ざっくり言うと
- WHOが毎時100人が孤独関連で死亡と公表する中、日本は世界初の包括法を施行したが、孤独感の割合は39.3%で横ばいのままである
- 制度・世代・空間の3つの断絶が政策の実効性を阻み、自治体間格差や若者の孤独の見落としが構造的課題となっている
- 英国の社会的処方のような医療・福祉・地域を横断する仕組みが日本では検討段階にとどまり、法律の器に中身を盛る段階に入っている
何が起きているのか
世界初の包括法施行2年後も孤独感は減らず、実態把握が課題
2025年6月、WHOの社会的つながり委員会が一つの数字を公表した。 毎時100人、年間87万1,000人が、孤独に関連する原因で死亡している 。世界人口の6人に1人が孤独を経験し、若者ではさらに高く5人に1人。「孤独の流行(Loneliness Epidemic)」はもはや比喩ではなく、WHOが公衆衛生上の脅威と位置づける段階に入った。
この報告に1年先んじて、日本はある法律を施行していた。 孤独・孤立対策推進法(2024年4月1日施行)。孤独・孤立を社会全体の課題として位置づけ、国と地方公共団体が包括的に対策を推進するための法的枠組みである。
全国民を対象とした包括法という形式を取ったのは日本が世界初。ただし法律の存在と実効性は別の問題であり、英国は設置から8年経ても効果の定量評価に苦戦している。
WHO加盟194カ国のうち、孤独・孤立に対する国家レベルの政策を持つ国は、2025年時点でわずか8カ国(日本、英国、米国、デンマーク、フィンランド、ドイツ、オランダ、スウェーデン)にすぎない。しかも、全国民を対象とした包括法という形式を取ったのは日本が世界初である。
では、その「世界初の包括法」は、施行から2年で何を変えたのか。
数字が語る現在地
内閣府が毎年実施している全国調査によると、2024年の結果では国民の 39.3%が孤独感を「ある」と回答 し、うち4.3%が「常にある・しばしばある」と答えている。この数字は前年(2023年)とほぼ同じであり、法施行前後で顕著な変化は見られない。
2025年4月、内閣府はもう一つの数字を初めて公表した。 2024年の「孤立死」は21,856人 。自宅で誰にも看取られず、死後8日以上が経過して発見された人の数である。一人暮らしの自宅で亡くなった人は76,020人にのぼり、うち65歳以上が76.4%を占める。男性が8割。政府がこの数字を「初めて推計した」という事実自体が、実態把握の遅れを物語っている。
法律ができた。推進本部ができた。重点計画が決定された。しかし、孤独を感じる人の割合は変わらず、孤立死の実態はようやく可視化され始めたばかりである。
背景と文脈
英国発の孤独政策が日本に波及し、包括法制定に至った経緯
「孤独担当大臣」の系譜:英国から日本へ
孤独を政策課題として扱う流れは、英国から始まった。
2016年6月の労働党議員ジョー・コックス殺害事件を受けて設置された超党派委員会が、2017年に孤独問題に関する報告書を公表。翌2018年、テリーザ・メイ首相が世界初の「孤独担当大臣(Minister for Loneliness)」を設置した。偏見の軽減、エビデンス基盤の構築、効果的介入の特定という3本柱を掲げ、現在はステファニー・ピーコックが担当大臣を務めている。
日本は2021年、コロナ禍における孤独・孤立問題の深刻化を受けて、英国に続く形で「孤独・孤立対策担当大臣」を設置。2023年に法律を成立させ、2024年に施行した。
しかし、「世界初の包括法」という先進性には留意が必要である。英国の孤独対策は、設置から8年を経ても効果の定量的評価に苦戦している。3代にわたる政権が「エビデンス基盤の構築」を掲げ続けていること自体が、この問題の測定と評価がいかに困難であるかを示している。
「測れないもの」を政策にする
ここに、孤独・孤立対策の構造的な難題がある。
孤独は主観的な経験である。「あなたは孤独を感じますか」という問いに対する自己申告が、現時点で唯一の測定手段となっている。客観的な生理指標やバイオマーカーは確立されていない。ブリガム・ヤング大学のジュリアン・ホルト=ランスタッドらの一連のメタ分析は、社会的つながりと死亡リスクの関連を明確に示している。2010年の研究では社会的つながりの総合効果としてOR=1.50を報告し、2015年の研究では社会的孤立(OR=1.29)と孤独感(OR=1.26)をそれぞれ独立したリスク因子として分析した。「1日15本の喫煙に匹敵する」という比喩が広まったのはこれらの研究に基づく。
健康影響のエビデンスは蓄積されつつある。しかし、 「政策が孤独を減らしたかどうか」を測定する方法は、まだない 。
日本の全国調査では、孤独感「ある」が2021年の36.4%から2022年に40.3%に上昇し、その後39%台で推移している。この推移が法律の効果なのか、コロナ禍の残響なのか、あるいは調査方法の変化の影響なのか。帰属を判定できる指標がない。英国が8年かけても解決できていない測定問題を、日本は施行2年目にして直面している。
WHO社会的つながり委員会が2025年の報告書で「社会的つながり指数(Social Connection Index)」の開発を行動領域の一つに掲げたのは、この測定ギャップを認識してのことである。
構造を読む
法律の制度設計と実際の運用における課題分析
3つの断絶
施行後2年の現状を構造的に読み解くと、3つの断絶が浮かび上がる。
既存福祉制度の縦割りと、横串を通す法律の「努力義務」の限界
「高齢者の問題」として扱われがちだが、若者の孤独も深刻
都市と地方で孤独・孤立の構造が質的に異なる
