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論考・インサイト

「時間がない」は個人の問題ではない — 無償労働5.5倍格差が生む時間貧困の構造

就労しながら未就学児を育てる母親の4人に1人が「時間貧困」に該当する。日本の女性の無償労働時間は男性の5.5倍——OECD比較国中で最大の格差である。NPO法人そるなの活動を手がかりに、時間貧困の構造的メカニズムと連鎖する社会課題を読み解く。

ISVD編集部
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何が起きているのか

2026年2月、都内で開催されたある家事講座に、7名の大学生が集まった。主催はNPO法人そるな。代表の岩瀬陽子は講座の冒頭で、参加者に一つの概念を提示した。

「時間貧困」——自分のための余暇時間が平日1時間、休日3時間すら確保できず、心身ともに疲弊している状態を指す。

女性男性
日本
×5.5
韓国
×4.4
イタリア
×3.3
英国
×2.3
米国
×2.2
スウェーデン
×1.4
図1: 無償労働時間の男女比 国際比較(分/日、OECD 2020)

数字は明確である。OECDの2020年データによれば、日本の女性の無償労働時間(家事・育児・介護)は1日あたり224分。男性は41分。 5.5倍 の格差は、比較対象国の中で最大である。スウェーデンの1.4倍、米国の2.2倍と比較すれば、日本の異常さが際立つ。

さらに、総務省の「社会生活基本調査」(2021年)によれば、6歳未満の子がいる共働き世帯で、妻の家事関連時間は7時間28分/日。夫は1時間54分である。「共働き」という看板の裏で、無償労働の配分は決して均等ではない。

この状況が単なる「忙しさ」と決定的に異なるのは、 それが選択の結果ではなく、構造によって生じている という点である。

背景と文脈

時間貧困とは何か

「時間貧困(time poverty)」の概念は、Clair Vickeryが1977年にJournal of Human Resourcesで提唱した。必要活動(睡眠・食事・身の回りの世話に1日約10.2時間)と労働時間を差し引いた後、裁量的な余暇時間が枯渇している状態を指す。Bardasi & Wodon(2010)は、総労働時間(有償+無償)が中央値の1.5倍を超える状態——概ね週70.5時間以上——を時間貧困の閾値として定式化した。

日本における実証研究では、浦川邦夫(九州大学)がJILPTフォーラム(2024年)で包括的な分析を発表している。浦川の研究では「平日1時間・休日3時間」の余暇確保を基準とし、日本の就労世代における時間貧困の実態を世帯類型別に明らかにした。

ひとり親(正規)
42.2%
ひとり親(非正規)
18.7%
共働き妻(末子6歳未満)
25.1%
共働き夫(末子6歳未満)
8.4%
図3: 世帯類型別の時間貧困率(浦川 2024)

結果は衝撃的である。正規雇用のひとり親世帯では 42.2% が時間貧困に該当する。末子6歳未満の共働き世帯では、妻の時間貧困率が25.1%であるのに対し、夫は8.4%。同じ世帯でありながら、3倍の格差が存在する。

なぜ格差は縮まらないのか

時間貧困の性別格差は、日本の労働市場構造と密接に結びついている。

第一に、男性の有償労働時間の異常な長さ。OECD統計によれば、日本の男性の有償労働時間は452分/日で比較国中最長である。これは「家庭に参入したくてもできない」物理的障壁として機能している。長時間労働の是正なくして家事分担の均等化はありえない。

第二に、女性の非正規雇用への固定。女性の非正規雇用率は54.4%(男性は22.2%)に達する。「家事があるから非正規で」「子どもが小さいからパートで」という選択は、一見自発的に見えるが、保育・介護インフラの不足と長時間労働前提の正社員制度が組み合わさった結果であり、構造的に強制された選択である。

第三に、家事の外部化の遅れ野村総合研究所の調査(2022年)によれば、日本の家事代行サービス利用経験率は約6%にとどまり、定期利用はさらに少ない。「他人に家の中を任せることへの抵抗感」「家事は家族がやるべき」という規範意識が根強く残る。

性別役割分業の固定化

「男は仕事、女は家事」規範

男性:長時間有償労働

452分/日(OECD最長)

女性:無償労働の集中

224分/日(男性の5.5倍)

時間貧困

余暇時間が平日1時間・休日3時間すら確保できない状態

非正規雇用への固定

女性非正規率54.4%

生涯年収格差

正規vs非正規 約1億円差

メンタルヘルス悪化

睡眠低下・運動不足

図2: 時間貧困の構造的メカニズム

連鎖する社会課題

時間貧困は、それ自体が問題であると同時に、複数の社会課題を連鎖的に深刻化させる増幅装置でもある。

生涯年収格差: 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとにした内閣府・JILPTの推計では、正規雇用と非正規雇用の生涯賃金格差は大卒女性で約1億円に達する。これは個人の努力の問題ではなく、家事負担の偏在が生む構造的帰結である。

ひとり親世帯の二重貧困: ひとり親世帯の相対的貧困率は44.5%(厚生労働省「国民生活基礎調査」2022年)。浦川の研究は、所得貧困から脱出するために必要な労働時間が週61.1時間に達することを示している。所得貧困を回避しようとすれば時間貧困に陥り、時間貧困を回避しようとすれば所得貧困に陥る。この 二重貧困のジレンマ がひとり親を追い詰めている。

