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一般社団法人社会構想デザイン機構
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教育資金贈与の非課税措置が終わった: 格差の連鎖を深化させる税制の構造

ヨコタナオヤ
約8分で読めます

2026年3月31日、祖父母から孫へ最大1,500万円を非課税で一括贈与できる教育資金贈与の非課税措置が終了した。政府は廃止理由の一つに「格差固定化への懸念」を挙げたが、この制度は13年間にわたって誰を利してきたのか。世帯年収別の教育支出格差と大学進学率のデータから、格差の連鎖メカニズムを読む。

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ざっくり言うと

  1. 2026年3月31日、祖父母から孫へ最大1,500万円まで非課税で教育資金を一括贈与できる制度が終了した。廃止理由に政府が「格差固定化への懸念」を公式に挙げた
  2. 制度の平均拠出額は643万円、累計約25.5万件・約1兆9,155億円。1,500万円を一括で拠出できる祖父母がいる世帯に利用者が偏り、一般的な中間層・低所得世帯には事実上無縁の制度だった
  3. 世帯年収別の大学進学率は年収400万円以下で31.4%、年収1,000万円超で62.4%と31ポイントの格差がある。家庭の経済力が教育投資額を規定し、教育格差が次世代の所得格差へと連鎖する構造は制度終了後も変わらない

:::note 本記事は一般情報の提供を目的としており、税務・法的アドバイスではありません。具体的な税務上の判断については、税理士等の有資格者にご相談ください。 :::

何が起きているのか

2026年3月31日、教育資金贈与の非課税措置が延長なしで終了した。13年間の制度が「格差固定化」を理由に廃止された

2026年3月31日、「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置」が、延長なしで終了した。2013年(平成25年)の創設から13年。高齢世代の資産を若年世代の教育投資に活用することを目的として設計された制度は、3度の延長を経てその幕を閉じた。

制度の骨格は単純だった。父母・祖父母など直系尊属が30歳未満の子・孫に対し、教育資金を一括して贈与する場合、受贈者1人あたり最大1,500万円(うち学校外活動費は500万円まで)が非課税となる。金融機関等との教育資金管理契約を締結し、領収書と引き換えに払い出す仕組みで、信託銀行が受け皿として機能した。

廃止を決定したのは 令和8年度税制改正大綱である。大綱は「令和8年3月31日までとされている教育資金管理契約に基づく信託等可能期間を延長せずに終了することとし」と明記し、廃止の理由として格差固定化への懸念、利用件数の減少、新NISA拡充等の代替手段の充実を挙げた。政府が公式に「格差固定化」を廃止理由の一つに列挙したことは、制度の性格を端的に示している。

制度の概要(2013〜2026年)

2013年創設
2026年廃止

最大1,500万円 非課税

直系尊属(父母・祖父母) → 30歳未満の子・孫

累計 約25.5万件 / 約1兆9,155億円

1件平均 約643万円

2026年3月31日 終了

廃止理由:格差固定化への懸念・利用減少・代替手段充実

出典: 国税庁・財務省令和8年度税制改正大綱

世帯収入別・大学進学率格差

世帯年収400万円以下31.4%
大学進学率 31.4%
世帯年収1,000万円超62.4%
大学進学率 62.4%

31ポイント差

この格差は制度廃止後も変わらない

出典: 文部科学省「高等教育の教育費負担等に関する調査研究」2024年3月

教育資金贈与非課税措置の制度概要と教育格差の構造 — 国税庁・文部科学省・財務省資料より構成

2024年度の利用件数は約6,800件。制度創設直後のピーク時から大幅に減少した。その背景には、2023年改正での課税強化(贈与者死亡時の残額が相続財産に加算されるルールの強化)と、節税メリットの縮小がある。制度は「形骸化」しつつある状態で廃止されたとも言える。だが問題の本質は、制度が機能していた13年間に何が起きたか、誰が恩恵を受けたかにある。

背景と文脈

1件あたり平均643万円・累計1兆9,155億円という規模が示す利用者像と、世帯収入別の教育格差の実態

「1,500万円を一括で拠出できる」祖父母とは

制度の累計実績は、約255,450件・信託財産設定額約1兆9,155億円(2022年9月末時点)に達した。1件あたりの平均拠出額は約643万円、信託銀行利用では約707万円に上る。

この数字が示す利用者像は明確だ。制度の構造上、活用できたのは「まとまった金融資産を持つ祖父母が存在する世帯」に限られる。受贈者(孫・子)の年収に1,000万円超は適用不可という所得制限は設けられていたが、贈与者(祖父母・父母)の財産規模に対する制限は存在しなかった。

