一般社団法人社会構想デザイン機構
論考・インサイト

介護人材危機の構造 — 2040年の「見えない工程表」

2040年に介護職員が57万人不足する——厚生労働省の試算はいまも進行中の危機を映す。有効求人倍率3.9倍、離職率と入職率がほぼ同水準の現実。量的問題に見えているものが制度設計の失敗と交差していることを、3層構造で読み解く。

何が起きているのか

2040年に介護職員が57万人不足する——厚生労働省が2024年に公表した「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」は、そう試算している。現状の約215万人から272万人へ。増員幅は57万人だ。

この数字の前提を確認しておく必要がある。57万人という不足数は、現在の介護サービスの提供体制を維持し、かつ高齢化の進展に合わせてサービス需要が増加すると仮定した場合の試算である。言い換えれば、「今のままでは2040年にサービスを維持できない」ことを意味する。

2022年度(現員)215万人
2026年度(目標)240万人(現状比 +25万人)
2030年度(ISVD補完推計)255万人(現状比 +40万人)
2040年度(推計)272万人(現状比 +57万人)
2022年現員(215万人・基準)追加必要数(推計)
介護職員の必要数推計(万人) — 厚生労働省 第9期介護保険事業計画(2024年)

有効求人倍率を見ると、問題の切実さがより鮮明になる。介護サービス職の有効求人倍率は2023年度平均で約3.9倍。全職種平均が1.2倍前後であることを踏まえると、介護は「深刻な人手不足」の典型的セクターに位置している。

介護サービス職3.9
建設・土木技術者6.7
看護師2.3
全職種平均1.2
一般事務0.4

縦線は求人倍率1.0倍(需給均衡点)。介護サービス職は均衡点の約3.9倍。

職種別 有効求人倍率(2023年度平均) — 厚生労働省 職業安定業務統計

介護職員の離職率は14.4%(介護労働実態調査2023年度)。一見すると高くないように映るが、介護業界の特殊性はその「入職率」との関係にある。入職率は14.2%とほぼ同水準——つまり、入ってきた分だけ辞めていくという構造が続いている。供給の蛇口を開いても、排水口も同時に開いている状態だ。

背景と文脈

高齢化の加速と「介護需要の非線形増加」

高齢者人口の増加は2040年代にピークを迎える。問題は「高齢者数」そのものではなく、「要介護高齢者数」の増加速度にある。

後期高齢者(75歳以上)が前期高齢者(65〜74歳)より要介護認定率が約6〜7倍高いという事実がある(厚生労働省 介護保険事業状況報告)。2025年に「団塊の世代」が全員75歳以上になる節目を迎えた日本では、要介護認定者数の増加が今後急加速する。高齢者「数」の増加は緩やかになっていくが、「要介護者数」の増加は2040年代まで続く見込みだ。

介護報酬という制度的制約

介護職の賃金問題を語るには、「介護報酬」という公的価格制度を外せない。介護サービスの価格は、市場メカニズムではなく国が3年ごとに改定する介護報酬によって決まる。事業者は介護報酬の範囲内で収益を上げ、職員に賃金を支払わなければならない。いくら人手不足で求人競争が激化しても、報酬単価が上がらなければ賃金を上げる原資が生まれにくい構造がある。

2024年度の介護報酬改定では処遇改善加算が拡充され、対応する事業所では賃金の一定の改善が見込まれた。だが加算の申請・算定が複雑なため、小規模事業者を中心に「加算を取れない」ケースも少なくない。処遇改善の「恩恵格差」という第二の問題が生じている。

外国人介護人材という「補完策」の限界

2017年の「介護」在留資格創設以来、外国人介護人材の受入れは拡大している。EPA・育成就労(旧技能実習、2024年法改正により移行中)・特定技能・介護在留資格を合わせた外国人介護職は累計で数万人規模に達しているが、国内の介護人材総数(約215万人)と比較すれば1〜2%程度にとどまる。

さらに定着率という問題がある。言語・文化の壁、家族への送金プレッシャー、低処遇——外国人介護職員が数年で帰国するケースは少なくなく、「育てたが定着しなかった」という現場の声は多い。外国人人材は補完策として有効だが、構造的な不足を補うには限界がある。

構造を読む

介護人材危機には、3つの層がある。

第一層——量的不足 :これは広く認識されている問題だ。就労者数と必要数のギャップ。2040年に向けた57万人という数字がその規模を示す。

第二層——質的流出 :入職率と離職率がほぼ同水準という現実は、量的には均衡しているように見えて、実は「経験を積んだ人材の流出」が続いていることを意味する。新人が入ってきた分だけ、ベテランが去っていく。介護の「熟練」は蓄積されにくい。

第三層——制度的制約 :介護報酬という公的価格が上限として機能しており、市場メカニズムだけでは賃金の改善が難しい。これが第二層の流出を構造的に持続させている。

3年ごとの介護報酬改定のたびに「処遇改善」という言葉が繰り返される。だが改定幅は限定的で、制度設計の根本——「介護の価値をどう社会的に評価するか」——という問いには答えていない。

2040年の「見えない工程表」が示しているのは、時間の問題ではなく構造の問題だ。工程表に書き込まれるべき項目は、採用数でも定員数でもなく、「介護の社会的価値の再定義」である。


参考文献

第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について

厚生労働省 老健局. 厚生労働省

原文を読む

介護労働実態調査(2023年度)

公益財団法人 介護労働安定センター. 介護労働安定センター

原文を読む

職業安定業務統計(一般職業紹介状況)

厚生労働省. 厚生労働省

原文を読む

令和6年度介護報酬改定について

厚生労働省 老健局. 厚生労働省

原文を読む

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ISVD編集部

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