第一の断絶:制度の断絶。 孤独・孤立は、既存の福祉制度の縦割り構造と相性が悪い。高齢者は介護保険、障害者は障害者総合支援法、生活困窮者は生活困窮者自立支援法と、それぞれの制度に「孤立リスク」を発見する仕組みはあるが、制度の狭間に落ちる人を横断的に支える機構は弱い。孤独・孤立対策推進法は、この横串を通すために作られた法律だが、地域協議会の設置は努力義務にとどまる。38都道府県が地方版プラットフォームを設置したものの、市区町村レベルでは設置・運営の人的・財政的余裕がない自治体が多い。当初予算2.1億円(2025年度)は、全国1,741市区町村を対象にする政策としては極めて小さい。
第二の断絶:世代の断絶。 孤立死2.2万人の7割が65歳以上という事実は、この問題が高齢者問題として認識されやすい構造を作っている。しかし、全国調査で「常にある・しばしばある」の割合が最も高いのは実は20〜30代である。30代男性の10.4%、20代女性の11.2%が恒常的な孤独を報告している。野村総合研究所の調査では、20〜30代社員の半数が職場で孤独感を抱えている。
高齢者の孤立と若者の孤独は、現象は異なるが根は共通している。 地域共同体の解体、家族構成の縮小、非正規雇用の拡大。これらの構造的変化が、世代を超えて「つながりの基盤」を掘り崩している 。しかし、政策的対応は高齢者の見守りに偏り、若者の孤独は「自己責任」の領域に置かれがちである。
第三の断絶:空間の断絶。 都市と地方では、孤独・孤立の構造が質的に異なる。都市部では人口密度が高いにもかかわらず社会的接点が希薄化する「群衆の中の孤独」。地方では人口減少と共に、商店、診療所、公共交通といった「偶発的な接触の場」が消失する。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年には全世帯の44.3%が単身世帯となり、65歳以上男性単身者の59.7%が未婚(2020年の33.7%から急増)。都市と地方の両方で、「物理的に人と会う機会」が構造的に減少していく。
NPOの位置:「受託者」か「共創者」か
孤独・孤立対策推進法は、NPO等の民間団体を連携の要として位置づけている。官民連携プラットフォームには559団体が参加し(2024年度)、目標を上回る達成率を記録した。
しかし、この数字の裏側を見る必要がある。NPOが果たしている役割は「政策の受託者」なのか、それとも「政策の共創者」なのか。
法律の構造上、地域協議会は自治体が設置し、NPOはその参加者として位置づけられる。個々の当事者への支援に関する協議に加わるという形式だ。だが、現場の実態として、個人情報の共有制限、縦割り行政との調整コスト、補助金の単年度主義による事業の継続困難といった制度的障壁が、NPOの実効的な参加を妨げている。
孤独・孤立対策が「居場所づくり」「見守り活動」「相談支援」といった地域密着型の営みである以上、その実装を担うのはNPOをはじめとする民間組織である。しかし、実装者が政策設計段階から対等に参画する仕組みは、現行の法律と制度の中では十分に整備されていない。
社会的処方という可能性
英国では「社会的処方(Social Prescribing)」という仕組みが全国的に展開されている。医療機関の受診時に、医師が投薬や検査だけでなく、地域の社会活動やコミュニティへの参加を「処方」する仕組みだ。孤独・孤立を医療と福祉と地域をつなぐ交差点で捉えるアプローチであり、医療機関の受診回数減少や医療費削減の効果が報告されている。介入プログラムの社会的投資収益率は、1ドルの投資に対して2.28〜13.72ドルのリターンが報告されている。
日本では2020年の骨太方針に盛り込まれたものの、2026年現在も「検討段階」にとどまる。英国が全国展開から10年を迎えようとしている中で、この差は大きい。制度の断絶(医療・福祉・地域の縦割り)を越える仕組みとして、社会的処方は日本の孤独対策に最も欠けているピースの一つである。
法律はできた。しかし、孤独という「測れないもの」を政策で扱う困難は、施行2年でむしろ鮮明になっている。自治体間格差、世代間の認識のずれ、都市と地方の構造差という3つの断絶を越えるには、法律の枠組みだけでは不十分だ。
世界194カ国で8カ国しか持たない包括的政策を、日本は手にしている。問題は、その先進的な器に、どのような中身を盛るかにある。毎時100人がこの問題で命を落としているという現実は、「検討段階」に留まることを許さない。
NPO実務者にとって、孤独・孤立対策は自組織のミッションと直結しうるテーマである。その取り組みを構造化する手法については実践ガイド コレクティブ・インパクトの設計 で、関係者の分析と巻き込み方については ステークホルダーマップの描き方 で、政策の効果測定についてはEBPMの枠組みを解説した EBPM入門 で、それぞれ解説している。
関連コラム
参考文献
Paving the Way for a World that Values Social Connection — WHO Commission on Social Connection. World Health Organization
孤独・孤立対策推進法 — 内閣府. 内閣府 孤独・孤立対策推進室
孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和6年) — 内閣府. 内閣府
Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review — Julianne Holt-Lunstad, Timothy B. Smith, J. Bradley Layton. PLoS Medicine, 7(7)
Loneliness and Social Isolation as Risk Factors for Mortality: A Meta-Analytic Review — Julianne Holt-Lunstad, Timothy B. Smith, Mark Baker, Tyler Harris, David Stephenson. Perspectives on Psychological Science, 10(2), 227-237