一般的な中間層・低所得世帯の祖父母には、1,500万円相当の自由に使える金融資産はない。60歳代の金融資産の中央値は700万円程度(2022年調査)であり、制度の最大枠(1,500万円)は平均的な高齢世帯の全金融資産を上回る水準だった。教育資金を「一括で拠出する」という制度設計そのものが、富裕層以外を事実上排除する構造を内包していた。

教育費の現実と世帯格差

文部科学省「令和5年度子供の学習費調査」によると、幼稚園から高等学校卒業までの15年間の学習費総額は、すべて公立で 596万円、すべて私立で 1,976万円 に達する。約1,380万円の差が生じる選択肢の違いは、家庭の経済力によって規定される部分が大きい。

世帯年収別の学校外教育支出格差はさらに鮮明だ。年収400万円未満世帯の年間学校外教育費は約19万5,000円であるのに対し、年収1,200万円以上世帯では約36万2,000円。世帯年収の下位層と上位層の比較では、その差は 約3倍 に拡大する。学習塾・習い事・通信教育といった学校外の教育投資が、家庭の経済力によって大きく規定されている実態がここに示されている。

大学進学率の格差はより深刻だ。世帯年収400万円以下の家庭の4年制大学進学率は31.4%、世帯年収1,000万円超の家庭では62.4%と、31ポイントの格差が存在する。経済的な理由で大学進学を断念する構造は、制度の非課税枠の大小にかかわらず、すでに深く根ざしている。

「節税スキーム」化した制度の末路

制度の利用実態を見ると、本来の政策目的である「高齢世代の資産の若年世代への移転」という側面よりも、「相続税の節税対策」としての活用が前面に出ていた。

2023年改正(令和5年度税制改正)では、こうした節税スキーム的な活用への課税強化が行われた。2023年4月1日以降の拠出分については、贈与者が死亡した場合の残額が原則として相続財産に加算されるルールが強化された。特に贈与者の相続財産の課税価格が5億円を超える場合、受贈者の年齢等に関わらず残額が相続税の対象となった。この改正が節税メリットを大幅に縮小させ、2024年度の利用件数がピーク時から急減した。

制度は「節税効果があるから利用する」という需要に支えられていた側面が強く、節税効果が縮小した時点で利用者が離れた。「格差固定化への懸念」を廃止理由に挙げた政府の判断は、制度の本質的な性格を遅まきながら認識したものとも読める。

構造を読む

制度廃止だけでは教育格差の連鎖は止まらない。代替手段の限界と公的教育投資の不可欠性

マシュー効果が作動する教育格差の連鎖

松岡亮二『教育格差』が実証したように、「生まれ」(親の学歴・居住地域・経済力)は子の学歴・未来を大きく規定する。就学前から高校まで一貫した教育格差が存在し、その累積効果が大学進学率や生涯所得の差として表れる。

この連鎖の構造は単純だ。家庭の経済力 が教育投資額を規定し、教育投資額が学力・進学率を規定し、進学率が就職・収入を規定し、収入が次世代への資産移転量を規定する。各段階での (持てる者はさらに持つようになる効果)が積み重なり、格差は世代を超えて連鎖・拡大する。

教育資金贈与の非課税措置は、この連鎖の中で「すでに有利な立場にある世帯」にさらなる優遇を提供する機能を果たしていた。1,500万円の枠を活用できる富裕層の祖父母がいる世帯の子・孫は、塾・留学・習い事への支出を拡大させ、進学率・学歴の面でさらに有利な位置に立てる。層の家庭にとって、この制度は存在しないも同然だった。

廃止後の代替手段とその限界

制度終了後、教育資金の移転手段としては以下が残る。

都度贈与(扶養義務に基づく直接支払): 祖父母が教育費を実際に必要なタイミングで直接支払う場合、贈与税の対象外となる。教育費の直接支払は「扶養義務に基づく生計費」として非課税だ。ただし、これは「一括で大口移転する」ことはできず、計画的な節税効果は限定的だ。

相続時精算課税制度(2024年改正): 2024年1月以降の改正により、年110万円の基礎控除が新設された。年110万円以下の贈与は贈与税非課税かつ相続財産への加算も不要となり、10年で1,100万円まで無税移転が可能だ。ただし、相続時精算課税を一度選択すると暦年課税に戻れないという制約がある。

暦年贈与(年間110万円控除): 従来通り、年間110万円の基礎控除内での贈与は非課税だ。継続的な活用は可能だが、「一括1,500万円」の迅速な移転効果は代替できない。