少子化: 国際比較研究は、男性の家事・育児参加時間が長い国ほど出生率が高い傾向を示している。日本の合計特殊出生率が1.15(2024年)まで低下した背景には、「子を持てば女性の時間が奪われる」という合理的な予見がある。

メンタルヘルス: 時間貧困は睡眠時間の減少、運動習慣の喪失、そしてメンタルヘルスの悪化と有意に関連する(JILPT 2024)。「自分の時間がない」ことの心理的ダメージは、経済的貧困に劣らず深刻である。

NPO法人そるなの試み——「家事の再定義」

NPO法人そるな(2022年設立、代表:岩瀬陽子)の活動は、この構造に対する一つの実践的回答である。法人名はラテン語の「SOL(太陽=男性)」と「LUNA(月=女性)」の造語であり、性別にかかわらず家庭を支える社会を志向している。

そるなのアプローチは二層構造を持つ。

実務支援層: 家事代行サービス(3,000円/時間、子育て応援割あり)を通じた家庭の負担軽減。東京23区と名古屋市中心部で展開している。

啓発・教育層: 大学生向けの家事講座を通じた意識変革。2026年2月の講座(目白大学、早稲田大学、玉川大学、國學院大学、千葉工業大学、駒沢大学から7名参加)では、「家事は化学である」という視点で掃除の原理を教え、調理実習では段取り力と時間管理力を社会人基礎力として位置づけた。

岩瀬は講座の中で「75点の綺麗をキープする」ことを提唱する。完璧主義ではなく持続可能な水準を保つこと、そして「鏡とトイレを整える習慣は、他人の手間と労力に気づける人間になるためのトレーニング」だと説く。これは単なる家事の技法ではなく、 見えない労働に対する想像力の訓練 である。

講座に参加した学生の一人は、こう語った。

「自分たちのために母親の時間を奪っていたことに気づいた。家族で協力して時間貧困を減らしたい」

「名もなき家事に隠れた思いやり」を可視化するテストでは、「玄関の靴を揃える」「洗面所の水ハネを拭く」といった配慮に7個以上気づけた学生は0名だった。見えないからこそ評価されず、評価されないからこそ特定の人に集中する。無償労働の不可視性は、格差を温存する最も効果的な装置である。

構造を読む

「時間」という見えない資源の分配問題

所得の不平等は統計で測定され、政策で対処される。しかし「時間の不平等」は、長らく社会問題として認識されてこなかった。Vickeryが1977年に時間貧困の概念を提唱してから約50年が経つが、日本で本格的な実証研究が始まったのは2020年代に入ってからである。

この遅れの背景には、「家事は仕事ではない」「育児は愛情の表現であって労働ではない」という根深い認識がある。無償労働が「労働」として可視化されない限り、それに費やされる時間もまた「貧困」として認識されない。

しかし構造を分解すれば、時間貧困は 分配問題 であることが明らかになる。1日は誰にとっても24時間である。有償労働と無償労働と必要活動の配分は、個人の選択以前に、労働市場の構造・社会保障制度の設計・文化的規範によって規定されている。

男性の長時間有償労働と女性の過大な無償労働は、同じ構造の裏表である。一方を是正せずに他方だけを変えることはできない。「女性にもっと働いてもらう」も「男性に家事をさせる」も、労働時間規制と保育インフラの整備なくしては掛け声に終わる。

そるなの問いかけが示す方向性

NPO法人そるなの活動が示唆するのは、構造変革と個人の意識変革は二者択一ではなく、同時に進める必要があるということである。

制度が変わっても、「家事は女性がやるもの」という規範が変わらなければ、男性の育休取得率は上がらない(厚生労働省「雇用均等基本調査」2023年度で30.1%、しかし取得日数は依然として短期に偏る)。逆に、個人の意識が変わっても、1日452分の有償労働を強いられる構造が変わらなければ、家庭参入は物理的に不可能である。

そるなの家事講座が大学生を対象にしているのは、 構造に組み込まれる前の段階で「見えない労働」を見える化する 戦略的選択である。「支えられる側から、自分が周りをサポートする側になりたい」という学生の宣言は、時間貧困の構造を知った上での主体的な意思表示として読むことができる。

時間貧困の解消に必要なのは、「もっと効率よく家事をする方法」ではない。時間という資源がどのように、誰に対して、なぜ不均等に配分されているかを構造的に理解し、その配分ルールそのものを変えることである。


関連する記事


参考文献

就労世代の生活時間の貧困

浦川邦夫. JILPT フォーラム

原文を読む

就労世代の生活時間の貧困に関する考察

石井加代子・浦川邦夫. 社会政策学会誌

原文を読む

Working Long to Stay Poor: The Relationship Between Work Time and Poverty

Bardasi, E. & Wodon, Q.. Feminist Economics

原文を読む

The Time-Poor: A New Look at Poverty

Vickery, C.. Journal of Human Resources

原文を読む

令和3年社会生活基本調査

総務省統計局. 総務省

原文を読む

男女共同参画白書 令和5年版

内閣府. 内閣府

原文を読む

2022年 国民生活基礎調査

厚生労働省. 厚生労働省

原文を読む
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