順と厳密さの水準を整理する。
WTPとは何か
WTP(Willingness To Pay、支払意思額)は、事業コストを支払う自治体等が、目指すべき成果の達成のために最大限支払ってもよいと判断できる額を指す。内閣府の共通的ガイドラインが令和6年2月の改訂で導入した概念で、最終的な事業予算額の上限として機能する。
上限であって、支払額そのものではない。契約額は、この上限と、事業者が受注できる下限の間に置かれる。
ガイドラインは、低すぎる価格設定を重ねた場合の帰結にも触れている。極端に低い額で調達が続けば、その社会課題に参画する民間事業者がいなくなるかもしれない、と書いている。上限を決めることは、下限を割らないための作業でもある。
なぜ導入されたのか
導入の理由は、ガイドライン本文に明記されている。ここが読み落とされやすい。
社会的便益や成果改善効率の向上が数値として示せなかったり、示された数値が事業コストを下回ったりするにもかかわらず、自治体が事業の推進を望むケースが多くあった。そこでは、住民のニーズを、定量化されていない領域も含めて評価して価値を特定し、その価値に対して支出をするという判断プロセスが、暗黙のうちに働いていたとみられる。ガイドラインはそう説明したうえで、この暗黙の価値判断を目に見える形にし、関係者の間で共有するとともに、必要に応じた検証を可能にすることが重要だと述べ、その尺度としてWTPを導入したと書いている。
つまりWTPは、新しく価値を測るために作られたものではない。もともと働いていた判断を、外に書き出すために置かれた言葉である。
この違いは実務に効く。前者だと考えれば、算定手法が確立するまで着手できない。後者だと考えれば、いま自分たちが何を根拠に「この事業をやりたい」と思っているのかを言語化する作業になるので、着手できる。
厳密さはどこまで求められるか
ガイドラインは、手法の未確立と厳密さの水準を同じ文で書いている。設定方法や考え方の枠組みは現時点で確立しておらず、そのうえで「画一的な厳密さが求められることはない」と明記している。ただし案件形成の過程では基本的に、社会的便益や成果改善効果が定量的に算出可能かを吟味し、可能な場合はその定量的な分析の上で事業化を検討する、とも書かれている。
内閣府のQ&Aも「その手法は、現時点では確立されてはいません」としたうえで、原則として社会的便益や成果改善効果が定量的に算出できるかを検討し、その定量的なエビデンスに基づき分析を行うとともに、可能な限り住民等のニーズを反映させることが望ましい、と書いている。
読み方は2段構えになる。定量化できるなら定量的に分析する。できないなら、できないと書いたうえで、何を根拠に価値を認めたのかを残す。どちらも許容されていて、後者を選んだこと自体は要件違反にならない。
4つの考慮要素の使い分け
ガイドラインが挙げるWTPの考慮要素は4つである。並列ではなく、使える順に並んでいると読むほうが実務に合う。
| 要素 | 内容 | 使える場面 |
|---|---|---|
| ア | 経済価値換算されたアウトカムに関するエビデンス | 先行研究や他自治体の実績で、成果が金額に換算されている場合 |
| イ | 経済価値換算されていないアウトカムに関するエビデンス | 効果は確認できるが金額換算がない場合。ここが最も多い |
| ウ | 既存事業のコストと実績 | 同種の事業を自団体で実施してきた場合 |
| エ | 市場価格調査の結果 | 成果水準書(案)を作成した後の段階。案件形成が進んでから |
エは順番が決まっている。ガイドラインは「案件形成が進み、後述の成果水準書(案)を作成した後になる」と注記している。最初から市場価格に頼ることはできない。
イが最も使う要素になる。金額に換算されていないエビデンスをどう扱うかが、実務の中心になる。
手順
ガイドラインのステップ1は、WTPの前に社会課題の明確化を置いている。順序を飛ばすと、後で戻ることになる。
- 社会課題と社会的ニーズを明らかにする。既存の総合計画や個別計画、策定過程で得られたデータが材料になる。必要に応じて新たなデータを集める
- 社会的ニーズのある人々を特定する。事業により直接・間接にメリットを受けるのが誰かを整理する。必要に応じて専門家の助言や、当事者の声を聴く手続き(過去のデータの確認、インタビュー、アンケート等)を行う
- その課題の重要性がどれほどかを検討し、WTPとして設定する
- 4つの考慮要素のうち、使えるものを当てる
- 決定の根拠と議論の流れを記録する
5が最も見落とされる。ガイドラインは「WTP決定は、政策的な判断をするプロセスである」としたうえで、利用可能なエビデンスに基づくことで科学的な妥当性を高め、可能な限り住民等のニーズを反映させることが重要だと述べ、この際、意思決定の根拠や議論の流れを公開し、透明性や事後の検証可能性を確保することが望ましい、と書いている。
WTPの成果物は数字ではなく、その数字に至った議論の記録である。数字だけを出しても、事後の検証ができない。
適用範囲
WTPの検討には、それ自体にコストがかかる。ガイドラインは、WTPは容易に設定できない場合が多く、専門家による評価や、住民等との対話の場の設定など、検討自体に一定のコストが発生すると書いている。そのうえで、事業の重要性や規模などの特性に応じて、手続きのあり方を判断する必要があるとしている。
小規模な事業に対話の場を何度も設ける必要はない、という読み方ができる。逆に、規模が大きい事業や前例のない分野では、この手続きを省くと後の説明が立たない。
令和8年3月に決定されたアクションプランは、先導的な事業の要件のひとつに「便益等の推定」を置いている。5,000万円以上の規模を持つType-Aの事業では、この推定が要件になる。規模と手続きの深さを対応させる考え方が、ここにも現れている。
限界と補完手法
3つの限界がある。
第一に、WTPは上限しか決めない。契約額をどこに置くかは別の判断である。ガイドラインは、委託者からはWTPを下回る支払額であればよく、受託者からは支払額と実費の差が利益になるとしたうえで、双方にメリットが生じる支払額の設定が望ましいとしている。上限を決めた後に、下限側の情報が要る。市場価格調査が後段に置かれているのはこのためである。
第二に、イの要素(金額換算されていないエビデンス)に定型がない。何をもってエビデンスとするかの基準がないので、団体ごとに厚みが変わる。ここを埋めるのが、専門家の助言と当事者の声を聴く手続きになる。
第三に、手法の整理はこれからである。Q&Aは、内閣府として今後、案件形成支援事業の採択団体への支援などの機会に、WTPに関する考え方と検討方法を整理していきたいと書いている。現時点の実務は、確立した手法に従うのではなく、記録を残しながら進める段階にある。
補完手法としては、ロジックモデル(このサイトの記事)とアウトカム指標の設計(このサイトの記事)が対になる。WTPが「いくらまで払うか」を決めるのに対し、この2つは「何をもって成果とするか」を決める。順序としては、社会課題の明確化、WTPの仮置き、ロジックモデルの作成、指標の設定、WTPの見直しという往復になる。
関連する研究ノート
- PFSに用意されている二つの椅子(このサイトの記事)。サービスを提供せずに関わる立ち位置
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参考文献
成果連動型民間委託契約方式 共通的ガイドライン(令和6年2月改訂版) — 内閣府 (2024)
WTPの考え方に関するQ&A — 内閣府 (2024)
PFSの推進に関するアクションプラン(令和8年3月25日決定) — PFS関係府省庁連絡会議 (2026)