これらの代替手段はいずれも、廃止された非課税措置が持っていた「一括で大口の節税移転」という機能を再現しない。換言すれば、 代替手段の活用においても、計画的に資産を運用できる富裕層ほど有利 という構造は変わらない。の原則から見れば制度廃止は正当化されるが、格差縮小の観点からは「廃止しただけ」では不十分だ。

格差是正の本丸は何か

令和8年度税制改正は、教育資金贈与の非課税廃止だけではなく、貸付用不動産の「5年ルール」時価評価の導入(相続開始前5年以内に取得した貸付用不動産は時価評価)や、生前贈与の持ち戻し期間の7年への延長(2024年施行済み)など、複数の「格差是正」方向の改正を含んでいる。政策の方向性として「富裕層の節税スキームへの規制強化」は一貫している。

しかし、税制の是正は「格差を広げる仕組みを止める」ことはできるが、「格差を縮小する仕組みをつくる」ことはできない。

世帯年収400万円以下の家庭の大学進学率が31.4%にとどまる現実を変えるために必要なのは、奨学金制度の拡充、高等教育の実質的な無償化の推進、就学前教育への公的投資といった、教育への直接的な公的支出の増大だ。な制度を廃止することと、教育機会の実質的な均等化とは、同じ目的に向かう別の道筋だ。

参議院の調査が示すように、学歴・教育格差と経済格差は相互強化の関係にある。大学進学率の31ポイント差が示す格差の連鎖は、税制の是正だけでは解消しない。制度廃止を「格差是正の完了」と見なすことなく、教育への公的投資の抜本的な拡充という次の政策課題を問い続けることが必要だ。


関連コラム


参考書籍

『教育格差 階層・地域・学歴』(松岡亮二、筑摩書房、2019年)は、親の学歴・居住地域・経済力という「生まれ」が子の学歴・未来を大きく規定することを、就学前から高校まで緻密に実証した一冊。新書大賞2020年3位。教育格差研究の基本文献として、この問題を深く理解するための出発点となる。

『教育格差の経済学 ── 何が子どもの将来を決めるのか』(橘木俊詔、NHK出版、2020年)は、親の所得の影響、保育園と幼稚園の差、遺伝と環境の関係、塾や習い事の効果を格差研究の第一人者がコストとリターンの観点から分析する。教育への投資が「誰に」「どの程度」効果をもたらすかを経済学的視点で解説する。

『いちからわかる! 相続・贈与 2025年最新版』(五十嵐明彦、インプレス、2025年)は、2024年改正(暦年贈与持ち戻し期間延長、相続時精算課税制度改正)を網羅した実務解説書。教育資金贈与の代替手段を具体的に理解するための参考になる。


参考文献

直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(No.4510)国税庁. 国税庁タックスアンサー

令和8年度税制改正大綱 — 相続・贈与税関係財務省. 財務省

教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置文部科学省. 文部科学省

令和5年度子供の学習費調査文部科学省. 文部科学省

高等教育の教育費負担等に関する調査研究文部科学省(委託調査). 文部科学省

読んだ後に考えてみよう

  1. 教育費への支援策を「贈与税の非課税」として設計することと「奨学金・無償化」として設計することでは、誰が恩恵を受けるかにどのような違いが生まれるか。
  2. 「格差固定化への懸念」を廃止理由とした政府の判断は、格差の根本的な解決につながるか。制度廃止と格差解消は同じ目的を達成するか。
  3. あなたの世帯や家族の経験から見て、教育費は「家族の経済力」と「本人の努力」のどちらに規定されていると感じるか。

この記事の用語

マタイ効果
Merton(1968)が名付けた累積的優位性の概念。聖書マタイ伝25章29節「持つ者はさらに与えられ」に由来する。科学における業績認知の偏りから始まり、教育・情報アクセス・経済格差にも適用される。初期条件の有利さが時間とともに増幅される構造を指す。
逆進税
所得が低い層ほど所得に対する税負担率が高くなる性質を持つ税。消費税は消費支出の所得比が低所得層ほど大きいため逆進的とされるが、生涯所得ベースでは比例的とする見方もある。
相対的貧困
等価可処分所得の中央値の50%(貧困線)を下回る所得で生活する状態。2021年調査では貧困線は年127万円。絶対的貧困(生存に必要な最低限の所得)とは異なり、その社会の標準的生活水準との乖離を測る指標。
累進課税
所得や資産の額が大きくなるほど、より高い税率が適用される課税方式。日本の相続税は8段階の累進税率(10%〜55%)を採用している。

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